ティエリアは、セラヴィのコックピットにいた。 持ち運び可能なパソコンを取り出し、刹那のダブルオーライザーの機体の分析を開始する。 ダブルオーライザーの優れた破壊力は、まはや戦闘の要といってもいい。 セラヴィの持つハイパーバーストフルモードでは、衛星兵器をの強心部までは破壊できなかった。 それを見こした上で、ミス・スメラギはライルに弱点を狙い撃たせたのである。 カタカタカタ。 人ができるタイピング速度をはるかに凌駕した速さで、コンピューターに文字を打ち込んでいく。 セラヴィには、ティエリアのイノーベーターとしての力であるGNフィールドをはることができる。 敵のミサイルやビーム攻撃などは簡単に防ぐことができるが、それでも限界がある。 GNフィールドを失ったセラヴィは、ハイパーバーストを連射して敵を撃ち落す。 チャージまで時間がかかり、ケルヴィムかアリオスの機体のように連続で連射できない。 ダブルオーライザーのように、連続するビーム攻撃も今後必要だと、ティエリアは思った。 装填される粒子サーベルによって、セラヴィも刹那の機体のように敵を切り裂くことができる。 だが、スピードも威力も、圧倒的にダブルオーライザーに比べれば劣ってしまう。 複数に囲まれ、GNフィールドがはれなくなり、ハイパーバーストが撃てなくなった場合、まさに絶体絶命である。 そんなピンチは何度でも味わった。 その度に、ライルのケルヴィムが援護にまわり、敵を正確な射撃で撃ち落してくれた。 アリオスはビームを発射して敵を爆破し、同じように粒子サーベルで敵を切り裂く。 アリオスの機体は、どちらかというとダブルオーライザーに似ている。補助としてガンアーチャーが備わった今、刹那のダブルオーライザーに継ぐ破壊力を持つだろう。 無論、セラヴィの圧倒的なハイパーバーストによる敵への攻撃は、一機ごとに撃ち落したり、切り裂いたりするのではなく、その粒子の光を機体ごと回転させて一定の範囲に広げることで、敵は一気に十機以上も大破する。 カタカタカタ。 タイピングの手が止まった。 セラヴィとケルヴィムの連携は、今やかかせないものである。 ダブルオーライザーが単機で敵を切り裂いていく中、防御を要として敵を破壊する。 アリオスは、セラヴィとケルヴィムの援護にまわり、敵をひきつける。そこを、正確なケルヴィムの銃が敵を撃ち落し、チャージが終了したハイパーバーストで敵を完全に消滅させる。 カタカタカタ。 ティエリアが、またパソコンを打ち出した。 ダブルオーライザーの殲滅速度が分析によって出てくる。 その数値に、驚きを隠せない。 「もう、刹那の機体に援護はいらないか」 ふうと、息をつき、セラヴィを起動させる。 セラヴィの瞳がティエリアの瞳のように金色に光った。 「粒子ビームと、粒子サーベルに改良の余地があるな。特に粒子サーベルは複数所持しておくほうがいいか」 イアンが回復したら、彼に頼んで粒子サーベルの在庫を解放してもらおう。 メメント・モリ破壊のミッションクリアをして、まだ数時間もたっていない。 敵影は今のところ見当たらなかった。 刹那にアレルヤ、ロックオンはすでに休息をとっている。 ティエリアは、一人作業にのめりこんでいた。 「アリオスには、今後援護よりも刹那の機体の後を追って、敵をなぎ払ってもらうか。トレミーの援護はセラヴィで、ケルヴィムは刹那とアレルヤの機体の間をぬって敵を撃ち落して・・・・。フォーメーションを変えるか。トレミーの援護がセラヴィだけで無理だった場合、ケルヴィムよりアリオスで敵を切り裂いて、そこにダブルオーライザーが完全にトレミーを狙った敵を駆逐する。ケルヴィムには、援護射撃もいいが、破壊射撃を連射してもらい、拡散した敵をセラヴィのハイパーバーストで全て破壊する。ダブルオーライザーの機動性を考えると、ハイパーバーストフルパワーまでのチャージ時間はなんとかなるな。アリオスもケルヴィムも・・・いや、しかし」 一人で、コンピューターと睨めっこする。 セラヴィが停止した。 稼動数値を、ティエリアはまたパソコンに入力した。 コックピットのハッチを開け、セラヴィから出る。 ポレロが風に煽られたかのように翻った。 そして、格納庫でコックピットから降りたティエリアを待っていたのは、ライルだった。 手に、スポーツドリンクを抱えている。 「お疲れさん。がんばるのはいいことだが、たいがいにしとけよ。体壊すぜ」 「支障はありません。この程度で壊れるように軟弱にはできていませんので」 ライルの手からスポーツドリンクを受け取って、躊躇いもせずに中身を口にする。 一歩間違えれば全滅だったあの衛星兵器破壊ミッションから、すでに7時間以上は経過している。 他のガンダムマイスターたちは皆、食事をとって休憩のための仮眠に入っていた。 緊張が途切れ、アレルヤも刹那も極度の疲労を抱えていた。 それは、ライルやティエリアとて同じことだった。 食事にも現れず、休憩さえとらずに黙々と、戦術士ミス・スメラギを助けるためにフォーメーションを練り、プランをたて、また仲間の機体を分析にかけるティエリアの行動を、ライルが止めた。 誰に言われたわけでもない。 刹那が真っ先に、有無を言わせずにこういう場合、ティエリアを拉致するのだが、刹那はすでに仮眠に入っていた。 クルーの皆も、緊張が途切れて休憩モードに入っている。 そんな中、一人休憩もとらず食事さえしないティエリアの行動を、ライルがいぶかしんだ。 「なんだって、お前さんはそんなにがんばるんだ。休憩くらいしてもいいだろ?」 「また、敵がいつ攻めてくるかも分かりません。できることは、早いうちにしておきたい」 「それで疲れて戦えなかったら、意味がないだろうが」 「一日や二日休息をとらないことには慣れていますので・・・・・」 ライルに、スポーツドリンクを渡すと、ティエリアは歩きだした。 自室に戻って、また分析を開始しよう。 数歩歩かないうちに、ティエリアは眩暈に襲われた。 傾ぐ体を、慌ててライルが受け止める。 「ほら、いわんこっちゃねぇ!」 「・・・・・・・・・・・・・・!!!」 石榴の瞳が、大きく見開かれたまま、虚空を見上げる。 それに、ライルが気づいてティエリアの頬を叩いた。 「おい、どうした!大丈夫か!?」 (聞こえてるかな。僕の声。久しぶりだね。メメント・モリ破壊おめでとうというべきかな。リボンズが荒れて、困ったよ。本当に、君はとんでもないことをしてくれる) 突然の脳量子波に、ティエリアは虚空を見つめるしかなかった。 そして、絶世の美貌を歪ませた。 (リジェネ・レジェッタ!僕になんの用だ!) (なぁに、愛しい僕の片割れがどうしているのか気になっただけさ。傍に誰かいるね・・・ああ、彼の代わりを見つけたのか。彼も哀れだね。まぁ、すでに死んでしまっているから、必要とされなくて当たり前か) (ふざけたことを!ロックオンのことを口にするな!君のような存在が、この世にあるだけで世界が歪む) (あははははは。なにそれ、自分を貶めてるの?僕と君は、同じDNAでできてるんだよ?僕は君で、君は僕だ。僕の存在で世界が歪むというのなら、君の存在も世界を歪めていることになるね) 「黙れ!!!」 金色に光る瞳が、かっと見開かれる。 高ぶった神経が、悲鳴をあげている。 (あはははは!いいね、君の心が軋む音が聞こえるよ。もっと叫んでよ。ねぇ、ティエリア) 「僕の名を口にするな!」 ティエリアは蹲って頭を抱えた。 そして、脳量子波を遮断するために精神にバリケードを張った。 酷い頭痛がする。頭が割れる。吐き気がする。 (はははは。いっそ壊れちゃいなよ。その方が楽なのに) リジェネの脳量子波が遠くなっていく。 まさか、宇宙と地球という、遥かなる隔たりを介してまで脳量子波がやってくるとは思っていなかった。 他のイノベーターの能力も介しているだろう、恐らく。 リジェネ一人だけの力では、こんなに遠く離れたティエリアに干渉できるはずがない。 「消えろ消えろ消えろ消えろ!リジェネ・レジェッタ、消えてしまえ!!」 ライルは、呆然とティエリアの姿を見ていた。 虚空を見つめたかと思うと、突然頭を抱えてわめきだした。 まるで、見えない誰かと会話しているようであった。 ティエリアを助けようと差し伸べた手は、ティエリアの手によって強く払われている。 拒絶。 誰も寄せ付けたくないという表情で、ティエリアは頭を抱えこんだ。 「ティエリア」 抱きしめられて、ティエリアは暴れた。 白いその喉が、痙攣した。 いけない。 ライルは、ティエリアの焦点の合っていない瞳を覗き込んで、乱暴に頬をはたいた。 「ティエリア、しっかりしろ!」 ヒュッ。 ティエリアの喉が音をたてる。 ヒュー。 乱れる呼吸に、ライルがまたティエリアの頬を叩いた。 「ロックオン?」 焦点のあっていなかった瞳が、ライルに向けられる。 恐る恐る伸ばされた手を、ライルはしっかりと握った。 ティエリアはイノベーターだ。なにか、ティエリアの存在を揺るがすできごとがおきたのだ。 ライルは何が起こったのかを聞かなかった。 ティエリアのパソコンをその場に残し、ティエリアを抱えあげた。 ティエリアの息は、通常に戻っている。 過呼吸の発作を起こす一歩手前で間に合った。 「ロックオン・・・ライル、一人で歩けます」 まだ、頭を抑えていた。 「無茶ばっかいいやがって。このまま部屋に連れてくからな」 有無をいわせぬ強い台詞だった。 そのまま、ティエリアはライルに抱きかかえられて自室へと戻った。 そして、酷い頭痛をやり過ごすために、ティエリアはベッドに横になった。少しでも、楽な姿勢を取りたかった。 ライルが、タオルに水をひたして、それをティエリアの額にのせた。 ひんやりとした温度が心地よかった。 「聞かないんですね」 「話したくないんだろう」 「・・・・・・・・僕のシリアルNOは8です。量産型バイオロイドのイノベーター。ここに、数字があります。特殊に刻まれていて、普通では見えません」 ティエリアは、ライルの手をとって、自分のうなじを見せた。 そこは、白い肌があるだけで、何もない。 ティエリアが、瞳を金色に輝かせた。すると、髪に隠れたうなじの部分に、NO8という文字がかすかに現れた。淡い金色の光を放っている。 「なんで、そんなことを俺に?」 「さぁ。あなたに、隠し事をしたくないからでしょう、多分。ニールも知っていました。刹那は知りません」 「俺は、兄貴に近づいたのか?」 刹那にも言わない重要な隠し事を言うくらいに。 それに、ティエリアが額のタオルを裏返しにしてまた横になった。 「比較はできません。できるはずがない」 「そうか。気分はどうだ?」 「大分ましになりました。あ、僕のパソコン・・・・」 思い出したように、ティエリアが立ち上がろうとする。 それをライルが制した。 「パソコンくらい、俺が持ってきてやる。いいから、お前さんは素直に休んどけ」 「すみません」 「じゃあ、ちょっくらとりにいってくるわ」 部屋を出て行くライルを見送って、ティエリアはシリアルNO.8という紋章をなぜライルに見せてしまったのだろうかと、少し後悔した。 それは、ティエリアとニールだけの秘密であったはずなのに。 少しずつ、溶けていく。 氷解になった時間が。 涙を零すだけの心の傷口が、癒えていくのをティエリアは悲しい気持ちとともに味わっていた。 「ニール、許してください。このままでは、僕はあなたを愛したまま・・・・・」 朽ちることができないのだ。 誰も愛さないと誓ったのに。 その誓いに、少しづつ罅が入っていく音を、ティエリアは耳を塞いで聞いていた。 どうか。 許して。 この背徳を。 |