「ルルーシュ。次の町で、今日は泊まろうか」 いつものように青空を見上げて、馬車に揺られながらC.C.が問いかけた。 その隣に、ルルーシュの姿はなかった。 けれど、構わずにC.C.は続ける。 「久しぶりに、ゆっくりしたい。お風呂にだってゆっくり浸かりたいな」 そして、C.C.は目を瞑った。 すると、脳裏にはっきりとルルーシュの姿が浮かんだ。 それは、幻でもC.C.が作りあげた幻想でもなんでもなかった。 アッシュフォード学園の制服に身を包んだルルーシュが、笑っていた。 「なんだよ、笑うなよ。毎日、私の風呂を覗いているくせに」 それに反論するように、ルルーシュが手に腰を当てた。 (何も、好き好んでこんな状況にいるわけではない。お前の体なんて見飽きた) 「見飽きたとは失礼だな」 C.C.の内側から、ルルーシュの声が響いた。 ルルーシュは、あの時、死んだはずであった。 日本で、公開処刑がされる日だったあの日に、ゼロとなったスザクの手によりその命を落としたはずだった。 実際、誰もがルルーシュの死を、TVごしに、あるいはその現場で目撃していた。とてもではないが、助かるような傷ではなかった。それに、 ルルーシュの遺体は葬儀に出され、その遺体は故郷のブリタニア帝国の、代々皇帝たちが眠る場所に葬られた。 あのルルーシュが、影武者だったということはない。 本当に、ルルーシュは死んだのだ。そう、肉体は。 けれど、ルルーシュの命が散る瞬間に、C.C.はルルーシュの精神に手を伸ばした。 ルルーシュの息が止まる前に、魔女はその人外の力を発揮した。 魔王と呼ばれた少年の心を、自分の肉体に宿らせることに成功したのであった。 「はいはい。分かっているよ。新しい器は、ちゃんとルルーシュの姿をしている。こうなる前に、ちゃんと確認してきた。ルルーシュの研究は、無駄にはなっていない」 魔女と魔王が密かに推し進めていた計画であった。 ルルーシュを、その肉体を死なせ、精神だけを一旦C.C.の身に宿らせる。 マリアンヌがアーニャの体に心を逃がしたことに、それは似ていた。 心を、心に宿す。 そして、魔女と魔王が進めていた計画は、それだけでは止まらなかった。 C.C.の精神世界にだけ生きるのではなく、完全なるルルーシュの復活を彼らは目論んでいた。 ルルーシュは、ギアス研究がされていた地で、最先端の科学者たちを集めて、新しい計画を推し進めていた。 それは、ゼロレクイエムから始まる、ゼロ再生プロジェクト。 自分のクローンを、ルルーシュは作っていた。 ギアスをかけて、世界中から科学者たちを集め、ブリタニアだけでなく世界の科学の結晶となって、ルルーシュのクローンはカプセルの中で今もひっそりと培養液に浸かりながら眠りについている。 そのクローンに、精神はない。 ルルーシュが宿るのだ。 C.C.の精神世界を経て、クローンに新たにルルーシュとしての命、つまりは精神を宿す。 それが、魔女と魔王の計画。 ルルーシュは、潔く死ぬつもりだった。けれど、後の世界がどうしても気になった。ナナリーを一人にすることがどうしても できなかった。 同じように、C.C.を一人にすることもできなかった。 (本当に、これこそ魔王だな。死んでおきながら、実は生きていて、新しい肉体を得て復活するなんて) ルルーシュが、精神世界で笑った。 「魔王でいいじゃないか。私は、お前がこんな形であれ、生きていて幸せだよ」 (C.C.) 精神世界の中で、二人は抱き合っていた。 C.C.の唇に、ルルーシュの唇が重なる。 (愛しているよ) 「私もだ、ルルーシュ」 この旅の最終地点は、ギアス研究のあった場所。 ルルーシュのクローンが眠っている場所だ。 そこで、ルルーシュは生まれ変わる。同じ容姿を持ってはいるが、新しいルルーシュとして。 そして、ナナリーに会いにいこう。スザクにも、会いに行こう。 (ナナリーに、早く会いたい) 「気が早いな。お前のクローンが眠る場所まで、まだ数日はかかるぞ。それに、お前のクローンにお前の精神を宿らせるのだって、 一苦労なんだから」 (本当に、お前がいて助かるよ。まさか、魔王復活なんて、誰も想像もしないだろうな) 「そうだろうな。それに、V.V.が、その力の全てをかけて世界中にギアスを使ってくれた。ルルーシュ皇帝の容姿は、人々の中では 金髪に青い瞳の美丈夫だそうだ。映像や写真などから脳に入っても、その姿は変わるそうだぞ。私も一緒にV.V.のギアスに力を使ったが、本当に疲れる作業だった」 心底疲れた様子のC.C.に、ルルーシュのアメジストの瞳が光った。 (本当に、ギアスというのは便利だな。俺がこのまま、この容姿で復活すれば、人々は困惑する。隠れて生きるしかない。それを、ギアスの力で 変えようなんて、V.V.も大胆なことだ) 「V.V.はもう、私たちの家族も同然だ」 (そうだな。本当に、感謝している) 「弟のシャルルに裏切られ、一人にされたのがよほど懲りたのだろうな。シャルルの死によって、コード…つまりは永遠の命も戻ったようだし」 「ちょっと。僕がいないみたいに、話すすめないでよ」 馬車の中から、長い髪の少女のような少年がC.C.に声をかける。 (これは失礼) C.C.の精神世界から、ルルーシュがV.V.に苦笑を返す。 「本当に、困った二人だね。ルルーシュは、本当にシャルルの血を引いているのかい?」 (引いていなければ、ここにはいないと思うが) 「それもそうだね。シャルルみたいに、僕を裏切らないでよね。もしも裏切ったら、本当に、この世界から消すからね」 少年が、その可愛い顔に残酷そうな表情を浮かべた。 「照れるなよ、V.V.。ルルーシュが、自分を必要としてくれたことが、本当はうれしいくせに」 「うるさいよ、C.C.」 少年は、けれど頬を紅くしながら、C.C.に問いかけた。 「本当に、この馬車はおんぼろだね。もっとましなの、拾えなかったの」 (ただで借りれるだけ、マシだろう) かわりに、ルルーシュの声がした。 「ルルーシュ、愛しているよ」 (俺もだ、C.C.) 精神世界の中で仲良く微笑み会う二人に、V.V.が悲鳴をあげた。 「やめてったら!いちゃつくなら、僕が寝てからにしてよね、全く。僕がどんな苦労をして、ルルーシュの容姿を世界中の、 特別な人々以外から忘れさせたと思ってるの!!」 V.V.の力は、本当に壮絶なものだった。 言葉通りに、人々の記憶から、ルルーシュの容姿を変えさせてしまったのだ。それは、C.C.の言葉通り、どんな記録が あっても、脳内に入れば、その容姿が変換されるよう巧妙にできていた。 C.C.も一緒になって力を使ったが、二人ともしばらくの間昏睡状態に陥ったくらいだ。 それほど、ギアスの力は凄まじかった。 (ナナリーに会うのが、楽しみだ) 「ナナリーは、渡さないよ」 (それはこっちの台詞だ) 断固譲らないといったルルーシュの声は、今のところ人を超越した二人にしか聞こえない。 C.C.がその精神世界を展開すれば、第三者の介入もできたが、今のところ必要はないので、やってはいない。 魔王は、魔女と一緒に旅を続ける。 小さな少年の姿をした魔王も一緒だ。 ナナリーとスザクは、特別にギアスの対象から外しているので、ルルーシュの姿を覚えているだろう。 ギアスというまやかしの力に迷ったりはしないだろう。 新しい肉体を得たルルーシュが、堂々とナナリーとスザクと、感動の対面を果たすのはもう少し先のことである。 |