ティエリアのバイト・前編









ティエリアが、度々トレミーを降りて地上に降りる。
行き先は、日本の経済特区東京。

刹那の家に滞在するわけでもなく、降りたその日のうちにはトレミーに帰ってくる。
刹那は別にティエリアの行動をいぶかしんだりはしなかった。
暇な時間をどう使おうがティエリアの自由である。
アレルヤは、地上嫌いなティエリアの、地上嫌いがなくなったと逆に喜んでいるくらいだ。
きっと、地上で誰かと会っているのだろう。
別に、CB以外に友人を作ってもタブーではない。ティエリアの生真面目な性格を思えば、CBの機密事項を話すことなど絶対にありえないだろうし。
ただ一人、ロックオンが悶々とティエリアの行動を怪しんでいた。
自分に隠れ、地上で誰かと会っているとすればそれはそれで問題ありだ。
一応、ロックオンはティエリアのだけでなくガンダムマイスター全員の保護者を自負していたし、ティエリアは特別大切な存在だ。
お互いに、将来を誓い合った仲である。
ままごとのようであるが、恋人同士であった。その恋愛は、大人から見ればかわいい子供の恋愛ごっこに見えるだろう。ティエリアが、恋をするということが苦手なのである。
ただ、傍にいられればいい。だからといって、相手を縛ったりはしない。
それが二人の間の暗黙のルールであった。
相手を縛るのは、いわゆる独り占めだ。それを、ティエリアもロックオンもしない。そこら辺は、ある意味大人の恋愛に近かった。
居たい時に傍にいて、相手が一人になりたいと言い出した時や、誰かといる時は邪魔しない。
だが、流石のロックオンも、訓練の後毎日のように決まった時間に地上に降りるティエリアを放っておけなかった。
まさか、浮気しているのか?
ティエリアに限ってそんなことはないだろうが、だがしかし。

一度、お金を手に、どうすればいいのか分からないので、ロックオンに委ねると、それなりの金額の金を渡されたことがあった。
ロックオンはますますいぶかしんだ。
何か、バイトをしているようであった。
しかし、ティエリアが金に困っていることはない。
何故なら、CBの資金提供者である王留美が、ガンダムマイスターたち四人に、それぞれ個別で王留美名義で口座を持たせていた。
地上に滞在してホテルをとったり、刹那のように家を借りる賃金も全てそこから引き出されていた。
食事も同じである。娯楽でさえ、与えられた金を使っていた。
それが当たり前なのである。
ガンダムマイスターという特別な存在である限り、仕事につくことなどできない。
金を自分で稼ぐことなどできないのである。だが、トレミーで生活するにしても娯楽は必要だったし、地上に降りれば何かと金がかかった。
そんな問題を見越して、王留美は、ガンダムマイスターたちに口座を持たせていたのである。そこに積み上げられた金額は、広い家を一軒買ってもゆうに、お釣りまでくるだろう。
豪邸を建てられそうな金額を、平気で王留美は四人に委ねていた。
流石は、王家の当主というべきであろうか。CBの最大の投資者であるというだけあって、金の使い方も、まるで湯水を使うが如くであった。
王家は、世界でも有数の名門の一族だ。世界長者番付があれば、余裕で5本の指に入るだろう。

「怪しい。怪しすぎる」
ロックオンが、地上に降りようとするティエリアの後をつけていた、
「ロックオン、ロックオン、ヘンタイ、ヘンタイ。アヤシイ、アヤシイ」
ハロは、刹那の教育のせいかどんどん歪んでいく。というか、ろくな言葉を覚えない。
「あーもううるさいなこの子は!ほんとに、一度プログラミングし直してやろうか」
ロックオンの相棒であるハロが、ピョンピョン跳ねながら逃げ回る。
「カンベン、カンベン」
逃げるオレンジのAIを捕まえて、ロックオンは静かにするようにメイン電源を切った。
メイン電源を切られると、ハロは飛び跳ねることがなくなる。完全に停止するわけでもないが、言葉をしゃべってもとても小さい声になる。いわゆる、省エネモードだろうか。
「ああもう、ティエリアったら、あんなにお洒落してどこいくってんだ」
ロックオンはお洒落といったが、ただ単にいつもの服を着替えて違う私服を着ているだけであった。
だが、地上でもない限り、ロックオンの前ではいつもピンクのカーディガン姿であるティエリアを思えば、お洒落しているとしかいえない。
まぁ、地上に毎日出かけるのだから、流石に同じ服装というわけにもいかないだろう。
分かってはいても、ロックオンは怪しいと思うだけであった。
「なんのバイトしてるんだあいつ。ま、まさか、人に言えないような・・・・!」
ティエリアの美貌を持ってすれば、バイトなど、特に接客関係であれば役に立たなくても雇ってもらえる。
ホストとか?
いや、いくらなんでも未成年のティエリアを雇う店などないか。
未成年のホストやホステス、その他デート嬢、風俗関係への雇い入れは日本だけでなく世界で禁止されていた。特に、日本のように治安のいい国では、その取調べは極めて厳しい。
罰則も、大きい。そんな危険を冒してまで、未成年であるティエリアを雇う店はないだろう。
どんなに絶世の美貌を持っていようと、ティエリアは未成年である。見かけからして、少女にしか見えないのだ。その性別が中性あるということは、CBの中だけでの秘密であったが、ティエリアはユニセックスな服を好む傾向があるし、色も明るい黄色や白、ピンク、赤などを好む。青も好きなようであったが。

今、ロックオンが後をつけているティエリアの着ている服は、水色のサマーセーターと、白のハーフパンツ、それに茶色の皮のブーツという姿であった。ロックオンが、ティエリアに似合うからと買い与えた服であった。そうでもしない限り、ティエリアはいつでもピンクのカーディガン姿だろう。カーディガンは色違いを数種類持っており、服装は変わることはないだろう。
サマーセーターからのぞく鎖骨が、ロックオンには眩しかった。
首には、お洒落に見せるためか、銀のシルバーペンダントをしていた。
髪は両サイドの横髪を三つ編みにして、後ろでブルーサファイアをあしらったバレッタで留めていた。
どれも、ロックオンがティエリアに買い与えたり、一緒に買ったものであった。
どこからどう見ても、16,7の可憐な少女にしか見えない。
ティエリアは、茶色の手提げを右肩にかけて、地上に通じるエレベーターから下に下りていった。

かさかさこそこそ。
かさこそ。
ロックオンが、気づかれないようにと、いつもとは違う格好をして、サングラスをかけてティエリアの後をつけていた。右手にハロを抱えて。
はっきりいって、思いっきり目立っていたし、怪しかった。

地上に降り、東京についたエレベーターは、人ごみで溢れていた。
それをすいすいぬって、ティエリアは優雅に歩みを進める。
地上嫌いというが、その行動には重力がかかった負荷も見受けられない。
ロックオンも、ティエリアを見失わないように、必死で後をつける。
宇宙エレベーターの、東京の玄関口はたくさんある。四方に開かれた玄関口から、ティエリアは北側に向かって歩きだした。
それを追って、ロックオンも小走りになる。
玄関を過ぎると、そこは緑豊かな道路に出た。
「あ、ティエリアさん。待っていましたよ。今日もかわいいですね」
知らない男が、ティエリアに声をかけたかと思うと、親しげにティエリアから荷物を受け取った。
そして、停めてあった車の後部座席のドアを開いた。
ティエリアは、躊躇うことなく、車に乗り込む。
ロックオンは焦った。
まじで浮気か。
いや、それにしては、ティエリアの顔は嬉しそうではない。相手の男も、中年である。それに、これからどこかに行くらしかった。

ま、まさか、援助交際!!

ヒーーー!!
ロックオンは、浮かんだその考えに、真っ青になった。
俺のティエリアが、そんなまさか!!

車が発進する。
ロックオンは走り出して、近くに停めてあったタクシーに乗り込んだ。
「いらっしゃい、お客さん、どこまでですか?」
タクシーの運転手が、バックミラーを見ながら、ドアを閉めた。
「あれを!あの、白のスポーツカーを追ってくれ!!」
「はいよ。どうしたんだ、恋人にでも逃げられたか、兄ちゃん」
真っ青になって、ハロを抱えながら慌てふためくロックオンの様子に、タクシーの運転手が笑った。
それに、サングラスをとって、ロックオンがかじりついた。
「や、やっぱ、おやっさんも、そう見えるか?マジで浮気なのかな、あああああああ!!!」
「ず、図星かい、兄ちゃん。こりゃいかん、見失わないようにつけるぞ!料金は別にいらん!一大事だ!!」
タクシーの運転手はいい親父だった。
自分の息子くらいの年齢の青年が、恋人に逃げられて泣きそうなのを放っておけなかった。
料金を払っていれば、その間にこの青年の恋人は姿を消してしまうだろう。
一刻の猶予もない。
タクシーは、ティエリアの乗った白のスポーツカーをつけた。


「と、東京スタジオ?」
ティエリアが降りて中に入っていった、建物の看板を見て、ロックオンがハロのメイン電源を入れた。
ハロのようなAIはどこの国でも流行っており、ハロの姿を見て首を傾げる者はいない。
目の前を通りすぎる夫人がもったリードの先にいるのは、AIの犬だ。
「ご主人様、この先の公園に行きたいワン。そこで休憩しようワン。ご主人様の足が疲れているワン」
「あら、エリザベスちゃんたら。私の足を気遣ってくれるのね。嬉しいわ。オホホホホ」
去っていく夫人の方を向きながら、ハロが跳ねる。
「ウワシイワ、ウレシイワ。オホホホホホ、オホホホホホ」
また、ろくでもない言葉を覚えてしまった。
だが、これ以上、ロックオンにはどうしようもなかった。
建物は厳重なガードがなされており、身分証名と、スタジオに入る許可証がなければ入れないようであった。
そのガードの固さに、これは裏口からでもだめだろうなと、ロックオンは肩を落とした。
「兄ちゃん、がんばれや。さっきみたけど、スポーツカーから降りてきた兄ちゃんの恋人、そんじょそこらじゃお目にかかれないくらいのごっつい美人やな。こりゃ、相手が放っておかんよ。通りすぎた周辺の男どもが、彼女ほったらかしで兄ちゃんの恋人に釘付けやったで。ほんま、えらい美人を恋人にするのも、大変やなぁ。でも親父は、兄ちゃんみたいなかっこいい男にはお似合いのカップルや思うで」
「おやっさん・・・・」
タクシーの運転手が、建物の中に入れなくて愕然としているロックオンに声をかけた。
そして、ハンカチを一枚渡してくれた。

うるるるるダーーーー。 「おやっさん、聞いてくれよお」
泣き真似をしがら、ロックオンは、自分の恋人がどんなであるかをタクシーのおやじに言い聞かせた。
「なるほどー。でも、そのお嬢ちゃん、兄ちゃんのことが大好きなんやろ。じゃあ、きっと、ただのバイトやて。 浮気なんかじゃないて。自信もちなはれや、兄ちゃん」
「ウワキ、ウワキ。ハキョク、ハキョク」
「ハローー!」
「ははは、兄ちゃんのAIおもろいな。かわいいやないか」
「ろくでもない言葉ばっかり覚えてやがって」
「いいやないか。それも、一つの個性や。兄ちゃん、暑いやろ。車ん中におり」
「おやっさん、ほんとにいい人だなぁ」
ロックオンな、日差しが高くなった太陽を眩しそうに見上げた後、素直に親父の言葉に従った。
ロックオンは、東京の季節を知らなかった。冬用の格好できてしまったのだ。
上着を脱いでも、無論暑い。
カッと照りつける太陽は、容赦なくじわじわと地上を照らす。
東京の夏は、まるで南の島のように暑かった。そのくせ、冬は寒い。
日本の首都とは、住み難い気候だなと、ロックオンは思った。
アイルランド出身で、寒いのには慣れているロックオンであるが、逆に暑いのは苦手だった。
「ほれ、兄ちゃん。よく冷えたスポーツドリンクや。喉かわいたやろ」
タクシーの親父が、タクシーに備え付けてあった小型冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して渡した。
それを受け取って、ロックオンがタクシー料金の金を払おうと財布を探った。
「げ」
「ゲゲゲノキタロウ、ゲゲゲノキタロウ!」
ハロが、タクシーの中でゴロゴロ転がっていた。
どこでそんな言葉を覚えたのだろうか。きっと、刹那が見ていたアニメだろう。
ロックオンは真っ青になった。身分証名称は持ってきたし、財布も持ってきた。だが、肝心の中身は世界中心のドルではなく、ユーロであった。
世界交流が進む中、ドルは世界共通の通貨となった。
どの国でも、その国の貨幣以外に、ドルで支払うこともできた。
一方、ユーロはヨーロッパ一体の共通通貨で、いくら世界有数の経済国であるといっても、日本での共通通貨はドルだけである。ユーロは扱っていない
。 「おやっさん、タクシー料金、ユーロでも構わないか。銀行で円に変えるの手間がかかるだろうけど、大目に支払うから」
「兄ちゃん、気にすんな。タクシー代なんていらん。このスポーツドリンクも、親父のおごりや」
「でも、それじゃおやっさんにわりぃ」
「気にすんなて。青春を思い出させてくれた兄ちゃんへの礼や。そやな、我侭いうなら、兄ちゃんの恋人乗せて このタクシーで宇宙エレベーターまで帰ろや。タクシーの中で仲直りしとき」
「おやっさん・・・・おれ、こんなにいい人に出会うの久しぶりだ」
「親父も、兄ちゃんやさっき見た嬢ちゃんみたいに、見目いいカップル見るの久しぶりや。このまま破局になるなんて、親父見れられへん。何かあったら、助け舟だすさかいにな。自信もちや」
「ああ。ティエリアは、浮気なんてしてないって思えてきたぜ」
「その調子や」

やがて、3時間が経過し、建物の入り口から見慣れた影が現れた。
座席のドアが開き、そこからハロが飛び跳ね出て行った

「ティエリア、ティエリア。カワイイ、カワイイ」 「ハロ?どうしてこんなこところに」
オレンジのハロを抱きしめるティエリアに、白のスポーツカーを運転していた中年男が声をかけた。
「ティエリアさんのAIですか?かわいいですね」
「いえ、これは僕のでは・・・・・ロックオン!!」
現れた背の高い見知った青年に、ティエリアは驚いた。
「ティエリア。これはどういうことだ。説明してもらおうか」
手首を掴まれる。
「痛い、です」
ぎりっと、知らずの間に力が入ってしまったらしい。
それに構わず、ロックオンは無理やりティエリアを攫うように、タクシーの座席の中に押し込んだ。
「ちょっと、あなた、ティエリアさんをどうするつもりですか!警察呼びますよ!」
携帯を取り出した中年の男に、ティエリアは誤解を解くように叫んだ。
「違うんです、マネージャー。この人は、僕の恋人なんです」
「ティエリアさんの恋人」
マネージャーと呼ばれた男が、ティエリアの顔を見て、次にロックオンの顔を見る。
険しい目つきになっていたロックオンであったが、ティエリアの口から、まさか自分からロックオンのことを恋人として他人に言う機会がくるとは思わず、すぐにデレた。
「いやぁ、ティエリア、恥ずかしいじゃないか。こんな堂々と、恋人同士だなんて。それにしても、マネージャーって?」
「ああもう、あなたという人は。僕の後を勝手につけてきたんですね。そんなに僕は、信用がないですか?」
「いや、あの、その。だってさ、こうも毎日、俺をほったらかして地上に降りてたら、心配になるだろ?」
「どうせ、あなたのことだから、僕が浮気でもしているとおもったんでしょう」

「ギク」

「全く。マネージャー、後で携帯で連絡を入れますので、今日はこのへんで。今日は、このタクシーで宇宙エレベーターまで移動しますので」
「はい。そこの男性は、ティエリアさんの恋人ということで、信用してもいいんですね?ティエリアさんは、この前一度、攫われかけたので、心配です」
マネージャーが、本当に心配だとばかしにしきりにロックオンの様子を見ていた。
ティエリアは、マネージャーを安心させるために、殊更強く恋人同士であるということを強調する。
「彼は、僕の大切な人です。恋人同士で間違いありません。彼が僕に対して、僕を傷つけるような行動は決して振るうことはありませんので、心配しないで下さい」
「分かりました。何かあったら、携帯の方までかけてきてください。それでは、また今度」
「はい。また」
マネージャーは、東京スタジオの中に戻っていった。
それを、無言でロックオンが見つめる。
少しは、状況を理解したようであった。
東京スタジオで、ティエリアは仕事をしている。そして、宇宙エレベーターまでわざわざ出迎えにくる相手がいて、携帯で連絡を取り合っている。それは、ティエリアの仕事をサポートするマネージャー。

「で、ティエリア。説明してもらおうか。それと、攫われかけたってなんだ?」
タクシーの扉が閉まった。
タクシーの親父が聞いているが、これは親切にしてくれた親父への礼である。
ちゃんと、仲直りするところを見せなければいけない。
「全く、あなたという人は」
ティエリアは、一息呼吸すると、落ち着いた様子であった。
「さっきの男性は、僕のマネージャーで、僕の仕事のスケジュール管理などの仕事をしてくれる人です。僕は、この東京スタジオで働いています。期間限定ですけれど」
「なんで働く必要なんてあるんだ?お前さんはガンダ・・・・っと、働く必要はないだろう」
ロックオンは、うっかりガンダムマイスターと口を出しそうになった。
タクシーの親父が聞いているのである。ガンダムその他、CBに関する情報は機密事項である。知られるわけにはいかない。
「兄ちゃん、焦らずゆっくりだ。嬢ちゃん、きっちり兄ちゃんに事情説明してやってくれや。この兄ちゃん、ほんとに嬢ちゃんのこと心配してたんや」
「嬢ちゃん・・・・・」
タクシーの親父の言葉に、何か言いたげなティエリアであったが、我慢した。