太陽と月









マリーゴールドの花冠は、程なくして枯れてしまった。
それでも捨てることができず、マリーは大切に枯れた花冠を自分の部屋に置いていた。
アレルヤがくれたものである。捨てることなんてできなかった。
「マリー、居るかい?」
部屋の外から、アレルヤの声が聞こえて、本を読んでいたマリーが顔を上げた。
ロックを解除して、アレルヤを部屋に入れる。
「どうしたの、アレルヤ?」
「ミス・スメラギさんから、アリオスを私用に用いる許可を貰ったんだ。3時間の限定だけど」
「まぁ。それじゃあ、あなたがいっていたマリーゴールドの花畑へ連れってもらえるのかしら」
「そのつもりだよ。さぁ、着替えて。アリオスに乗るよ」
アレルヤは、マリーを急かした。
早く、マリーをあの金色の海に連れて行きたかった。
「分かったわ。少し待っていてね」
マリーは、一度部屋の扉を閉めると、配給されていたノーマルスーツに着替えた。アレルヤはすでにノーマルスーツに着替えて おり、後はマリーの支度を待つだけだ。
「お待たせ。これも、もっていっていいかしら?」
マリーは、枯れたマリーゴールドの花冠を、手にしていた。
「マリー。まだ持っていてくれたんだね」
「ええ。枯れてしまったけれど、捨てられないわ。私に、始めてマリーゴールドの花を見せてくれたこの花冠に、お礼がしたいの。 元の場所の花畑に、還してあげましょう。それが、きっとこの花冠の幸せになるわ」
「分かったよ。マリーは優しいんだね」
「アレルヤの優しさには適わないわ。私との約束を、こんなにも早く現実のものにしてくれるんですから」
マリーはアレルヤを抱きしめた。アレルヤもマリーを抱きしめる。
そして、二人は見詰め合った後、拙い恋人のキスをした。

マリーを載せて、アリオスはトレミーを発進した。
トレミーは、ミス・スメラギの配慮から、マリーゴールドの花畑から遠く離れた場所にあったのだが、少しだけ予定を変更してアリオスを発進させれば、 マリーゴールドの花畑へたどり着ける位置まできてくれた。
アレルヤの我侭を、ミス・スメラギは一度だけという条件つきで、受け入れてくれた。
アリオスは、程なくして金色の海にたどり着いた。
花冠を編んだあの日のように、色褪せない太陽の色で輝いている。
風に揺れて、金色の花の雨がアリオスを包み込んだ。
「なんて綺麗なの!信じられないわ!」
アリオスの機体から見える花畑に、マリーが釘付けになった。
アリオスは、花畑から少し離れた草原に降りた。先にアレルヤが地上に降り、次いでマリーがその後に続いた。
マリーは、待ちきれないとばかりに、期待に胸を躍らせていた。
「さぁ、マリー、一緒にいこう」
差し出されたアレルヤの手をしっかり握り締めて、マリーは頷いた。
「ええ、アレルヤ。私を、黄金の海に連れていって」
二人で、草原を歩いた。そして、起伏した丘をいくつか越えて、黄金の海にたどり着いた。
「なんて綺麗なの。こんな綺麗な景色が見れるなんて、夢のようだわ」
マリーは、アレルヤの手を振り解いて、花畑を翔けていった。
「待ってよ、マリー!」
「うふふふ。捕まえてごらんなさい」
マリーは、後ろを振り返ってアレルヤを誘う。だが、すぐに足がもつれて花畑に倒れてしまった。
「大丈夫かい、マリー?」
「大丈夫よ。本当にありがとう、アレルヤ。私をここに連れてきてくれて」
マリーは、ごろりと花畑の上に寝そべった。
アレルヤは苦笑して、同じように金色の海に二人して漂うことになった。

「君の名前の花だよ。かわいいね」
アレルヤが、近くにある花を摘んで、マリーの髪にさした。
「あら、私は?」
「マリーはもっとかわいいよ」
クスクスと、もつれあうように二人はじゃれあった。
そして、アレルヤが花を摘み取って、花冠を作っていく。それを見習いながら、マリーも花を摘み取って、花冠を編んだ。
「できたわ。でも、アレルヤのようにうまくいかないわね」
「初めて作るんなら、十分に上手だよ、マリー」
アレルヤが、綺麗に編まれた花冠をマリーの頭に乗せた。
そして、マリーも、少し歪んでいるが、出来上がった花冠をアレルヤの頭の上に乗せた。
「僕はね、思うんだ。マリーは僕の太陽だって」
「私が太陽?」
「そう。マリーのお陰で、僕も輝ける。僕は自分の瞳がオッドアイということになんの感慨ももっていなかったけど、金色と銀色でよかったと思うよ。マリーの太陽の色と、 それに照らされる月の色だ。僕は月なんだ。マリーという太陽に照らされる月だよ」
「あら、それじゃあアレルヤも太陽よ。私だけの太陽。私の瞳の色と、アレルヤの片目は同じ色。そして、私も銀色を、髪だけれど色として持っているわ。私も月ね。 アレルヤという太陽に照らされるお月様」
「マリー」
「アレルヤ」
「大好きだよ。君と出会えて僕は幸せだ」
「私もよ。あなたと出会えたことが、私の全て」
アレルヤとマリーは、花冠を頭に乗せたまま、立ち上がると、口付けを交わした。

しばらくの間、花畑でじゃれあうように抱き合っていた。
そして、3時間という限定の時刻を噛み締めるように、とても穏やかで優しい時間を過ごす。
それはトレミーでもいつも過ごしていた時間と変わらないけれど、こうやって外の、黄金の海で過ごす時間は格別だった。
「そろそろ、戻らないと。スメラギさんが怒っちゃう」
「名残惜しいわ。もっと居たいけれど、仕方ないですものね」
「いつか、またここに連れてきてあげるよ」
「本当?約束ね」
マリーが、零れんばかりの笑顔を作る。
「今までありがとう。土にお還り」
マリーが、思い出したかのように、アレルヤに最初にもらった枯れた花冠を、花畑にそっと置いた。
「どうする?この花冠も置いて帰るかい?」
アレルヤが、自分の頭とマリーの頭からとった花冠を二つ手に、マリーに聞いた。
「本当なら、そうしたほうがいいんでしょうけれど、持って帰りたいわ」
マリーの言葉に、アレルヤは花冠を2つともマリーの頭に乗せてしまった。
「決まりだね」
「ええ。帰りましょう。皆が待っているわ」
「帰ろうか。僕たちの家に」
アレルヤは、トレミーを家と例えた。それは、あながち間違ってもいないだろう。
今の自分たちの居る場所は、トレミーなのだ。そして、仲間たちは家族だ。

アレルヤとマリーが持って帰ってきた花冠は、枯れてもよい用にドライフラワーにされた。
そして、いつまでもアレルヤとマリーの部屋を彩っていた。