白い花、散る時









マリナは、深海の深く澄んだ、どこまでも濃い紺色を見上げていた。
眠れない。
故国であるアザディスタンのことを考えると、目を閉じても開いてしまう。
マリナは、トレミーを歩いた。
あまり刹那からうろつくなといわれていたので、ガンダムがある格納庫まで足を伸ばすような真似はしない。
廊下をひたすら歩く。
やがて、一周して元いた場所に戻ってしまった。
トレミーは、複数のクルーがいるだけあって広い。マリナは、皇女として大切に育てられ、幼い頃は蝶よ花よと、本当に、深窓の令嬢のように育てられた。
マリナはまた、トレミーの廊下を歩いた。
なんの目的があるわけでもない。
ただ、アザディスタンのことを少しでも忘れたかった。
シンと静まり返ったトレミーは、薄暗く、誰もが眠りについていた。

やがて、食堂の前にきて、そこに明かりが僅かに漏れているのを確認する。
恐る恐る、食堂への扉を開き、中に足を踏み入れる。
「キャッ・・・・」
マリナは、小さく悲鳴をあげた。
僅かな明かりのなか、爛々と輝く金色の瞳があったのだ。
まるで、獣の目のように光る目に、マリナは沈黙した。怖い。
素直にそう思った。
金色に輝く瞳がこちらに近づいてくる。
そして、間近に近づいたとき、人ならざる美しさをたたえた影が目の前に立っていた。
「こんな時間に出歩くなんて、物騒ですよ。早く、寝室にもどってください。マリナ姫」
綺麗なポーイソプララノの声が流れ、マリナは安心した。
金色に光る目の正体は、ティエリアの瞳だったのだ。
獣ではなかった。
どうして、目の前の少女にしか見えない少年の目が、薄暗い闇の中で、金色に光っているのかは追求しない。
刹那に、止められていたからだ。
トレミーにいる中で、特にティエリアに対してはあまり触れないようにと。
何か重大な秘密を抱えているらしかった。
居候の身であるマリナは、刹那の言葉をよく守っていた。

「ティエリアさん、こんな時間まで・・・・」
そこで、マリナの言葉が止まった。
ティエリアの服が、破れていた。首筋には、鬱血したような痕も見える。
ティエリアは、めんどくさそうに、紫紺の髪をかきあげた。
サラサラと、指からこぼれる髪が音をたてる。
「マリナ姫。今日は、刹那には近づかないほうがいい。まるで、月をみてしまった狼のようだ。飢えている」
「刹那が?」
マリナは、ブルーサファイアの瞳を見開いた。
深海の紺色の瞳の色であった。
「刹那のやつ、後で覚えていろ」
ティエリアは、破れてしまったポレロを脱いだ。下の服も、鎖骨が見えるラインまで破れていた。
ティエリアは、薄着であったマリナに気づき、破れてしまったポレロを肩にはおわせた。
「とにかく、今日は絶対に刹那に近づかないでください。特にあなたは危険だ」
金色に光る目で強く見つめられ、マリナは頷いていた。
そして、ティエリアに追い立てられるかのような形で食堂を後にした。
「刹那、どうしたのかしら。まさか、ティエリアさんに暴力を振るったのかしら」
ティエリアの頬に殴られた後はなかったが、ティエリアがいた場所には争ったような形跡があった。
ティエリアの綺麗に伸ばされた、桜色の爪は、無残にも右手の中指の爪が折れ、血を流していた。

ティエリアは、どうしたものかと逡巡した。
刹那の傍にいるのは危険だ。今日の刹那は、本当にどうかしている。
刹那を愛してはいなかったが、大好きだった。
刹那は、自分で、狂っていると呟いていた。
いつものティエリアなら、尖った爪で目を潰していただろう。だが、相手は同じガンダムマイスターであり、大切な友人である刹那だ。
ティエリアは、折れた爪から滲む血を舐めながら、刹那がどうか元に戻るようにと強く願った。

「刹那。刹那、開けてちょうだい。刹那」
マリナは、ティエリアの強い静止も無視して、刹那の部屋に来ていた。
確かめなければならない。
いつもは仲のよい大切な友人であるはずの、ティエリアに、あんな真似をしたのが刹那であるのかどうか。
「刹那。お願いだからここを開けて。刹那!」

シュン。

扉のロックが解除され、無機質な音をたてて開いた。
「刹那」
マリナが、扉に開かれたことに安堵する。
だがすぐに、マリナは声をあげた。
「刹那、大丈夫!?」
部屋の中に入り、マリナは刹那の傍に寄った。
刹那は、部屋の扉をあけたかと思うと、その場に蹲ってしまったのである。
その頬に、引っかかれたような傷があった。
深くはないが、表面の肉を抉っている。
血がかすかに滲んでいた。
マリナは、自分の衣服の袖で、滲んでいた刹那の血を拭き取った。
「刹那、大丈夫?」
刹那を気遣うマリナの手首を、刹那が掴んだ。
そのピジョン・ブラッドの瞳が、獣のような色を孕んでいた。

「どうして、ここにきた。ティエリアと会ったんだろう。ならば、ティエリアに止められたはずだ。なのに、どうしてここにきた」
「わ、私はただ、あなたのことが心配で」
「ティエリアの姿を見ただろう。それなのに、お前はここに来たのか」
ギリっと強く手首を掴まれて、マリナは声を上げた。
「刹那、痛いわ。そんなに強く掴まないで。ティエリアさんに、暴力を振るったの?」
ブルーサファイアの瞳で、ピジョン・ブラッドのルビーの瞳を見上げる。
マリナと刹那の瞳は、深い蒼と真紅という、双極だった。

「マリナ・イスマイール」
名前を呼ばれ、顔をあげたとき、刹那の唇がマリナの唇と重なっていた。
そのまま、深い口付けをされ、刹那の舌がマリナの舌を舐める。
「やめて、刹那!!」
マリナは、刹那の口付けから逃れると、顔を背けた。
「マリナ」
刹那が、マリナを抱きしめた。
マリナは、それも拒絶するように、刹那の体を突き飛ばした。

ドンという音を立てて、刹那の体が壁にあたる。
「わ、わ、私、帰るわ!」
ハラリと、マリナの背から、ティエリアの破れたポレロが落ちた。
刹那はそれを拾いあげた。
「ティエリアに暴力を振るったのは俺だ。この頬の傷も、ティエリアにつけられた」
「どうして!」
マリナが、分からないという顔で、刹那を見上げた。
部屋を出て行こうにも、ロックがかかっており、出ることができない。
「マリナにしようとしていた行為を、少しでも紛らわせるためにティエリアに暴力を振るった。今日の俺は狂っている。飢えた獣だ」
本当に、獣のようにぎらついた瞳をしていた。
マリナは、ティエリアがどうして自分を刹那の元にいくことを強く止めたのか、分かった気がした。
刹那は、マリナを求めているだ。
どうしようもないほどに、強く。
その衝動を抑えるために、ティエリアに暴力を振るい、そして予想していた通りに拒否され引っかかれ、その痛みでどうにか衝動はおさえることができた。
ティエリアにはすまないと思っていた。まるで利用するような真似をして。
飢えた衝動をやっとのことでやり過ごしたと思ったところへ、とうのマリナがやってきた。
刹那は、また飢えた衝動に駆られた。

「どうして俺の元にきた!どうしてだ!!」
刹那が、マリナをベッドに押し倒した。
マリナは、すぐに起き上がろうとしたが、重く刹那がのしかっており、逃れることができない。
「刹那、目を覚まして!刹那!」
「俺は俺だ」
「今日のあなたはどうかしているわ!」
刹那の手が伸び、服の上から大きくも小さくもない、理想の形をした胸を揉んだ。
「いやっ」
マリナが顔を背ける。
刹那は、唇を噛み切った。血が、マリナの衣服に滴り落ちる。
そのまま、唇を奪われて、マリナは刹那の血の味を味わった。
「刹那!」
両手首をとらえられ、シーツに縫い付けられた。そのまま、頭の上でまとめられ、刹那の片腕にとらえられる。
刹那は、マリナの服の下に手を入れた。
そして、そのラインを確かめるかのように、なで上げたあと、裸の胸を揉みあげた。

マリナは、涙を浮かべていた。
大好きな刹那なのに、とても怖い。
「刹那、お願いだから止めて」

マリナはスカートをたくしあげられた。
「きゃあっ」
白い太ももを吸い上げ、刹那が痕を残す。
また、唇が重なった。錆びた鉄の味がした。
マリナの首筋を、刹那の唇が這う。
涙を吸い上げられて、マリナはまた涙を零した。
怖い。怖い。怖い。

「刹那っ!!」
刹那の手が、秘所に伸びた。
下着の上から、なぞるかたちで動く。
そのまま、下着の中に手をいれられた。
「だめ、刹那っ」
「濡れている」
マリナは、恐怖におびえながらも、それでも大好きな刹那がする行動をいつの間にか許していた。
とても怖い。だけど、相手は刹那だ。
刹那だと思えば、怖くない。
手はもう、マリナの手を捕らえてはいない。
かわりに、マリナはシーツをきつく掴んでいた。

秘所に、指が潜りこむ。
「だめよ、刹那、だめっ」
内部を探るようにうごめいたあと、秘所の入り口を攻められて、マリナは頭が真っ白になった。
これを、ひとは快感と呼ぶのだろうか。
濡れた音をたてる秘所から、刹那の手が去っていった。
そのまま、マリナの衣服を脱がすことはせず、下着だけを取り外す。
胸をはだけられ、その寒さに身を震わせた。

「刹那、私、私。経験がないの。だから・・・・」
じっと見上げてくるブルーサファイアの瞳を、刹那は見下ろした。
そして、上の服を脱ぐ。
マリナを手を、自分の首にまわさせた。
「俺も、ない。はじめてだ」
「刹那」
太ももを持ち上げられ、マリナは目を瞑った。
熱い何かが、駆け抜ける。
裂かれたその場所は、じわりと真紅のシミをベッドに広げた。
刹那は、しばらく動かなかった。
「すまない、マリナ」
「あ、あ、刹那」
マリナが、うわごとのように繰り返す。
刹那は、だめだとは分かっていても、律動を開始した。
ギシリと、ベッドが軋む。
「あああっ」
マリナが、涙を零す。
それを吸い上げて、刹那はマリナと深く口付けした。
「マリナ、愛している。お前だけを」

「刹那」
マリナが、刹那の肌の背中に爪をたてる。
刹那の動きが、やがて止んだかと思うと、熱い熱が内側から引き抜かれていった。
そして、刹那は果てた。
マリナの中で果てるような行為は、子供を孕ませてしまうかもしれない。
刹那に残る、僅かばかりの理性がそう警告を告げていた。
一つに溶け合った体が離れていく。
それに、マリナの腕が伸びた。
「マリナ?」
「刹那、私も愛しているわ」
「こんな酷い行為をした俺を、詰らないのか」
「受け入れるわ。だって、私は刹那を愛しているんですもの」
マリナは、刹那に服を全部脱ぐように要求した。
それに、刹那が着ていたものを全て脱ぐ。同じように、マリナの服も脱がされた。
「刹那って、逞しいのね」
刹那の筋肉のついた体を見上げ、マリナが目を瞬かせる。
もう、泣いてはいなかった。

「はじめてだったのに、乱暴にしてしまってすまない」
刹那が、血の滲んだシーツに目を落とす。
処女を失ったのだから、血が出ても仕方なかった。
だが、刹那の頭には、行為のせいで血を流させたという考えしかなかった。
処女だから、血が流れるということを知らなかったのだ。
マリナの手が伸びて、刹那を抱き寄せる。
それに、刹那も答える。

一つに溶け合った体は、体を繋げることなくまた溶けていく。
それは、あるいは精神的なものであった。
マリナを抱き寄せる。
マリナは、自分から刹那に口付けた。
刹那の目に、もう獣のような色はなかった。
いつもの刹那の、真紅の綺麗な色だ。
「マリナ。すまない。愛している」
「私も、刹那を愛しているわ」

二人は、裸のままシーツをかぶって、まるで胎児のように丸くなって眠った。

翌朝、下肢の痛みに目を覚ましたマリナは、真っ赤になった。
そして、刹那の部屋でシャワーを浴び、体を清めた。
刹那はすでにシャワーを浴びており、しきりにマリナを労わり、謝った。
「すまない、マリナ。白い花を散らすようなことをしてしまった。何度謝罪しても足りないくらいだ。責任はとる」
刹那の衣服を着たマリナは、真っ赤になっていた。
刹那からホットミルクをもらい、それを飲んでいたマリナは中身をふきだしていた。

「結婚しよう、マリナ」

「せ、刹那」

刹那は、純真な青年であった。
体の関係を持ってしまった相手を、ただ一夜だけの相手だからと捨てるような真似はしない。
マリナを愛していた。

「この戦いが終わったら、結婚式を挙げよう。もう、俺はマリナの夫だ。俺は、宗教上だからといって、他に妻を娶るような真似はしない。マリナだけを妻にする。そして一生愛する」
刹那とマリナが生まれた地域は中東で、イスラム教が栄えていた。
イスラム教では、妻を複数娶ることができた。
男である刹那には、複数の妻を持つ権利があった。
だが、刹那はそれを否定する。
愛する女性は一人だけでいい。一人だけで十分だ。
マリナだけを愛する。

「約束してくれ、マリナ。俺の妻になってくれると」
「約束するわ。私、あなたの妻になるわ。あなたに相応しいか分からないけれど」
「俺も、マリナに相応しいか分からない。だが、夫としてマリナを守り、共に最後まで生きる」
刹那は、もう決めたようであった。
マリナを、絶対に妻にする。
そして、いつか結婚式をあげるのだ。

この世界から、歪みがなくなったその日に。
マリナに、純白のウェディングドレスを着せて、トレミーの皆と結婚式をあげよう。

いつかいつか。
絶対に。

「マリナ、愛している」
「私もよ、刹那」

二人の愛の囁きは、将来を誓いあいながら、螺旋のように絡まって解けることがなかった。

この女性を幸せにしよう。

いつかいつか。
絶対に。