「はいはいどいてどいて。患者が通るよ」 トレミーの廊下を、クルーによって担がれた担架でティエリアは医務室にはこばれた。 ティエリアの体には、毛布がかかっている。 「さて、脱がすか」 ドクターモレノが腕まくりをする。 ティエリアの裸をみられることになるのだが、これは医療行為のためだ。我慢しなくては。グッと、ロックオンが堪えた。 「偉いね。ここは、我慢だ、我慢。彼氏でも、医療行為は特別なんだ。そのまま堪えおけよ」 ティエリアから、濡れた衣服を脱がそうとするが、水を吸って衣服は重くなり、肌に吸い付いている。 モレノははさみを取り出して、顔色一つ変えずに衣服を切り裂いていく。 ティエリアの、ロックオンしか見たことのない無性の体が、人工の明るいライトによって照らされた。 モレノは、衣服を脱がし、寝台に寝かせたティエリアの足を開く。 ティエリアの僅かに膨らんだ胸と、下肢が露になっている。下肢には、ティエリアが男性だと主張する、その男性としてのシンボルはない。 モレノは顔色一つ変えなかった。 医者であるのだから、当たり前である。 下肢は、普通の男女のような仕組みにはなっていない。薄い茂みさえ存在していなかった。 何も、ない。 「あー、やっぱりここから出血してる」 モレノが、ティエリアの体の奥に指を差し入れる。 そこは、ロックオンの指しか受け入れたことのない秘所だ。本来なら女性がもつべきものであるが、その器官とは違う形でティエリアの秘所は存在した。あまにも小さく狭く、そして女性がもつべき位置よりずれている。 無性とは、男性とも女性とも体の仕組みが完全に違う。女性化しているとはいえ、その秘所は女性のようなものではなく、男性を受け入れるようにできていない。器官としても未熟すぎるし、ただそこに存在するというだけだ。なぜそんなものがティエリアの体にあるのかはロックオンにも分からない。 完全な無性と思っていたロックオンは、ティエリアにはそんなものは備わっていないと思っていた。去勢された男子のようなものだと想像していたのだ。だが、現実は違った。 錆びた鉄の匂いが、医務室に広がった。 「うわ、これは酷いな」 モレノが眉をしかめた。 指を抜いたとたん、女性としての自然現状、つまりは生理としてはありえないほどの量の血が、ベッドに滴り、シーツを汚す。 「ただの生理ではないな、これは」 モレノとて、トレミーにいてCBに所属しているが、一流の腕をもつ医者だ。 外科も内科も全てモレノが仕切っている。 誤診など、まずない。それほどの優秀な医者なのだ。 モレノが、とりあえず周囲の血を拭き取ろうとしたとき、ティエリアの奥から血がドバっと溢れ、ベッドにさらに真紅の染みを広げた。 モレノは、ティエリアの体にもしも何かあったときのために、その体の構造をレントゲンやらいろいろな方法で知っていた。 その器官が、女性器をもたず、行き止まりであることも知っていた。 生理など、まず起きるはずがない。 溢れ続ける血は、一向に止まる様子がない。 ロックオンも、あまりの血の量に、驚きを隠せないようだった。 「ロックオン、すまないが隣の部屋から輸血用のパックをもってきてくれない」 ロックオンの顔が青ざめた。 ただの生理だろうと、楽観視していたのだ。なぜ生理になったのかは分からないか、とにかくただの生理であれば、自然に血は止まる。 だが、ティエリアは無性であるのだ。そんな場所から血が溢れてくること自体おかしいのだ。 ロックオンは急いで、ティエリアの血液型にあった輸血パックをもってきた。 モレノは、先端の針をティエリアの血管に入れ、輸血を開始した。 そして、サングラスをはずすと、ティエリアの体を抱え、ローラーつきの担架に乗せると、青ざめたロックオンに言葉をかけた。 「大丈夫だ、絶対に救ってみせる。伊達にトレミーなんかで医者してないからな」 「お願いします!」 ティエリアを、精密検査にかける。 そして分かったその結果に、モレノが愕然とした。 「原因が分かった」 「本当か?」 「ティエリアの体の奥に、未熟な子宮がみつかった」 「え」 思ってもみなかった言葉に、ロックオンが目を見開いた。 子宮とは、即ち女性器である。無性であるはずのティエリアが持っているはずがない。 「これがまた厄介でな。前に検査したときは影も形も見えなかった。その未熟すぎる子宮と、ティエリアに備わっていた膣に擬似した器官が繋がろうとしてる。しかも無理やりだ。他の器官が出血している上に、未熟な子宮は潰れかけている」 「潰れかけて・・・」 「残念だが、摘出するしかないな。普通の人間ならまずはおこりえない現象だ。無理やり繋がろうとすることなどありえないし、まず子宮がいきなり器官として体に構築されていくことなどおこらない。このまま放っておけば命に関わる。今からオペにとりかかる」 ロックオンは、言葉を失った。 そういえば、ティエリアは最近腹部が痛いといっていた。 体の奥が痛いといったときは、肌を重ね合わせた日だったので、指を入れてしまったことへの痛みだと単純に思っていた。 腹部の痛みも、頻繁なものではないようで、お腹を冷やしたせいだと思っていた。 まさか、こんなことになるなんて。 オペをしなければ、命に関わるまで放置していたのは、ロックオンの責任だ。 ティエリアは、痛みを感じてもそれが鈍い。戦闘行為を最優先として作られた人工生命体であるため、痛みを感じる神経が人より鈍く作られていた。 戦闘で負傷し、痛みで動けないのは命取りだ。その分、痛みをあまり感じずいるティエリアは、負傷しても通常に動く。流石に致命傷になると身動きはとれなくなるが、それでも命に関わらない範囲の怪我であったら、戦闘行為を繰り返した。 実際に、ガンダムマイスターとして武力介入してから、何度か負傷したことがあった。 だが、痛みをあまり感じていない様子で、治療のときも泣き言ひとつ言わなかった。 ロックオンは、ティエリアの神経が傷みに鈍いということを知っていた。ティエリア本人がそういったのである。ドクターであるモレノからも、ティエリアは注意を受けていた。そして、自分の体の痛みにも傷にも、命に関わらない限りあまり関心のないティエリアを心配して、モレノはロックオンに、ティエリアの体について注意を払うようにといわれていたのだ。 全部、俺の責任だ。 ロックオンは、手術中と光る文字の、手術室の扉を両手で叩き、悔恨に涙を流した。 どうして、気づいてやれなかった。 ティエリアは、自分から望んで痛みに対する神経が鈍く生まれたわけではない。 わざと、そういう風に作られているのだ。 ティエリアの口からそう聞かされて、驚いたものの、負傷したときも傷は大したことなく、せいぜい足をくじいたとか、頭を少し打ったとか、かすり傷をおったとかそんな内容で、ティエリアの痛みに対する神経が鈍いということさえもはや忘れがちになっていた。 自分の体に傷がついた時、ティエリアはちゃんと痛いといっていた。 それが、余計に今回のことに気づくのを遅らせることに拍車をかけていた。 「ティエリア、ごめんな。気づいてやれなくて、ごめんな。痛かっただろう、苦しかっただろう」 NEXT |