アレルヤとマリーの結婚式は、わりと派手であったが、成功に終わった。 二人を祝福していたCBメンバーはその国のホテルにばらばらに泊まったのち、解散するようにそれぞれ自分の住む国へと戻っていった。 宇宙暮らしであるティエリアには、帰るべき故郷がない。 宇宙に、還りたい。 そう思った。 ドイツで結婚式を挙げたアレルヤとマリーは、ヨーロッパを周る新婚旅行に出かけた。 ドイツのホテルに数日滞在し、同じようにヨーロッパ観光に出かけたCBメンバーもいるが、一日、ニ日、そして一週間と日にちがたつごとに、ドイツを後にして、自分が住むと決めた国へ戻っていった。 あるいは、世界旅行へと出かけていった。 ドイツのホテルで、ティエリアは宿泊していた。 もうニ週間もドイツに滞在している。 することは特にない。一日を適当に、読書したり、ネットにサーフィンしたし、ドイツの国を周るように出歩いたりして過ごす。 そういえば、昔あの人と一緒にこのホテルに泊まって、ヨーロッパの古代遺跡観光ツアーに出かけたな。 そんなことを思いながら、ティエリアはドイツの町を歩く。 吐く息が白い。 ドイツは今の時期とても冷えて、寒かった。 だが、ティエリアには平気だった。 むしろ、南国の国ほうが苦手だ。寒いのには宇宙環境でエアコンが切れてしまったときに、大分慣れてしまった。 ちらちらと降り出した雪に、ティエリアは天を仰ぐ。 太陽は薄暗い雲に隠され、雪が本格的に降りそうだった。 巻いていたマフラーを巻きなおし、ティエリアはカフェに入った。 そこで、アッサムの紅茶を注文し、持っていた小説をあける。 パラリとページを捲っては、中身を読んでいく。 イオリアの目的遂行のために生み出された存在であるティエリアには、未来というものがどういうものかよく分からなかった。 戦争根絶の未来は掴んだ。だが、自分のための未来はない。 黒一色で覆われたかのような未来だ。 ただ、老いることもない体で、日常を過ごす。 王留美のガンダムマイスター用の口座は凍結されておらず、金に困ることはない。 いっそ、昔のように素性を隠して唄を歌おうか。 ティエリアは、自分で歌詞をつくり、曲をつくり、そして歌った。 その歌をコンピューターに記録し、無料配信できるようにした。 ダウンロード数は、はじめは少しづつであったが、そのうち一日に何百件、何千件のアクセスがくるようになった。 ネットの世界を通じて、口コミで噂が広がり、今は亡き歌姫のように澄んだオーロラのような歌を歌うと評判になって、ついにはレコーディング会社から正式にCDにしたいという依頼のメールまできた。 ティエリアは、それを断った。 姿を晒してまで、歌おうとは思わなかった。 気ままに、自分が好きなように歌える今の環境が一番いい。 ティエリアはまた作曲し、歌詞をつくって唄を歌ってそのでデーターを配信する。 そして、無料ではなく低料金でのダウンロードに形を変えた。 それでも、アクセスはとどまることがない。 口座に振り込まれた金額に、ティエリアが驚いた。 その金を、全てティエリアは、戦争により孤児となった子供たちを救うために設立された慈善団体に寄付した。 「こんな僕でも、まだ世界のために役立てるのか」 ティエリアは、唄を歌いながらそう思った。 ティエリアは、ネット世界で音楽に興味がある者では知らぬ者はいないほどの歌姫になっていた。 ティエリアの、ネット世界での歌姫の名前は「シリアルNO8」であった。 皮肉というわけではなかった。 だが、自分の肉体に刻まれた紋章はNO8である。 個体番号、シリアルNO8。 いくらでも響きのよい名前は思いつくことができた。 だが、シリアルNO8という名前がなぜか浮かんだ。 それは、自分を意味する言葉だ。 違う名前をつけ、自分の名前を偽るわけでもない。 無性の歌姫は歌い続けた。それだけが、まるで全てであるように。 ある日、刹那からメールがやってきた。 それは、日本で一緒に暮らさないかという内容だった。籍を入れ、家族になろうという言葉に、ティエリアの石榴の瞳から大粒の涙が溢れた。 ティエリアは、涙を零した続けた。 「ごめんなさい、刹那」 刹那には、マリナがいるのだ。刹那の幸福の未来の邪魔にしかならないのだ、自分は。 ティエリアは、刹那に返信する。 (それは、君に罪を背負わせる。君にはマリナ姫がいる。3人で家族になるつもりか?マリナ姫は、そんなことは望まないだろう。僕を気遣う必要はない。僕は一人ででも十分に生きれる) それから何度も刹那からのメールがあったが、その度に拒否の内容のメールを送った。 ある日、ライルからメールがきた。 (大丈夫か?一人で泣いてないか?) 簡単な文章だった。 それに、胸が締め付けられる思いをしながら、返信を返す。 また涙が溢れた。 (僕は平気です。むしろ一人でいるのが心地いい) 嘘ばっかり。 こんなにも、狂おしいのに。 誰かのぬくもりがほしい。 誰かに、傍にいてほしい。 「ロックオン、ロックオン、ロックオン」 狂ったオルゴールのように、愛しい人の名前を口にして、ベッドで眠りにつく。 枯れたはずの涙は、一人になったことでまた溢れてきた。 「ロックオン、あなたに会いたい」 かなわぬ願いであると分かっていながら、そう口にする。 そして、ティエリアはまた歌う。 私はあなたを愛しているのに あなたは私の傍にいない 声さえも もう届かない こんなに愛しているのに あなたは私を一人にしないと誓ってくれた なのに あなたは私をおいて去ってしまった 愛とは なんと無慈悲に残酷であるのか 誰かを愛するということは もはや罪だ 人の愛は罪だ エデンへの扉は二度と開かれない 私はそれでも歌う 愛の唄を 永遠に せめて歌声だけでも あなたに届くようにと 短い唄を作詞しおわり、曲を作った。 そして、歌い終わり、そのデータを低料金で配信できるようにする。 唄の題名は「私は歌う」 なんて、そのままでありきたりな題名だろうか。 作詞は、もはやロックオンへの言葉になっていた。 この歌声がもしも届くというのなら、もう二度と歌えなくなってもいい。 王子に一目ぼれした人魚姫が、人間になるかわりに声を失ったように。 人間になって、あの人にあえるなら、もう歌声もいらない。この綺麗な声も、二度と出せなくなっても構わない。 せめて、もう一度だけでも。 どうか、神様。 あの人に、会わせてください。 NEXT |