ハロウィンの夜








「トリックオアトリート」
棒読みに、刹那が一向に構ってくれないロックオンを睨む。

場所は、プトレマイオスのキッチンにあたる場所。
いつも出される定食だって、無からできるものではない。ちゃんとしたコックが作っている。
そのキッチンをかりて何かの作業をしているロックオンを最初に見つけたのはアレルヤだ。
アレルヤは、忙しく動き回るロックオンに苦笑して、キッチンを後にする。
ティエリアは自室だ。
刹那は、本で読んだ「トリックオアトリート」という言葉を出せば、ハロウィンの季節はお菓子がもらえると、 艦内を徘徊しては、出会う人物に配属場所も構わずに出会い頭にその言葉を出している。
一番はじめに被害にあったのは、イアンだった。
ガンダムの調整中に、いきなり刹那にお菓子か悪戯かと迫られて、すぐにポケットからミルクキャンディをだして放り投げる。
そんなものを持っていたのは、アレルヤがくれたからだ。
アレルヤはわざわざ一度地上に降りた後に菓子をかいこんで、 プトレマイオスにいる仲間に配った。
菓子を与えなければ、刹那はきっとふてくされるだろう。
そんな雑誌を貸し与えてしまったのもアレルヤだ。責任感というものを感じる。

「刹那、ハロウィンの季節にトリックオアトリートっていうと、お菓子がもらえるんだよ」
「本当か?」
きらきらと、純真な子供のような刹那の目に、安易に切り出したアレルヤはたじろいだ。
ほら、この本にだって書いてあるから。
ハロウィンの特集をくんだ雑誌を刹那に渡したアレルヤ。
まさか、刹那が真に受けるなんて思っていなかったのだ。ほんの軽い冗談でいったつもりなのに、真剣に雑誌に食い入るように目を通す刹那は どこか楽しげそうだ。

ああハレルヤ。僕ってば、また余計なことしちゃった。

刹那は、お菓子など口にすることもできない子供時代を送っている。
少年に成長した今でも、西洋のイベントなど知らないことがあっても不思議ではない。

アレルヤは、万が一にも、刹那がトリックオアトリートと言い出しても大丈夫なように、クルーのほぼ全員に 事情を説明してキャンディやらチョコを配った。
刹那の期待を壊したくない。無垢な少年の夢を壊すことはアレルヤにはできなかった。

「アレルヤ。トリックオアトリート」
艦内を回って、お菓子を配り終えたアレルヤに、雑誌を読み終えた刹那が早速声をかける。
「はいはい。ほら、アップルを挟んだクッキーだよ」
配った分より多くの菓子を買い込んでしまった。あとで、ロックオンやティエリアにもあげよう。
にこにこと刹那の様子を伺っているアレルヤは、クルーたちにお菓子を配り終え、使命感を果たしたものと 安心していた。
一番肝心の、ティエリアとロックオンに菓子を渡していないことを、忘れていた。

「今日は収穫がおおいな。それでは、ティエリア・アーデのところに行って来る」

「そう。がんばって……ってあああああ!!ティエリアにお菓子渡してないよ、僕!!」
どうしようと焦るアレルヤだったが、刹那の姿はすでにない。
あのティエリアにトリックオアトリートなどと持ちかければ、何をバカなことをしていると一蹴されるに決まっている。
刹那の行動を理解はしてくれるかも分からないし、例え理解してくれたとしてもティエリアがそれに答えてくれるとは到底思えない。
「待ってよ、刹那〜」
アレルヤも、ティリアの部屋に向かって走り始めた。

シュン。

「わわっ」
「危ないな。ちゃんと前を向いていろ、それから艦内は走るな」
いきなり目の前にティエリアが現れて、衝突しそうになってアレルヤは一人で地面につまずいて、宙に浮かんだ。
完全な無重力ではないが、人工的につくりだされた重力はそれでも完璧なものにはならない。
地上でつまづいていれば、怪我をしていただろう。プトレイマイオスなら、つまづいても宙に浮かぶくらいだ。
「アレルヤ・ハプティズム。何をそんなに急いでいる」
宙に浮かんだ仲間の手をとって、地面に足をつけさせるティエリア。
「えっと、話せば長くなるんだけど」
アレルヤが切り出した時、弾んだ刹那の声が背後からした。
「ティエリア・アーデ。トリックオアトリート」
「あわわわわ」
「???」
「トリックオアトリート」
「ああ、ハロウィンか。すまないが、今菓子はもち合わせていない。後で飲もうと思っていたこのゼリーでいいなら」
ティエリアが、懐から飲むタイプの栄養補給用のゼリーを取り出す。
「ティエリア・アーデ。それは補給用のゼリーだ、菓子ではない。では、悪戯されたいというわけだな」
なぜか楽しそうに手をわきわきさせる刹那に、アレルヤの顔は蒼白になった。
ティエリアに悪戯なんて、きっと往復ビンタされるに決まってる。
くるくるかわるアレルヤの顔色も心情も知らず、ティエリアは不思議そうな生き物をみるように刹那を見ていた。
見ていて、なんとなくかわいいかもしれない。
ティエリアの中に沸き起こった、唐突な感情。

「では悪戯を…。その、自慢の髪の毛をみつあみにしてやろう」

みつあみなティエリア。
やばい、見たい。
アレルヤは妄想をふるふると振り払った。

「このゼリーは、アップル味だぞ」

ジリジリと間合いをつめていた刹那の足が止まる。
「アップル味」
「そうだ、りんご味だ。菓子としても、十分に楽しめると思うが」
「りんご味のゼリーか。ふむ、悪くはない。みつあみは、許してやろう」
無表情ではあるが、その声はとても嬉しそうで、ティエリアまで同調してしまった。
珍しい刹那の穏やかな表情に、自然とティエリアの表情も緩む。
「刹那・F・セイセイは、本当にりんごが好きだな」
綺麗な微笑に、アレルヤが驚いた。
ティエリアでも、こんな優しい表情ができるのかと。

「残るは、ロックオン・ストラトスか」

「ああ、彼ならさっきキッチンのほうにいた。何かを作ってるようだったが」
ティエリアが、眼鏡をかけなおして、いつもの表情に戻る。

「そうか。では行って来る」
だっと地面をけって、刹那は去ってしまった。
「待って刹那、ロックオンは今…!!」
「すでに行ってしまったぞ?追いかけるなら、早いうちがいいと思うが」
ぐきっ。
刹那を追いかけようとして振り向いたとき、首が変な音をたてて鳴った。
「はううううううううううううううう」
酷い痛みがおそいかかる。向いた方向から顔を戻せない。
なんたることだろう、アレルヤは首を捻挫したのだ。
超兵が、こんなことで首を捻挫するなんて。
寝違えたわけでもあるまいし。
「アレルヤ・ハプティズム」
グギッ。
今度こそ、嫌な音がたった。
ティエリアが、固まった方向とは反対方向にアレルヤの首の位置を戻したのだ。彼なりの応急処置のつもりだったのだろうが、 されたほうはひとたまりもない。
「○△×■!!!」
その日一番苦労して、子供の夢を守ろうとがんばった青年は、言葉にならない悲鳴をあげていた。





一方、ロックオンの元にたどり着いた刹那は、一向に構ってもらえないでいた。
「トリックオアトリート」
「おー刹那。もちょい待ってくれな」
そう言って、ロックオンはオーブントースターから目を離さない。
心なしかよい匂いが漂ってくる。
「トリックオアトリート」
「だーかーらー。もちょい待てっていってるだろ」
ぐしゃぐしゃと髪を乱暴に撫でられる。

「菓子をくれないのであれば、悪戯を。額に、油性ペンで肉の字を書いてやろう」
キュポンと、油性ペンのキャップをとる刹那に、ロックオンは慌てた。
「待て待て待て。今、お前さんにやるクッキーを焼いてる途中だ」
「クッキー?菓子なんて作れるのか」
熱で温まったオーブントースターを見つめ、刹那が首を傾げた。
「まぁな。一応、これでも料理は一通りできるんだぜ?」
ウィンクするロックオンに、刹那は取り出した油性ペンをしまった。
「いつになったら、焼きあがる?」
「んー。もうあと10分ってとこだ。だから、それまでおとなしくまってろよ?あと、ティエリアとアレルヤも呼んできてくれ。 どうせなら、みんなにあげたいしな」
「了解した」


「○△×■!!!」
「すまない、力の加減を間違えたか」
今度こそ、ちゃんとした応急処置をしたティエリアが、アレルヤを見下ろす。
アレルヤは、地面に蹲って首をおさえていた。
「ロックオンが、二人を呼んでいる。なんでも、クッキーを焼いているそうだ」
ひょこりと現れた刹那。
「あの人は、なんでもできるんだな」
関心気味に、ティエリアが驚く。
「そういえば、この前のシチューつくってたのもロックオンじゃない?」
首を押さえながら、アレルヤが立ち上がった。
「何はともあれ、キッチンに集合だそうだ」
「了解した」
「楽しみだな〜」



ハロウィンの夜は、まだはじまったばかりだ。