堕ちる魂と、歩む魂









「ロックオン・ストラトス」
名前を呼ぶ。
部屋の中には、ロックオンとティエリアしかいない。刹那とアレルヤは多分自室にいるだろう。
ロックオンは、ティエリアの様子をしきりに伺っていた。
ティエリアのお気に入りのゲームであるAirのゲームディスクを真っ二つして、ティエリアを噴火させたのはつい最近のことだ。
ティエリアに求めるままに、トレミーからデュナメスで地球におり、冬コミに並んでティエリアがメモしたサークルの本を買い込んだ。けっこうな量になって、それを 手にロックオンはデュナメスに再び乗って、トレミーに帰還した。同人誌の入った紙袋を受け取って、ロックオンは息をついた。
できれば、コミケというイベントにはもう二度と行きたくない。見渡す限りの人の山、山。どこにいっても人に溢れ、メモされた本も危うく買いそびれそうになった。 人気のあるジャンルなのか、新刊だというのに飛ぶように売れていく。在庫ぎりぎりで間に合ったロックオンに、売り子の人は苦笑しながら、グッズをおまけしてくれた。 なんてことはない、ただの便箋だった。
同人誌を買うのはこんなにも苦労する作業なのか。
今度からは、ティエリアにも刹那のように、通販で買うことを進めようとロックオンは固く決めた。

メモされたものをちゃんと買ったかどうかの確認は昨日すんだ。同人誌も、昨日のうちに読んでしまったのだろう。
ティエリアの部屋は綺麗に片付けられていて、専門書が並んだ本棚の開いたスペースに、ロックオンが買ってきた同人誌が綺麗に並べられていた。
ロックオンを自室に呼んだティエリアは、顔を紅くしていた。
ゲームのディスクを割ったときも、こんな風に顔を紅くしていた。もしかしたら、自分はまた怒られるのだろうか。
ロックオンは不安だった。ちゃんと、買い物をしたつもりだったのに、何か買いそびれたのだろうか。

ティエリアは、ベッドに座って毛布を被っていた。珍しい行動でもない。
毛布は、ティエリアにとっては母親代わりなのだ。実の母も父もいないティエリアは、人工的に生み出された存在だ。
ティエリアのうなじには、瞳を金色に輝かせたときだけおぼろげに浮かぶ紋章が刻まれていた。金色に光る紋章は、NO8。シリアルNO8。それが、ティエリアという個体の 番号であった。同じシリアルNOたちは、今もイオリアの研究所のカプセルに眠っており、ティエリアだけがCB研究員の手によって目覚めさせられた。
ロックオンは、そのことに感謝さえしていた。他のシリアルNOであったなら、ティエリアと会うことはできなかっただろう。たとえDNAが同じで見た目が同じでも、それはティエリアじゃない。 ティエリアという自我を持たず、違う自我を形成していただろう。
ロックオンは、トレミーに素敵な女性陣がいるにも関わらず、ティエリアを愛していた。そのティエリアは男性としての自我を持っており、本来ならばロックオンと愛し合うような存在ではなかった。 たが、磁石がひかれ合うように、ティエリアとロックオンは互いにひかれあった。
そして、運命が必然であるかのように愛し合った。
海よりも深く、深く。
そんなティエリアが、男性ではなく無性の中性体ということも、ある意味運命の必然なのかもしれない。

「どうしたんだ、ティエリア?」
毛布を被ったままのティエリアに、ロックオンが優しく笑う。
「ロックオン」
じっと、自分を見上げてくる瞳には、見たところ怒りの感情はなかった。
乙女のように顔を紅くしたままのティエリアに、ロックオンは自分の額をティエリアの額とあわせた。
「うーん、熱はないようだなぁ」
ティエリアの体温は、普通の人間より低い。額の熱は、少し冷たい。それが、ティエリアの平熱であった。
ティエリアは、えい、ままよとばかりに覚悟を決めた。
そして、自分の姿を覆っていた毛布をバサリと音をたてて、ベッドから落とす。

「ティエリア?」
ロックオンの目が点になった。
ティエリアは、セーラー服を着ていた。そんなもの、ティエリアに買って渡したことはない。ゴスロリっぽい服を買って着させることもあったが、流石に イメクラのデート嬢のような真似をさせることはなかった。
セーラー服は完全なコスプレだ。
ある意味、男性はそういうものに萌える傾向はあったし、ロックオンもどちらかといえば萌えるほうだった。
だが、ティエリアに着せたいという欲望はなかった。 ティエリアが嫌がるだろうし、そんな格好をさせなくても、ティエリアはいつもの服を脱ぎ、ユニセックスな服やゴスロリぽい服を、買い与えたら文句も言わずに着てくれた。 それだけで十分である。
そもそも、ティエリアがピンクのカーディガンを脱ぐことさえないと思っていたのだ。
ティエリアのクローゼットには大量のピンクのカーディガンが揃えられて、色違いのカーディガンまであった。よほど、その格好が好きなのだろう。
ユニセックスな私服を初め買ったとき、嫌だといって拒絶したが、絶対に似合うからと強く勧めると、割と大人しく着てくれた。
それから、地上に降りるたびにティエリアに似合いそうな服を買った。最初は女性用の服は買っていなかったが、そのうちゴスロリ趣味の入った服を、どうせ着てくれないだろうと思って買って渡した。すると、ロックオンの予想を裏切って、 ティエリアはスカートの下に半パンをはいて着てくれたのだ。
半パンは、ユニセックスな服を着せるときによく使用していた服であった。
ティエリアの長い綺麗な足が見えるので、よく着させた。

食い入るように注がれる眼差しに、ティエリアは顔を紅くして、消え入りそうな声で囁いた。
「恥ずかしいので、あまり、見ないで下さい」
こんな衣装を用意したのはティエリアだった。
眼鏡は外し、コンタクトにしている。髪は、刹那に三つ編に結ってもらい、上から白のリボンを巻いて結んだ。着方が分からなくて、刹那のところにいったのだが、刹那が全部着付けをしてくれた。
そして、こう言った。
「これでロックオン・ストラトスを悩殺するんだな」
別に、悩殺するつもりはなかった。女性のような美しいボディラインをもたぬティエリアには、悩殺は無理だ。
女性化しているとはいえ、無性の中性体であることに変わりはない。
何故刹那がセーラー服の着方なんて知っているのかは、なんとなくティエリアには分かっていた。刹那は、ロックオンに隠れて、よく15禁やら18禁のゲームをする。そのうちの中にA irというゲームがあった。18禁のゲームであったが、そのゲームは一般向け用に18禁のシーンを全て省いた、哀しい恋愛アドベンチャーゲームであった。
刹那がいうには、学生服というものは、好きな異性を落とすための必須アイテムらしい。
最初はブレザー服にしようかと思ったが、刹那に強くセーラー服を勧められた。何故だかは分からないが、ブレザーよりもセーラー服のほうが需要が高いらしい。
ティエリアの今の格好は、黒のセーラー服に、白のハイソックス、そして肝心のセーラーは赤ではなく白を選んだ。
白のほうが、ティエリアは好きだった。刹那に教えられたサイトで、通販で密かに購入した。
大人の玩具とかも売っていたが、ティエリアには大人の玩具というものがなんで あるのかよく分からなかった。
刹那に質問すると、刹那は教えてくれなかった。どうも、面白くない玩具なのだろう。ティエリアはそう思った。

「あー、ティエリア?」
ロックオンが、困った表情でティエリアを見ていた。
「やっぱり、似合いませんか。着るんじゃなかった・・・・・」
シュンと肩を落として、ティエリアはうなだれた。
手首には、鈴のついたアクセサリーをしていた。
リンと、手首についた鈴がなる。

あー、やべぇ。
いろんな意味でやべぇ。

ロックオンは、涙を浮かべたティエリアを抱き寄せた。
「泣くな」
「だって、こんな格好、笑いものにしかならない」
「すっげー似合ってる」
「本当に?」
「嘘なんかつかない」
ティエリアが浮かべた涙を吸い取って、ロックオンがティエリアに口付ける。
唇だけを合わせるだけの、かわいいキス。
頬にも、額にもキスをした。
「ロックオン」
綺麗に伸ばされた桜色の爪を持つ長い指が、ロックオンの背中に回される。

あー、やべぇ。
いろんな意味でやべぇ。
ティエリアかわいいなぁ。

ロックオンはそんなことを考えながら、抱きついてきたティエリアと距離をとった。
「ベッドの上に立って、くるりって回ってみて?」
「分かりました」
素直に、ティエリアはベッドの上に立つと、くるりと回ってみせた。セーラー服のスカートが動きに合わせて揺れる。三つ編にした髪に巻いたリボンがヒラリと翻る。
リンリンと、かわいい音をたてるティエリアのつけたアクセサリー。
そのアクセサリーは、セーラー服を買った時に特典としてついていたものだ。
華美なものでもなく、質素なものだったので、セーラー服を着ただけでは何か物足りないなと思っていたティエリアはそれをつけた。動きにあわせて鈴がなるのが気に入ったのだ。
「もっかい回ってくれ」
「はい」
ぎこちない動きで、ティエリアがベッドの上でまた回った。
リン。
鈴が鳴る。
セーラー服のスカートは、かなり短めだった。ティエリアは、いつもはこんな短いスカートの服を着ない。
ロックオンに進められても、拒否した。
ティエリアは、ロックオンに褒められたことで、自信を取り戻していた。
いつもはスカートを穿いた時には、半ズボンを上から穿くが、今回は穿いていない。
ヒラリと翻ったスカートから、下着が見えた。
それに気づかず、ティエリアはまたくるりと回って見せた。

ピンクの苺柄…。

いつもはボクサーパンツタイプの下着を着ているティエリアは、絶対に女物の下着をつけない。
それなのに、今回に限って。

「どうか、しましたか?」
ベッドの上にちょこんと正座して、ティエリアが首を傾げた。きょとんとした表情をしている。

セーラー服は、主に女子中学生が着るものだ。女子高校生でセーラー服はわりと珍しい。
着る年齢も、12歳〜15歳で、少女がきる学生服の一種である。
ティエリアの見た目は、大体17歳前後である。だが、違和感はない。
むしろ、似合いすぎている。
短いスカートから出た足は細くて長く、無駄な筋肉も贅肉も一切ついていない。
モデルのようにスマートな身体をしているティエリアは、どんな服を着てもたいてい似合った。
今回のセーラー服は、ある意味犯罪だ。
「あー、お兄さん、ちょっとな、そのいろいろと」
「はぁ」
正座を止めて、ベッドに腰かけると足をぶらぶらさせる。
丸い大きな瞳は、本当に少女のように愛らしい。それもそんじょそこらにはいないような、美少女だ。
白いハイソックスが清潔的だった。
裸足でも良かったが、セーラー服にはやはりハイソックスが似合う。
こんなことを吹き込んだのは、多分刹那だろうと思ったが、ロックオンはむしろ刹那に感謝した。ろくなことをしない刹那は、大人でないと見てはいけないような アニメやドラマ、映画をみるし、ゲームだって平気でする。セーラー服を勧めたのも刹那だろ。
保護者として、刹那を正す必要があったが、今は素直に感謝した。ティエリアは、一人では髪を結うこともできない。三つ編なんて無論むりだ。 髪を結ったのも、刹那だろう。刹那はわりと器用だ。

「刹那が言ってたんです。この格好をしたときの台詞はこうだって」

ティエリアは、思い切り目を潤ませて、ロックオンを見つめた。頬を紅くして。
「お兄ちゃん」
可憐な少女の声で、そうロックオンを呼んだ。
脳裏に、死んでしまったエイミーのことが横切った。
一瞬哀しくなったが、ティエリアの次の言葉で吹きとんだ。
「お兄ちゃん、大好き!」
そのまま抱きついてこられて、不覚にもロックオンは鼻血をたらしていた。
「わあ、ロックオン、大丈夫ですか!?」
ティエリアが離れ、急いでテッシュペーパーを取り出して、渡した。

我が人生に一遍の悔いなし!

ロックオンは、北斗の拳の羅王の台詞で、胸の中で天に向けて拳を突き出していた。

「大丈夫だ。すまねぇ」
鼻血はすぐに止まった。
ああ、もうこのまま萌え死んでもいい。

「ロックオン、大好きです」
抱き寄せられ、そのまま二人もつれ合ってベッドの上に倒れた。
そして、お互いの顔を見合わせながらクスクスと笑いあう。
「ロックオン、鼻血たらすなんておかしいです」
「お前さんが可愛すぎるからだ」
「似合ってますか?」
「ああ、すげー似合ってる。わざわざ俺のために着てくれたんだろう?ありがとさん」
「どういたしまして」
「ピンクの苺柄だった」
「わぁぁぁ!」
顔を覆ったティエリアの手をとって、口付ける。
「恥ずかしいです。見られてたなんて」
「俺以外に、頼むからこんな格好見せないでくれよ?」
「はい。あ、でも刹那が・・・」
「刹那は平気だ。刹那に着せてもらったんだろう?」
「どうして知っているのですか?」
「お前さんが、セーラー服なんてものの着方知ってるわけないだろう。純粋培養なんだし」
「刹那から教えられたサイトの通販で買ったんです。ところで、大人の玩具ってなんですか?」
ブハッ。
ロックオンがふきだす。
「ロックオン?刹那は知っているみたいなのに、教えてくれませんでした。ロックオンは知っているのですか?」
「あー。知ってるけど、ティエリアが知る必要はないよ」
「そうですか。やっぱり、面白くない子供用の玩具なんですね」

愛しい。
この無垢な存在が、とても愛しい。

ロックオンは、強くティエリアを胸にかき抱く。
「ロックオン?」
「愛してる、ティエリア」
「はい、僕も愛しています。あなただけを愛しています。世界中の誰よりも」
「俺も、世界中の誰よりもお前を愛している」
二人は、深く唇を重ねた。
「この格好、着替えたほうがいいですか?」
「いいや、しばらくその格好のままでいてくれ。かわいい」
「あなたが望むなら、このままでいます」
「そうだ。この腕時計やるよ」
「え」
ベッドの中で、ティエリアが驚く。
ロックオンのしている腕時計は古く、昔親に買ってもらったものだそうだ。いわゆる、形見というやつだ。
「そんな大切なもの、受け取れません」
「いいから、持っててくれ。世界で一番大切なティエリアに持ってて欲しい」
腕時計を外して、ティエリアの右手にさせた。
ぶかぶかだった。
「やっぱ、サイズ似合わねぇな。まぁいいか」
「ありがとうございます。後で、調整してみます」

二人は、幸せそうに微笑んだ。
互いの存在が愛しい。
なんて愛しいんだろう。
世界中の誰よりも、この人を愛している。
絶対に。
絶対に、離さない。

「僕を離さないで下さい」
「離すもんか。嫌がっても、絶対に手放さない」

そのまま、お互いの存在を確かめあうように、温もりを確かめる。
ロックオンの手が、ティエリアの手をとって、自分の鼓動を確認される。
それに見習って、ティエリアが、ロックオンの手をとって、自分の胸に当てる。

トクン、トクンと、そこは確かに鼓動を刻んでいた。
生きている証だ。

二人は、また抱きしめあった。
ティエリアの髪から白いリボンが外れ、ベッドの上を泳いだ。

「愛してる。誰よりも」
「愛しています。誰よりも」






-------------------------------------------------------

幾つもの星が煌く夜空を見上げ、ティエリアは微笑んだ。
「愛しています。誰よりも」
その額には痛々しい包帯が巻かれていた。
右手には、今もロックオンがくれた腕時計をしている。
古びたデザインだから、何度も仲間から買い直せと勧められた。
だが、決してティエリアは腕時計を買い換えることはなかった。 ティエリアが持っている腕時計は、それ一つだけだ。
壊れて、もう時を刻まなくなってしまった腕時計。身につけている意味は、ただ一つ。
愛しい、ロックオンがくれたものだから。
星が堕ちる。
「もしも叶うなら、あの頃に僕を戻して下さい」
お星様が流れる時に願い事をいうと、叶うのだとロックオンから教えられた。
その言葉通りに、堕ちていく星に、願い事を口にする。
「愛して・・います・・・これからも、ずっと永遠に、あ、なた、だけを・・・」
見上げる夜空は、満点の星を煌かせている。
病院の屋上で、ティエリアは胸の痛みに膝を折った。
「ゴホッ」
咳をする。
血の味がした。ゴホゴホ咳き込んで、ティエリアは右手で口を覆う。
吐血した。
息が苦しい。
「ああ・・・このまま、僕をロックオンのところに、連れていって・・・・」
堕ちる星を見上げて、倒れた。

「いたいた、ダメじゃないか、勝手に病室をぬけだし・・・・いかん!!」
絶対安静を言い渡された部屋から、ティエリアは勝手にぬけだし、病院の屋上に来ていた。
やってきた医師は、ティエリアが吐血して倒れているのを発見し、すぐに持っていた緊急用のブザーを鳴らした。
慌てた様子で、何人かの医師と、ナースがやってきて、すぐに担架が運ばれ、ティエリアはそれに乗せられた。
また、あの暗い病室に閉じ込められるのだ。ティエリアは涙を零した。
あの堕ちていく星のように、僕も堕ちたい。
「せんせ・・・死なせて・・・あの人のとこにいきたい・・・・」
また吐血したティエリアの手を、医師の一人が握る。
「だめだ、君は生きるんだ!生き残るんだ!それが、君を守ってくれた人の願いだろう!こんなところで、息絶えるな!生きて、君は君の大切な人が成し得なかった未来を掴むんだ!」
病院は、CBメンバーが運営する病院で、大破したトレミーの生き残ったクルーたちも、そして大破したヴァーチェに乗っていたティエリアも助け出され、地上に降ろされて怪我のための 治療を受けていた。
ティエリアが、また涙を零した。
CBメンバーであるのその医者は、傷ついた肺の傷口が開いたことによる痛みから泣いているのだろうと勘違いしていた。
ティエリアは、どんなに痛くても泣かない。それが、身体の傷であるのなら。
傷ついているのは、心だった。
血が溢れて止まらないのだ。
あの人の元にいけなかった。 まだ、生きている。

生きなければならないと分かっているのに、死を願う。
「愛しています・・・どうか、私に、あなたの愛をもう一度、下さい」
涙を流したまま、ティエリアは意識を失った。
そのまま、緊急治療室に運ばれる。
「血圧、心拍ともに低下!・・・先生、呼吸が止まりました!」
「くそ、君は生きるんだろう!?」
人工呼吸器がつけられる。
「先生!心拍が!」
「電気ショックだ!それから、強心剤の用意を!」
病室が、慌しくなる。
ナースと医師が、急いで処置に取り掛かる。
「生きろ、生きるんだ。君は、生きるんだ!!!」
止まってしまった心臓に、電気ショックが当てられる。
「だめです、反応がありません!」
「もう一度だ!早く、強心剤を打て!」
強心剤が注入され、再び電気ショックが当てられる。
「生きろ!!!」
電気ショックを当てられ、その衝動で動く体。
血の気を失った白皙の美貌は、涙の後を残したままだ。
「先生、心拍が戻りました!呼吸も!」
「そうだ、生きるんだ!」
医師が、強く叫ぶ。
「生きるんだ!生きるんだ!!」


ティエリアは、生死の境をさまよいながら、不思議な体験をしていた。
ロックオンが、綺麗な泉のほとりにいるのだ。
そこに駆け寄ろうとすると、ロックオンが寂しく笑った。
「だめだ。この泉は、堕ちていく者を吸い込んでしまう」
「ロックオン!」
どんなに近寄ろうとしてもその距離は縮まることなく、ティエリアは半狂乱で叫んだ。
「嫌だ、ロックオン、逝かないで!愛しているんです!一人にしないで!!」
「俺も、愛しているよ。この世界中の誰よりも、ティエリアだけを愛してるよ」
綺麗な泉が渦を巻く。
「俺は、堕ちる。お前は、生きろ。頼むから、生きてくれ!!」
「嫌だ!!僕も一緒に堕ちる!!」
「だめだ!お前は連れていけない!」
瞬間、ロックオンとの距離が縮まり、すぐ近くにロックオンがいた。
そして、狂おしいくらい激しく胸にかき抱かれ、激しく深い口付けを受けた。
「愛している。お前だけを。どうか、俺がなしえなかった未来を、俺のかわりに。ティエリア、生きてくれ。愛してる」
綺麗な泉が、渦をまき、泉の上に扉が現れた。
「いやだああぁぁぁぁ!ロックオン、ロックオン!!!」
扉が、開かれる。
「エデンへの扉が開いた。お別れだ」
ロックオンは、エメラルドの瞳で泣きながら笑った。
「俺を、許してくれ。エデンへの扉をくぐる俺を」
ロックオンが、開け放たれた光溢れる扉に足を向ける。
ティエリアの身体は、ロックオンの手を掴んだ。
ロックオンは、半分扉をくぐりながら、右手にしていた古ぼけた腕時計を外し、ティエリアの右腕につけた。
「永遠の愛を誓う。重すぎる愛で、すまない」
ティエリアの身体は、ロックオンの後を追って扉をくぐろうとする前に、泉の中に落ちてしまった。
揺らめく水底。
どこまでも澄んだ、透明な。
ロックオンの声が、頭上から降ってきた。
「愛しているよ、ティエリア。お前だけを、世界中の誰よりも」
ティエリアは、愛していると叫びたかった。
だが、水の中で言葉は形にならない。
そのまま、扉はパタンと閉じて、消えてしまった。
ティエリアは、泉から解放された。
衣服も濡れていない。
「ロックオン、いやだあああああぁぁぁぁぁ!!!」
泣き叫ぶ。
ロックオンの姿は、もうない。光る扉の中に消えてしまった。
「こんなに愛してるのに!!!」

ポチャン。
泉の上に、少女が現れた。
泉に沈むこともなく、浮かんでいる。背には、六枚の輝く翼をもっていた。
ティエリアと同じ紫紺の髪に、ロックオンと同じエメラルドの瞳をしており、その容姿はどこかティエリアに似ていた。

「エデンへの扉は閉じられた。いずれまた、いつか必ず開くときがくる。それまで、生きなさい。生き続けなさい。いつか必ず、エデンへの扉はまた開く。あなたの大切な人に、また出会えることを信じて、生きるのです」
少女がそう口にすると、頭上から綺麗な女性の声が降ってきた。
「セラヴィ、人の理を曲げるような真似は止めなさい」
「でも、ジブリール、私はいつか、人の理を曲げるわ。愛し合う人間の魂を、引き裂くことは誰にもできない」
少女はティエリアの前にやってきて、その六枚の翼でティエリアを包み込んだ。
ロックオンと過ごしたいろんな記憶が、その翼にふれるとあふれ出た。
少女は、悲しく微笑む。
「あなたの本当の戦いはこれから。目覚めてからが、本当の戦い」
「ロックオンは・・・」
いつくもの記憶を溢れさせながら、ティエリアは呆然となった。
「生きなさい。エデンへの扉は必ず開く。だから、生きなさい」
少女の姿が消えた。
それでも、ティエリアを包み込む翼は消えない。
始めてロックオンと出合った日のこと、それから3年間の軌跡が翼にふれるとあふれ出した。
こんなにも、愛されている。
ティエリアは、涙を流した。
ロックオンの言葉を思い出す。

(愛している。お前だけを。どうか、俺がなしえなかった未来を、俺のかわりに。ティエリア、生きてくれ。愛してる)

涙を流しながら、呟く。
「あなたのかわりに、あなたが掴むはずだった未来を。生きなければならないのか、僕は」

ポチャン。

透明な泉に、ティエリアの姿が映っていた。
それは、生き残った仲間を率いて、CBを建て直し、リーダーとして歩んでいくティエリアの姿だった。
紫色のポレロを着ていた。
未来を映す泉の鏡を覗きこむ。
「・・・・僕は生きる。もう一度、あなたと出会うために」
それが、どんな遥かなる未来なのか分からない。
いつか、いつか絶対に、またあなたと出会う。
あなたの魂に、いつかきっと。
僕は、生きよう。
誰でもなく、あなたのために。あなたに託された未来を掴むために。
そして、もう一度誰よりも愛しいあなたとめぐり合うために。

「愛しています、ロックオン」



-------------------------------------------------------
「それが、たとえ禁忌でも」シリーズと、天使の存在などで一部リンク。
WEB拍手を下さったタチバナ様へ捧げるために書き下ろしました。
少しでも切ないかんじになっていれば幸いです。
はじめはほのぼので終わらそうと思ったけど、やっぱこうなった。
セラヴィとジブリールは「それが、たとえ禁忌でも」シリーズにも出てきます。