戦場に咲いた白い花









マリナは、刹那の部屋でもじもじしていた。
刹那に助けられ、トレミーでしばらく過ごすことが決まっていた。
刹那の部屋で、今は寝起きを共にしている。
成長した刹那はとてもかっこよく、そして優しかった。
マリナにベッドを譲り、服のないマリナに私服をかしてくれた。刹那の私服はマリナには大きかった。4年前は、自分とほとんど身長が変わらなかった刹那であるが、今では頭一つ分くらいの身長差があった。
刹那は、長めの長袖のワイシャツを渡してくれた。
マリナはそれを着て、トレミーを見回ったいた。
「マリナさん!なんて格好してるんですか!」
声をかけてきたのはフェルトであった。
長めのシャツは、太ももの部分まで隠れたし、首元は見えたけど、ワイシャツなので襟があるため、肩が露出することもない。
これなら問題ないと、マリナは思ったのだ。
だが、やはり男性の衣装を一枚羽織った格好であるマリナを、見咎める者はいたのだ。
「ロックオンに見られたら、ナンパされてしまうわ!刹那もちゃんと言ってくれれば服を渡したのに!もう!」
フェルトに引っ張られ、マリナはフェルトの自室に連れ込まれた。
そして、フェルとは自分のクローゼットを漁ると、中から私服を適当に取り出して、マリナに渡した。
「マリナさんとは、身長もそんなに違わないし、多分サイズにあまり問題はないと思います。トレミーにいる間は、私の服を着ていてください。服がないなんて、不便すぎるわ」
フェルトから、どさりと服の束を渡されて、マリナは困惑しつつも少女の優しい心に感謝して頭を下げた。
「厄介者の身分なのに、すみません。ありがとうございます」
「マリナさん!皇女であるあなたが、頭を下げる必要なんてありません」
フェルトは身分というものに拘らない主義であったが、それでも生粋の皇族として生まれた皇女であるマリナの存在にはあこがれる部分も多い。
皇女という響きだけで、雲の上の存在のように思えたが、マリナはごく普通の女性で、接しやすかった。
「では、遠慮なく服を借りていきますね。ありがとうございます」
マリナはもう一度礼を言って、そして部屋を後にしようとする。
「ちょ、ちょっと、マリナさん、今どこの部屋を使っているんですか?」
「え?刹那と同室ですが、それが何か」
「!!!」
フェルトの顔は真っ赤になった。
刹那が助け出した存在とはいえ、男女が一緒の部屋にいるなんて、フェルトには信じられなかった。
「心配しなくても、刹那はとても紳士的です。ベッドも譲ってくれるんです」
「だめです!マリナさん、スメラギさんに言って、空いた部屋を使えるように手配するので、刹那の部屋の荷物を纏めておいてください!」
「え、どうしてですか」
おっとりした皇女は、本当に不思議そうにフェルトを見る。
「こんな戦場の中、男女が一緒の部屋で過ごすなんて、不謹慎です」
「刹那は、とても紳士的よ?それに、私は刹那と居たいわ」
爆弾発言であった。
マリナは、刹那を好いているのだ。
「そ、そうですか。でも、刹那にベッドを譲り続ければ、刹那は硬いソファで座って眠ることになるんですよ?刹那がかわいそうとは思いませんか?」
「それは。確かに、私、刹那に迷惑をかけているわ」
「じゃあ、決まりですね。スメラギさんから新しい部屋に案内されると思いますので、それまで刹那の部屋で荷物を纏めていてください。あと、着替えも忘れないでくださいね」
「分かりました」

マリナは、刹那と一緒に居たいけれど、刹那は自分を犠牲にしてマリナに寝床を譲ってくれているのだ。
刹那だって、この戦いの中、疲れているに違いない。
自分はあくまで居候の身などだ。分を弁えなければならない。

マリナは、刹那の部屋で数少ない荷物を纏めると、フェルトに渡された服に着替えた。
長袖の、ワンピースを着てみる。
「こ、これは・・・・」
マリナは、ゴクリと唾を飲んだ。
胸の部分が、スカスカであった。マリナの胸は、決して小さいというものではない。むしろ平均的な大きさだろう。
だが、このスカスカ具合はどうだろう。
フェルトの体のラインを思い出す。まだ少女の域にあるフェルトの体は、女性として理想のボディラインを誇っていた。
大きな胸に、くびれた細い腰、綺麗な形のヒップ。
その胸の大きさは、トレミーでも、巨乳として名高い、ミス・スメラギとタメをはれるほどであった。
ミス・スメラギも、30台だというのに、理想のボディラインを維持したままである。
どうすれば、あんなにも完璧な女性として理想のボディができあがるのだろうか。
マリナは、あまった胸の生地にため息をつきながら、ウェストが少しきついのも気になっていた。
連邦軍に捕まり、反政府勢力として、強制収容所にいたマリナは、ろくな食事も与えられていなかった。
体重もおちた。
それなのに、ウェストがきついなんて。
「ああ。私って、本当に魅力のない女だわ。刹那に振り向かれないはずよね」
ぶかぶかな胸と、きついウェスト。ヒップだけがフェルトと同じサイズだった。

「マリナ。部屋を移るそうだな」
「刹那!」
入ってきた刹那に、マリナは顔を上げた。
「その、似合わないでしょう?笑ってちょうだい」
刹那は、無表情だった。
「似合っている」
「嘘ばっかり」
マリナは、ため息をついてベッドに腰掛けた。
刹那は、そんなマリナの横に腰掛ける。
「俺は、今のマリナ・イスマイールでいいと思う。無駄に飾る必要なんてない。粗末な服を着ていても、白い花は花だ」
「刹那」
刹那の言葉に、マリナは胸が熱くなった。
自然と、ドキドキと鼓動が高まる。

「刹那、私」
あなたのことが好き、と言いかけて、マリナは思いとどまった。
いけない。刹那は戦士なのだ。CBの、有望なる人材だ。その彼に愛を告白したところで、無視されるだけだろう。
刹那は女性に興味を持つタイプではない。
「これ、好きだったろう」
刹那が、マリナに飲むタイプのゼリーを渡してきた。それは、刹那のダイスキな味のアップル味だった。
マリナは、渡されたそれを、お腹がすいているのもあって、遠慮することなく食べた。
刹那の表情は、心なしか、優しくなっている。
マリナは、キュンと胸が鳴った。

もう、ここは当たって砕けろだ!
アタック大作戦だ!
「刹那、私、好きよ」
きゃー。
言っちゃった。言ってしまった。
真っ赤になりながら、それでもマリナは刹那の言葉を待った。
刹那は、すぐに返事してくれた。
「俺も好きだ」
ああ、神様。
8歳も年上の私を、刹那は好いてくれているというのか。
だが、至高にまで上り詰めていたマリナに、刹那は付け加える。
「そのりんご味のゼリーは、俺も好きだ」
シュン。
マリナは肩を落とした。
「そうよね。刹那は、りんごが大好きですものね」
「ああ。食べ物の中で、多分一番好きだ」
マリナの長い黒髪を、刹那は撫でた。
「マリナの髪は綺麗だな」
「そんな。バサバサよ。手入れもろくにできなかったから」
「まるで黒曜石みたいだ。その瞳の黒も、俺は好きだ」
また、胸がドキドキしてきた。
刹那は、マリナを翻弄する。

刹那は、マリナの髪に口付けた。
その思いもしない行動に、マリナが固まった。
「せ、刹那?」
「待っていてくれ、マリナ。いつか、きっと、マリナに似合うような男になる。それまで、待っていてくれ」
もう十分に、刹那は大人でマリナより優れた女性に似合う男になっている。
だが、刹那はマリナを選んだ。
自分よりも8歳の年上のマリナを。
「刹那」
「約束だ。待っていてくれ、マリナ」
マリナは微笑んだ。
「約束するわ。私、いつまでも待っているわ。たとえ、おばあちゃんになっても、刹那のことを待っているわ」
「マリナ。愛している」
これは、夢なのではないだろうか。
神様がくれた、悪戯な夢。
刹那は、まるで騎士のように、皇女であるマリナの手を取って、口付けた。

「刹那、好きよ。愛しているわ」
「この戦いが終わるまで、待っていてくれ、マリナ」
「待っているわ。いつまでも、いつまでも」
この戦いの終わりは全く見えなかったけれど。
けれど、マリナには至福だった。
刹那に片思いしているのだとばかり思っていたのだ。
それが、両思いになれただけで、マリナは幸せだった。
「新しく移った部屋にも、遊びにいく」
刹那の恋は、欲望にまみれることのない、純粋なものだった。
遊びにいくという表現が刹那らしかった。
刹那は、愛を語ったりするのは苦手だった。
待っていてくれというだけで、精一杯だった。

「ええ、刹那。私だけの刹那」
マリナは、刹那の体を抱きしめた。
思いのほか、体は青年らしいものとなっていた。無駄な筋肉のない均整のとれた体で、刹那は優しくマリナを抱きしめ返す。
そして、微笑んだ。

「私、刹那の笑顔、始めてみたわ。刹那でも、笑えるのね」
「俺だって人間だ。嬉しいことや楽しいことがあれば笑う」
「そう。ありがとう、刹那」
「マリナ」
マリナは目を瞑った。
だが、キスは額に降ってきた。
それが、刹那には精一杯だった。
男女恋愛の苦手な刹那には、昔よくみた恋愛ドラマや映画のようなラブシーンは無理だった。
それがいじらしくて、マリナは刹那がより一層恋しくなった。
「刹那」
「戦場に咲いた、白い花だ、マリナは」
「私が、白い花?」
「そうだ。おれだけの、白い花だ」
そういって、刹那は立ち上がった。
「ティエリアに呼ばれている。マリナ、また後で」
「ええ、刹那」

去っていく刹那の後姿は、いつのまにかとても逞しいものになっていた。
「白い花・・・・・可憐な比喩ね。私には勿体ないわ」
マリナはそう一人言葉を言ったあと、荷物をまとめ、そしてフェルトに渡された服もまとめて、刹那の部屋を出た。

戦場に咲いた白い花を、刹那は摘み取ることはなしい。
ただ、優しく愛でるだけである。
だが、今はそれだけも幸せであった。
戦場に咲いた白い花は、苦境という風に揺れながらも、それでも枯れることなく、凛と強く咲き誇っていた。