ガーネット









「これやるよ。誕生日、おめでとう」
ロックオンの、誕生日祝いの言葉と共に贈られたのは、小さなリボンの包装がされた包み箱だった。

トレミーの、ロックオンの部屋に呼ばれたティエリアは、枕を片手に深夜ロックオンの部屋を訪れた。
深夜の2時に、自分の部屋を訪ねて来いと、半ば無茶なことを言い出したロックオンに、ティエリアは少し草臥れた様子で頷いた。
ロックオンにはいろんな恩があるし、何よりも彼のことが人間として好きだった。刹那もアレルヤもそれなりに好きではあったが、ティエリアが抱いた感情は 特別なものであった。
そんなロックオンの言葉を、ティエリアはよく素直に聞いていた。余程無理なことでもない限り、断らない。
嫌いな地上に誘われても、頷いてついていくくらいだ。
ティエリアは、枕を片手にロックオンの部屋の前にきていた。
ロックはかけられたままで、中からロックオンのものらしき鼾が聞こえる。
枕を持ってきて正解だったと、ティエリアは思った。ロックオンをたたき起こして、思い切り枕を投げつけてやろう。
ティエリアは、ロックオンの部屋の扉をどんどんと叩いた。
近所迷惑などお構いなしだ。
その音に、真っ暗だったロックオンの部屋に明かりがついた。暗い廊下から漏れる光に、ティエリアが眉を細める。
ティエリアの目は、光に弱かった。
自然の太陽光にも、人工の光にも弱く、いつも眼球保護のために眼鏡かコンタクトをしていた。今は裸眼である。
よほどの光の量がない限り、光に弱いといっても害はないが、それでも自己防衛が自然と働いて、ティエリアは空いた片方の手で光を遮るような姿勢を取った。

カチリと、ロックが解除される。
途端に漏れ出す光の量に、ティエリアは目を瞑った。
そして、恐る恐る目を開ける。
光に弱い目が、それでも短時間でロックオンの部屋に点った光の量に慣れ始めていた。

「こんな時間に呼びつけておきながら、自分は夢の中だなんて、いい度胸ですね」
ティエリアは、怒っていた。
どうしてもその時間に用があるからといわれて、2時まで眠気を堪えて起きていたというのに、相手のロックオンは寝ていたのだ。
とりあえず、ティエリアは持っていた枕を渾身の力を込めてロックオンに向かって投げた。
「ごめん、ティエ…もががががが」
枕を顔面で受け止めたロックオンに、ティエリアが満足そうに息をする。
「それで、用とはなんですか。何もないなら、僕はもう寝ますよ。眠くてたまりません」
ティエリアは、2時という時間のために起きていたのだ。本当なら11時には就寝につく健康的な生活を送っているティエリアに、一度寝て2時に起きるという選択肢はなかった。
ティエリアは低血圧である。一度眠ると、なかなか目を覚まさない。
それを自覚していたので、わざわざ2時という深夜まで本を読んだりして起きていたのだ。欠伸だって何回もした。
今横になれば、それこそ数分もせずに眠りの海に旅立てるだろう。
「ティエリア〜。いきなり枕投げることないだろう。そりゃ、呼びつけといて寝てた俺が悪いが」
「悪いという自覚があるのなら、まず謝罪してください」
「すまなかった」
素直に謝るロックオンに、ティエリアも表情を緩める。
「それにしても、お前さんなんて格好してるんだ」
ティエリアは、言われて自分の姿を見た。別段、どこも問題がないように見受けられて、ティエリアは?マークを頭に浮かべた。
「パジャマはどうした、パジャマは!普段着でもいいから!」
「全部洗濯に出しています」
ティエリアの格好は、大き目のシャツを一枚羽織っただけで、スリッパは履いているものの、裸足だし、ぶかぶかのシャツからのぞく鎖骨とか首とか太ももとか、とにかくロックオンには問題ありの格好だった。
目の毒とは、こういうことを言うのだろう。
「ああ、もう、お前さんは。これ着てろ」
ロックオンは、パジャマ姿のまま、自分の服を漁りだすと、コートを取り出してティエリアに着せた。
「気分的に暑苦しいです」
コートは冬もので、温度調整がなされたトレミーで着るようなものではない。
「我慢しやがれ」
「まぁ、僕は体温調節ができますから。問題はありませんけどね」
「体温調節って…」
「イオリアは、とにかく新人類を、旧人類から進化して作り上げたんですよ。寒い場所では、人は分厚い衣服なしでは凍えて死んでしまう。けれど、イオリアの作った子供たちは、体温調節ができる。普段平熱が低いのも、 無駄に熱を保つことでカロリーを消費するのを控える癖があるせいです」
イオリアに作られた存在であるティエリアは、新人類である。後にイノベーターと呼ばれる存在であるということを知ることになるが、それはまだ先の話だ。
「何度もいわせんな。ティエリアは人間だ」
「そうですね。少なくとも、見た目は人間です。まぁ、人間が暗闇で目が光ることなんてありえませんけどね」
ティエリアの目は、暗闇の中だと金色に光った。
まるで猫のようである。
「言いたいことはいろいろあるけど、夜中だしな。また今度だ。これをお前さんに渡したくて、呼んだんだ」
ロックオンは、がさがさと紙袋を漁ると、その中から小さな箱を取り出した。
それは綺麗にラッピングが施され、リボンまでついていた。一目で、贈り物であることが分かった。

「誕生日、おめでとう」
ロックオンのその言葉に、ティエリアが驚いた。
自分の誕生日を、ティエリアはロックオンに教えていなかった。
「なぜ、今日が僕の誕生日であると分かったんですか」
「データに載ってた」
「そうですか。そのデータ、今度削除しときます」
「なんでだ?」
「誕生日なんて、僕には意味がない。人が生まれた日を、普通は誕生日というんでしょうが、僕の場合は自我をもって目覚めた日を誕生日ということにされています。製造年月日もありますよ」
ロックオンから、誕生日プレゼントを受け取る資格はないのだとばかりに、ティエリアは言葉を並べた。
ティエリアにとって、誕生日など、本当になんの意味もない日だった。製造年月日と同じくらいに、疎ましい日だ。

ふわりと、ロックオンの体温に包まれた。
「たとえ、普通の誕生日じゃなくっても、ティエリアが生まれてきてくれたことに俺は感謝してるんだ」
「ロックオン」
「ティエリアが、生まれてそして俺の傍にいてくれることに感謝している」
ティエリアは、その言葉だけで破裂しそうだった。
イオリアから作られた存在であるティエリアは、自分を否定はしないものの、人間として過ごすつもりはなかった。だが、ロックオンと一緒にいることで、ティエリアは人間に なりたいと心から思った。
「僕は、人間になれるでしょうか。ロックオンと同じ人間に」
「なれるさ。絶対に、なれる。今が人間じゃないと感じていても、いつか必ず自分の存在が人間であると思える日がくる」
「その時は、隣にいて下さいね」
「ああ、約束する。隣にいるさ。ずっと、ティエリアの隣に」
その約束は、果たされることはなかったけれど。
ロックオンは、ティエリアを一人にしてしまったけれど。
それはまだ未来のお話だ。


「中身、あけていいですか?」
「ああ」
ティエリアは、シュルリとリボンを解いた。
箱はケースに入ったもので、中に少し大きめのガーネットが入っていた。
「どうして。どうして、僕がガーネットが好きだと知っているんですか?」
今度こそ、不思議そうにティエリアが首を傾げた。
「なぁに。お前さんの目の色だから、選んだだけだ。ティエリアの目は、ルビーの真紅よりも明るいガーネットの色だ」
「本当に、あなたは不思議な人だ。話してもいないのに、僕が自分の目をルビーではなくガーネットの赤だと思っていることを知っているなんて」
「直感ってやつさ」
「直感ですか。これ買うの、恥ずかしかったでしょう」
宝石だけではあるが、それが一層ティエリアには好ましかった。
ピアスや指輪、ネックレスにされた宝石には興味はない。そんなものを身につける気もなかった。
それに、ティエリアは宝石を身につけなくても、その存在だけで類まれなるほどに美しかった。
ありふれた貴金属や宝石などを身につければ、その貴金属や宝石のほうが色褪せてしまうほど、ティエリアの容姿は美しかった。
「これなら、身につけなくてもいいし、好きなところにしまえるだろ?」
ロックオンが、ティエリアの手からケースを受け取って、中身を出す。
ガーネットを人工の光にすかせ、その紅い影は二人に落ちた。
「ありがとうございます。大切にしますね」
ティエリアは、眠気も吹き飛んだようで、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「今日は、もう遅いから俺の部屋で寝てけ」
「でも、ベッド狭くなりますよ?」
「気にしなさんな。一緒に眠ろう」
ケースにガーネットをしまい、テーブルの上に置くと、ロックオンが手招きした。
ティエリアは、その腕の中に落ちる。
コートを脱ぎ捨てて、ティエリアはロックオンのベッドに横になった。隣には、ロックオンが横になっている。
ティエリアは、ロックオンにむかって投げ捨てた枕を頭の下にしいた。枕が替わると眠れなくなるタイプだった。
ロックオンは、そんなティエリアに苦笑する。
そして、ティエリアの通常よりは低い体温を暖めるように、毛布を被せた。
「ありがとう、ロックオン。僕は、人間になれそうな気がします」
「俺からすれば、ティエリアはもう十分に人間なんだけどな」


ケースの中のガーネットが、消された照明の中、キラリと輝いたように見えた。
ティエリアは、暗闇の中、金色に光る目でそのガーネットを見つめた。
暗闇の中でも、なんの問題もないティエリアの目は、金色の輝きの中にガーネットの赤を混じらせていた。
ティエリアは、瞼を閉じる。
すぐに、眠りの波はやってきた。ロックオンは、腕の中のティエリアがすぐに眠りについたのを確認してから、彼もまた夢の中へと誘われていった。