刹那の思考回路








それは、食堂での出来事だった。
マリナ・イスマイールは、少し遅めの昼食を取っていた。
その場には、マリナのほかにアレルヤ、ティリア、ライルが食事を終えてくつろいでいた。
他愛もない会話をしあう3人を他所に、その輪の中に入れないマリナは、少し寂しそうだ。
そこへ、刹那が現れた。
トレミーの中で、唯一頼れる人物。マリナの知人は、刹那しかいなかった。

「マリナ・イスマイール」
水を飲んでいたマリナは、近寄ってくる刹那に笑顔をつくる。
「どうしたの、刹那。あなたも、今から昼食?」
「違う」
否定する刹那の次の言葉に、マリナは開いた口が塞がらなかった。


「マリナ・イスマイール。胸を揉ませてくれ」


シーン。
会話で賑わっていた食堂が、静まり返る。
びっくりしたマリナは、もっていたコップを落とす。残っていた水が、ビチャリと音をたてて地面に広がる。
食べていたトレイの中身を落とさないだけましだったかもしれない。
それ程に、刹那の言葉は衝撃的なものだった。

しばらくの静寂。
それを破ったのは、ライルの笑い声だった。

「おいおい刹那。説明しただろ。そういうのは、ちゃんと順序と時間と場所をわきまえるものだって。あと、雰囲気も忘れるなよ」
「順序を間違えた。あと、時間も間違えたようだ」
場所もだろ!
その場にいたアレルヤとティエリアは、つっこみそうになった。

「ご、ごめんなさい刹那。胸は、その、触らせてあげることはできないわ」
引きつり気味のマリナの言葉に、無表情の刹那が首を傾げる。
「なぜだ?」
「なぜといわれても、その、困るわ」
頬を紅潮させていくマリナは、本当に困ったようで、視線で他の人物に助けを求める。

「刹那・F・セイエイ。マリナ・イスマイール姫が困っている。無理なことはいわないように」
最初は驚いていたティエリアだったが、不思議生物の刹那が、女性に興味をもったことに少し関心する。
すでに少年期を終え、青年期に入った刹那だ。
異性に恋愛感情を抱いたとしても問題はない。むしろ、遅いくらいだ。
「そうだよ、刹那。いきなりなにいってるんだい」
困った表情で事の成り行きを見守っていたアレルヤも、口を開いた。

「ロックオン・ストラトスが、マリナ・イスマイールの胸をもめたら、1ヶ月分のミルクを奢ってくれると約束した」
その言葉に、ライルに非難の視線が集中する。
「君という人は、刹那・F・セイエイをからかって遊んでいるのか!」
「いいや、普通に刹那だってマリナ姫のことが好きだろうと思って、賭けを出しただけだぞ?」
悪びれもしないライルに、ティエリアが怒った。
「軽率すぎる!刹那・F・セイエイは、そういったところはとてもデリケートなんだ!」
「そうなのか?」
「そうだよー!!」
アレルヤも怒って、ティエリアに同調した。

「そもそも、刹那はマリナ姫のことが好きなのか?」
刹那に尋ねるライルに、ティエリアが頬を叩こうとする。
「いい加減にしろ!」
「おーっと」
その手を、簡単に捕らえるライル。
「離せ!」
「先に暴力に訴えようとしたのは、そっちだろ」
間一髪とばかりのライルを睨めつけるティエリアに、マリナが悲鳴をあげた。
「争いごとは止めて!」
アレルヤも、止めに入る。
一人、刹那だけがマリナをじっと見つめていた。

「俺はマリナ・イスマイールが好きなのだろうか。分からない」

「もー、刹那も!ロックオンも、みんなやめなよ!マリナさんが困ってるだろ!」
アレルヤの珍しい叱咤に、ライルがティエリアの手を離した。
同時に、ティエリアの蹴りが入れられる。
それもどうにかかわして、ライルは肩を竦めた。
「ティエリアも子供だなぁ」
「誰が子供だ!」
「もう、ロックオンたら、やめなってば!ティエリアも!」
争い事をなくそうと、奮闘するアレルヤ。

「あの、その、私、部屋に戻っておきますね」
まだ紅くなった頬を隠せずに、いてもたってもいられなくなったマリナが、食堂を去っていった。

「もー!!刹那もロックオンも、後でちゃんとマリナさんに謝っておくんだよ!」
手に負えないとばかりに、アレルヤが去っていったマリナのことを気遣った。
いきなりからかわれて、気にしない女性ではないはずだ。

「気分が悪い。僕はこれで失礼する。刹那・F・セイエイも、ロックオン・ストラトスの言葉など真に受けないことだ。以後、自重するように」
「努力する」
マリナと同じように食堂を後にするティエリアに続く刹那。
不思議生物の刹那は、四年たって大きく成長したはずなのに、まだその精神的な内面に子供の部分を残している。
それがいいことなのか悪いことなのかは、誰にも分からない。

「あーあ。いちゃった」
つまらないとばかりにライルが立ち上がった。
彼にまだ説教をするアレルヤ。

マリナ・イスマイールを乗せた宇宙船は、中東領域にさしかかっていた。
カタロンのあじとまでは、もう少し。
そこで待ち受ける悲劇を、まだ誰も知らないでいた。