カチコチ。 時計の針が、静かな音を刻む。 ティエリアは、瞼を開けた。もう見慣れてしまった天井が、暗い視界の中飛び込んできた。 ティエリアの目は、暗闇の中金色に輝いていた。 まるで、獣の瞳のように。 ティエリアの目は、普通ではない。普通の人類とは違い、視力が良い。とくに動体視力がずば抜けていた。 そして、暗闇でも明かりを一切必要としなくても物を見ることができた。 闇の中、ティエリアはもそりとベッドから起き上がった。 それに気づいて、隣で寝ていたはずのロックオンが目を覚ました。 「どうした。眠れなくなったのか」 「すみません。起こしてしまいましたね」 「かまわねぇさ。目、金色に光ってるな。神秘的で綺麗だ」 ロックオンは、ティエリアの目が時折金色に変わっても、暗闇の中で金色に輝いても、ただ綺麗というだけで、全く薄気味悪がったりしなかった。 「いいから、横になってろよ。いくら空調が利いてるからって、体冷えるぞ」 ロックオンが、手を伸ばしてティエリアの手を取った。 「大分暖かくなってるな」 ティエリアの体温は、通常の人間に比べて低くできている。寝ているときも、その体温は低いままだ。 その体温が温まっていることに、ロックオンは安堵した。 「あなたのぬくもりが、隣にあるからです」 「そうか。じゃあ、冷えないうちに毛布の中に戻れ」 ロックオンのベッドの中で、二人は眠っていた。 ティエリアには自分の部屋もあったし、自分のベッドもあった。だが、時折ロックオンと一緒に眠った。 それはティエリアの部屋だったり、ロックオンの部屋だったりもした。 ヴェーダを失った時、ティエリアは軽い睡眠障害に陥った。それを救ってくれたのはロックオンだ。一緒に眠ることで、いつしかティエリアも普通に睡眠がとれるようになっていた。 それから、くせのように一緒に寝ることが多くなった。 トレミーの誰もが、ティエリアとロックオンの関係に気づいていながらも、とめることはしなかった。恋愛は自由である。 特に、ヴェーダに支持され、イオリアの申し子であるティエリアの存在はトレミーでも特別なものだった。その容姿があまりに優れ、美しすぎるのも、特別である一因であるのかもしれない。 ティエリアは、最初、刹那と同じく協調性に著しく欠けた、一人で何事もこなすタイプの人間だった。だが、時間が経つにつれて、ロックオン、アレルヤ、刹那と打ち解けていった。 今では、彼らと話し合う時に笑い声さえだした。 ティエリアは、自分の手に重ねられたロックオンの手を見た。 ロックオンは、いつも暖かかった。体温が、普通よりも少し高めなのかもしれない。 包み込まれると、冷たいティエリアの体温はすぐに上昇した。 「あなたから一緒のベッドで寝ようなんて、強くせがんでくるとは思ってもみませんでした」 「誘うことは何度でもあるけどな。だけど、今日は一緒のベッドで寝たい」 「そんなに、寝る前にみたホラー映画、怖かったんですか?」 クスリと、ティエリアが小さな笑みを落とした。 「笑うなって。マジで怖かったんだぞ、あれ。俺、ホラーもの好きじゃないんだ。それなのに、刹那のやつが一緒に見るって聞かないから、アレルヤも誘って一緒に見たんだ。ティエリアはミス・スメラギに呼ばれて戦闘フォーメーションの打ち合わせをしてたから誘えなかったけどな。ミス・スメラギが言ってたぜ。戦術予報士になれる逸材だって」 「僕は、戦術予報士になるつもりはありません。それは、スメラギ・李・ノリエガの仕事だ。あくまで彼女の右腕になるだけであって、僕はガンダムマイスターです」 「知ってるさ。明日、ティエリアも昨日みたホラー映画見るか?一人でだけど。おれはもう見たくない」 「別に、構いませんよ。陳腐な恋愛映画を見るよりは、ホラー映画のほうが僕は好きです」 ロックオンが、ホラー映画を怖がるのには理由があった。 家族をテロで亡くしている。その無残な遺体を、幼いロックオンは目に焼き付けてしまった。 ホラー映画では、よくグロテスクな表現と共に死体が出てくる。それを見るのがロックオンには怖かったのだ。 テロで失った家族の死体を思い出してしまう。 「ホラー映画なんてみなくていい。そうだな、恋愛映画が苦手なら、アクション映画でもみるか」 「あなたも、映画だなんてアナログなものが好きですね」 「映画館にはいけないからな。それに、コンピューターに繋げば、いろんな国の映画がリアルタイムで見れるしな。公開されたばかりの映画だって、ちゃんと手順を踏んで料金を支払えば、コンピューターから見れる。ほんとに、便利な時代になったもんだぜ。昔は、人気の映画を見るには映画館に並ぶしかなかったんだぜ?」 「知っていますよ。今も映画館は存在しますけどね。人は、コンピューターで見るよりも、大きなスクリーンで見ることを好みますから。僕には理解不能ですけどね」 「それより、手が冷たくなってきた。毛布の中に戻れ」 強く引き寄せられて、ティエリアは仕方なく毛布の中に戻った。上から、ティエリアのほうだけにはもう一枚毛布を被せられる。ティエリアの冷たい体温は、そうでもしなければ温まらない。 冷たいままでも平気なのだが、ロックオンはティエリアが冷たいと暖めようとする。新人類であるティエリアの体の構造上、その平均体温が人類に比べて低いと分かっていても、暖められずにはいられなかった。 そっと、ロックオンの腕がティエリアの腰に回される。 ティエリアは、胎児のように丸くなっていた。 「早く寝ろよ。ティエリアは低血圧だから、起きるのに時間かかるんだから」 ティエリアの低血圧は、今に始まったことではない。女性によくみられがちな低血圧であることを、ティエリアは恥じていた。 だが、ロックオンは平然と受け止める。 目覚めても、緊急時以外、すぐにベッドに戻ろうとするティエリアを、ロックオンは決まった時間に起こしにきた。 いつも朝食を食べずに、栄養補給用のゼリーを朝食の変わりにするティエリアに、朝食を食べさせるためである。 規則正しい生活は、健康の元である。それはティエリアにも分かっていた。だが、どうにも朝起きるのは苦手だった。起きた時間には、皆活動しており、それぞれ与えられたスケジュールをこなしていく。 ガンダムマイスターとして、訓練に参加しなければいけないティエリアには、朝食を取る時間がなかった。 だから、いつも飲むタイプのゼリーを朝食代わりにする。 それを、ロックオンが見咎めた。 ロックオンは、まるで母のように、あるいは兄のように、ティエリアの世話をかいがいしく焼いた。ティエリアは、それに文句を言うことはない。 ロックオンが、自分のためを思ってしてくれる行動を、ティエリアも受け入れていた。 カチコチ。 時計が、針を刻む。 ロックオンのベッドの中で、ティエリアは深い眠りに沈んでいった。 ロックオンも、すぐに眠りの海に潜っていく。 二人は、お互いを抱き合うような形で、眠りの海へと航海を開始した。 |