静かなる海「漂う意識」







静かなる海の中を、泳ぐようにティエリアは漂う。
そこは遙かなる膨大なデータという名の海。あるいは母の羊水。金色に輝く海の中を、衣服をまとわぬティエリアの裸身が揺れて、そして言葉を紡ぐ。
「いつもいつも裸では、少し・・・」
CBの仲間いわく、まな板のような胸・・・を見下ろして、イメージカラーである紫の制服を脳裏に描くと、それはそのままティエリアの衣服となった。

(ティエリア・アーデ。何故帰ってこない)

それは刹那からの直接アクセスだった。
ヴェーダと一体化したティエリアは肉体を捨て、意識体となった。
その気になればスペアの他の肉体に意識を宿らせて、肉体を得て復活という手段もなくはなかった。だが、ティエリアは意識体のまま静かなる海を漂う。

(刹那。僕は死んだわけではないけれど、似たようなものだ。意識体となった僕は帰還できない)
(お前がその気になれば、肉体の問題なんてなんとかなるんじゃないのか)
図星だった。
(本当に、君にはかなわないな。いつまでたっても僕よりも数歩先を進んでいる)
(帰って来い、ティエリア。皆が待っている)
(それはできない)
(なぜ)
(それは僕がイノベイドであるから)

そこで、刹那のアクセスは途絶えた。

トレミー、ブリーフィングルーム。
集まったガンダムマイスターたちが、刹那の様子をじっと見つめていた。
「やっぱり、ティエリアは帰ってこないのか?死んじまったのか?」
ライルが刹那の直接アクセスをのぞきこむ。
ただ一人帰ってこなかったティエリアを、誰もが死んだと思っていた。だが、刹那がティエリアはヴェーダの中にいると言い出した。そんなこと、普通では考えられないが、あのティエリアのことだ。ありえるかもしれない。生きているのなら、なんとか帰還できないだろうか。皆の願いであった。
「ヴェーダ内に存在した、ティエリアの反応がまた消えました」
フェルトが声を落とす。震えていた。
「どうして・・・ティエリア、どうして!みんな生きて帰ってきたのに、どうしてあなただけここにいないの!」
「いやですぅ!ミレイナ、アーデさんが帰ってこないなんていやですぅ!!」
フェルトもミレイナも涙を零している。

(泣かないで、二人とも。お願いだから)

はじめは刹那のアクセスだけにしか答えなかったティエリアであったが、必死の仲間のアクセスに次第に答えるようになっていた。
刹那の傷が癒えて、2週間ほどしたときのことであった。刹那がいつものようにヴェーダと、というよりはティエリアとアクセスを経由して会話しているのをミス・スメラギが見つけて、その奇妙な行動と、その行動がおこるとヴェーダ内にティエリアの生存反応が出ることに気づいたのだ。
ミス・スメラギは刹那につめよることはしなかった。二人は魂の双子のようであって、いつか刹那から事情を説明してくれる日がくることを信じていた。それは実現した。
皆沈んでいた。悲しみにくれていた。ティエリアは死亡したという扱いになっていた。
だが、意識体となって生きている。ヴェーダと一体化しながら。
意識体だけでも生きているというのなら、刹那の話では意識体はヴェーダを離れても平気だそうで、トレミー内で刹那は透けたティエリアの体の意識体と二度会って会話を交わしたという。
ならば、なぜ帰ってきてくれないのだ。

どうして、ティエリアだけなのだろうか。
ここには、ライルも刹那もアレルヤもちゃんと生きて戻ってきたのに。
どうして、ティエリアだけがいないのか。

(アーデさん、お願いだから帰ってきてください)
涙を零しながら、何度も何度もヴェーダにアクセスするミレイナ。
(お願い、帰ってきて。帰ってきて、ティエリア。ずっと一緒だったじゃない。これからも一緒よ)
同じように涙を零しながら、何度も何度もヴェーダにアクセスするフェルト。

 その回答は。

(ティエリア・アーデは現在存在しません)

ずっとそれの繰り返しだった。
それでも、手袋を投げ捨てて、何度も二人は泣きながら、大人たちが止めるのも構わずにヴェーダにアクセスする。
「こんなの嫌よぉ!」
フェルトが悲鳴をあげた。
ミレイナはもう涙で顔がぐしゃぐしゃになって、父親のイアンが代わりにヴェーダにアクセスしている始末だった。


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