人間でいること










ティエリアは、苦悩していた。
仲間に、ずっと隠していたイノベーターの存在を話した。
イノベーターの存在は、ティエリアそのものを揺るがす存在でもあった。なぜなら、同じくイオリアに作られ、 ヴェーダを掌握し、アクセス権をもち、そして脳量子波の使える新人類であるイノベーターとティエリアは同じなのだ。
ティエリアもイノベーターなのだ。

ミス・スメラギから言われた言葉を思い出す。
「あなたは私たちの仲間よ」
言葉にするのはとても簡単なことなのだ。それを信頼するのも簡単なことだ。
がだ、イオリアの計画にとって自分たちの存在が異端であるかもしれないと皆に言ったように、ティエリアは戸惑っていた。
イオリアの計画を実行するために、自分たちガンダムマイスターは世界に武力介入し、そして一つに纏まろうとする連邦政府のやり方は間違っているとして 、そこにまた4年の月日を経て武力介入をした。
今ではアロウズが最大の敵であり、連邦政府の最大の敵であるCBに、アロウズは容赦もなく襲い掛かってくる。
だが、その裏で糸をひいているのは、自分と同じイノベーターなのである。

リジェネ・レジェッタを思い出す。
いつの日だったか、会った日にCBに居づらくなったらいつでも来いといわれていた。
「ティエリアは、僕たちの仲間だからね。ティエリアがCBにいることが間違っているんだよ。僕たちと同じイノベーターである 君には、人類を支配する権利がある」
ティエリアは、リジェネの誘いなど一蹴した。
自分は人間であると、強く信じていた。たとえその存在が、イオリアに作られたものであると知っていても、ティエリアは人間で いたかった。
リボンズ・アルマークとの出会いが、ティエリアを変えた。
ティエリアの信念を揺るがす存在であるリボンズから逃れるように、ティエリアは自分の過去を見つめていた。
ロックオンの言葉を思い出し、ティエリアは自分が進むべき道はやはりCBにあると確信した。

仲間に、イノベーターのことを話した後、ティエリアはつけ加えた。
一度ミス・スメラギに止められ、まず成すべきことは衛星兵器の破壊であると言われたが、それでも言わずにはいられなかった。
隠していたくなかった。
「僕も、彼らと同じイノベーターだ。イオリアの計画の申し子であり、世界の歪みの元であるイノベーターと、僕は同じなんだ」
そして、誰の言葉も耳にせずにそのまま、操舵室を後にした。
ティエリアを詰る者は誰もいなかった。仲間であると信じているからこそ、ティエリアの存在がたとえイノベーターであっても 彼らはなんの戸惑いもなしに受け入れた。
元から、ティエリアだけがヴェーダへアクセスできることや、イオリアに作られた存在であるということは、半ば秘密でありなら公のものだった。
ティエリアは普通の人間じゃない。
トレミーにいる誰もが知っていたけれど、ティエリアを一人の普通の人間として扱った。
奇異の目を向ける者は誰もいなかった。
ティエリアは、4年間をかけてCBを再構築したことで、仲間から絶大な信頼を得ていたし、ティエリアを慕う者は多かった。

「僕はイノベーターなんだ。ロックオン、もしもあなたが今いれば、今の僕を叱咤するでしょうね。なぜこんなに弱気になっているんだろう、僕は」
ティエリアは、物資補給で忙しく動き回るメンバーと、物資補給施設を見下ろした。
「ティエリア」
背後から声をかけられて、ティエリアは振り返った。
「アレルヤ」
「僕は気にしてないよ。ティエリアがイノベーターだなんてこと。だって、ティエリアは僕らの仲間だもの。ただ偶然に、その存在が同じだっただけだよ。ロックオンも刹那も言ってたよ。ティエリアは大事な仲間だって」
「仲間か」
「そうだよ、ティエリア。落ち込まないで。ティエリアは、正確にはイノベーターなんかじゃない。僕らと同じ人間だ」
その言葉に、ティエリアが口元を緩めた。
「君は、昔ロックオンが口癖のように言っていた言葉を言うんだな」
「ロックオンだって、ティエリアがイノベーターだなんて思ってなかったはずだよ」
「そうだな。あの人は、強く僕に自分が人間であるということを示してくれた」
「ティエリアは人間だ。そして僕らの仲間だ。イノベーターは僕らの敵で、ティエリアはたとえイノベーターとして命を受けたとしても、 僕たちといることで人間になったんだ」
「アレルヤ」
「4年前なら、考えられもしなかった行動を君は取ったりするよね。とても人間らしい行動を。感情の露出だって極端になって、 喜怒哀楽だってあるし、君は泣いたり喜んだり怒ったり笑ったりする」
「それは」
「他のイノベーターが、こんな感情豊かで素晴らしい存在だとは僕は思わない。実際にイノベーターに会ったことがないから 分からないけど、ティエリアの会話を聞いていると、まるて生きているだけの人形に感じるよ」
「生きているだけの人形」
「そう。ティエリアは、人形じゃない。鼓動を確かに打っている、立派な人間だ。そして、僕たちと同じガンダムマイスターで仲間だ。ね、ロックオン、刹那?」
「あちゃあ。気づかれてたか」
「ティエリア、気に塞ぐことはない。ティエリアは俺たちの仲間だ」
物陰に隠れていたライルと刹那が姿を現して、ティエリアの前に立った。

「ティエリア、手をだして?」
アレルヤの言われたとおりに、ティエリアは手を出した。
そこに、アレルヤ、ライル、刹那が上から手を重ねていく。
「ティエリアは僕たちの仲間で、優秀なガンダムマイスターだ。これからも、それは変わらないよ」
「変わらない」
「変わんねーさ」
ギュッっと、3人の手の重みと暖かさがティエリアに伝わって、ティエリアは伏せていた石榴の瞳を輝かせた。
「誓うよ。僕は、決して裏切らない。君たちの仲間でいられることを、光栄に思う」

ティエリアの目に、もう迷いはなかった。
イノベーターだからと、迷う時はまたくるかもしれないが、そんなときはこの3人が支えてくれる。
きっと。

「衛星兵器破壊に、全力を尽くそう」
ティエリアは、言い放った。
そこには、いつものティエリアが立っていた。アレルヤとライルと刹那は顔を見合わせて、ティエリアの言葉に頷いた。