刹那という生き物









「マリナ・イスマイール。これをやる。俺と思って持っていてくれ」
「刹那。それなら、このまえ黒曜石を貰ったわ」
食堂で堂々と会話をする二人に、ティエリア、アレルヤ、ライルの視線が集中した。
刹那が色恋ごとに興味を持ったらしく、3人とも面白そうに、あるいは見守るように様子を見ていた。
刹那が背後から、さっとマリナの目の前に渡すべきものを突き出した。
それがなんであるかを悟ってしまったティエリアは、刹那を止めた。
「刹那、止めるんだ!!」
「どうして?刹那の好きにさせてあげなよ」
アレルヤが、二人の元にいって間を引き裂きそうなティエリアの手を取った。
「バカかアレルヤ!君は何も知らないから、そんなことがいえるんだ。このバカレルヤ!」
「バカレルヤ…酷い」
アレルヤは、しくしくと突っ伏した。
ライルは、刹那がマリナに黒曜石を渡したということに驚いていた。
刹那が持っていた黒曜石は、確か母の形見らしく、刹那も大切そうに所持していた。それをマリナに渡すとは、刹那もやれば できるなと、ライルは考えていた。
言葉ではろくな伝わり方がしない刹那である。
別れが迫り、母の形見を渡されて、嫌な気分になる女性ではないだろう、マリナは。
刹那に気があるのは、見ていても分かる。逆に、刹那はマリナのことをどう思っているのかが分からなかった。マリナと普通に接するし、 優しい行動はしていたが、特別相手が大切であるとも見受けられなかった。
「刹那も、ついに恋に目覚めたか」
一人云々と納得するライルの足を、ティエリアは思い切り踏んづけた。
「いたた、何するんだ教官殿。嫉妬かぁ?」
「そんなもので済めば、苦労はしない」
ティエリアは、刹那とマリナのいる場所から少し離れたところで、二人の成り行きを見守っていた。
せっかく止めたのに、刹那はマリナの目の前にそれを出してしまった。
「俺が、ガンダムだ」
4年前、よく刹那が口にしていた台詞を、刹那は口にする。
そして右手には、刹那の機体であるガンダムOOのガンプラがあった。
「間違えた。俺の、ガンダムだ」
「刹那?」
マリナの顔が引きつった。
ティエリアは、言わんこっちゃないと、顔を手で覆った。見ていられなかった。

刹那が、マリナに母の形見である黒曜石を渡したいと相談を持ちかけたのは、ティエリアが初めである。ティエリア以外に、相談を持ちかけていなかった。別れが近くなるので、マリナに何か大切な物を渡したいのだが、 何がいいだろうと聞かれて、ティエリアも困った。そして、皇女であるのだから宝石の類は喜ぶだろうとティエリアは刹那に言った。すると、刹那は母の形見である黒曜石を渡すことにすると言い出した。
最初ティエリアは止めた。そんな大事な物を渡すのはどうかと思ったのだ。だが、刹那はマリナが持っていてくれるなら嬉しいと語ったので、ティエリアも刹那が母の形見である黒曜石 を渡すことに賛同したのである。
刹那の喜びは、ティエリアも見ていて嬉しい気持ちになる。
だが、今はどうだ。
「これは、刹那の機体のガンプラ?」
「そうだ。母の形見よりも大事なものだ」
言っちゃったよ!
ティエリアだけでなく、アレルヤとライルまで天井を仰いだ。
不思議生物刹那、恐るべし。
「そんな。あの黒曜石よりも大事なの?」
「なんといっても俺の機体のガンプラだからな。黒曜石とは比べ物にならない」
刹那がした、黒曜石を渡した行為がこれで全てパーだ。ついでに刹那の頭もパーだろう。
刹那の頭には何が詰まっているか分からない。
一言でいうと、ただのアホである。

「このガンプラが、刹那にとってはお母さんの形見よりも大事なのね。刹那はガンダムですものね」
おおい、この姫様、刹那のアホな行動を受け入れたよ!
天井を仰いでいたティエリアとアレルヤとライルが、真剣な表情で二人の行方をはらはらと見守っていた。
「刹那は、いつまでたっても子供ね」
クスリと、マリナは笑った。
「俺はもう21だ。子供ではない。マリナは29だったな」
うわああ、今度は地雷踏んだよ!!
女性に、特にマリナに年齢の話は禁物だった。三十路手前の女性に年齢を聞くなんて、無礼すぎる。
ティエリアが震えていた。
今すぐ、刹那の頭をスパーンと叩いて、マリナに謝らせたかった。その行動を必死で我慢している。
「もうすぐ、三十路だな」
ピキ、ブチッ。
マリナの血管が切れる音が聞こえた。
ティエリアは、ダッシュで刹那を庇った。
「マリナ・イスマイール姫。許してやってくれませんか。刹那はアホなんです。とにかく女性に対して慣れていないんです」
美しい少年が現れて、怒鳴ろうとしていたマリナは口を閉じた。
「刹那は、不思議生物なんだ。怒らないでやってくれないかな」
「刹那の頭には、牛乳と林檎しかつまってないんだ。まだ、色恋話にはちょっと疎すぎるんだよ、こいつ」
「アレルヤ、それにロックオンまで」
アレルヤとライルは、ティエリアと同じように刹那を庇った。それに、ティエリアが驚く。
「失礼だな。俺の頭のどこが林檎と牛乳のミックスジュースだというんだ」
アホだ。
今日の刹那はアホだ。
ティエリア、アレルヤ、ライルは確信した。
「とにかく、マリナ・イスマイール。そのガンプラも大切にしてくれ。なんといっても、俺の機体のガンプラだからな」
3人に庇われた形になる刹那に、マリナは失笑するしかなかった。
「分かったわ。これも大切にするわ。それと、年齢のことは禁句よ。それだけは気をつけてね、刹那。私だって気にしてるんだから」
「了解した」
素直に頷く青年に、マリナは微笑み返した。
「私は、荷物を纏めないといけないから、自室に戻っておくわね」
身を翻して消えた皇女に、ティエリアとアレルヤとライルが脱力して、その場にへたりこんだ。
「全く、お前さんはどうしてこう不器用なんだ。しかも地雷踏みまくりじゃねーか」
ライルが手をパタパタさせて自分のほうに風を送りながら、盛大なため息をついた。
「刹那って、本当にこういうのには疎いよね」
「それはアレルヤもだろう」
「酷いよティエリア。僕、刹那よりはマシだよ!」

「すまない、世話をかけたようだな」
「全くだ。君ときたら、マリナ姫と会話するのも見守っていないと、こちらが心配で倒れそうになる」
ティエリアが、食堂のソファーに座った刹那の隣に座った。
「特に、マリナ姫だけでなく女性には誰であれ年齢を聞くのはタブーだ」
「マリナは年増だから」
刹那の爆弾発言。
ティエリアは、その場にマリナがいないことに心から感謝した。
「君という人間は」
「俺は、マリナの年齢なんて気にしない。マリナはマリナだ。マリナのことは好きだが、ティエリアのことも好きだ」
「刹那の思考回路には、僕もついていけない」
良い子良い子をするように、頭をなでる刹那の好きさせながら、ティエリアは残っていたコップの水を一気に飲み干した。
氷は解けて、水は生ぬるかった。
ティエリアは、氷いっぱいの刹那のコップをとって、勝手に水を飲んだ。キーンとした冷たさが、心地よかった。
刹那の隣には、いつもティエリアが座った。 席が空いていて座ろうとしても、そこはティエリアの席だと座ることを拒否される。
「本当に、お二人さんは仲がいいな。マリナ姫の最大の恋敵は、もしかしたらティエリアかもな?」
「そんなバカなことがあるか。刹那は、友人として僕を好いていてくれているだけだ」
同意を求めると、刹那も頷いた。
「ティエリアは、見ていて危なっかしいからな。俺がロックオンの分まで見守っているんだ」
「兄貴の分までか。仲良きことにこしたことはねぇさ」
ライルが、まだ食べかけだった昼食を再開した。
「あれ、そういえばなんか忘れてないか?」
ライルが首を傾げる。
刹那とティエリアは顔を見合わせるが、何も思いつくことがなくて首をふるふると横に振った。
刹那の短い黒の髪はピョンピョン跳ね、ティエリアの肩までつきそうな紫紺の髪はゆるやかに揺れた。

「シクシクシク。どうせ僕は空気さ。ハブラレルヤさ」
暗い泣き声が、カウンターの奥から聞こえてきた。
その存在をすっかり忘れていた3人は、同時に口を開いた。

「「「アレルヤのこと忘れてた!」」」