その子供は、確かに血と一緒に流れたはずであった。 けれど、実際は流れていなかったのだ。 流産の危機はあり、血は流れていたけれど、その中に小さな胎児はいなかった。 医療に関する知識が全くないC.C.は、ルルーシュの子はてっきり流れたものとばかり思っていた。 事実、ルルーシュと肌を重ねあった日からもう数ヶ月が過ぎている。なのに、腹部は平らなまま。 C.C.が、子供が流れたものだと思うのも仕方のないことだった。 魔女の身体は、人知を超えていた。 数ヶ月がたった頃、突然つわりがはじまったのだ。 C.C.は困惑した。子供は流れたはずなのに、なぜ今更つわりなどおきるのかと。 そして、僅か3ヶ月の間で平らだった腹は大きく膨れ、臨月を迎えた。 ルルーシュが残してくれた自分専用の口座からお金を下ろし、C.C.はブリタニア帝国の病院に入院した。 いつ産まれてもおかしくない中、けれど陣痛は一向に現れず、医師たちの手によって帝王切開を受けた。 「おぎゃああ、おぎゃああああ」 産声をあげる新しい命に、C.C.は感動した。 数日入院した後、C.C.はいつものように気ままな一人旅を止めて、ブリタニア帝国に住居を構えた。 C.C.が、子供を産んだ。 旧知の仲だったものが、祝いの言葉と赤子を見ようとC.C.の家におしかける。 そして、慣れない育児に追われているC.C.を助けようと、篠崎が呼ばれることになった。 「本当に、髪は黒いし、瞳の色は紫だし、まるでルルーシュ様の生まれ変わりのようですね」 篠崎が、赤子を愛しそうにあやしていた。 「それは、そうだろうな。ルルーシュの子供だからな」 やっと育児から解放されたC.C.は、疲れたのかベッドに横になっていた。 「名前はもうお決めになられたのですか?」 「すでに決まっている。名前はルルーシュだ」 「まぁ……」 篠崎が驚いた。ルルーシュの名前は、世界にとって毒でしかない。そんな名前をあえてわが子に与えようする、C.C.の思考は どういったものなのだろうと考えたが、失ってしまった愛しい人の名を子供につけるその健気な姿に、篠崎は赤子をあやしながらも、 C.C.のルルーシュに対する無償の愛というものをひしひしと感じ取った。 「明日は、お忍びでナナリー様がこられる予定です」 「ナナリーが?」 驚いて、ベッドから起き上がる。 けれど、すぐにまた横になった。 「やはり、ルルーシュの血を継いでいる子を見たくてしょうがないんだな」 「はい。それはもう、とても楽しみにしていらっしゃいましたよ。C.C.様が宮殿に子供と一緒に訪れないものだから、 ナナリー様は、自分からあいにくと言い出してきかなかったのです。本当に、皇帝に即位されというのに、兄のルルーシュ様に 関しては、ナナリー様はまるで人が変わられたかのようになってしまって、家臣の者たちも少し困っているようです」 「愛しい兄の死を、けれどナナリーは乗り越えた。正直、ずっと傍にいてやりたかったが、ナナリーを見ているとルルーシュを思い出して、 辛くて寂しくて私は旅に出てしまった」 「けれど、帰ってこられたではありませんか。それに、今はもう寂しくはないでしょう?こんなに小さいルルーシュ様の母親になられたのですから」 「確かに、寂しくはないな。けれど、ルルーシュがいないことに変わりはない。子供のルルーシュはいても、愛しかったあいつはいない」 「C.C.様……」 篠崎が、とても心配そうにベッドに転がるC.C.の様子を伺っていた。 「おぎゃあああああ!」 その時、篠崎の手の中で赤子が泣き声をあげた。 「あらあら。ミルクもおむつのとりかえもさっきしたのに。どうしたのかしら」 「かしてくれ」 C.C.は、篠崎の手から赤子を受け取ると、あやしはじめた。 「小さなルルーシュ。泣いてばかりでは、父のような魔王にはなれないぞ」 紅い顔をして泣いていた赤子が、すぐに泣き止んだ。 「C.C.様。そのあやしかた、ちょっと変ですよ」 「そうか?けれど、小さなルルーシュはいつもこういってやると泣き止むんだ」 鮮やかな笑顔で、C.C.は腕の中の小さな愛しい命を慈しんだ。 今日はナナリーがお忍びでやってくる日だった。 すでに、ナナリーはC.C.の家で赤子と対面を果たしていた。 「本当に、写真でみた赤ちゃんの頃のお兄様にそっくりです。小さなお兄様。どうか、健やかに育ってください」 ナナリーは、ルルーシュの子に皇位継承権を与えた。 正式に、ルルーシュの子供としてブリタニア帝国に発表もしていた。 C.C.は、ルルーシュの子が政治に巻き込まれることを嫌ったが、ナナリーは固く約束してくれた。皇位継承権を与えても、政治の道具になど決してしないと。 愛しい兄の赤子の小さな手を取って、ナナリーは硝子よりも脆いものを扱うかのように、赤子に接した。 「小さなお兄様。愛していますよ。どうか、お兄様の分まで幸せになってください」 「ナナリーにそこまで言ってもらえて、小さなルルーシュも幸せだろう」 赤子のアメジストの瞳に見入っていたナナリーであったが、不意に赤子の左目がローズクォーツに輝き、彼女は悲鳴をあげた。 「C.C.さん!まさか、この子にギアスを与えたのですか!?」 「いいや。そんな真似をするはずがないだろう」 「見てください。目が…」 「そんなばかな。ルルーシュに与えたギアスは、継承されるものではない。なのに、どうして」 C.C.でさえ、困惑の声をあげる。 世界に生れ落ち、優しい母や周囲の愛によって育っていた赤子には、父がもっていたギアスが宿っていた。 「とにかく、もう少し様子を見てみる。それに、目の色は変わっているが、ギアスの象徴である瞳の刻印がない」 「では、ギアスは発動することはないと?」 「分からない。まだ赤ん坊だ。もう少し育ってからでないと。それに、この子からは私がルルーシュに与えたギアスの力を感じない」 その言葉に、ナナリーが安堵した。 「C.C.さん。小さなお兄様と一緒に宮殿で暮らしませんか」 「それは…。確かに、もうすぐここを引き払うことになっているが。しかし、いいのか?」 「行くあてがないのなら、尚更です。お兄様と幼少の頃に育ったアリエス宮を建て直しました。是非、小さなお兄様と一緒に そこに住んで下さい。これは、私の我侭です。私はブリタニアの皇帝。いかなる理由があろうとも、そう度々お忍びでこの家に やってくることはできません。それに、これから育っていく小さなお兄様に、充実した教育もしてあげたい。ですから、どうか」 「皇族としての教育とは、言わないんだな」 「はい。皇位系継承権は与えましたが、皇族としては必要最低限の知識だけあればいいのです。小さなお兄様を、堅苦しい皇族という 鎖にしばるつもりはありません」 すると、ポツリとナナリーの頬から涙が零れた。 もう克服したと思っていた兄を、思い出してしまったのだ。兄の子と接しているのなら、それは仕方のないことだった。 「あら、おかしいですね。お兄様のことで、涙はもう流さないと決めたはずなのに。小さなお兄様を見ていると、お兄様を思い出してしまって涙が止まりません」 いつもは毅然としたブリタニアの少女皇帝が泣く姿に、C.C.は心を痛めた。 ナナリーのことが気になって、C.C.はナナリーが兄の死を克服するまで、傍にいた。1ヶ月もの間ずっと泣き暮らす毎日を 送っていたナナリーであったが、C.C.がルルーシュの手紙を渡すと、彼女は泣くことがしだいに少なくなっていった。 自分の死を、きっとそう簡単には克服できないとルルーシュは見越していたのだろう。 彼女に渡した手紙には、ただ愛しているといった内容が数行綴られているだけの簡素なものだった。けれど、ナナリーには それだけで十分だったのだ。 今また、涙を零すナナリーに、C.C.が手をとって、一緒に赤子の頭を撫でてやった。 「あうあう〜」 無邪気に微笑む赤子。 「私だけが幸せで、ナナリーだけが幸せじゃないなんて間違っているな。アリエス宮に、住むことにする」 「本当ですか!?」 C.C.の金色の目を見つめる。 「嘘はいわないよ。私は、ルルーシュからたくさんの愛をもらった。今度は、私がナナリーに彼の愛を返さなければいけない気がする」 「そんなことはありません。お兄様は、C.C.さんと出会えて幸せだったはずです。そうでなければ、ここに小さなお兄様は存在しません」 ナナリーは、ルルーシュの赤子を小さなお兄様と呼ぶ。 それほど、盲目的に兄を愛していたのだ。 「あうう」 ルルーシュの子供は、何も知らない無垢な顔で、ナナリーとC.C.の手にしゃぶりついた。 |