アレルヤは、アリオスから降りた。 戦闘はすでに終了しており、あとはトレミーへの帰還命令を待つばかりだった。 それでも、どこに敵が潜んでいるかも分からない。ガンダムから降りるなど、自殺行為に等しかった。 けれど、アレルヤはアリオスから降りた。 飛行中に見つけた金色の海に、アレルヤは溺れるように足を踏み入れた。 風に乗って、金色の花びらがさらさらと流れていく。 アレルヤは、髪を押さえながらその光景に酔いしれた。 一面に広がる金色の海の正体は、マリーゴールドの可憐な花が咲き乱れる花畑だった。オレンジ色といったほうが正しかったが、 アレルヤにはその色がマリーの瞳の金色、そして太陽の色に見えた。 同じように、アレルヤの片方の目も金色である。マリーと同じ色を持っていることが、素直にアレルヤには嬉しかった。 今すぐ、マリーをトレミーから攫って、この場所に連れてきたかった。 きっと、マリーは綻ぶような笑顔で喜んでくれるだろう。 だが、戦闘中にCBのメンバーでもないマリーをアリオスに乗せるのは危険だったし、何よりマリーを命の危機に晒したくなかった。もう二度と、人の血が流れる場面に 居合わせて欲しくなかった。 「マリー。待っていて。もうすぐ帰るから」 風にさらわれ、ざわめく金色の海を漂いながら、アレルヤはマリーのことを想った。 誰よりも可憐で、愛しいマリー。 僕だけのマリー。 「ごめんね。お花さんたち」 アレルヤは先に謝罪した。そして、マリーゴールドの花を摘み取っていく。 まるでマリーを摘み取っているような、禁忌の味がした。 花は、摘み取られてしまうとすぐに枯れてしまう。このまま、金色の海で咲かせることが一番幸せなのだと分かっていても、アレルヤは止められなかった。 マリーに、この花を見せたかったから。 アレルヤは、器用にマリーゴールドの花で花冠を作りあげた。そして、自分の頭に載せてみる。 アレルヤは笑った。 マリーの名前がつく花の冠があることに。 アレルヤは、アリオスに搭乗すると、金色の花冠をコックピットに置いて機体を発進させた。 程なくして、ミス・スメラギからの帰還命令が下された。 アレルヤは、今一度、眼下に広がる金色の海を見下ろした。 さざめく波と共に、金色の花びらがどこまで遠くへと攫わせれていく。その行き先を知りたいと、アレルヤは思った。 風にさらわれて、金色の花びらはどこまで飛んでいくのだろうか。草原をこえて、ひょっとして町までいくんじゃないだろうか。 そうだったら素敵だなと、表情を緩めた。 金色の雨を降らせ、アリオスの機体がマリーゴールドの花畑を横切った。 巨大な機体の影が、金色の海に映る。 「待っていて、マリー。花冠を君に」 アレルヤは、逸る気持ちをおさえながら、しっかりと操縦桿を握り締めた。 「アレルヤ、お帰りなさい!」 マリーが、帰ってきたアレルヤに抱きついた。 その細い肢体を抱きしめ、甘い香りのするマリーの銀色の髪に顔を埋めた。 「ただいま、マリー」 「今日も無事で、本当に良かったわ。神様に感謝しなければいけないわ」 キラキラと輝く太陽の金色の瞳で、マリーはアレルヤを仰ぎ見た。 そして、首を傾げる。 「アレルヤから、甘い花の匂いがするわ」 「マリーの色の海を見つけたんだ」 「私の色の海?」 「そう。マリーの瞳の金色に輝く海を」 「アレルヤ、海は横切らなかったはずじゃ…」 アレルヤは、最後まで言わせず、マリーの唇に自分の唇を重ねた。 頬を染めるマリーに、アレルヤは微笑して、マリーの手を取って自室に招いた。 「花冠を君に」 そう言って、アレルヤはベッドの上に置いてあったマリーゴールドで編んだ花冠をマリーの頭に乗せた。 「まぁ、綺麗。アレルヤが作ったの?」 「そうだよ。君のために」 「ありがとう。とても嬉しいわ」 マリーは、花冠を頭に乗せて、くるりと回った。 「似合っているかしら?」 「とても似合っているよ。まるでお姫様みたいだ」 「お姫様は褒めすぎよ」 「そんなことはないよ。マリーは、僕だけのお姫様だ」 「アレルヤったら」 マリーは、自分の頭の上から花冠を取ると、アレルヤの頭に乗せた。 「なら、アレルヤは王子様ね。私だけの王子様」 「マリー」 「今度、機会があったら、この花を積んだ場所に案内してね?私も、アレルヤみたいに花冠を編んでみたいわ」 「約束するよ。今度、必ずマリーをあの金色の海に連れてってあげる」 「嬉しいわ。私、花が大好きなの。得にこの色の花はとても好き。まるでアレルヤの片方の瞳の色みたいなんだもの」 「それをいうなら、マリーの瞳の色だよ。太陽の金色だ」 「太陽だなんて、大げさね」 「マリーは僕の太陽だよ。知っているかい?この花の名前は、マリーゴールドっていうんだよ。君の名前の花なんだ」 「マリーゴールド!」 マリーの金色の瞳が、見開かれた。 「話には聞いていたけど、実物をみるのは初めてだわ」 「そう。もっといっぱい摘んでこればよかったね。この部屋が金色の埋め尽くされるくらいに」 アレルヤが、マリーの肩を抱いた。 「だめよ、アレルヤ。お花は、咲いているからこそ美しいのよ。むやみに必要以上摘み取ってはだめよ」 マリーは、アレルヤの優しい心に感謝しながらも、諌めた。 花だって、生きているのだ。摘み取られれば痛いに違いない。 「約束してね?今度、マリーゴールドの花畑に私を連れて行ってくれるって」 「約束するよ。君の名前の花が咲く、あの黄金の海に君を連れて行く」 花冠となったマリーゴールドは、黄金の輝きをそれでも損なうことなく、美しく可憐に咲いていた。 |