僕の耳に聞こえる君の声









「おはよう、アレルヤ」
「おはよう、マリー」
いつものように、挨拶を交し合い、二人ならんで食堂に向かう。
そこで朝食を取って、二人は甘い時間を過ごす。
昼までは、自由行動だ。
特にすることもないので、アレルヤとマリーは二人で甘い時間を過ごしていた。
そして、アレルヤはマリーにプレゼントを持ってきていた。
「マリー、僕からのプレゼントだよ」
「まぁ、何かしら、アレルヤ?ドキドキするわ」
アレルヤがくれるものは、マリーは大切にしていた。
それは手作りのお菓子だったり、小さなぬいぐるみだったり、あるいは花冠や、一輪の花であった。
どんなものでも、マリーは喜んでくれた。
「そのね、形になったものじゃないんだ。僕が直接君に贈るわけじゃないから」
「どういうことかしら?」
「いいから、デッキに来て!」
マリーの手を取って、アレルヤは駆け出した。
はやる気持ちを抑えながら。
アレルヤとて、楽しみにしていたのだ。この日がくるのを。
今日は特別な日になるだろう。
記憶に鮮明に残る、特別な日に。

デッキへのハッチを開ける。
燦燦と輝く太陽が、眩しく二人を照らしている。
二人は、広がる青空を見上げながら、デッキへと足を向けた。
そこで、コンタクト姿のまま、私服で風に髪を遊ばせているティエリアを発見する。
「いたいた。マリーを連れてきたよ」
「本当に、君には困ったものだ。僕の唄を聞きたいなんて。物好きだな」
「そんなことないよ。ティエリアの歌声は、とても綺麗なんだ。マリーにも是非、聞かせて欲しいんだ」
マリーは目を輝かせた。
いつの日か、ティエリアの歌声を聞いてみたいといったマリーの言葉を、アレルヤは覚えていてくれたのだ。
そして、ティエリアを説得して、歌声を聞かせてくれるのだという。
「ティエリアさんの唄!私、楽しみにしていたの。まさか現実のものになるなんて、思わなかったわ」
少女のように目を輝かせるマリーに、アレルヤが微笑む。
その期待に満ち溢れた眼差しを向けられて、ティエリアは海を眺めた。
ティエリアの私服は、ロックオンが昔買い与えてくれたものだ。
「ティエリアさん、まるで天使みたいにステキだわ」
ユニセックスな私服は白で統一しており、その上から白のケープを羽織っていた。
肩まで届く紫紺の髪は、纏めてブルーサファイアをあしらったバレッタで留めている。
首には、刹那からもらったスタースビーが特徴的な十字架のペンダントと、ロックオンに買ってもらった瞳の色と同じガーネットをあしらったチョーカーをしていた。
まるで、聖堂に降りてくる天使のような姿だった。
ティエリアも、アレルヤがマリーにプレゼントとして贈りたいのだというので、それなりに意識して衣服を選んだ。
自分が少女のような容姿をしていることは知っていた。
男性の格好をしていても、よく女性に間違われた。
白で統一し、ケープを羽織った姿は、ティエリアを中性的に最大限に見せていた。

天使の唄。

ロックオンだけでなく、刹那もそういっていた。
ティエリアの唄を聞いたことのあるアレルヤまで、同じように天使の唄と言っていた。
自分は、なんたる偶然か、無性の中性体である。
天使は、その体に性別をもたぬという。
ティエリアと同じだ。
ならば、いっそのこと天使のような格好をしてやろう。

白いケープを風にはためかせながら、ティエリアは腕を広げた。
海鳥が、どこからともなくやってきて、トレミーの速度にあわせて翼で風を切る。
ティエリアは微笑んだ。
ロックオンに捧げるような意識で。
風を抱きしめるように腕を広げたティエリアの喉から、綺麗なボーイソプラノが零れだした。

曲は、「ポールシュカ・ポーレ」
いつもは女性のソプラノで歌うが、あえてはじめの一曲はボーイソプラノで歌った。
オーロラのように、あるいはダイヤモンドダストのように。
煌く歌声が、風に乗ってアレルヤとマリーの耳に届いた。
アレルヤは、ティエリアの背中に白い純白の翼があるような錯覚を引き起こしていた。

本当に、天使だ。
天使の歌声で、ティエリアは歌う。

「ポールシュカ・ポーレ」を歌い終わると、ティエリアは続いて、大好きな遥かなる歌姫の唄を歌いだした。
「illsia」というアルバムから選んだ「空の扉」「紅い花」「ラ・ロンド・リュネール」をいつもの女性のソプラノで歌う。
一気に歌い終えて、それでもティエリアの澄んだ透明な歌声は終わらない。
お披露目のようなものなのだから、この際、好きなだけ歌ってしまおう。
同じアルバムの「風の中のソリテア」「あなたがいるから」「ゆりかごの記憶〜父に捧ぐ〜」を歌い終える。

アレルヤは、そのあまりに美しい歌声に、完全に聞きほれていた。
マリーにいたっては、涙を流していた。

「なんて美しい歌声なの・・・・。人が、こんなにも綺麗な声で歌えるなんて。素晴らしいわ。素晴らしすぎるわ、ティエリアさん」

マリーの言葉に、ティエリアは大げさだなと肩をすくめてみせた。
「これが最後の曲です。アレルヤと同じ名前の題名の曲です」

そういって、ティエリアは今度はまたボーイソプラノで「アレルヤ」を歌った。
その喉から紡ぎだされる歌声は、螺旋を描いて風に乗って、遠く遠くまで響いた。
泉から沸きあがる、透明な歌声。
アレルヤはそう思った。
マリーは感動のあまり、涙を流したまま、言葉を失った。
アレルヤに支えられながら、マリーは涙を零した。
感動のあまり、溢れてくる涙であった。

やがて、綺麗な歌声が完全にやみ、観客であった海鳥たちが姿を消す。
ティエリアは、白いケープを風に遊ばせながら、髪のバレッタをとった。
バサリと、紫紺の髪が風に煽られて、サラサラと音をたてて零れる。
いつの間にか、金色に変わってしまった瞳で、ティエリアはアレルヤとマリーを見た。
ゾクリと、アレルヤは肌があわ立つような感触を覚えた。
なんて美しい生き物なのだろうか、ティエリアは。
ティエリアは、白いケープをはためかせながら、デッキを歩く。
そして、アレルヤの傍にくると、誰をも魅了してしまいそうな微笑を零した。
「約束は、守ったよ、アレルヤ。僕はこれで。アンコールは受け付けないからね。聞きたくなったら、また今度。
歌声を聞いてもらえるのは気持ちがいい。じゃあ、またね」
白いケープをはためかせて、白い天使の歌姫は歩み去ってしまった。
「本当に、天使だわ。なんて美しい歌声なのかしら。お礼をいうこともできなかったわ」
「後で、お礼を言えばいいさ。良かったね、マリー。ティエリアは、また歌ってくれるって」
「ええ。アレルヤ、最高のプレゼントだわ。ありがとう!」
マリーは、アレルヤに抱きついた。
そんなマリーを抱きしめながら、アレルヤは我侭を聞いて、最高の演出までしてくれたティエリアに感謝した。
「ありがとう、ティエリア」

ティエリアは、恋人同士の時間を邪魔するような真似はしない。
ひとしきり歌った後、天使のような衣装を着替えるために自室に向かった。
いつもの服に着替え、眼鏡をする。
そして、ピシリと服装を決めると、スケジュール通りの一日を過ごすために、足を射撃訓練室に向けた。

マリーは、感動した後、自分の知っている歌を歌い始めた。
それは、ティエリアのように素晴らしい歌声には遠く及ばないけれど、それなりに良い歌声だった。
「マリーの歌、初めて聞くよ。うまいね」
「そんな、ティエリアさんに比べれば、赤子みたいなものよ」
「ティエリアは歌姫だから。くれべられないよ。マリーの歌も、十分にうまいと思うよ、僕は。もっと聞きたいな」
アレルヤにせがまれて、マリーは照れながら、ティエリアの触発されるかのように、歌いだした。
海鳥がよってくることはなかったが、それでもマリーの歌声は綺麗だった。
アレルヤは、マリーの歌を聞きながら、目を瞑った。
マリーは、アレルヤに歌い聞かせる。
ティエリアには及ばないものの、その綺麗な歌声は風にのって、どこまでも遠く遠くへと運ばれていった。

僕の耳にきこえる君の声。
それは、幸せに満ち溢れた音色だった。