お話をかくにあたって。「比翼の鳥」シリーズとなります。「比翼の鳥」→「ロストエデン」→「デジャブ」→「螺旋する感情」の次にくるお話です。それぞれ独立しても読めますが、順番に読んでいくと時間背景が分かったり、どこかで連鎖するものがあったりします。 ----------------------------------- ナイトクロス。 夜の十字架。 ナハトクロイツ。 夜の十字架。 夜の十字架に祈りを捧げる。 僕を守ってくれるこの十字架に祈りを捧げる。 誰でもない、君がくれた大切なもの。君のかわりに僕を守ってくれる十字架。 夜の十字架のように、見守ってくれる。 君がくれた大切なもの。君と僕は、魂の双子。比翼の鳥。 僕の世界は一度終わった。愛しい人の死によって一度終わった。 ロストエデンの唄のように、君はそこから僕を連れ出す。一緒に歩こうと、僕に手を伸ばす。僕は、躊躇いながらもゆっくりとその手をとる。握り締める。抱きしめられる。 確かにそこにある、暖かな体温。懐かしい、失ってしまった温もり。僕を包み込んでくれる。 ナイトクロス、ハナトクロイツ。夜の十字架を、僕は大切に身につける。 「ジャボテンダーさんパンチ!」 ティエリアが、自分の部屋でお気に入りのジャボテンダー抱き枕の手をとって、刹那の顔にパンチする。 ボスっと、音をたてて刹那の顔にパンチが決まる。 穏やかな表情で、刹那はそんなティエリアを見つめている。 「ジャボテンダーさんアタック!」 今度は、ジャボテンダーをぶんと振り上げて、ボスボスと何度も刹那の頭を殴る。刹那は怒ることも逃げることもしない。ただ、愛しそうに、そんなティエリアを、ピジョン・ブラッドのルビーの瞳で見つめているのだ。 愛にあふれた、とても優しい瞳。 「俺のジャボテンダーも、ちゃんと残しててくれていたんだな」 ティエリアのベッドの上には、刹那が四年前に残していったジャボテンダーの「ジャボ美さん」が大切に置かれてある。 ティエリアの部屋は広い。リーダーとして指揮をとる彼を、クルーたちは特別扱いしていた。 何より、その部屋にはロックオンが残した遺品が溢れていた。普通の部屋の広さでは、ロックオンの遺品は破棄するしかない。ロックオンの遺品が溢れかえっても、ちゃんと生活できるように、ティエリアの部屋は特別に普通の部屋の2倍の広さになっていた。 そこかしこに置かれた、ロックオンの遺品。 トレミーは大破したが、新しいトレミーはゼロから作り上げたわけではなく、大破したトレミーを回収し、改築工事を何度も行って新しくつくった。 ロックオンの部屋も、当時のまま残っている。もう、何もない、マットレスだけのベッドが置かれただけの荒んだ部屋になってしまったが、誰もその部屋を使おうとはせず、また中にまだ残っているロックオンの遺品を破棄することはせず、そのまま残していた。 誰でもない、ティエリアのためだ。 ティエリアはこの四年間、ロックオンの部屋に度々訪れ、そして自分の部屋のロックオンの遺品を抱きしめて、数え切れない涙を流した。そのたびに、ロックオンのことを思って何度挫折しても立ち上がった。 二人の愛は、当時のトレミーのクルーたち全てが慎ましやかに見守っていた。 とても幸せそうな、甘い甘い、砂糖菓子より甘い恋人同士の二人は、ロックオンの死という最悪の結末で終わりを告げた。けれど、誰もティエリアにロックオンのことはもう忘れろとか、ロックオンのことは哀しいことだったなと言葉をかけない。 分かっているのだ、みんな。 今でも、痛いほど切ないくらいにティエリアがロックオンを愛していることを。 だから、ロックオンの部屋をそのまま残しているし、遺品を自分の部屋に移すティエリアの行動を止めなかった。当時のトレミーの誰もが、ティエリアを支えているようで、支えることはできなかった。 一人リーダーとして歩み、指揮をとるティエリアを支えていたのは、愛するロックオンだった。 その構図も、変わった。 刹那と邂逅し、アレルヤ、ライルとガンダムマイスターが四人そろった。 ティエリアは、刹那が伸ばした手を、躊躇いながらもとった。 そこから、全てが変わっていく。 人は、変わる。想いも変わる。けれど、ティエリアがロックオンを愛する想いは変わらない。 全てを承知の上で、刹那はロックオンの穴を埋めた。ティエリアの傍に寄り添い、大切にし、守り、庇い、比翼の鳥のようであった。魂よりも深く二人は結びついていた。 愛、という関係を最初は二人はとらなかった。お互いに、心から愛する相手がいたからだ。擬似恋愛の擬似恋人は、刹那がアロウズとの戦闘でティエリアを庇い、右目を失ったことで劇的に変わった。刹那は、一度死んだ。ティエリアは、その後を追おうとしたくらいであった。 五分間も心肺停止状態であった刹那を、ティエリアがずっと傍で目覚めるのを待っていた。脳死と宣告されたが、奇跡的に刹那は回復した。 もう、互いに心を偽ることはなかった。二人は禁忌であった愛を囁きあう。そして体の関係も持ってしまった。 二人の愛は、歪んでいるのかもしれないが、それでも二人は構わなかった。 愛している。 この想いは真実だから。 「ナイトクロス・・・ずっと、身につけていてくれているんだな」 刹那の手が、ティエリアが首からぶらさげた十字架のペンダントに伸びる。 「ナイトクロス?」 「ナイトクロス・・・または、ナハトクロイツ」 「ドイツ語か。ナハトは夜。クロイツは十字架」 「物知りだな」 「僕は10各語くらい話せる」 刹那が、ペンダンドのプラチナのチェーンの先にある十字架に口付ける。 「これは、ナイトクロス、あるいはナハトクロイツというんだ。作った職人が、そう名づけた作品だ。はめられた石がルビーだからという理由もあったが、作品のタイトルがとても気に入ったので買った」 「夜の十字架。ナイトクロス、ナハトクロイツ・・・・綺麗な響きだ。ピジョン・ブラッドのルビーにスタールビー。まるで、君の瞳のようだ」 「だから、贈った。俺の分まで、ティエリアを守ってくれるように」 二人は見つめ合う。 ティエリアと刹那は同じ緋色の瞳をしているが、刹那の瞳は血のような真紅の濃い赤だ。それに比べ、ティエリアの瞳は宝石のガーネットのような、明るめの紅だ。 同じ色のようで、少し違う。 「僕を一人にしないで」 ジャボテンダー抱き枕を抱きしめながら、コツンとティエリアの頭が刹那の肩にもたれかかる。 「一人にはしない。ずっと傍にいる。俺がお前を守る」 「刹那」 「だから、一緒に歩こう。お前の世界は終わってはいない。ロックオンを愛したままでいいから、一緒に未来を歩いていこう」 さし伸ばされる手。 ティエリアは、おずおずとその手に手を重ねる。 ティエリアの世界は、ロストエデンの唄のように、ロックオンの死によって一度終わった。 そこから、刹那はティエリアを連れていく。 一緒明日を歩むために。 ナイトクロス、或いはナハトクロイツと名づけられた十字架のペンダントか、真紅の涙を零した。 NEXT |