12話補完・無題









「趣味が悪い、か」
ライルは、刹那の言葉を思い出して、一人ごちた。
確かに、立ち聞きは趣味が悪いだろう。
それにしても、刹那はなぜ沙慈を殴り返さなかったのだろうか。
自分だったら、沙慈を絶対に殴り返している。
刹那にも、きっと何か譲れないものがあるのだろう。
沙慈をCBに連れてきたのも刹那だし。

その頃刹那は、ティエリアの手で殴られた頬を冷やされていた。
沙慈は、拳で思い切り刹那を殴った。
その痕は、明らかに腫れ上がり、痛々しかった。
ティエリアは、無言で救急セットを取り出すと、刹那の傷口を消毒した後、自分のハンカチを氷水でひたし、それを刹那に持たせた。
「どうしてなのか、聞かないんだな」
「大体の事情は把握できる。本当に、あの男は。・・・・・・人間のクズのような男だ」
「そうは思わないでくれ。あいつもあいつで、事情があるんだ」
「分かっている。だが、刹那を殴るなんて筋違いだ。もう、頬を張って、目を覚まさせてやる気もうせた。そんなこをしても無駄だと分かった。何をしても、もうあの男は無駄だ。僕たちとは最初から理解しあえないんだ。刹那とは正反対のような人間だ」
「沙慈・クロスロードに関しては、俺たちにも責任がある」
「だからといって、刹那を殴るなんて!僕は、あの男を許さない」
「ティエリア」
ティエリアは、石榴の瞳で刹那の傷の様子を見る。
「大分腫れがひいたな。これなら、そんなに腫れ上がることはないだろう」
「ティエリアの処置が早かったからだ」
「当たり前だろう。腫れ上がった刹那の顔など、痛々しくて見ていられない」
刹那は、救急セットをしまうティエリアの手をとった。
そして、真剣な眼差しを向ける。
「沙慈・クロスロードのことを責めないでやってくれ」
ティエリアは、石榴の瞳を瞬かせた後、仕方ないとばかりに刹那の黒い髪を触った。
「分かった」
本当なら、往復ビンタしても気がおさまらないくらいだ。
「ありがとう、ティエリア。恩にきる」
「僕は、刹那の望み通りに振舞う。癪だがな」
「ティエリアは、沙慈・クロスロードのことが大嫌いだな」
「当たり前だ。あんなふうに、何かを誰かのせいにする人間は大嫌いだ。真実も見ようとしないで、戦いから逃げてばかりで、自分中心に全てを考えている。本当に、刹那とは正反対だ」
「俺は、そこまできた人間じゃない」
「少なくとも、僕は刹那を尊敬している。同じ人間として。友人であれることを誇りに思う。イノベーターである僕が持つには、過ぎた友人だがな」
「ティエリア、自分をイノベーターというのは止めろ。それは、自分を否定する言葉だ」
刹那が、ティエリアの腕をつかんで、自分の方に引き寄せた。
「だが、僕の同胞がしたことは許されないことだ」
「ティエリア。ティエリアの仲間は、俺たちだ。イノベーターなんかじゃない」
「刹那」
「約束してくれ。もう二度と、自分のことをイノベーターなどと呼ばないと」
「刹那が望むなら、約束する。僕は、人間だ。そして、刹那の仲間だ」
「そうだ、それでいい」
刹那が穏やかな表情になった。
「では、僕はガンダムの様子を見てくる。ミレイナのことも気になる」
「分かった。では、後ほど」

「あなたは。趣味が悪い」
部屋を出たとろこにいたライルに、ティエリアが眉を寄せる。
「その台詞、さっき刹那からも聞いたぜ」
「だったら、止めてはどうですか。立ち聞きなど」
「なぁに、ちょと刹那のことが気になってな」
「刹那は大丈夫です。怪我の治療も済みました」
「知ってるか?刹那のやつ、殴られてしばらく倒れてたんだぜ。相手を殴り返すこともしなかった」
ティエリアは、ライルの言葉に、ギリと歯軋りをたてた。
「おお怖い、怖い」
「本当なら、あの男のもとに行って、思い切り頬を張り倒してやりたい」
「そうしたらどうだ?気が粗ぶってるんだろ」
「刹那と約束しました。あの男に手を出さないと」
「あんたは、刹那の言葉なら素直に聞くんだな」
「何か不満でも?」
「いいや。ただ、羨ましいと思ってね」
「ライル」
「たまには、俺の言葉も聞いてくれないか、教官殿」
抱き寄せられて、ティエリアがライルをつっぱねる。
「内容によりますね」
「なぁに、簡単なことさ・・・と言いたいが、難しいことだ」
「なんですか」
「衛星兵器、絶対にぶっ壊そう」
ライルが、翠の瞳でティエリアを見つめる。
「あんたの力が必要だ。あんただけじゃない、刹那とアレルヤ、それにみんなの力が必要だ」
ティエリアは、つっぱねていた手から力を抜いた。
ライルに抱き寄せられる形となる。
「そんなことですか。衛星兵器破壊は、大事なミッションです。僕だけでなく、みんなが一つになってこのミッションをクリアします」
「教官殿は強いな」
「みんなを信じていますから。ライル、あなたの力も」
信じきった強い信頼が、ティエリアの瞳にはあった。
「俺の力か」
「そうです。あなたも、もう立派なガンダムマイスターだ」
「おや、認めてくれるのか?」
「認めざる得ません」
「ティエリア」
「なんですか」
「ミッションが終わったら、口説いていいか?」
ティエリアは、ライルの腕からするりと抜けると、悪戯っぽく笑った。
「どうぞ、ご自由に」
「おっしゃ。ミッション、がんばるぜ」
「当たり前です」
「ティエリアが、勝利の女神になることを祈る」
「それは・・・・」
アナウンスが流れ、緊急収集がかけられた。
ライルとティエリアは、頷きあった後、操縦室に向けて宙を蹴った。

衛星兵器破壊ミッションスタートまで、残りあとわずか