彼(彼女)は、無垢で幼いのだ









「待てええ、刹那あああああああ!!」
ロックオンが、叫び声をあげて逃げる刹那を追いかけていた。
「今日という今日はゆるさあああん!!」
「誰が捕まるものか!」
颯爽な身軽さで、刹那がトレミーの廊下を走っていく。
それを追って、プンプンと怒ったロックオンが刹那を追いかけ回す。
そんな行動は、日常茶飯事であった。
追いかけられる刹那の姿をみて、アレルヤがまたかとため息をついた。
仲がよいにこしたことはない。
捕まっても、決してロックオンは理不尽な暴力をふるったりはしない。せいぜい、刹那の頭をはたくかデコピンだ。その後は、長いお説教が待っている。
それなのに、刹那も懲りないものだと、アレルヤは思った。
「またやってるよ。本当に、元気だなぁ」
「止めないのか、アレルヤ・ハプティズム」
騒ぎに気づいたティエリアが自室から出てきて、刹那とロックオンの追いかけっこを止めないアレルヤを不思議そうに見ていた。
「止めるだけ無駄無駄。あの二人は、あれでコミュニケーションとってるんだよ。そういうティエリアこそ、止めないの?」
「いい運動になるだろう。別に止める必要はない」
「だよねぇ」
二人並んで、廊下を歩く。

刹那とロックオンの追いかけっこは、まだ続いている。
原因は、いつものように刹那がハロに落書きをしたからだ。
しかも油性マジックで。いつものラクガキなら、ロックオンもここまで怒らなかっただろう。
ハロは、オレンジ色であるはずなのに、真っ黒になっていた。
「ハロ、オカサレタ、オカサレタ!オヨメニイケナイ、オヨメニイケナイ!」
また、どうでもいい言葉をハロは覚えてしまっていた。
刹那が覚えさせたのである。
刹那は、ロックオンの相棒であるハロを気に入っていた。言葉を教えればしゃべるのだ。
ただのAIなら、そこまで気に入らなかっただろう。覚えさせる言葉をしゃべっても、普通の会話になるはずだ。
だが、ハロは刹那が覚えさせた単語で、どんどん違う方面へと歪んでいった。
それが、刹那にはおかしくてたまらない。
真剣な場面で、ハロは刹那が覚えさせたおかしな言葉を出す。
ロックオンは、そんなハロに涙を流す。
ハロを、決してプログラミングしなおしてリセットしようとは、ロックオンはしなかった。
ちょっと歪んでいるが、大切な相棒だ。
ロックオンは、ハロを大事にしている。
遊び友達のいない刹那にとって、ハロは玩具だった。
ティエリアと会話はするが、遊び友達ではない。ティエリアは大人びていて、会話をしていてもどこか遠くの人のように感じて、とても自分と同じぐらいの年であるとは思えなかった。

「セツナ、ハンニン、セツナ、ハンニン。オダイカンサマ、カンニン、オダイカンサマ、カンニン。ヨイデハナイカ、ヨイデハナイカ。アーレー、アーレー」
ぴょんぴょん廊下を飛び跳ねる真っ黒いハロを、ティエリアが受け止めた。
そして、その言葉に思わず笑い声をあげる。
「刹那、またろくでもないドラマを見ていたな。刹那にはまだ早い内容だ」
そんなティエリアに並んで、アレルヤが注意する。
「ティエリアにだって、まだ十分に早い内容だよ。ティエリア、そんなドラマ見ちゃだめだからね」
「刹那と一緒に、この前18禁という映画を見た」
「わあああああ」
その光景が目に浮かんで、アレルヤは目を覆った。
ティエリアは、女性に興味を持たない。同じように、男性にも興味を持たない。
ロックオンと恋愛関係にあるが、ロックオンは特別なのだ。
18禁という映画は、男女が睦み合う姿をひたすら描いた、陳腐なラブストーリーだった。
それを、ティエリアは顔色一つ変えずに見ていた。刹那は、途中でトイレに行ってしまった。
健全な若い男子であるなら、当然の反応であった。
ティエリアは、あはんあはんと喘ぎ声をあげる女優の演戯を見ながら、パリポリとポテチを食べていた。
最初は刹那も食べていたのだが、途中で紅くなったかと思うと、トイレにこもって出てこなくなってしまった。
ティエリアは、一人でその映画を見終わった。
見終わった後に、メロンサイダーをあおった。
甘い味が、ティエリアは好きだった。同じように、刹那も好きだった。

映画を見終わったことを告げると、いそいそと刹那がトイレから出てきた。
そして、紅い顔をしたかと思うと、ティエリアと目をあわさなくなった。
「お前は平気なのか?」
「何が?」
きょとんと、ティエリアは刹那の言葉に首を傾げた。
また、パリポリとポテチを食べる。
そして、塩にまみれた手を舐めとった。
それを見てしまった刹那は、地面に屈んだ。
「どうした?」
「なんでもない・・・・」
ティエリアの格好は、長衣のような服だった。首から足首までをすっぽり覆ってしまう布であったが、片方に腰まで位置があるスリットが深く入っていた。反対側も、太ももまでスリットが入っている。
ティエリアの瞳と同じワインレッドのその服は、ティエリアの雪のような白い肌を際出たせていた。
ティエリアは、素足だった。足首には、銀色のチェーンのような鎖が巻かれていた。
首には、ガーネットのついた黒のチョーカー。
寝る前だというのに、ティエリアはロックオンと外出したせいか、アクセサリーを取っていない。どうにも、この後ロックオンの部屋にいくらしかった。
深いスリットから、両足がみえている。太ももまで見えるが、ぎりぎり下着は見えない。

絶世の美貌。
映画の中の女優など、足元に及ばないくらいの可憐な美しさ。
雪のように白い肌、細い肢体、長い手足、綺麗な手、伸ばされた長い桜色の爪。
ティエリアの手が伸びて、刹那に触れた。
肩の部分は複雑な形でカットが入っている。胸元も、複雑な形のカットが入っていた。その下には、薄いレースが施されている。
ティエリアは、いつものように、胸にさらしをまくような形の下着をつけていなかった。
寝る前だったので、わざわざ苦しい下着をつける必要はないと判断したのだ。
カットされた胸元から、僅かに膨らんだ胸の谷間が見える。
それに、刹那の目が泳ぐ。
自分がどんな格好をしているのか、ちゃんと分かっているのだろうか、ティエリアは。
ロックオンに買い与えられた服を着ているだけだったので、無自覚であることは確実だ。
それにしても、普通ならばロックオンの前でだけ着る服だろうに、ティエリアはちゃんとロックオンからそういうことに関して教えられていなかったようである。
わりと肌が露出する服を、ロックオンと付き合いだしてティエリアは着るようになった。
肌の露出を極端に嫌うティエリアであったが、ロックオンによってその変は慣らされてしまったらしい。
ユニセックスな服も着るし、ゴシックロリータぽい服装も着る。
今着ている服も、レースやフリルがあしらわれており、腕は編まれるような形で二つのリボンがされている。
胸元には黒いリボンが揺れていた。
髪には、ワインレッドの服とお揃いのリボンで一つに後ろでまとめていた。
白いうなじが見える。
紫紺の髪は、リボンでまとめられていたが、そのリボンがまた花柄のレースが施され、これまたとてもかわいいデサインだった。
長いリボンは、ティエリアの肩にたれ、胸まであった。
ティエリアは、石榴の瞳で刹那に触れた。
刹那と目が合う。

やばい。

刹那は思った。
あんな過激な映画を見た後だ。
今のティエリアは、刹那にとっては野に放たれた兎のような存在だ。
その無垢さに、刹那が戸惑う。
ティエリアの伸びた手は、刹那の頭を撫でた。
「あはんあはんばっかりいってて、面白くなかった。今度は、もっと違う映画をみよう?ゴシックホラーがいい」
ティエリアが、床で寝そべった。
深いスリットから、両足が完全に見えている。
腰の位置からのスリットには、黒いリボンが編みこまれており、完全に腰の位置まで無防備というわけではない。だが、太ももの位置からは完全に肌が露出している。
「刹那・F・セイエイ。今度は、この映画がいい」
ティエリアの桜色の爪が、番組を表記した雑誌を示す。
「刹那?」
ティエリアが、刹那を見上げる。

刹那のピジョン・ブラッドの瞳が、ティエリアのガーネットの瞳と交差した。

刹那が、電気を消した。
とたんに、石榴色であったはずのティエリアの瞳が、闇の中で金色に輝きだす。
もう慣れてしまったので、刹那は驚きはしなかった。
刹那の唇が、ティエリアの桜色の唇に触れた。
ティエリアが目を見開く。
ティエリアの長い爪が、刹那の肩にかかる。
「刹那?僕と・・・・その、したいの?」
ロックオン以外と肌を合わせる気はない。
ティエリアは、だからといって刹那を拒絶して傷つけることもできない。
「僕は・・・・私は、無性だから、そういう行為は無理だよ?」
金色に揺れるティエリアの瞳を、じっと刹那が見つめる。
そして、刹那はティエリアの桜色の爪に口付けた後、ベッドから毛布を取り出して、ティエリアに羽織らせた。
「ティエリア・アーデ。無性とはいえ、あんたは無垢すぎる。もっと、自分に危機感をもつべきだ」
「刹那」
毛布にくるまりながら、ティエリアは金色の瞳で笑った。
「分かっていたから。刹那が、僕にそんな真似をすることはないと」
自信に溢れた声であった。
ティエリアは、刹那を信用しきっていた。
だから、危機感などもっていなかったのだ。無自覚なままだったのだ。
ティエリアは、フェルトからもらった大きな熊のぬいぐるみを持ってきていた。
それを抱きしめて、刹那からかぶせられた毛布にくるまった。
「刹那・F・セイエイ。もしも、ロックオン・ストラトスがいなかったら、僕は君を多分愛していた」
「ティエリア・アーデ」
思いもしない言葉に、刹那が驚く。
刹那は、金色に光る目の美しさを名残惜しいと思いながらも、照明をつけた。
「刹那を、僕は信用している。アレルヤも」
ティエリアは、少しゴシックの入った夜服を着たまま、フェルト・グレイスからもらった、お気に入りの熊のぬいぐるみを刹那に抱かせた。
「これ、あげる」
まるで、幼女のようであった。
幼い。精神的に、幼なすぎる。
時には大人顔負けの知識をもち、大人びて見てるティエリアであったが、接してみると随分と精神的に未熟である部分が多かった。

「もう一つ、熊のぬいぐるみがあるんだ。刹那とお揃いだ」
クスリと、ティエリアが笑う。
ロックオンは、果たして計算の上で、ゴシックロリータの入った服をティエリアに着させているのだろうか。
ティエリアの幼さに、ゴシックロリータの入った服はよく似合っていた。
容姿は可憐な美しさであるが、時を止めてしまったティエリアには大人びたレディファッションより、レースやフリル、リボンがよく似合った。
大人びた服もよく似合うが、それよりもゴシックロリータの入った服を着たティエリアはまるで神が作った人形のようだ。それなのに、動いて、しゃべって、怒ったり、泣いたり、笑ったり、喜んだりする。
クスリと笑む少女の姿は、まるでおとぎ話に出てくるニンフ(精霊の一種)か、妖精のようである。
「熊のぬいぐるみはいらない。俺には似合わない。ティエリアが持っていろ」

「あ、時間だ。僕、ロックオンのところにいってくるね」
刹那に返された熊のぬいぐるみを抱きしめて、天使は刹那の額におやすみのキスをした。
「また明日。刹那」
「ああ」

無垢な天使。
それを、ロックオンは独り占めしている。
あの天使を、ロックオンはとても愛している。

刹那は、ティエリアの温もりを確かめるように、毛布を自分で羽織った。

そして、ロックオンに嫉妬をした。
あの瞳が、自分だけを見つめることは決してない。愛を囁くことはないだろう。
それに、刹那には、かなり年上であるが、心に決めたマリナという女性がいた。
天使に惑わされてはいけない。
天使は、無垢であるがゆえに天使なのだ。
汚してはいけない。
刹那は知らなかった。その天使を、半ば汚すようにティエリアとロックオンが肌を重ねていることを。
あの幼いかんじからでは、とてもではないが、そんな気配は伺えない。

刹那は、明日、またハロに落書きしてやろうと思った。
天使を独り占めする、ロックオンへの、せめてもの仕返しであった。

無垢な天使は、白い雪のような肌で、見るものを惑わせた。
まるで、本当のニンフか妖精のように。

ティエリアは、裸足で、大好きなロックオンが待つ部屋に向けて宙を蹴った。
くまのぬいぐるみを抱いたその姿をみた女性クルーに、後日服の着せ替え人形のようにされたのは、仕方のないことなのかもしれない。