「ワタシヲワスレナイデ、ワタシヲワスレナイデ」 合成音声を出すハロを撫でる。 「私を忘れないで」 霧吹きで、また花をつけた忘れな草の植木鉢に水をやる。 可憐な水色の花は、今年も満開だ。 大き目の鉢植えに移して、花の量も多くなった。 時折、クルーがしゃがみこんでは、「かわいいな、この花。名前はなんていうんだ?」と花をつっつく。 それに、ティエリアが笑顔で「忘れな草です」と答えると、クルーはたいてい哀しそうな笑顔を返す。 「私を、忘れないで。たとえ何年たっても、私を・・・・忘れないで。何度でも咲くから」 ティエリアは唄を歌う。 忘れな草の唄を。 私を忘れないで 私を忘れないで 私は忘れな草 私は忘れな草 毎年毎年 花を咲かすから どうか どうか 祈るように縋りつく 私を忘れないで 私を忘れないで 忘却 それは一つの罪 私は忘れな草 私は忘れな草 ティエリアは、水色の忘れな草の髪飾りをしていた。 トレミーの制服姿になっても、時折アクセサリーをつける。 買ってもらった、から。 「愛しているわ、ライル」 「俺もだ、アニュー」 花の手入れをしていると、ブリーフィングルームの入り口で、愛を囁く二人の声が聞こえた。 「ワタシヲワスレナイデ、ワタシヲワスレナイデ」 そっちのほうに、ハロが跳ねていく。 「うわ、なんだ、ハロかぁ?こんなとこで何してるんだ」 「ティエリアトイッショ、イッショ」 「ティエリア?そこにいるのか?」 ライルがアニューと手を繋いで入ってくる。 それに、ティエリアはまるで忘れな草のような可憐な笑みを零す。 アニューをイノベイターとして知っているティエリアにとっては、アニューの幸せは自分のようなものだ。とても嬉しく思う。 「ティエリア、また花の手入れを?」 アニューがしゃがみこむ。 「ああ。何年たっても、また出会うために咲く。忘れないように、手入れを」 「ティエリア・・・どうか、そんな哀しい笑顔をしないで」 アニューが、その豊満な胸に、ティエリアの顔を埋めさせる。 ライルは苦笑している。アニューとティエリアは、まるで同種の生き物のような香りがする。 「アニュー。幸せかい?ライルは優しい?」 「ええ、幸せよ。私には勿体無いくらい優しくて、幸せ」 「なら、いいんだ」 大切にしていた忘れな草を一輪手折ると、アニューに持たせた。 「大事にしているのに・・・いいの?」 「構わないさ」 「ワタシヲワスレナイデ、ワタシヲワスレナイデ」 「どうした、ハロ?」 昔覚えた言葉を繰り返すハロ。同じ姿形をしているのに、囁く相手が違う。 その現実を、けれど避けることはせずに直視して、無理やり笑顔を刻む。 「アニュー、幸せに・・・」 去っていく二人を見て、そして一緒についていってしまったハロに手を振る。 「僕は、ここにいます。どうか、忘れないで」 虚空に向かって、手を伸ばす。 私は忘れな草。どうか、忘れないで。 「・・・・・・・・・・忘れ、ないで」 そのまま、いてもたってもいられなくなって、刹那の部屋に足を向ける。 ロックは解除されている。 「忘れな草か・・・・」 コンピューターでデータ解析をしていた刹那は、ティエリアの髪飾りを撫でた。 「君は・・・僕を、忘れない?」 「忘れない」 突然何をいいだすのかとは、聞かない。 「そう・・・・・忘れられても、何年でも花を咲かせるから」 「忘れないといっている」 ベッドに寝転んだティエリアは、ポレロをぽいっと投げ捨てる。それは、刹那の頭にバサリとかかった。 ベッドに、いくつもの水色の宝石が、ティエリアの変わりに涙の影を零す。 「疲れているのか?」 刹那の問いに、ティエリアは答えない。 ティエリアは、無垢な表情のまま眠ってしまった。 何か、心の傷をうずかせるようなことがあったんだろう。ティエリアはこうやって、時折自己防衛を働かせるように意識を飛ばしたり、眠りについたりする。 そんなティエリアに、刹那は毛布を被せ、髪飾りを外す。 「忘れな草・・・・なぁ、あんたはずっと覚えていろよ。これを買ったのもあんただ・・・後は、俺が責任もつから。でも、ティエリアのことは忘れるな」 ロックオンに向かって、半ば無理な注文をつける。 でも。 死んでしまったからといって、ティエリアを忘れるだなんて、そんなこと絶対に許さない。 私を忘れないで 私を忘れないで 私は忘れな草 私は忘れな草 毎年毎年 花を咲かすから どうか どうか 祈るように縋りつく 私を忘れないで 私を忘れないで 忘却 それは一つの罪 私は忘れな草 私は忘れな草 |