金色の眠り「人間になりたかった」







「どうしたんだ。二人して」
ヴェーダの世界の中の記憶であるニール。でも、確かにそこには魂がある。
ニールは天に昇ることを拒絶し、ずっとティエリアの傍で、刹那の傍でトレミーの仲間たちを見守っていた。
魂という存在を信じることができたのも、ニールのお陰だろう。

「奪うの。君は、僕からたった一つの残された大切なものを。ティエリアを」
「奪わないさ。一緒にいるだろ?」
ニールは、隻眼の瞳で優しく、リジェネの頭を撫でた。
「子供扱いしないで!」
その手を、パンと振り払う。
リジェネは、また金色の海を眺めていた。
じっと見つめても、何かが変わるわけでもないが、リジェネは金色の海を見つめるのが好きだった。

「リジェネ」
ティエリアが、困ったようにニールとリジェネを交互に見つめた。
「いいよね、ティエリアは。ニールが傍にいて。僕には、ティエリア、君しかいない。でも・・・・・君はニールのものだ。僕のものにはならない」
「リジェネ・・・・泣かないで」
涙を零すリジェネを、優しくティエリアは抱きしめる。
そのティエリアの横に、ニールは座って、二人と同じように膝を抱える。
「なぁ。世界は変わったなぁ」
「そうだね」
「うん」

金色の波が、ひいては押しかえす。
銀色の大きな月が二つ、銀色の涙を零して三人を照らす。

「・・・・・・・・・・・帰りなよ」
「リジェネ?」
「二人とも、肉体は用意してあるだろ。ニール、いつまでここにいるつもり?君を宇宙で助け、その肉体を蘇らせた意味がないじゃないか。イノベイターの、僕の細胞まで使って、霊子学まで使って復活させたのに。魔法みたいだね・・・・御伽噺みたい。愛し合う二人は、再び世界で目覚め、そしてまた愛し合うんだ」
リジェネは、浜辺の砂を手に取る。
サラサラと静かな音をたてて、それはリジェネの指の隙間から零れ落ちていく。

「砂時計みたい」
もう一度、手にとってみる。
「いいよ。僕が、全て背負うから。世界を導くイノベイドの宿命もみんな。ティエリアとニールは帰れ。世界に帰れ。仲間たちが待ってるよ」
リジェネは立ち上がって膝を払った。
「帰れよ!!」
大声で怒鳴る。
そのまま、リジェネは走り去ってしまった。

「追いかけなくていいのか?」
「うん。リジェネも分かってるだろうから。僕が、リジェネを一人この世界に残していかないって」
「俺は、このままでもいいんだぞ?この世界でも。別に、物質世界じゃなくても。精神世界でも、お前とまた会えてこうして会話もできるし抱きしめることもできる」
「ロックオン。ありがとう。僕には、君がいる。でもね、リジェネにはもう誰もいないんだ。もう、誰も。僕しか」
ティエリアは知っている。
リジェネがリボンズのことを愛していたことを。
憎みながら、愛していた。
二人は憎悪しあいながら愛し合っていた。永遠の少年と、分化する少年の位置に近い中性のリジェネ。
リジェネがリボンズを愛したのは、彼を創造したことへの責任からもあるだろう。
リボンズはリジェネを創造した。
そう、創造したのはリジェネの肉体だけ。リジェネを完全に作ったという記憶を与えられていたリボンズ。
すでに、リジェネは世界に存在していた。何百年も前から、イオリア・シュヘンベルグの後継者として、イオリアがリジェネを創造したのだ。
リボンズは神になれなかった。同じように、たくさんのイノベイターを作ったリジェネも神になれなかった。
二人は神に最も近い位置にありながら、神にはなれなかった。

リジェネは、砂浜を走りながらやがて歩き出す。
「どうして・・・僕は、残ったんだろう」
ぽつりと、リジェネは呟く。
計画では、リジェネはイオリアの後継者としてイオリアの計画の最後を見れば、そのままこの世界から消えるはずであった。
そう、たくさんのイノベイターたちのように。ヒリングやリヴァイヴ、そしてリボンズのように、世界から消えて召されるはずであった。
人工の命とはいえ、命は命。
リジェネは、神の存在を信じているわけではないが、ニールを見ていれば信じてもいいかとさえ思った。
魂は、意識体である。
今のリジェネは魂そのもの。

「どこにいるんだよ・・・・みんな。リボンズ」
銀色の大きな月を見上げながら、リジェネは一人で泣いた。
「あははははは!バカみたい!!僕は神になれなかったのに!僕は、僕は・・・・・・・人間になりたかった。人間が良かった。人間に・・・・・・・」
金色の海にリジェネは沈んでいく。
少し眠りたい気分だった。
リジェネは金色の海を漂う胎児のように丸くなって、ゆらゆらとヴェーダの世界を漂っていた。


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