西暦2784年 ヨーロッパ、スペインのある都市にある寂れた酒場。 「ちょっと、もういい加減にしてよ」 看板娘が、寄った客の相手にうんざりとしながら、セクハラしてくる相手には鋭いビンタをお見舞いする。 「もう、やってらんない!」 怒って、看板娘はもう一人の働き手の若い娘に、愚痴を零す。 「本当、しけてるわ。アニュー、まだ夢の中の王子様を探してるの?こんなしけた酒場にいるわけないでしょ。現実を見なさいよ、現実を」 「でも姉さん、信じるものは救われるって・・・」 「神なんて、この世界にいるわけないでしょ!」 姉のほうは、綺麗な腰まである豊かな金髪で、妹は肩までの紫がかった銀髪だった。 「それより、どう、これ、彼氏に買ってもらったの」 姉が妹に見せ付けたのは、それなりに高そうなルビーの指輪だった。 「いいな、姉さん」 妹のアニューはため息をついた。 「あーしまった。お得意さん迎えにいくの忘れたよ。雨降ってるから、傘がいるな」 店主が、アニューに小さく言葉を投げる。 「アニュー、すぐそこの駅だから。背の高い白人の男性だ。店のマークのある傘をさしていけば分かるから、迎えにいってやってくれないか」 「分かりました、マスター」 アニューと呼ばれた女性は、傘をさして駅に向かう。 駅は人であふれていた。 デジャヴ。 アニューは何かを感じた。 「あー、あんた、リンドローズの酒場の子?」 声をかけてきたのは、白人の背の高い男性だった。 「はい、そうです。あなたが・・・・お得意様ですか?」 「お得意様って・・・マスターのやつ、また名前教えなかったな・・・俺はライル。あんたは?」 「私はアニュー」 デジャヴ。 「ア、ニュー?」 「ラ、イル?」 夢の中で、何度も何度も愛し合った。 忘れることなんて、できるはずもない。 アニューは涙を流して、傘を落とした。 「また、出会えた」 「出会えた・・・今度は、不幸な結末にしないから」 ライルという名の青年は、先祖代々受け継がれてきたという、ブルーサファイアの忘れ名草の髪飾りを取り出すと、アニューの髪につけた。 「この髪飾り・・・ずっと、世界にあったんだ」 「俺のご先祖様が・・・ずっと、大事にもってたんだ。忘れな草の髪飾りの乙女に渡すためのものだって」 二人は抱きしめあう。 もう、この世界に戦争はない。 「不思議。またあなたと出会えるなんて」 「俺もそう思う。また、愛し合おう」 雨も気にせず、抱き合う男女のカップルを、一人の中性的な少女が見つめていた。 少女は、シンメトリーを描く少年の隣にやってくると、傘を折りたたむ。 「ねぇ。リジェネは、神様がこんな未来を二人にあげるって分かってた?」 リジェネと呼ばれた少年は、小悪魔な微笑を浮かべていた。 「さぁね。人間なんて・・・・ろくなものじゃない。神様もね。名前が同じなんて、ほんとに陳腐な小説みたいだ」 「でも、ライルとアニューの二人は時をこえて出あった」 「僕は、ティエリアにしか興味ないよ」 「世界も変わったね」 「でも、僕たちは変わらない」 「ごめん、遅れた」 「ニール!」 ティエリアが、嬉しそうにニールに抱きつく。 「へぇ・・・・ライルとアニューか。懐かしいな。神様か・・・・」 ティエリアの指差す先で抱き合う男女を、本当に懐かしそうにニールが見る。 ティエリアの髪には、ブルートパーズの忘れな草の髪飾りが輝いていた。 ライルとアニューが、リジェネ、ティエリア、ニールがいる場所に向かって歩きだす。 「あれ?」 「どうしたの、ライル?」 「名前を呼ばれた気がしたんだ」 ライルが見た方角には、誰もいなかった。 リジェネもティエリアもニールも。 「私も、この方角から名前を・・・懐かしい声で呼ばれた気がするの」 二人は、お互いを抱きしめたまま、不思議そうに空を見上げる。 空は、ティエリアの髪のブルートパーズのような水色になって、晴れていった。 それは、とおいとおい、未来のお話。 |