「趣味が悪い、か」 ライルは、刹那の言葉を思い出して、一人ごちた。 確かに、立ち聞きは趣味が悪いだろう。 それにしても、刹那はなぜ沙慈を殴り返さなかったのだろうか。 自分だったら、沙慈を絶対に殴り返している。 刹那にも、きっと何か譲れないものがあるのだろう。 沙慈をCBに連れてきたのも刹那だし。 その頃刹那は、ティエリアの手で殴られた頬を冷やされていた。 沙慈は、拳で思い切り刹那を殴った。 その痕は、明らかに腫れ上がり、痛々しかった。 ティエリアは、無言で救急セットを取り出すと、刹那の傷口を消毒した後、自分のハンカチを氷水でひたし、それを刹那に持たせた。 「どうしてなのか、聞かないんだな」 「大体の事情は把握できる。本当に、あの男は。・・・・・・人間のクズのような男だ」 「そうは思わないでくれ。あいつもあいつで、事情があるんだ」 「分かっている。だが、刹那を殴るなんて筋違いだ。もう、頬を張って、目を覚まさせてやる気もうせた。そんなこをしても無駄だと分かった。何をしても、もうあの男は無駄だ。僕たちとは最初から理解しあえないんだ。刹那とは正反対のような人間だ」 「沙慈・クロスロードに関しては、俺たちにも責任がある」 「だからといって、刹那を殴るなんて!僕は、あの男を許さない」 「ティエリア」 ティエリアは、石榴の瞳で刹那の傷の様子を見る。 「大分腫れがひいたな。これなら、そんなに腫れ上がることはないだろう」 「ティエリアの処置が早かったからだ」 「当たり前だろう。腫れ上がった刹那の顔など、痛々しくて見ていられない」 刹那は、救急セットをしまうティエリアの手をとった。 そして、真剣な眼差しを向ける。 「沙慈・クロスロードのことを責めないでやってくれ」 ティエリアは、石榴の瞳を瞬かせた後、仕方ないとばかりに刹那の黒い髪を触った。 「分かった」 本当なら、往復ビンタしても気がおさまらないくらいだ。 「ありがとう、ティエリア。恩にきる」 「僕は、刹那の望み通りに振舞う。癪だがな」 「ティエリアは、沙慈・クロスロードのことが大嫌いだな」 「当たり前だ。あんなふうに、何かを誰かのせいにする人間は大嫌いだ。真実も見ようとしないで、戦いから逃げてばかりで、自分中心に全てを考えている。本当に、刹那とは正反対だ」 「俺は、そこまできた人間じゃない」 「少なくとも、僕は刹那を尊敬している。同じ人間として。友人であれることを誇りに思う。イノベーターである僕が持つには、過ぎた友人だがな」 「ティエリア、自分をイノベーターというのは止めろ。それは、自分を否定する言葉だ」 刹那が、ティエリアの腕をつかんで、自分の方に引き寄せた。 「だが、僕の同胞がしたことは許されないことだ」 「ティエリア。ティエリアの仲間は、俺たちだ。イノベーターなんかじゃない」 「刹那」 「約束してくれ。もう二度と、自分のことをイノベーターなどと呼ばないと」 「刹那が望むなら、約束する。僕は、人間だ。そして、刹那の仲間だ」 「そうだ、それでいい」 刹那が穏やかな表情になった。 「では、僕はガンダムの様子を見てくる。ミレイナのことも気になる」 「分かった。では、後ほど」 「あなたは。趣味が悪い」 部屋を出たとろこにいたライルに、ティエリアが眉を寄せる。 「その台詞、さっき刹那からも聞いたぜ」 「だったら、止めてはどうですか。立ち聞きなど」 「なぁに、ちょと刹那のことが気になってな」 「刹那は大丈夫です。怪我の治療も済みました」 「知ってるか?刹那のやつ、殴られてしばらく倒れてたんだぜ。相手を殴り返すこともしなかった」 ティエリアは、ライルの言葉に、ギリと歯軋りをたてた。 「おお怖い、怖い」 「本当なら、あの男のもとに行って、思い切り頬を張り倒してやりたい」 「そうしたらどうだ?気が粗ぶってるんだろ」 「刹那と約束しました。あの男に手を出さないと」 「あんたは、刹那の言葉なら素直に聞くんだな」 「何か不満でも?」 「いいや。ただ、羨ましいと思ってね」 「ライル」 「たまには、俺の言葉も聞いてくれないか、教官殿」 抱き寄せられて、ティエリアがライルをつっぱねる。 「内容によりますね」 「なぁに、簡単なことさ・・・と言いたいが、難しいことだ」 「なんですか」 「衛星兵器、絶対にぶっ壊そう」 ライルが、翠の瞳でティエリアを見つめる。 「あんたの力が必要だ。あんただけじゃない、刹那とアレルヤ、それにみんなの力が必要だ」 ティエリアは、つっぱねていた手から力を抜いた。 ライルに抱き寄せられる形となる。 「そんなことですか。衛星兵器破壊は、大事なミッションです。僕だけでなく、みんなが一つになってこのミッションをクリアします」 「教官殿は強いな」 「みんなを信じていますから。ライル、あなたの力も」 信じきった強い信頼が、ティエリアの瞳にはあった。 「俺の力か」 「そうです。あなたも、もう立派なガンダムマイスターだ」 「おや、認めてくれるのか?」 「認めざる得ません」 「ティエリア」 「なんですか」 「ミッションが終わったら、口説いていいか?」 ティエリアは、ライルの腕からするりと抜けると、悪戯っぽく笑った。 「どうぞ、ご自由に」 「おっしゃ。ミッション、がんばるぜ」 「当たり前です」 「ティエリアが、勝利の女神になることを祈る」 「それは・・・・」 アナウンスが流れ、緊急収集がかけられた。 ライルとティエリアは、頷きあった後、操縦室に向けて宙を蹴った。 衛星兵器破壊ミッションスタートまで、残りあとわずか |