「ハレルヤ・・・」 自室で座って、何もない虚空に手を伸ばす。 シーンと静まり返った室内。 アレルヤにとって、ハレルヤは刹那とティエリアのような比翼の鳥だ。 片方がいなくては、なりたたない。 ハレルヤもう、四年以上も前に消えてしまった。 今でも、信じられない。 語りかければ、すぐにハレルヤが暴言のような口の悪い言葉を返してくる気がする。 「ハレルヤ・・・君は、どこにいってしまったんだい?」 そっと、手を伸ばす。 虚空に向かって。 「てめぇ、あれほど刹那の歌声のときに交代すんなっていっただろうが!!」 ハレルヤが、プンプン怒っていた。 「だって、刹那の歌、耐えられないんだもの」 困った顔で、アレルヤがハレルヤに返す。 ハレルヤは、金色の瞳でアレルヤに文句をたれた。 「んなもん、おれも苦手に決まってるだろうがぁ!あんな歌耐えれるかっ!」 「でも、ハレルヤは気絶しなかったよね」 「当たり前だっ!歌声なんかで気絶してたまるかっ!」 アレルヤの脳内で、アレルヤとハレルヤが会話していた。 「次勝手に交代してたら、眠ってても引きずり出すからなっ!」 ハレルヤならやりかねないだろう。 「簡便してよ、ハレルヤぁ!」 廊下で、一人ハレルヤに変わったりアレルヤに変わったりしているアレルヤの近くに、ロックオンがやってきた。 そして、優しい表情でハレルヤの頭を撫でた。 「お前さんも、おりこうさんだな」 「んだよ、てめぇ、子供扱いすんなっ!」 ハレルヤが、噛み付きそうになる。 ロックオンはけらけらと明るい笑い声をあげた。 「アレルヤのために、わざわざ眠りを起さずそのままでいたんだろう?刹那の歌声は本当に爆弾みたいだからなぁ。ハレルヤも聞きたくなかっただろうに、でもアレルヤのことを思って交代しなかった」 「はん、てめぇなんかに俺たちの何が分かるんだ」 「確かに分からないさ。でも、ハレルヤは口が悪いが本当は優しい」 大人の瞳で見つめられて、一瞬ハレルヤは言葉を返すことができなかった。 頭を撫でられる。 その優しい感触に、今まで味わったことのない何かを感じた。 ハレルヤが、誰かに頭を撫でられたのはそれが最初の経験だった。 「てっめぇ、ぶっとばされてーか!」 頭にのっていた手を、パンという大きな音をたてて振り払う。 それでも、ロックオンのエメラルドの優しい瞳は自分を見つめていた。 「お前さんも、たまには誰かに甘えてもいいんだぜ?」 「はっ、誰がそんな真似するかよ!」 猛獣のようなうなり声をあげて、警戒する。 ロックオンと距離を保って、太陽の金色の瞳でハレルヤはロックオンを睨みあげた。 アレルヤと違って、ハレルヤは人を近づけさせない刺々しい印象がある。 アレルヤは、本当に太陽のように優しくて暖かい。 誰にでも平等に優しく。 俺に、金色の目は似合わない。 太陽の金色は、アレルヤの色だ。 むしろ、アレルヤの銀色の月の色のほうが、自分には相応しい。 アレルヤの太陽によって輝くことのできる月。 自分では、輝くこともできない。アレルヤの肉体なしでは、自分は生きられない。 どんなに切望しただろう。 違う個体であればと。 アレルヤ、ハレルヤと、神を称える言葉に相応しくない存在。 「お前さんも、俺たちの仲間だ。たまには、顔だぜよ」 その言葉に、ハレルヤは駆け出していた。 「きちしょう!!」 走り出す。 自室に戻り、ロックをかけると洗面所の前にきた。 鏡に映し出された秀麗な顔は、歪んでいた。 鏡に、両手をつけて、思いっきり叫んだ。 「ちきしょおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」 どうして、俺には体がないのだ。 アレルヤを撫でる手も、抱きしめる腕もない。 アレルヤは、依然と眠りについたままだ。 鏡をまた見る。 じっと見つめ返してくる瞳は、金色。 アレルヤが持つべき色だ。 「アレルヤ。てめぇは、いつか誰かのもんになるんだろうな。だけど、これだけは譲らない。お前は、俺を守る。アレルヤ、お前を守るために俺は生まれてきたんだ。アレルヤ、アレルヤ、アレルヤ。絶対に、死んでもお前を守るぜ」 鏡の中で、金色の瞳が涙をスーっと零した。 緑がかった黒髪に隠された銀色の瞳は涙を零していない。 片方だけの瞳で涙を零して、ハレルヤは笑った。 「ぎゃははははは!何がハレルヤだ!神を称える名前なんてつけても、俺はアレルヤに触れることさえできねぇ!はははははは!何がハレルヤだ!」 ダン!と、鏡を拳で殴りつける。 ピシリと、鏡に罅がはいる。 ハレルヤの顔に罅が入る。 深い眠りにつき、言葉も届かないアレルヤに向かって、ハレルヤは囁く。 「アレルヤぁ。てめぇは、幸せになれよ。俺みたいになるなよ。俺が、お前を幸せにするためにお前を守るから。だからアレルヤ。てめぇだけは生きて幸せになれ。俺は、死んでもお前を守ってみせる。絶対に。愛してるぜ、アレルヤ」 「ハレルヤ・・・・君は、今どこにいるんだい?」 アレルヤの手が、また虚空に伸ばされる。 消えてしまったハレルヤ。死んでしまったハレルヤ。 もう、アレルヤの中にハレルヤはいない。 誰よりも、愛しかったハレルヤ。もう一人の自分。 虚空に伸ばしたまま、アレルヤは泣いた。 銀色の瞳だけが、涙を零した。 金色のハレルヤの瞳からは、なぜか涙は零れなかった。 「ハレルヤ、会いたいよ。君に、会いたいよ。愛してるよ、ハレルヤ」 虚空に伸ばされたままの手が、ぎゅっと自分の拳の形になり、心臓の前にやってきた。 この命は、誰でもないハレルヤが守ってくれたもの。 ハレルヤは、自分の死とひきかえにアレルヤを守ってくれたのだ。 「会いたいよ、ハレルヤ」 どんなに願っても、もうかなわない。 分かっていながら、アレルヤはまた虚空に向けて手を伸ばしていた。 この手が、ハレルヤに届くようにと。 |