偽りの遺書









パチパチと爆ぜる焚き火の音を聞きながら、ルルーシュは真っ赤に燃え上がった色の海に視線を遠く落としていた。海を隔てた向こう側は、空襲か何かに見舞われているのだろう、人の悲鳴は聞けないが 大量の煙と炎が狂ったごとく踊りうねっていた。
そこは、最期まで抵抗すると言って聞かなかった豪傑派の日本軍が数多く駐屯していた場所からそう遠くはなかった。

「どうして・・・・・・こんなに抵抗するんだろうな。早く降伏してしまえば、傷跡も少なくてすむのに」


ポツリと、なんの興味もない様子でルルーシュはそう呟いた。
ルルーシュは、自分の父親の性格を思い、例え降伏したとしても日本兵の残存勢力が舞台の表にいる限り、戦争は続くだろうなと落胆もした。
だが、降伏しなければ一般市民への被害も拡大する一方である。

ルルーシュのその瞳は、つい最近まで生気あふれるアメジスト色に輝いていた。だが今はその輝きも失われ、日本に送られてきた時と同質の、まるで生きている人形のような鈍い金属質の耀きが灯るだけであった。

幼くして母上を亡くし、歩けなくなった上に光まで奪われた妹のナナリーと、人質同然に日本に送られてきてからもう1年くらい経つだろうか。

受け入れてくれた首相である枢木ゲンブとその周囲は、ブリタニア人の皇子と皇女であるということなど関係なしに、年相応の子供として扱ってくれた。
確かに身の回りを世話してくれるメイドの女性などは、大国の皇子と皇女に接しているのだいう畏敬の念をこめてか、仰々しいじほどに大切に扱ってくれたが、 枢木一家はまるで本当の家族のように接してくれた。

特に首相の息子である枢木スザクは初めてできた同年代の友人であり、まるで兄弟のように寝食を共にすることも多かった。

そして、そのスザクに自分の声が届いているだろうと知りながら、ルルーシュは続けた。

「美しい日本が壊れていく・・・・・・。もはや戦争は、簡単には終わらない。そして、圧倒的な軍事力の前に日本は敗退し、ブリタニア帝国の支配を受ける。日本さえもブリタニアに踏みにじられるんだ・・・・・」

ルルーシュの言葉が耳に届いて、涙を浮かべて炊き木に薪をくべていたスザクが、きっと顔をあげた。
純真そのものの涙が、炎の色を映して空に見えない軌跡をつくりあげる。

「そんなことないよ!まだ戦いは終わってない!!始まったばかりだ!」
叫びながら、スザクは必死に涙をぬぐっていた。

スザクと同じように、ただしこちらは無言で薪をくべていた枢木ゲンブは、重いため息と共に実の息子を睨みつけた。


「未練がましいぞ、スザク!男であれば、これしきのことで涙を見せるな。・・・・・・ルルーシュ殿の心境を考えてみよ。ルルーシュ殿は、実の父であるブリタニア皇帝に 見捨てられたことになるのだぞ、日本に、実の息子と娘がいると知っていながら、ブリタニア皇帝は日本に攻めてきた。ルルーシュ殿を見よ・・・俺が知っている限り、ルルーシュ殿は日本にきてから一度も 泣く事も、それどころか自分の置かれた環境に不満を漏らすことさえなかった」


最初の恫喝に、ビクっと震えあがったスザクだったが、やがて ふらふらルルーシュに近づいて、そしてそっと彼を抱きしめながらまた涙を零した。

「どうして・・・・・・ルルーシュは悔しくないの!?自分の父親に見捨てられたも同然なんだなんて!僕の前でもナナリーちゃんの前でも、泣いたこと一度もなかったね。どうしてルルーシュは、そんなに強く生きられるんだ・・・・・」

まるで赤子をあやすように、ルルーシュは答えるかわりにスザクの髪を撫でた。
スザクの閉じた瞳からは、新しい涙が次々に溢れては頬を伝っていく。
こうやって、スザクたちといられるのもあと僅かだと分かりきっていたから、過度のスキンシップを嫌うルルーシュもスザクの好きなようにさせていた。

ルルーシュは、いつものように少し困った顔をしてから、大切な友人を傷つけないようにと、言葉を選んだ。


「俺は、母上が死んだ時すら涙を零さなかった。涙を零してしまえば、きっと俺は生きて居られない。自分を否定することしかできない。だから、俺は幼い頃からどんなに 哀しいことがあっても泣かない・・・いや、泣けないんだ・・・・・・」


海からうねってくる風はとても冷たい。
このまま、ここで涙を零して生きることをやめて海の底に沈んでしまえば、きっととても楽だろう。

けれど、ルルーシュはそうしない。
ルルーシュは生きることを止めない。
未来がどんな絶望の色に染まっていようとも、どんなに血の色に染まっていようとも、生きれずにはいられない。
ナナリーが生きている限り、ナナリーの傍にいる限り絶対に死んでなるものか。



やがて静寂のうちに時間がたち、スザクは泣きはらした目をこすりながら自宅の寝所へと車に乗って帰っていった。ルルーシュも一緒にと、手を繋いだまましばらくはそのままだったが、 彼が自分の父親に大切な話があるとそう念をおした時点で、無言で帰宅した。

すでに灰となった薪の火を念のために海水で鎮火させながら、枢木ゲンブはルルーシュが無言で己を見ていることに気づいていた。

「獅子の子よ、これからどうするのだ」

その言葉を待っていたかのように、ルルーシュは薄く笑った。
それは微笑に近かったが、死を悟ったものが刻むものではなく、生きることを確信した者が刻む微笑だった。

「日本最後の首相、枢木ゲンブ殿。もはや、俺と妹であるナナリーはブリタニアに対する人質としては、なんの価値もない。ブリタニアに帰ったとしても、 なんの後ろ盾もない、そして人質としての価値もなかった皇子と皇女に、父である皇帝は生きることさえ許さないだろう。かろうじで生きる可能性があったとすれば、皇位継承権及び皇族の地位を全て剥奪した後、 下級市民として捨てられ、子供だけの力で生き延びろといったところか」

流石に底までとは思っていなかったのだろう、目を見開いたままの枢木ゲンブ。

「ブリタニア皇帝は、自分の子供に対してそこまで非道なのか」

「弱者は廃せ、そして容赦無く切り捨てよ。それが皇帝の口癖だ。枢木ゲンブ殿よ、ブリタニア帝国第11皇子第17皇位継承者ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの最後の願い、聞いてくれないだろうか」

「どうするというのだ、若き獅子よ」

「ここに、いつかこんなことがおこるだろうと切りとって瓶に詰めておいた俺とナナリーの毛髪がある。これを、ブリタニア軍人の、できるだけ地位の高い者にブリタニア の皇子と皇女のもとだといって、このペンダント2つ と、この文章と共に渡してほしい」

そういって、ルルーシュはブリタニア皇室の紋章が刻まれた2つのペンダントと、毛髪の詰まった2つの小さな小瓶に、自分が書いた遺書だという文章を折りたたんだものを 枢木ゲンブに手渡した。

「拝読してもよいかな?」

ちらりと視線を送ってきた男に、ルルーシュは無論そうこなくてはと、心の中で筋書き通りにことが運んでいくのを少しばかり楽しんでいた。

「勿論。ただし、それは全て偽りでできている」


文章の内容は、簡潔なもので、こう書かれていた。1枚は皇子として書いたもの、そうしてもう1枚は殴り書きのように綴られた文章であった。





『これは、第17皇位継承者ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが肉筆で書いた遺書である。

皇室関係者、もしくは離宮でルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとナナリー・ヴィ・ブリタニアの世話をしていた者にのみ、読むことが許されるものである。
いかなる地位の軍人とあれどこれ以上目を通すことは皇族並びに皇室への激しい侮辱であると同時に、ブリタニアに反逆したも同然のものとみなす。

文章は簡潔に纏めるものとする。
私こと、ブリタニア帝国第11皇子にして第17皇位継承者ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと妹であるナナリー・ヴィ・ブリタニアは、ブリトニアが日本に開戦した時点で、己が生まれた国に、そして己にひと時であれ憩いの場所を与えて くれた日本の両国にこれ以上の迷惑をかけないため自決を決意したものである。
先ほど、ナナリーに貴族用の毒を盛り、苦しまずに眠ったまま先に他界してもらった。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは己の妹であるナナリーを殺害し、自らも自害しはて、両国に殉ずじるものとする。
これはブリタニア皇帝の血を受け告ぐ者として当然のことであり、 ブリタニア本国における葬儀などは一切不要のものとし、歴史上からその存在を抹殺か否は父上であるブリタニア皇帝の意に従うものとする。
なお、この文章を執筆する際に別の遺言を残しており、それは遺体処理に関するものである。
内容は、死後両者の遺体は骨が灰になるまで焼却し、その遺灰は全て日本海にまいてほしいというといった内容である。
DNA鑑定が必要であると思われるために、遺体を焼却する前に、両者の髪の一部を切り取りこれをDNA鑑定の証拠として、そして大切していたペンダントを皇室出身の者であるという証に、枢木首相もしくはそれ相応の身分のある日本人の手から、ブリタニア軍へ皇室関係者の元にいくように、この文章と共に託すものとする。

以上が、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの遺書であり、ここに血印を残しておく。


      ブリタニア帝国第11皇子第17皇位継承者ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア 』




これから先は、恐らく父上が最初から読まないものとして執筆している。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア最期の遺言であり、まだ子供である者の我侭である。どうか、読む者が皇族関係者であることを願う。 DNA鑑定に必要であれ不必要であれ、願わくば、この文書と同封の二人分の遺髪の一部もしくはこの文章の切れ端(ペンダントも)最愛の母上であるマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアの墓の棺の中に入れてほしい。
恐らくルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとナナリー・ヴィ・ブリタニアの存在は歴史から抹殺されであろう。DNA鑑定で結果がでれば死は確実のものとなり、皇族の記憶からも忘れ去られるであろう。
母上の棺に入ることが無理であろうことは十分承知の上である。例え、この遺書の一部の灰ですら母上の墓にまくこともできなくとも。
ならば、せめて、この遺書を読んだ皇室関係者の誰かが、少しでも涙を浮かべたのであれば、それは俺とナナリーの涙でともいえる。
その涙を、母上の墓の前で一滴でいいから零したやってはくれまいか。そうすれば、俺とナナリーの魂は遠い日本という異国から、迷いもなく母上の棺の上に舞い降り、ナナリーは母上と 共に天国で永遠の眠りにつけるであろうから。
そして俺は、ナナリーを殺した大罪故に天国にいけず、冷たい水底で母上とナナリーを笑顔を想い、枯れたはずの涙を血のように流し続けることだろう。

母上よ、ナナリーよ、誰よりも、私はあなたたち二人を愛している 永遠に
そして、もしも母上の墓の前で私たち家族のことを思い涙を流してくれた人がいるなら  ・・・・・あなたに 幸あれ

                   ルルーシュ







読み終わった後、愕然とした。
毎日、息子のスザクと一緒に虫とりやらに出かけている幼い皇子はどう見積もっても9か10そこらのまだ子供だ。
「これは・・・・・・なんと・・・本当にルルーシュ殿は9か10歳だというのか。息子のスザクと同じ年頃子供が書いたものだというのか・・・。 まさしく、獅子の子そのものよ!これを皇帝以外の皇室関係者が読めば、恐らくはマスコミを通じて皇子皇女ともに死亡と記事が流れるだろうな」
遺書を読みながら手を戦慄かせていた枢木首相に向かって、ルルーシュはブリタニア式の皇族としての敬礼をした。

「無論、狙いはそこにある。もう1枚の遺書は、ブリタニア国民の同情をひくための切り札だ。これより数日後、俺とナナリーはある者の手引きにより、匿われることとなっている。その遺書と毛髪、ペンダントがあれば 俺たちは死んだ者として扱われる。どうか、ブリタニア軍人に手渡すことを、承諾していただきたい」


「・・・・・・若き獅子よ。生まれてくる時代が違えば、今頃は皇子と幸せな人生を謳歌していただろうに。この件、承諾しよう。場違いではあるが、首相の地位に居る男として約束しよう」

「ありがたい」
ルルーシュは、ニッと笑って、そして最期にこうつけ加えた。
「この遺書の作成の成り行きは、ブリタニア人及びスザクには内密に。スザクには、ルルーシュはナナリーと共に逃亡したとでも吹聴しておいてくれ」


スザクには悪いが、今は世間に自分たちは死んだとしておいて逃亡するのが先だ。
使える駒は、例えそれが世話になった者であろうとも使うしかない。
ルルーシュの頭には今後のことや戦争が終結するまでの間、集結してからのことなどが巡るましく展開していた。
まるで数式の計算のようにいくつものパターンが提示され、そして消滅していく。
さながら、趣味のチェスをやっているときに似た、それ。


スザクに真実を告げずに、このまま居なくなることに、心臓は少しの痛みを感じたものの、何よりはナナリーの安全を確保するのが最優先だ。
幼いナナリーが生きていくためには、自分はまだ必要だ。
そのために、今まですでに何度も手を血で染め、何人かの人間をすでに殺してきた。ブリタニアから日本に送られる僅かな時間の間に、射撃訓練をうけたのも、人の急所の場所、殺し方、また応急手当などを学んだののも 全てはナナリーのため。
ルルーシュは、懐に忍ばせたままの、母親のもう一つの形見である拳銃を服の上から握り締め、音もなく月に向かって笑った。


それは、言葉に表すならば「狂気」