どうして









どうしてだろう。
どうして、拒絶できないのだろう。
あの手を。
あの暖かい手を。
拒絶するのは簡単なことなのに。

愛したあの人と同じ顔、姿、声。
ライルにニールを重ねてはいけないと、あれほど誓ったのに。
事実、ティエリアはライルを見てもそこにニールを見出そうとはしなかった。
ライルはライルで、ニールはニールだ。
愛したあの人の代わりにはならないのだ。
本人も、それを望んでいるはずだ。

なのに、あの人と同じ顔、姿、声で愛を囁いてくる。
ニールの手から、奪い取ってみせると。
ティエリアは、永遠にニールのものなのに。

ティエリアは、大切にしまっていたガーネットを取り出した。
人工の光に透け、紅い影をティエリアの顔に落とす。
瞳の色と同じガーネットが、ティエリアは好きだった。
それは、あの人が誕生日プレゼントとして自分にくれたものだった。
今でも、大切にもっている。
ニールの遺品は、それが遺品ではないかのようにティエリアの部屋に溢れている。
処分されたものもある。だが、大半がティエリアの部屋に移動した。
お揃いのマグカップ、パソコン、キーホルダー。
種類はいろいろある。大抵がお揃いのものだ。
ニールの手袋は、大切にしまってある。
それを手に、4年間頑張ってきた。挫折しそうなときは、それを握って耐えた。

ハロは、今ではもう立派にライルの相棒だ。
ニールの頃に覚えた言葉をもう話さない。ティエリアが、リセットして、上からプログラミングを施したからだ。
ハロまで、ニールに縛られる必要はない。
ティエリアは、自分から望んでニールに縛られているのだ。
自由になるのは簡単なことだった。
忘れてしまえばいいのだから。新しい暖かな記憶で、過去の悲しみなどいくらでも癒すことができる。
だが、ティエリアはそれをしない。
ニールを失った傷口は、ずっと血を溢れ続けている。
それでいいのだ。それが、正しいのだと思っていた。

たが、それは正しくないとライルは言う。
傷口は癒すべきだと。
たとえ悲しみに溢れていても、それを抱えたまま朽ち果てる必要はないのだという。
誰ももう愛さない。
そう誓った。誰でもない、ニールに。
好きになっても、愛さないと。

「ロックオン、僕の息の根を今すぐ止めてください。ロックオン」

虚空に、手が伸ばされる。
それを握り返す手はない。
涙は溢れない。
未だに一人のとき、涙を流すことはあったが、めっきり回数が減った。

人は、こうして過去を忘れていってしまうのだろうか。
嫌だ。
忘れたくない。
あの人の温もりを、存在を。
あの人の声が、いつの間にかライルの声になりはじめていた。
あの人のぬくもりが、ライルの温もりになりはじめていた。
重ねることはしない。
それは、最大の冒涜だ。
ライルにとっても、ニールとっても、最大の屈辱だろう。
重ねることはしない。
決してしてはいけない。

「ロックオン、殺してください。僕が、あなたのものである間に、僕の命を止めてください。この心臓の鼓動を止めて下さい」

重ねる冒涜はしなかった。なんど錯覚しそうになったかは分からない。
だが、ライルにニールの姿を求めることはしなかった。
重ねることが一番簡単なことであった。
だが、それではライルを傷つける。あの人の大切な存在を傷つけてしまう。
ティエリアは、自分がいくら傷ついても平気だった。
なぜなら、あの人を失ったことで、もうこれ以上傷つくということはないほどに傷ついたから。

「パソコン、持ってきたぜ」
「ありがとうございます」
ライルが持ってきてくれたパソコンを受け取って、ティエリアは静かになった。
ライルが、ティエリアの額の濡れたタオルをとって、また水につけて冷やしてくれた。
頬に、ライルの髪が触れた。
すぐ近くにあるエメラルドの瞳を、じっと見上げる。
エメラルドの瞳は、優しく笑って、ティエリアの髪を撫でた。
その感触に、ティエリアは目を瞑る。

「なぁ、ティエリア」
「なんですか」
「愛してる」
「口説くなら、女性を口説いてください」
「俺は、ティエリアだから言ってるんだ。お前の存在が好きだ」
ティエリアが、目を開けた。
「僕も、あなたが少し好きです。でも、愛してはいません」
「愛して貰えなくてもいい。お前が、ずっと兄貴のことを愛しているのも知っている。全部承知の上で、俺はお前が好きなんだ」
「不毛だ。不幸な結果しか生み出さない」
ティエリアが起き上がった。
「僕は、あたなに彼を重ねない。それは、彼もあなたも両方冒涜する行為だから。錯覚しそうにはなるけれど、あなたに彼を求めたりはしない」
「だから、俺はティエリアが好きなんだ。重ねてもおかしくないのに、お前は俺に兄貴の姿を探さない。兄貴が愛したお前を、愛してはいけない存在なのは分かっている。でも、もう止まらない」
苦しそうにライルの表情が歪む。
ライルが、ティエリアを抱き寄せた。

ニール。
僕を、殺して。

「ロックオン」
ティエリアの指すロックオンは、ニールではなく、ライルのことだった。

僕を、殺してください。

ライルの背に、ティエリアの手が回される。
拒むことは簡単なのに。
優しいライルは、無理強いすることはない。
ティエリアは、唇を噛んだ。
錆びた鉄の味が広がる。

ニール。
ニール、ニール、ニール。
僕を殺してください。僕が、堕ちてしまう前に。

ティエリアは、ライルの背にきつく爪をたてた。

ニール。
僕は、僕は、僕は。
僕は、私は、俺は・・・・・・。
ニール・・・・どうか、私の心臓を止めて下さい。

どうして、私は、この手をとってしまったのだろう。
どうして。
どうして、どうして。
ニールの片割れだからだろうか。
だから、拒絶できないのだろうか。
重ねないと決めているのに、どこかでライルにニールを重ね、面影を求めているのだろうか。

僕は、私は、俺は・・・・。
どうすれば。