綺麗に押し花にした忘れな草。崩れないようにビニールシートで保護されている。 メッセージカードと一緒に添える。 メッセージカードには、簡潔に「あなたを愛しています」 ただ、それだけ。 多くの言葉はいらない。 セント・バレンタインの日。 たくさんのチョコレートをクルーの女性陣からもらったロックオンを、ティエリアは嫉妬もせずに静かに見守る。本命も混じっていたようだが、気にしない。 気にしたらはじまらない。独占欲で醜く歪んでしまう。そんなの、ティエリアは好きじゃなかった。 「おーどうした?」 ロックオンの部屋に、深夜に訪れる。 もう、日付は変わってしまってバレンタインの日ではない。 サボテンダー抱き枕を抱えて、オレンジのパジャマを着たティエリアはハロと戯れる。 「ハロさんハロさん・・・・もう寝るんですか?」 午前零時を回った時間。 ロックオンも、そろそろ就寝の時間だ。 ティエリアは、ロックオンに抱き寄せられた。 「お前さ、嫉妬とか・・・・そういうの、しないのな?」 「してほしかったですか?」 「そりゃまぁ、ちょっとは・・・・」 「嫉妬など。醜い感情は捨て去るべきだと思います。バレンタインは毎年行われている。そんなものに嫉妬していては、身がもちませんよ」 「なんでだ?」 「あなたを見る、女性たちの瞳が、いつも輝いている」 「あれ?俺って、普通にもてんの?」 「年齢を考慮しても、ガンダムマイスターのリーダーだし、何よりあなたは女性を虜にする秀麗な容姿を持っている。包容力があり、面倒見がいい。女性からすると理想のタイプでしょう。アレルヤ・ハプティズムよりはもてるはずだ。アレルヤはどちからというと、女性陣に溶け込むタイプだから」 強い核心をもって、ティエリアはベッドに寝転がったくせのついた茶色の髪を撫でる。皮の手袋のしていない手で、自分の唇をなぞらせる。 「ロックオン・・・・」 「お前さ。ほんと、意識してないんだよな。無意識に誘ってる」 「僕は、誘ってなど・・・・それよりも、僕を、こんなにしてしまった責任を・・・無性であるはずの僕を、女性化させる原因となっているあなたと別れるべきだとの、上層部の指示があったのは知っていますか?」 「マジかよ!命令なんかされて、誰が別れるかよ!」 「CB研究員は、女性のティエリアではなく、無性のティエリアを欲していますので。無性でなくなったとき、僕はさまざまな能力を失うでしょう」 「マジで・・・?」 少し哀しそうにロックオンが見上げてくる。 「今のところ、女性化は進めども、性別が分化することはありません。多分、僕は永遠に未分化のままでしょう」 ロックオンの安堵の息が聞こえた。 「僕も、それでいいと思っています。男でも、女でもなくて。無性のままでいいと」 「ティエリア、前から男になりたいってずっといってたのに」 「男では、あなたの伴侶になれませんから。無性なら、少なくとも不自然さから少しは逸脱できる・・・・女性化が進んでいれば、尚更ですね」 ロックオンに、触れるだけのキスをした。 「あなたと肉体関係をもって、恋人になって・・・僕の能力は落ちるどころか、向上しています。だから、上層部は無理やり別れさせようとせず、様子を見ている・・・・」 「なんか監視されてるみたいで嫌だな」 「仕方ありません。僕の生命倫理は・・・イオリアの基盤。CBの財産でもあるのですから、僕は」 「ティエリアは人間だ。財産なんかじゃない」 「そう思ってくれる人も多いみたいです。現に、自由を与えられており、一人の人間として権利も与えられています・・・・・これもまた、一つの道」 「ティエリア?」 金色の輝く瞳で、ティエリアはパジャマの内側から、小さなコインチョコとメッセージカードを取り出して、ロックオンに渡す。 「あげます。日付は、変わってしまいましたが。こういうイベントは、あまり僕には向いていませんので」 少し、頬が染まっていた。 「おー・・・・愛しています・・・・壮絶な殺し文句だなぁ。添えられている花は、勿忘草か」 「小さな蒼い花を咲かせるのが好きです・・・・昔、CBの温室で栽培していました」 「そうだな。今度アイルランドの生家の庭にでも植えるかぁ」 「本当に?」 ティエリアが身を乗り出す。 「捕まえた・・・・」 腰を引き寄せられる。 「捕まえられました・・・・勿忘草の花言葉は知っていますね?」 「勿論」 「では、その言葉通り、永遠に忘れないでください。僕のことを」 「やっぱり、お前さん誘ってる?」 桜色の唇に触れるだけのキスをして、ロックオンは笑う。 この笑顔が、ずっと自分に向いていればいいのに。 勿忘草の花言葉を、ロックオンは今も守っている。 永遠に、ずっとずっと。 |