偽りの幸福








「オハヨウ、ティエリア。オハヨウ、ティエリア」
コンピューター室に入ると、ハロが出迎えてくれた。
視線であなたの姿を探す僕に、ハロがピョンピョンとはねる。
「ロックオン、モウスグクル。ロックオン、モウスグクル」
「そうか。今日は、刹那とアレルヤを迎えにいく日だ」
「ハロ、ウレシイ。ハロ、ウレシイ。ミンナイッショ。マタ、ミンナイッショ」


あれから……。
本当のあなたがいなくなってから。
刹那も、アレルヤもいなくなってしまった。無論、ライルも。
他のクルー全てが、このプトレマイオスからいなくなった。
地球にも、いない。

僕は、窓から見える地球を見下ろす。
青く輝く星。人類生誕の地。


あれから、もう200年以上の時間が過ぎた。
人類は、人工アンドロイドの開発という、また新たな歴史を生んだ。
地球では、人に混じって、人工アンドロイドが人と一緒に普通に暮らしている。
科学の結晶は、人と同じ容姿をもち、人と同じ言葉をしゃべる。眠ることだって、食べることだってできる。
生産の大半を占める人工アンドロイドの存在は、もはや人類にはかかせないものとなっていた。


シュン。
僕は振り返った。
あなたが…いや、あなたの姿をした人工アンドロイドが、コーヒーを両手に、僕に歩み寄ってくる。
「待たせてごめんな。コーヒーいれてきた。ちゃんとミルクと砂糖もいれてきたから」
「ありがとう」
コーヒーのカップを受け取って、僕は微笑んだ。
テーブルの上にコーヒーを置いて、あなたの姿をしたアンドロイドの服の裾をひっぱった。
「はいはい。おはよう、ティエリア」
優しいキスが、頬にふる。

「今日は、刹那とアレルヤを迎えにいく日だ。あなたもくる?」
「勿論」
当然とばかりに、コーヒーを飲みながら、ウィンクする。
「ティエリアを一人にはしないよ」
そういって、またコーヒーをすする。
このアンドロイドは、僕を一人で地球に降りさせない。 プトレマイオスの中でも、ほぼ常に僕と一緒だ。

それは、人工アンドロイドがマスターを慕うようにできているせいでもあるけれど。

僕を取り囲む日常は、ハロ以外には全てが偽りでできていた。
人工アンドロイドの仲間。
彼らと過ごす日常。

全てが偽りでも、もういいんだ。
僕はもう、とうの昔に壊れてしまったから。


老化を知らぬ細胞は、本当に厄介なものだった。
この命は、今の人類にしてみれば、何よりもほしいものだろう。
人間は、もはや信頼できない。真実を知られてしまえば、モルモット扱いを受けるのは当然のことだ。
200年以上も生きているという秘密を知るものは誰もいなかったし、歴史上では僕はもう死んだことになっている。
けれど、地球におりた時にもしも誰かに知られてしまえば、魔女狩の始まりだ。
全く変わらない容姿。
5年たっても、10年たっても変わらない。それは人の寿命がつき終える100年という時間をたっても変わらない。
少年の姿のまま生き続ける。自分自身でさえ気味が悪い。
この命は、どこまで神を冒涜すれば気がすむのだろうか。神の領域を冒して生まれ、そして死すらせずに神を嘲り笑っている。


狂ってしまいそうな毎日に、僕は一度コールドスリープをした。
クルーの全てがいなくなって10年たったころのことだ。
その頃にはすでに人工アンドロイドは開発されており、けれどまだ安定した人工アンドロイドは作られておらず、僕は 未来になんの希望も見出せず、このまま眠りながら死んでしまえばいいと思っていた。
けれど、コールドスリープは途中で途切れる。
目覚めた時、まだ性懲りもなく生きている自分を呪った。
いっそ、ここで命を絶ってしまおうか?
けれど、すぐにその考えを僕は払拭した。僕という命は、あなたが守ってくたものだ。

寝ている間、僕はずっと夢を見ていた。
仲間たちと、笑いあっている夢を。
昔に失ってしまった現実を、夢の中で繰り返す。

僕は、本当に狂いそうだった。
見ず知らずの人間でもいいから、誰かと接触したかった。
そして、何十年ぶりに地球に降りる。
そこで目にしたのは、人工アンドロイドが闊歩する人間世界。
僕は、偽りの未来を築くことに、躊躇いはなかった。

凍結されたままだったCBの資金で、3体のアンドロイドを購入した。
専門技術者を呼んで、その容姿を変えさせる。
失った家族や恋人の容姿を、アンドロイドに与える人間も世の中には多いのだ。
なんの疑いもなく、技術者はコンピューターに記憶された容姿や声、データを頼りに、ロックオン、刹那、アレルヤを造っていく。
僕は、壊れていた。
出来上がったアンドロイドと、プトレマイオスに返る。
目覚めたアンドロイドたちは、彼らと寸分たがわぬ声、容姿、それに性格を持っていた。
マスターと呼ばれるのをさけて、あえてアンドロイドたちに自分の名前を呼ばせるように、プログラミングする。



「ティエリア。コーヒー、飲まないのか?」
心配顔でのぞきこんでくるロックオンのアンドロイドに、僕は首を振った。
刹那とアレルヤのメンテナンスが終わる日は今日だ。早く、迎えにいってあげよう。
そして、また4人一緒の生活をはじめよう。

偽りの幸福を僕はかみ締める。
もう、二度と手に入らないと思っていたもの。
たとえどんなに欺瞞に満ち溢れてでもいいから、もう手放す気はない。

コーヒーに口をつけ、心配そうなアンドロイド…いや、ロックオンの隣に並んだ。
ロックオンの身体は暖かい。人と同じ体温だ。
肩にまわされる腕に、僕は視線を落とす。
専門技術者は、マスターの性別は女性であるとした。
自然と、アンドロイドの行動は、僕を守るものとなる。

女性のものではないが、男性が着るには少しかわいいタイプの服を着た僕に、ハロが僕の周りを跳ね回った。
「ティエリア、カワイイ。ティエリア、カワイイ。オヒメサマ、オヒメサマ」
「ハロ、お姫様じゃないよ」
「いんやー、今日のかっこは一段とかわいいと思うぜ?」
ロックオンが褒める。僕は、素直にそれを受け入れる。
男性としての生活も、少し変わった。女性化が進んでしまった無性の身体にあわせるように、無理なく。
口調は変わらないけれど、着るものも少し変わった。
アンドロイドたちが進めるままに、男性でもきれるタイプのユニセックスな服を着る。
「早く、刹那とアレルヤを迎えにいこうな」
ロックオンの言葉に、頷いた。
4人一緒にいるのが、一番の幸せ。
偽りであとうろも、その幸福感に酔いしれる。



僕は、とっくに壊れてしまっている。
きっと、狂っているんだ。
けれど、構わない。
だって、幸せだから。