たまにはそんな時もある







「僕は、あなたのなしえなかった未来を、確実にちゃんと歩んでいるでしょうか?僕は、あなたの願いを代わりに現実のものにして、あなたの役割をちゃんとこなしているでしょうか?僕は、大事な人たちをちゃんと守りきれているでしょうか?そもそも、僕はイノベーターだ。ちゃんと人間として・・・・」

ぼおっと、頭が霞んでいる。
ティエリアは、お気に入りのカップに紅茶を注いでいた。
トポトポトポ・・・・。
ぼおっと、呟いていた。
誰にでもない、いなくなってしまったニール・ディランディに向けて。
この言葉が届いているなら、どうかどうか、見守っていてくれているだろうか。

「よお、ティエリア、元気にしてるか?」
ふいに、扉が開いて中に人が入ってきた。
ティエリアの部屋にはロックがかかっていなかった。ロックがかかっていても、刹那とライルは暗号を知っているし、いつでも気兼ねなく訪ねてくればいいと言われているので、その言葉に甘えてライルはいつものようにティエリアの部屋を訪れた。

コポポポポ・・・・。
テーブルの上に、ティエリアはマイセンの高級そうなカップを置いて、そこに紅茶を注いでいた。
「おい、ティエリアこぼれてるぞ?…おい、おいって!!」
ライルが、ティエリアの手から紅茶のティーポットを奪い、少し乱暴気味にティエリアの体を揺さぶった。

ぼおっとしていたティエリアは、現実に戻って、目の前でカップから溢れてしまった紅茶を見下ろす。
「あ、いけない、紅茶が・・・・」
見事にテーブルの上に零れてしまった。
床にも滴っている。結構な量を零してしまった。

「どうしたんだよ?あんたにしちゃ、めずらしいな、ぼーっとして、疲れてんのか?」
そっと、心配そうにライルの手がティエリアの白い頬を撫でた。
昔よくロックオンにも、そうやって撫でられた。
懐かしい感触を思い出しながらも、首を振る。サラサラと、紫紺の髪が綺麗な音をたてて逃げていく。
「大丈夫です」
「大丈夫って顔じゃないだろ、無理してんじゃねえのか?」
心なしか、ティエリアの顔色が悪い。
ライルは、ティエリアの頭を撫でると、部屋の奥のほうからタオルを持ってきて、テーブルと床に零れてしまった紅茶を綺麗にふき取ってくれた。

「無理なんて、してません」
そうだ。
無理なんて、していない。
いつも一人で頑張ってきたんだ。
四年間、仲間を守りながら一人で戦ってきた。
これくらい平気だ。蚊にさされたようなものだ。
全然平気だ。


「なあ」
ふと、ライルがティエリアを抱き寄せる。
ティエリアは、自然と顔をあげてライルに引き寄せられる。
「なんでしょう?」
「兄さん、あまり自分のやりたいこととか、つらい、とかの愚痴だとか、言ってこなかったろ?」
懐かしむように、ライルが兄のことを口にする。ライルにしては珍しい。ライルは兄を好いてはいたが、もう故人なので、あまり兄であるニールのことは口にしてしゃべるほうではない。

「ええ」
昔を思い出す。
あの頃のニールは、ひたすら真っ直ぐにティエリアを愛してくれて、泣き言なんて一つも言わなかった。愚痴も零さなかった。
(ティエリアを守る、大切にするよ。ずっとお前さんの傍にいる。俺と家族になろう。結婚して、アイルランドの俺の生家で一緒に幸せに暮らそう)
何度も囁かれた甘い言葉を思い出す。

「やっぱりなあ。昔からそうだった。表面的にはにこにこしてるくせに、心の中に、つらいこととか、やりたいこととか、全部しまって、周りの奴らに心配かけないように、我慢ばっかしてんの。こんなこと言ってる俺も、さんざん世話になったけどさ」
とても懐かしい思い出。
双子の半身である兄のことを思い出す。
笑顔を絶やさなかったニール。弟であるライルのことをいつでも庇ってくれた。とても優しくて、人一倍努力家で、そして我慢強くで泣き言を漏らさなかった。

「…………」
沈黙していると、ライルが勝手に新しいマイセンのカップ・・・・ニールとお揃いの対になるカップを取り出して、コポポポと、それに紅茶をついでいく。
「いいんじゃねえの?」
「……なにがですか?」
「兄さんみたいに、皆のために、とか、自分がしっかりしないと…って、責任感じてがんばるのもいいけどさ、
溜め込むとこまで同じにならなくても・・・・な?」
ゆっくりと、頭を撫でられる。
大きな優しい手。

「・・・・・・・・・!!」
ティエリアは、言葉を失った。
「愚痴くらいなら、聞いてやるからよ。泣きたいときは、俺の胸を貸すぜ。あ!あんまりかわいいこといったら、喰っちまうかもしれないから、気をつけろよ?」
「・・・・・・う、ううう・・・・・」
ぎゅっと、ライルの胸にしがみつき、我慢していた嗚咽を漏らす。
いつもは刹那が隣にいて、刹那がティエリアを支えてくれるが、今はダブルオーライザーに乗った刹那と離れ離れになっている。
「・・・・・・・僕は、強くなりたい」
涙を零しながら、この四年間で何度も繰り返した言葉を口にする。

強くなりたい。
皆を守れるくらいに、強く。
ロックオンの分まで、強く。
もう誰も大切な人を失わずにすむように、強くなりたい。

少しだけ泣くと、さっきまでのもやもやが嘘のように晴れていく。
「やっぱり、貴方はあのひとの弟なんだな」
そっくりの顔を見つめる。でも、ニールとは違う。ライルはライルだ。
好きだなと、心から思う。この人のことが、心から大好きだ。人間として、仲間として。
ニールのように優しいけれど、ニールとはまた違った優しさをライルは持っている。同じ姿形、声をしていてもライルだと、はっきり認識できる。
ティエリアは思う。
この人に、ニールのことを重ねなくて良かったと。この人を傷つけなくて良かったと。
普通なら重ねてもおかしくないし、本人も重ねていいとティエリアに言ってきた。でも、ティエリアはそれを拒絶して、ライルはライルであると、彼に接していた。

「なに、カッコいいって?いまごろ気付いた?」
じっと見つめてくる熱い視線に、ライルがからかうように言葉を出す。
「そうやって、すぐ調子に乗るところなんてそっくりだ」
「なんだよ、せっかくいいこといったのに、言うことがそれかよ」
「いえ。・・・・・・・ありがとう」
ぎゅっと、ティエリアはライルを抱きしめた。
天使のような微笑が、ティエリアの顔に戻ってきた。
「なんだ、その・・・・こっちが照れるな」

ぎゅっと、抱きついてくる体を抱きしめ返す。
華奢で細く、どうやってこの四年間をたった一人孤独に戦ってきたのだろうかとさえ思う。
腕の中に抱いていても、まるで雪のように溶けてしまいそうに儚い。
体温はちゃんとそこにあるのに、今にも消えてしまいそうだ。
「俺が、守るから。兄さんの分まで、あんたを守るから」
「ライル・・・・」
そっと、顎に手がかかる。
ティエリアは、自然と瞳を閉じた。

触れるだけの優しいキス。
それ以上はしてこない。
「あなたは、どうしてこんなに優しいのですか?」
「ティエリアが好きだから」
ストレートすぎる答えだった。
もう何度も、愛している、好きだと囁かれた。
「あなたは・・・・・望めば、いくらでもすてきな人がいるのに」

どうして、こんな無性なんかの僕を選ぶのだろうか。
女性でもない僕を。

「紅茶、冷めちまうぜ。一緒に飲もうか?」
なみなみとつがれたティエリアのカップと、ライルは自分の分のカップを交換する。
ティエリアの目の前にあるカップの紅茶は今にも溢れそうで、ライルは零さないために、わざわざ交換してくれたのだ。
どこまでも優しいライル。
「あなたは、ずるい。その姿で僕に愛を囁くなんて・・・・」
まるで、ニールに愛を囁かれているような錯覚に陥る。
「でも、ティエリアは俺のことライルだって認めてくれてる。だから、好きなんだ」
「あなたはあなたです。ニールではありません。重ねたくありません」
「普通なら、死んでしまった恋人と同じ姿をしてたら重ねるのに、あんたはそれをしない。強いのに、儚くて脆いあんたを、守りたい」

紅茶を一口飲む。
アッサムの、高級品だ。
甘い味が口の中に広がる。

「僕は、強くなりたい」
「あんたは、十分強いさ」
「もっと、強くなりたいです。もっともっと。大切な人を全員守れるくらいに、誰よりも強く」
「それじゃあ、俺があんたを守るって意味がなくなっちまうじゃないか」
「僕は強くなりたい」

互いに紅茶を飲みながら、見詰め合う。
沈黙。

「・・・・・・・食っちまっていい?」
「ダメ」
甘い吐息が、桜色の唇から漏れる。
色づいた果実のように誘惑的だ。抗いがたい魅力がある。どうして、ティエリアはこうまで美しく綺麗で魅惑的なのだろうか。
データ上では男性ということになっているが、その体がは幼い少女のようなラインをえがいており、服の上からでも抱きしめるとはっきりとそれが分かる。
最近は、もう胸に黒いベストをしていない。
自然のままに、あるがままに任せている。
平らでない胸は、制服をきても胸がある、と分かるほど豊満ではない。
女性化してしまった証である僅かばかりの膨らみは、服の上から触って見ないと気づかない。

本当に、無性の天使のようだ、ティエリアは。
ライルは、蜘蛛の巣にひっかかってしまった蝶だ。あがけばあがくほどに、糸のような見えない鎖にからめとられて、引き付けられる。

守りたい。
兄が守っていたこの存在を守りたい。
ライルは、強くそう願うのであった。

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ライティエ。2月2日夜のタチバナ様の妄想より、台詞を拝借いたしました。
ありがとうございました。
まだまだ妄想小説化は進む・・・・。