朽ちることのない花束









ガンダムマイスターは、トレミーで生活の大半を過ごしていたが、同じように地上に降りて普通の生活をする時間も多かった。
CBに敵対する、CBを上回る戦闘能力をもつ勢力のない現状では、突然の襲撃などなく、ミス・スメラギの許可さえ下りれば地上に降りることができた。
いろんな国や組織に武力介入しているが、今はまだCBも平和であった。

そんな戦いばかりの中、息抜きをするかのように、トレミーが地球に降りた。
いろいろと物資を補給しなければいけなかったし、修理も必要だった。とてもではないが、宇宙で漂っているだけではいられない。
CBの資金面の最大の出資者である王の当主は、トレミーのメンバーを別荘に迎え入れた。
ガンダムマイスターたちは、王の別荘には寄らず、それぞれ各自好きな行動を取っていた。
刹那は、経済特区である東京に借りた家に戻り、アレルヤはホテルを借りてヨーロッパでの滞在が決まっていた。ティエリアはトレミーに居るつもりだったが、 宇宙でもない地上にまでトレミーにいても意味はないと、半ば無理やりロックオンに連れ出された。
一度、ロックオンの故郷であるアイルランドの実家に2週間滞在したこともあったが、今回はそうでもないらしい。
それなりに有名なホテルをかりて、数日スイスに滞在することになった。
同じヨーロッパに滞在しているアレルヤはドイツのホテルにいる。会いにいこうと思えば、その日のうちに会えるだろう。
ロックオンは、地上嫌いなティエリアをいろいろと連れまわした。
ヨーロッパの、古代の遺跡を巡るツアーには、ティエリアも興味を惹かれたらしく、大人しくロックオンの言葉に従っていた。
「今度機会があれば、イギリスのストーンヘンジでも見に行こうか」
「あなたでも、歴史に興味があるんですね。意外でした」
「おいおい。こういうのは、古代のロマンっていうんだよ。なんていうか、人の無限の可能性ってものが見えてさ、わくわくしないか?旅の最後はエジプトだぜ」
「エジプトなら、僕も興味があって一度一人でツアーに参加したことがあります。なんなら、案内しましょうか?」
「お、まじか?人ごみ嫌いなティエリアには珍しいな。ツアーに参加だなんて」
「ツアーでないと、ちゃんと観光ができませんから。それに、一人旅だと何かとトラブルも起きます。その点、ツアー旅行なら安心できますからね」
「確かに、ツアー旅行なら安全面も問題ないからな。スフィンクスとか、ピラミッドとか見てみたいな」
「一番のオススメは、やはり王家の谷でしょうね。ツタンカーメンの墓は、教育にも取り上げられるくらい有名ですし。実際のツタンカーメンの黄金のマスクなんかは、博物館でしか見れませんが」
「ロマンだよなぁ」
「そうですか?」
ティエリアは、ホテルの一室で紅茶を啜りながら、目をキラキラ輝かせるロックオンを、珍しい物を見るような瞳で見つめていた。
ロックオンとは同室で、ホテルはツインの部屋だ。
平然とツインの部屋を頼むロックオンに、ティエリアは文句を言わなかった。
できれば、傍にいたいのだ。そのために一緒にいるのだから。
スイスという環境にティエリアは惹かれた。永久中立をとるこの国は、第一次、第二次世界大戦のどちらからも被害を受けることなく、今もずっと永久的に中立を守っていた。それは 連邦政府に加わった今でも同じで、連邦政府に加わってはいるが、スイスは特別なのだ。
そして、どこよりもバリアフリー化され、長閑で平和な国だった。
緑の多い、高齢者などの弱者に優しい国。ティエリアは、スイスが好きだった。
目に映る緑が、ロックオンの瞳の翠と重なる。
「ツタンカーメンかー。激動の時代を生きたんだろうなぁ」
エジプト案内のガイドブックを片手に、ロックオンは熱心に見入っていた。
「若くして暗殺されたとされていますが、きっと幸福だったんでしょう。妻のアンケセナーメンとはとても夫婦仲が良かったらしいです。ツタンカーメンの棺の上には、妻のアンケセナーメン が置いたと思われる花束が発見されています。アンケセナーメンはその後ファラオを継いだアイの妻となりますが、当時は王位継承権は女性にありましたからね。結婚せざるをえなかったんでしょう。アンケセナーメンが ツタンカーメンかアイか、どちらを愛していたかは知りませんが」
紅茶を音もなく啜って、ティエリアはエジプト案内のガイドブックをパラパラと捲った。
エジプトを観光するならば、スイスは遠すぎだ。
どうせ、ロックオンのことだから、ヨーロッパの古代の遺跡を一通りまわったら、エジプトに向けて出発するのだろう。そこでホテルを取って、好きなだけ古代のロマンを 味わうことだろう。
「ティエリア、博識だな」
「常識でしょう。エジプトに興味を持って、尚且つ観光までしたことがあれば、それくらい覚えていて当然です」
「そうかぁ?俺、今日の観光案内の詳細もう忘れちまったぞ」
「あなたの脳みその、脳細胞の死滅が早いだけです」
「ひどっ」
しくしくと泣き真似をするロックオンを、ティエアは無視した。
「人ではない僕は、一度与えられた情報を忘れるには少し時間がかかります。イオリアはコンピューターのような脳を作ることを夢見ていましたからね。でも、実際はそんな脳など作れなかった。 その点でいえば、僕はれっきとした失敗作ですね」
自嘲気味にそう言って、ティエリアは紅茶を注ぎ直した。
イオリアに作られた人工的な存在であるティエリアは、自分の出自を隠すことなくロックオンに喋っていた。
それにロックオンは最初は驚きこそしたものの、全く前と変わらずに扱ってくれる。それがティエリアには嬉しかった。
「そんな言い方しなさんな。イオリアのじいさんに作られたとか。ティエリアは人間だ。俺と同じ人間だ」
サラサラと、ロックオンの指の隙間からティエリアの紫紺の髪が零れ落ちて、綺麗な音をたてた。
「アンケセナーメンが、ツタンカーメンの棺に置いた花束は、何千年たっても朽ちることなく原型を留めていたそうです。羨ましいですね」
「ティエリア」
「そこまで想われてみたい」
「俺じゃだめなのか?」
「あなたは人間だ。人は、いずれ朽ちる。けれど、僕は遺伝子に細工を施され、年齢さえ重ねることができない」
「ティエリアは人間だ」
「僕のことを人間だといってくれるのは、あなただけですよ」
ティエリアは、空いたカップに紅茶を注ぎ、ロックオンの前に置いた。
「朽ちることのない花束になれたら。きっと、時間が止まってそこだけが永遠なんでしょうね」
「永遠なんて、ないさ。人の想いは変わる。俺はティエリアのこと好きだぜ?これは変わらない」
「人の想いは変わるといって置きながら、変わらないですか。矛盾があなたらしいですね」
ロックオンの翠の瞳が、より一層優しくなった。
ティエリアの手から渡されたカップを片手に、紅茶を一口飲む。
「お前さんは、やっぱ甘党だな」
「甘いものは好きですから。逆に辛いのは苦手です」
「一度、ケーキバイキングでも行ってみるか?」
「そこまで甘党ではありません」
ティエリアは、甘いものを好んだ。それは疲れた体を癒してくれるからだ。だが、過剰に甘い物を摂取することは嫌いだった。
「エジプトに発つなら、早いほうがいいでしょう。エジプトはとにかく古代の歴史の宝庫です。僕もまた行きたい」
「お前さんが、嫌いな地上で自ら進んでどこかに行きたいとかいうのは珍しいな」
「あなたが傍にいてくれるからです」
ティエリアは、あえて好きだとか愛しているという言葉を口にしない。
だが、別の形で言葉を口にする。
「なんか、恥ずかしくなってきた。傍にいてくれるからか……」
紅茶を飲みながら、ロックオンがパンフレットで顔を隠した。
「あなたのほうが、余程恥ずかしい台詞を口にしていたと思いますが?」
ティエリアは笑った。
ロックオンと二人で過ごす時間が長くなった最近、むやみに頬を紅くしたりすることは少なくなった。
慣れてしまったというべきか。
恥ずかしい台詞を言われても、平気だった。
そして、ティエリアも自然と同じように照れくさい言葉を口にする。


ティエリアとロックオンは、エジプトについて語り合った。
旅の最後の場所は、エジプトともう完全に決まっていた。