ザァン。 ザァァァン。 おしてはひいていく波を、ティエリは見ていた。 「ティエリア、ほら、桜色の貝殻だ」 「ほんとだ。かわいい」 ロックオンが、砂浜で拾いあげた貝殻をティエリアの手の平に乗せた。 「その、大丈夫か?この頃、顔色が悪いみたいだけど」 「大丈夫です」 にっこりと、微笑むが、ティエリアは少しやつれていた。 ロックオンといることで精神的に満たされた分、病の進行が少し早まった気がする。 処方されていた薬が尽きたことが、最大の原因であるのかもしれない。 裸足で、砂浜を歩く。 ロックオンと、手を握り合って。 「いつの日か、誓ったよな。一緒にアイルランドで暮らそうって。家族になろうって」 「思い出してくれたのですか」 「ああ、最近なんか記憶がもやもやしてるんだけど、やっぱ長い昏睡状態だったせいかな?記憶が浮かんだり消えたりするんだ。でも、大分思い出した」 ロックオンの脳に埋め込まれたナノマシンは、記憶の再現をほぼ成功させていた。 まだ少し霧がかかっている部分があるが、目の前にいるロックオンは、生前のロックオンの記憶をほとんど寸分違わず持っていた。 「アイルランドに、いつか一緒に行こうか」 「はい、そうですね」 「家族には・・・もうなってるよな?」 「勿論です。もう、僕たちは家族です」 ロックオンが嬉しそうに笑う。 「僕が夫で、ロックオンが妻です」 パシャンと、波を蹴るティエリア。 裸足の爪も、少し長めで綺麗に整えられ磨かれて桜色だ。 「ちょ、ちょっと待てよ!なんで俺が妻なんだ!普通反対じゃないか!?」 「いいえ、これは譲れません。僕が夫で、ロックオンが妻です」 「そりゃねーよ!」 「僕はこれでも男ですから」 女神の化身のような美貌で微笑む。 「天使だろ?」 「天使だとしたら、ルシフェルです。もう、魔王ですね」 「魔王でも構わないさ。ティエリアなら」 「では、あなたは魔王の花嫁リリスですね」 魔王の花嫁と呼ばれるリリスを、ティエリアは思い浮かべた。 「俺が花嫁かよ!」 「きっとウェディングドレスが・・・・ぷっ」 ティエリアは想像して、思わずふきだしてしまった。 ロックオンの背の高い格好に、ウェディングドレスを着たシーンを想像してしまったのだ。 気持ち悪いとは思わないが、少なくとも似合わない。 「花嫁リリスはティエリアだ」 「僕がですか?」 「それで、俺が魔王になる」 「横暴ですね」 「だって、ティエリアは花嫁が似合う。いつか、ちゃとした結婚式をしような?」 「はい、約束です」 ティエリアの指には、ペアリングであるエメラルドの指輪が光っていた。 今のロックオンの指にも、昔ロックンがしていた対になるペアリングがされてある。 本当のペアリングは、本物のロックオンが一緒にもっていってしまったけれど。 ペアリングを買ったフランスの宝石店を訪れ、ティエリアは買い直したのだ。 それを、形見のように大切にしまっていた。 ロックオンは、自分の手にペアリングがないと騒ぎ出して、ティエリアが思い出して取り出してはめたのだ。 「ペアリングだけど、これ婚約指輪な?」 「指輪なんて形にしなくても、あなたの言葉を信じています」 ぐいっと、引き寄せられる。 「ティエリアはかわいいなぁ」 そのまま、深く唇が重なった。 舌を絡ませあう。 何度もキスを交わした。 波が、おしてはひいていく。 母なる海。 全ての命を育む母なる海。 ティエリアも今のロックオンも、母を経由しないで、人工の子宮であるカプセルから生み出された、人工の生命体だ。 二人は、愛を誓いあう。 罪深い二人。 魔王と花嫁リリス。 神は、彼らに贖罪を求める。 NEXT |