「僕は、刹那の家に滞在するために何度かこの東京を訪れたことがあります。刹那はよくふらふらどこかに出かけて、僕もつまらなくて買い物に一人で出かけたんです。その時、この東京スタジオ所属の人から、スカウトされました。モデルにならないかと」 ティエリアは思いだした。君ほどの逸材はそうはいないと、強くスカウトされた。 美しい少女の容姿の上、ロックオンのせいでお洒落というものを身につけてしまったティエリアは、自分にあった私服を自分で選ぶことができた。ユニセックスな服を着て町に出れば、男女限らず誰もがティエリアを振り返った。ティエリアは自分の容姿を知っていたし、見られるという行為に慣れているため、別段それに何も感じない。いつものピンクのカーディガン姿で刹那と一緒に東京の町を歩いた時でさえ、その視線は痛いほどだった。 あの時は刹那がいたので、自分に声をかけてくる男はいなかった。 だが、一人歩きしていると、しきりにナンパされた。 少女そのものの容姿を、始めて厄介なものだと思った。しつこいナンパを助けてくれたのは、東京スタジオ所属のスカウトを仕事にした女性だった。 女性はある意味強かった。 しつこい男どもは、ティエリアの肩や手に触れてきた。ビンタをくれてやろうか迷っている間に、女性は男どもの股間を蹴り上げて、ティエリアの手を取って駆け出した。 そして、ティエリアがお礼を言おうとすると、にっこりと笑って名刺を差し出した。 「東京スタジオ所属の、モデルにならない?あなたのような人を待っていたの。なんて美しくて可憐なのかしら。同性の私が見ても、ドキっとするくらいにステキだわ。背も高いし、歩き方も綺麗だし、モデルとして生まれてきたようのなものよ。どう、自分の世界を変えてみない?あなたなら、世界に通用するモデルに絶対になれるわ」 いきなりの言葉に、閉口した。 そのまま、誘われて喫茶店に入る。 ティエリアは、とりあえずお礼をいって、名刺だけ受け取って帰ろうと思っていた。 「モデルになる気はありません」 「じゃあ、女優はどうかしら?」 「女優になる気もありません。すみませんが、僕はそういう世界には向いてないんです」 「あなた、声も綺麗ね。まるで、澄んだ泉のようだわ。歌手になりたいと思わない?」 「歌手、ですか」 そこで、はじめてティエリアの心が動いた。 歌うのは好きだった。 だが、歌手とはいわゆるアイドルだ。姿も売り物にする。ティエリアは首を振った。 「歌うのは好きですが、歌手には向いていません。姿を晒すことのできない事情がありますので」 その言葉に、スカウトの女性はピンときたかのようだった。 「あなたの声、どこかで聞いたことがあると思ったら、今病気で休んでいるある声優の声にそっくりだわ」 「声優、ですか」 「そう。その声優は、主役のアニメ番組の声を担当しているんだけど、交通事故で入院してしまったの。お陰で、人気があるのに、そのアニメ番組は休止をせざるえかったわ」 「お気の毒ですね」 「ねぇ、ここは一つ、私を助けると思って、その声優の代役になってみない?あなたの声なら、そのままでいけるわ」 「代役、ですか」 「そうよ。期間は2ヶ月間だけ。その間だけ、毎週アフレコにでて欲しいの。どうかしら?」 「僕は素人ですよ。いきなりそんな、無理ですよ」 「あら、私、実は声優も兼ねているのよ?そのアニメ番組のある女性役をしているの。だから、内情にも詳しいし、私の推薦なら間違いなく採用されるわ。どうかしら」 「僕には、無理です」 しょせん、自分はガンダムマイスターだ。そんな世界とは、無縁なのである。 「あなた、歌うのが好きといっていたわね。プロの手で、歌手としての特訓も受けてみない?特別にレコーディングさせてもらうよう、私からも頼んでみるわ」 「レコーディング・・・・」 自分の歌声が、CDになるのか。 女性のソプラノの声を出して歌えば、ティエリアであるとはまずはばれない。 「素性を全て隠した上でもなんて、無理でしょう」 「あら。素性を隠しさえすれば、それはOKと捉えていいのかしら?じゃあ、決まりね」 「え」 女性は強かった。 スカウトも強かった。精神的にも強かった。粘り強かった。しかも上層部にコネがきくらしい。 そうして、ティエリアは、二ヶ月間の間だけ、交通事故で入院した声優の変わりに、あるアニメの主役の声を代役することになった。 その間に、3枚のアルバムを出すことが決まっていた。 ティエリアの歌声を聞いた関係者が、素性を隠すことを最大限に約束した上で、アルバムを出したいと強く、それは土下座までしてきたのである。 ティエリアは、素性を隠し切るという条件で、歌うことをOKした。 もしも、アルバムが売れてしまえば、その歌手はすでに死んでいるという条件付きで。 こうして、ティエリアはロックオンの知らない間に、声優の仕事をして、すでに2枚のアルバムをリリースしていた。 そのアルバムは、歌声がオーロラのように澄んでおり、歌唱力が素晴らしいと大絶賛され、ミリオンセラーになってしまった。自然と、話題もわく。 素性を隠したままなのが、余計に神秘的だと売れることに拍車をかけた。 アルバムでの歌手の名前は「セラフィスの夜」 自分をスカウトしてくれた女性がつけた名前だった。天使のような歌声であるからと、天使の最上階級であるセラフィムの名がつけられた。 そして、夜のように闇に隠れて姿が見えないという意味で、「夜」という言葉が用いられた。 セラフィスの夜のアルバムは、日本だけでの限定版とされており、決して外国で売られることはなかった。 だが、品物は世界にあふれ出てしまう。禁止していないのだから、日本人の手によって、限定アルバムは世界中に薄く広められた。その中で、そのアルバムを聞いた音楽評論家たちは、その歌声に魅了されて大絶賛した。海外からも高い評価が得られてしまったため、わざわざ日本に来日してセラフィスの夜のアルバムを買う外国人までいた。 そして、素性を明らかにすることが求められたが、東京スタジオは約束を破ることはせず、素性を隠し通してくれた。そして、もう死んでしまったある歌手の歌であるということだけが公開された。 「知らなかった。あのアルバム、ティエリアが歌ってたのか!そういえば、どことなく歌い方が似てる」 セラフィスの夜の曲を、ロックオンも聞いていた。その高い歌唱力と澄んだ歌声、そして神秘性と、もう歌手が死んでしまっているという悲しいシチュエーションに、ロックオンも惹かれた。 ティエリアの歌声は、聞いたことが何度だってある。 だは、セラフィスの夜の曲は、ティエリアの歌声ではない。声が明らかに違ったのだ。 ティエリアは、その人類最高の声帯を用いて、いつも歌うときに出す女性ソプラノとはまた違った女性ソプラノの声を出した。そして、アルバムにはボーイソプラノの歌声や、男性のテノールの歌声まで収録されていた。 セフラフィスの夜は、複数の人間が歌っている。そんな噂が広まった。メインソプラノの歌声で唄を歌う歌手は死んでしまったけれど、ボーイソプラノで歌う歌手や、男性のテノールの歌手は生きている。 いろんな噂が飛び交った。 その中に、歌手はカストラート(昔の時代去勢された男性歌手)ではないかという声もあった。 だが、カストラートとなることは世界中の法律で厳しく禁止されていた。 天使の唄。 アルバムはコンピューターで、データとして売られることが決してなかったが、それが神秘性を高めていた。 ロックオンが買ったのだって、日本に刹那の家を訪れたときに、わざわざCD屋までいって、アルバムを買ったのだ。刹那の家を訪れて滞在する目的の一つに、セラフィスの夜のアルバムを買うことも含まれていた。 「で、今に至るわけです。今も、アニメの主役の代役をしています。あと一枚、リリースするアルバムも控えていますので、代役の声優でありながら、東京スタジオはマネージャーをよこしてきたんです。マネージャーは空手をしていて、身辺警護にも当たってくれます。僕の容姿を見た、音楽関係者は、僕の素性を公表して売り出したいと強く願っていました。なんでも、少女のように美しい少年から、こんな美しい女性ソプラノや男性のテノールの唄が生み出されるのが信じられなくて、それが余計神秘性を高めてくれるとかで。見た目も中性的でまるで天使のようだから、ぜひ姿を公表して、そして歌い続けるべきだと。無論、辞退しましたけどね」 「あのアルバムの唄を歌っていたのが、俺の隣にいつもいるティエリアだったなんて」 ロックオンは、心底驚いた様子で、まだ信じられないとばかりにティエリアを見ていた。 「僕だって、バカではありませんから。聞かれても分からないように、わざと声も歌い方も変えて歌っていました」 「んー?嬢ちゃん、もしかして男の子なのか?自分のこと僕って呼んでるし、声もよく聞いてみればボーイソプラノに聞こえないこともない」 はっと、ティエリアが顔をあげた。 いけない。タクシー運転手が聞いていたのだ。 自分とロックオンは、恋人同士だといってしまった。男の子だと言ってしまえば、ロックオンは同性愛者になってしまう。いつの時代でも、差別は存在する。同性愛者への風当たりは昔に比べましになったが、それでもそうだと思われてしまえば、ロックオンが謂れのない目でこのタクシー運転手に見られてしまうだろう。 「僕は、女性です。でも、性同一障害なんです。それで、戸籍も男性になっています。性格もこうなんです。はじめは女性と付き合っていたんですが、体にメスは入れていないので、女性同士で付き合っているようなかんじで。ロックオンとは、友人を経由して知り合いました。彼は、こんな僕でも愛してくれました。僕は男性に興味はなかったんですが、友人として接しているうちに、彼の優しさに触れて、ためしに恋人同士として付き合うことにしたんです。複雑なんです。察して下さい、タクシーの運転手さん」 思い切り、切ない表情をしてやった。 うるうると潤んだ石榴の目に見つめられて、タクシー運転手はホロリと涙を流した。 「嬢ちゃん、美人に生まれたのに、辛い人生を送ってきたんやな。親父から見ても、嬢ちゃんと兄ちゃんは似合いのカップルだ!どうか、嬢ちゃん、この兄ちゃん幸せにしてやってくれや。それは嬢ちゃんのこと心配してたんやぞ」 「はい。彼とはうまくいっています。幸せにします」 「嬢ちゃん、ほんとに見た目通りに天使やな!」 ハンカチで涙を拭き取る親父と一緒になって、ロックオンまで涙を拭き取っていた。 「おやっさん、俺、幸せになるよ!絶対、ティエリアを不幸にしたりしないぜ。おやっさんに誓うぜ」 (・・・・・・。ロックオン、このタクシー運転手とはどういった関係なんだろうか。見た感じ、行きずり際に事情を説明したように見えるけど。それにしてはやけに情に脆い親父だな。ロックオンまでつられてる) 「ティエリア、テンシ、ティエリア、テンシ」 「AIの言うとおりやで、嬢ちゃん。その格好よく似おてるわ。女の格好をスパッっとしない分、中性的に見えるで」 「それはどうも・・・・」 ティエリアは、丁寧にお辞儀をした。 「車、発進させるでー。大体の事情は分かったみたいやろ、兄ちゃん。後は、宇宙エレベーターの前でもええやろ。車ん中で、二人仲直りしー」 「分かったぜ、おやっさん」 ロックオンは、ウィンクした。 ティエリアは、ハロを抱きしめて、移り変わっていく窓の景色を見ていた。 「ロックオン、お願いですから、みんなにはこのこと黙っていていてください。僕は、今の仕事を最後までこなしたいんです。歌いたい」 「分かった。後幾つか質問あるけど、いいか?」 「はい」 「攫われそうになったって、どういうことだ?」 「スタジオを出て、マネージャーと二人で打ち合わせをするために、徒歩で移動していたら、新宿近くで柄の悪い連中に絡まれました。マネージャーは刃物で脅されて、僕はワゴン者に押し込まれて、拉致されかけました」 「まじか!」 「嘘はいいませんよ。拳銃でワゴン者に穴をあけてやって、リーダーらしき男の頭に銃を突きつけて脅したら、連中は固まりました。日本は、銃を持つには特別な許可が必要ですからね。その許可を得るのはとても厳しい。一般市民では、まず銃を持つことなんてできない。それに、犯罪者も。よほどの犯罪者でもない限り、銃は所持していませんよ。日本では、無許可で銃を所持していれば、終身刑が下されます」 「流石は治安大国だな。それで、どうなったんだ?」 ティエリアは、腕の中のハロを撫でながら、隣の座席に座ったロックオンの肩に頭を寄り添わせた。 「奴らは、僕を拉致して、輪姦しようと考えていたらしいですよ」 「ふざけやがって」 ロックオンの目が、怒りに燃え上がった。 「僕もそう思いました。だから、一人一人の股間を蹴って、使い物にならなくさせました。僕が、格闘技、体術では蹴りと得意としているのは知っているでしょう。その腕も」 「ああ。ティエリアの蹴りは凄まじいからな。的確に急所を狙って、外すことがない。おまけに威力が高いから、命を奪うまでいかなくても、相手の動きを封じるには最高だろうな。俊敏だし、ミス・スメラギが、力は弱いのに、それを補っても余りあると褒めてたぜ」 「で、まぁ、それで相手をすぐ警察に渡しました。急所をつぶしていたので全員病院送りでしたけど、特別許可証を持っていたので咎められることはありませんでした。立証人もいたので、正当防衛が通りました」 「特別許可証!嬢ちゃん、只者じゃないな」 しまった。また、タクシー運転手のことを忘れていた。 特別許可証とは、相手に襲われた場合、相手を殺しても構わないという内容のものであった。いわゆる、正当防衛が通れば、人を殺しても構わない特別な殺人許可証である。日本のような国では珍しいが、それは日本が治安に優れているからである。 銃が溢れ、犯罪が溢れているアメリカなどでは、特別許可証は、上流階級の人間は持っていて当たり前の代物だ。身代金目的などに誘拐されかければ、ガードマンは犯罪者を有無をいわせず射殺する。その後、いろいろと弁護士をたてたりと問題が山積みになるが、特別許可証を持っていれば、ガードマンの証言だけで、その日のうちに釈放されてしまう。 他人の特別許可証を用いて、殺人が行われることもあったが、そんな場合正当防衛と認められず死刑が宣告される。 特別許可証は、本人にだけ許されたもので、指紋だけでなく、声紋、DNA照合などがある。他人のものであれば、すぐにばれてしまう。 それに、特別許可証を使用して、その持ち主が殺人を犯した場合、正当防衛が立証されなければ死刑になる。 一応は、その日のうちに本人は釈放されても、証明者は警察に詳しい事情を説明しなければならない。特別許可証は、ボイスレコーダーも兼ねており、それそのものが証拠にもなった。 外を歩くときは、常に上流階級者は特別許可証を身につけ、その電源を切るのは、録音したくない秘密の話やプライベートの時のみである。 ティエリアは勿論、ロックオンも、刹那もアレルヤも、特別許可証は持っていた。 地上で行動する際、何があるか分からない。 ティエリア以外、地上で行動する時に特別許可証を持ち歩く者はいなかった。だが、ティエリアは、自分の容姿をよく理解している。その容姿のせいで、犯罪に巻き込まれそうなこともしばしばあった。 なので、一人で行動する時は特別許可証を持ち歩いていた。 今も、無論持ち歩いている。ボイスレコーダーに声が記録されないよう、電源はオフになっていたが。 ロックオンは、ティエリアのサマーセーターの上から、自分のコートを羽織らせた。 ティエリアが、かすかに震えていたのである。外の気温に調節されていた体温では、冷房のきいたタクシーは寒かった。 すぐに体温をあげようとしたが、コントロールが下手なためうまくいかない。 下がりすぎたティエリアの体温を暖めるように、ロックオンはティエリアの肩を抱いた。 「おやっさん、すまないが冷房の温度少し下げてくれないか。ティエリアが寒がってる」 「おっと、これはすまねぇ。出力を最小にする」 「ありがとう、おやっさん」 「特別許可証を持ってるってことは、嬢ちゃんどっかのグループのいいとこのお嬢様だな。それで、どうなったんや?」 「そのまま、その日のうちに釈放されました。今のマネージャーは、当時のマネージャーとは違います。僕の身辺警護をかねていますので。元ボディーガードだったそうです。それで、今はなんの問題もなく仕事をしています。犯罪に巻き込まれることもありません」 「ティエリア、なんでそんな大事なこと黙ってたんだ」 「だって、あなたに言えば止められるのは分かっていましたから」 「確かに、俺なら止めるな。それにしても、セラフィスの夜の正体がティエリアなんて、驚きだぜ。歌姫だったとは」 「そのセラフィスの夜っての、親父にはよく分からんわ。音楽聞かへんからな。まぁ、嬢ちゃんは歌手なんだな。お、宇宙エレベーターに着いたで」 「ありがとう、おやっさん。とめても、もう今の仕事は手遅れなのは分かってる。みんなには黙ってるから、ティエリアの好きにするといい」 「ありがとう、ロックオン」 「最後の質問だ。お前さんが代役してるアニメのタイトルってなんだ?一度見てみたい」 「お、いい質問やね。親父も見てみたいわ」 「・・・・・・・・・」 ティエリアは、戸惑った。 窓から見える緑溢れた中に立つ、巨大な宇宙エレベーターを見上げる。 「言えないようなアニメなのか?ま、まさか、エロアニメ!?」 ドスッ。 ハロで、ティエリアはロックオンを殴った。 「そんなことあるわけないでしょう」 「そうだよな。あいてて」 「ハロ、キョウキ。ハロ、キョウキ。ティエリア、ハンニン。ティエリア、ハンニン」 「・・・・・・・先生です」 「へ?聞こえない」 「絶望先生です!!」 「ゼツボウシタ、ゼツボウシタ」 ハロが、タクシーの中を飛び跳ねた。 「絶望先生って、俺と刹那が毎週見てるあのアニメ。ええええええええ!?」 ロックオンが驚いて、タクシーの天井に頭をぶつけた。 「お、絶望先生か。親父も見せるで」 「信じられねぇ」 「証拠、みせましょうか」 「どうやって」 「簡単です」 ティエリアは、大分温まった体温を、いつもの温度に調節しながら、ロックオンが羽織らせてくれたコートを脱いだ。体温は、普通の人間に比べて低かったが、それでもティエリアには平熱である。 ティエリアは、一呼吸置くと、絶望先生がよく口にする台詞を口に出した。 「絶望した」 「まじかよ。そっくりだ。ティエリアが代役やってたなんて」 「お願いですから、このことはみんなには内緒にして下さいね!特に刹那には内緒ですよ!」 「あ、ああ。刹那のやつ、絶望先生のコミック持ってるくらい、絶望先生にハマってるからな」 「二人は、仲直りしたってとっていいのかな、親父は。ほれ、宇宙エレベーターで移動するんだろ?二人仲良くならんで、帰りなされや」 「おやっさん。本当に、いろいろありがとう」 「すみません、運転手さん。代金を」 財布を取り出すティエリアに、運転手は首を振った。 「金はいらん。面白い話聞かせてもろたしな。安心しなせい、秘密は親父も守るさかいに」 「おやっさん」 「運転手さん・・・・」 ティエリアも、ジーンときたようだった。 人間なんて、ろくなものではないと思っていたティエリアであったが、こんな良い人間も世の中にはいるのだと再認識させられた。 「そのかわり、親父の我侭一つ聞いてもらっていいかいね」 「なんでしょうか」 「もう一度、絶望先生の声真似してくれんかいな」 「はい。お安い御用です」 そこで、一呼吸。 「絶望した!」 ティエリアとロックオンは、タクシーを降りると、二人仲良く並んで、タクシーの親父に手を振った。 「おやっさん、元気でな!」 「ああ、兄ちゃんも、嬢ちゃんと幸せにな!」 「さようなら」 そして、手を繋いで、宇宙エレベーターへと向かっていく。 「今度、セラフィスの夜の歌声で、アルバムの唄、歌ってくれよな?」 「いいですよ。ただし、二人きりのときに」 タクシーの親父は、熱いまなざしで、二人の背中を見送っていた。 どうか、あの青年と少女が、仲良く幸せでいられますように。 ティエリアとロックオンは、それぞれ行きかう人の注目を集めながらも、宇宙エレベーターの中を進んでいく。 男性はティエリアの美しい容姿に見ほれて止まり、女性もまたティエリアの美しさに驚いた。そして、隣に並ぶロックオンに頬を染める。 ティエリアは気にしたそぶりは見せなかったが、ロックオンは少し居心地が悪そうだった。 かわいい姿をしたティエリアの私服を見れて良かったと思うが、その反面男どものティエリアを見る目が気に食わない。 そんな様子に、ティエリアは心の中で苦笑した。 「カエロ、カエロ。ミンナマッテル、ミンナマッテル」 「ああ、帰ろう、ハロ」 「はい。帰りましょう」 ティエリアとロックオンは、お互いの顔を見合わせた後、また手を繋いだ。 その後を、黄色いAIが飛び跳ねていく。 「ゼツボウシタ、ゼツボウシタ」 ぴょんぴょん跳ねるAIは、ティエリアとロックオンの後を追って、コロコロと転がった。 |