「僕は・・・・ああ、僕の子供、死んじゃったんですね。僕とロックオンの子供」 治療カプセルの中で目を覚ましたティエリアが、まだ傷口の残る腹部をなでた。 傷口は抱合されており、そのあとは再生治療によって、肌に傷一つ残すことはないだろう。 「お前さん、気づいてたのか?」 「ええ。僕の身体は普通ではありませんから。身体の奥が痛いと思ったとき、そこに何かの生命が宿っていることに気づきました」 「だったら、なんでもっと早く言わなかった!」 「だって、僕の身体では産めないから。それに、あなたに迷惑をかけたくなかった。それに、何かの生命が宿ったとしても、育ちきることはありません。僕の身体は女性ではありません。両性具有のようにもできていません。宿ることは、最初から死を意味していました。それなのに、生命が宿った。そんな風にできていないのに、なぜ宿ったのかは僕にも分かりません」 ティエリアは、スーッと、涙を零した。 「僕は、産みたくなかったんです。嫌だった。女じゃないのに、身体の奥に生命が宿るなんて、気持ち悪いでしょう?」 ロックオンがカプセルにはりついた。 「気持ち悪くなんかない。ティエリアはティエリアだ。神秘的で、人智をこえているだけだ。無性のマリア。俺だけのマリア」 「マリア・・・処女受胎ですか。僕の場合も、そうなりますね。・・・・ごめんなさい」 「どうして謝る?」 石榴の瞳から、また新しい涙が溢れた。 「僕は、あなたの子供を産むことができない」 「そんなこと、構うもんか」 カプセルにはりついたまま、今度はロックオンが謝った。 「お前さんの身体が、痛みというのに神経が鈍いことを忘れてた俺を許してくれ。ティエリアが血を流すまで、気づいてやれなかった」 「構いません。僕の身体は、そういう風にできていますから。・・・・・・・・・ロックオン」 「どうした?」 どこまでも優しいエメラルドの瞳で、ティエリアを見つめる。 「あなたは、神や天使の存在を信じますか?」 「おれは、これでも一応カトリック教徒だから。勿論信じている」 それに、ティエリアが満足そうな微笑を残した。 「僕も、信じてみようかなと思いました」 「無神論者なのにか。まぁ、こんな経験したら、信じたくもなるわなぁ」 「いつか、あなたの子供を産んでみたいです。かなわないとは分かっていますが」 平らなお腹をいとおしそうになでる。 夢の中に現れた天使は、ティエリアとロックオンの子供を兄弟として受け入れるといっていた。それがもし本当なら、それはそれで幸せなのだろう。 天使などという次元の違う存在に憧れる者は多い。 「いいから、今は傷を癒すことだけ考えてろ」 「はい。愛しています、ロックオン」 「俺も愛している、ティエリア」 また眠りにおちたティエリアのカプセルにはりついて、ロックオンは本当に天使のようだと思った。 キーコキーコ。 夢も見ないティエリアの深い眠りの中で、いつまでもブランコをこぐ音と、少女の無邪気な声が響いていた。 ---------------------------------------------------------------------------- 「行くのか、セラヴィ」 「ええ。だって、私のお父さんとお母さんですもの。この身が消えたとしても、二人を再び巡り合わせて見せるわ。この世界で、ティエリアとロックオンは、奇跡の三日間を体験した。そして、ティエリアは生きることを決意した。そしてまた、ロックオンと出会うことを約束した。それなのに、ロックオンの魂だけ、私たちの理から外れて転生できないなんて酷すぎるわ」 「私は、そなたの兄弟でよかった。そなたの魂を、無性のマリアから兄弟として迎えることができて本当に幸せだった。我らの時間は人の時間とは違う。時を遡ることができる。そなたと過ごしたこの数百年は、本当に幸せであった」 「ありがとう、ジブリール。私は、きっと、ティエリアとロックオンを再び巡りあわすために天使になったのね。だって、実のお母さんとお父さんですもの。二人が幸せにならなければ、私の存在理由がないわ」 「そなたを天使、我が兄弟として迎えたのも、ティエリアとロックオンという二人の存在が、引き裂かれ、そして再びめぐり合うためにそなたの力が必要なのも、因果か。私は、そなたの兄弟として、惜しみなく力を貸そうぞ」 「ありがとう、ジブリール。覚えている?ティエリアは、あなたが受胎告知した、この世界で二番目のマリアよ」 「人のことなど、いちいち覚えておらぬ」 「私は、地上に降りるね。さようなら、ジブリール。私を天使にしてくれてありがとう。今行くよ、ティエリア、ロックオン。私のお母さん、お父さん」 ティエリアによく似た少女は、紫紺の髪を揺らし、エメラルドの瞳を瞬かせて背中にある六枚の翼を羽ばたかせた。 「こんにちわ」 突然、背後からかけられた声に、ティエリアは心臓が飛び出るかと思った。 ただでさえ悪い冗談で心臓がドキドキしているうえに、突然話しかけられて驚いた。 「君は・・・・・」 「覚えていてくれたかしら?もう一年ぶりになるね」 忘れようとしても、忘れられるものではない。 ティエリアに生きるという決意をくれた、三日間の奇跡をくれた天使の少女だ。 「ちゃんと、生きててくれたのね。あなたの歌声、ずっと聞いていたの。変わらず綺麗。あなたに、今日はとっておきのお知らせがあるの」 「まさか」 「その、まさか。私、本当は堕ちるはずだったの。それを、ジブリールがかばってくれたの。そして、私の最後の奇跡にも手をかしてくれたわ」 少女は、嬉しそうに微笑んだ。 「ねぇ。私の名前は、セラヴィっていうの。それだけは、覚えておいて?」 「セラヴィ!!」 ティエリアが乗っていた機体の名前だった。 「これが、本当に私の最後の力。私は、これを告げるためにまた降りてきたの。天界から。これを告げ終わった時、私の役目はおしまい。永遠に、この世界から消えてなくなる」 少女は、それでも嬉しそうに微笑していた。 とてもとても、幸せそうに。 引き裂かれてしまったティエリアとロックオンの魂を、再びめぐり合わせるのは自分の役目だ。 昔ティエリアの身体に宿ったティエリアとロックオンの子供は、処女受胎という奇跡を起こしながらも、無性であるが故に子供を産めず、胎児のまま未熟な子宮と共に切除された。 その胎児の魂を救ってくれたのはジブリールだ。処女受胎であるが故に、特別であるからと、兄弟の天使として迎えてくれた。 そして、天使の力で時を遡り、数百年も前に生まれた天使となったセラヴィは、数百年の時を生きた。ジブリールと共に。 そのセラヴィの魂は、まぎれもなく、あの時死んでしまった胎児の魂である。 お母さん、お父さん。 私にできるのは、奇跡を起こすことだけ。 もう一度、お母さんとお父さんをめぐり合わせてあげる。 そして、幸せになって? 私は、ジブリールの存在で救われた。十分に天使として何百年も生きた。もう十分。 とっても幸せだった。 だから、ティエリア、ロックオン。 次は、あなた達が幸せになる番よ。 お母さん、お父さん。私は、二人の子供としていきられなかったけれど、とても幸せでした。 白く光の泡になって消えながら、セラヴィは命をくれたティエリアとニールを見つめていた。 我が母よ、父よ。 私は、本当に幸せであった。次は、どうかそなたたちが幸せになってくれ。 涙を零す。 もう、その涙さえ解けて消えてしまう。 セラヴィという名前を、覚えてくれるだけで十分だ。あの時の胎児であったことなど、告げる必要はどこにもない。ただ、余計な混乱を招くだけだ。 ティエリア、ニール。 愛している。あなたたちの子として、魂をさずかっったことを誇りに思う。 「さらばだ、人の子らよ」 キーコキーコ。 ブランコをこぐ音が聞こえてくる。 ああ、懐かしい。 光の泡となって、セラヴィは消えていく。 ---------------------------------------------------- キーコキーコ。 ブランコのこぐ音が聞こえる。 結婚したティエリアとニールは、公園に来ていた。 キーコキーコ。 ブランコをこぐ音に、ティエリアが気づかない間に涙を流していた。 ただの散歩の途中なのに、ブランコがむしょうに気になって仕方ない。 「ティエリア、どうしたんだ?なんで泣いてるんだ?」 「分かりません。なぜか、ブランコをこぐ音がとても懐かしく聞こえて。何か、大切なことに気づいていないような気がするんです」 「ブランコ、こいでくか?」 「はい、そうですね」 二人は、童心に還ったように、二人でブランコをこいだ。 キーコキーコ。 ブランコをこぐ音が響く。 ティエリアに良く似た、セラヴィという名の、奇跡をくれた少女天使が、どこかでとてもとても幸せそうに微笑んだ気がした。 お母さん、お父さん。 私は、あなた達の子として、魂をうけ、ジブリールに兄弟として受け入れられました。 あなたたちが、再びで出会え、幸せにすごしていることが、私の幸せです。 人の子らよ。 どうか、私の名前だけを覚えてやってくれ。 私の名は、セラヴィ。 「お、そろそろ戻るか」 ニールが、腕時計を見て、時間だと囁いた。 それに、ティエリアが名残惜しそうにブランコからおりた。 去っていく二人。 公園は、あの夢のように色を失うことはない。 キーコキーコ。 ブランコが、無人なのに、ずっと揺れていた。 どうか、忘れないで。私の名前を。 ------------------------------------------------------------------------ あれぇ? 複線?貼ってませんでしたよ勿論。 未熟な子宮が見つかる〜という話は前々から書こうと思ってました。 それが1期が2期かはその時は決めてませんでした。 切除するというのは、ティエリアを無性で保つためにはある程度決めてました。 その中に胎児がいて、ティエリアとロックオンの子供で処女受胎だなんてまったく設定もしてませんでした。 まず、普通に処女受胎には無理がある。もうここは、天使とか神様とかの領域です。 どうせなら、「それが、たとえ禁忌でも」のシリーズに出た天使でも出そうか、受胎告知ならジブリール(ガブリエル)だなとか思って出してたら、夢の中で少女とか話を追加していくと、どうにもこの少女、「それが、たとえ禁忌でも」のセラヴィに性格がそっくりだ。少年よりは少女のほうがいいかなぁと。 いっそのこと、セラヴィにしてしまおうと、前シリーズで容姿の描写がないのこをいいことに、胎児の魂はジブリールによって兄弟として迎えられ、天使として暮らし、そしてティエリアの歌声に聞きほれて降りてきて、「それが、たとえ禁忌でも」のシリーズの話がすすんで、最後は自らの命を投げ打ってティエリアとニールを引き合わせた。引き合わせるのに理由なんていらなかったんですけど、昔の時に授かった命の魂だとすれば、父と母に恩返しをしたい、あなたの子として魂をうけて良かった、今度はあなたたつが幸せになる番だ・・・・ ・・・・・・・・・・・・? ・・・・・・・・・・????? 冬葉さん、混乱中。セラヴィってオリキャラは使い捨てでどうでも良かったのになぁ。 |