アメジストの魔王(魔女と魔王シリーズ)








「ナナリー。俺は、大きくなったらナナリーのお婿さんになる」
アリエス宮で、車椅子に乗った皇帝に、小さなルルーシュはそう告白した。
すでに、C.C.とその子供ルルーシュがきてから6年の歳月が過ぎていた。
時が過ぎるのは早いものである。
「まぁ。小さなお兄様、私を花嫁にしてくださるんですか?」
「そうだ。ナナリーを花嫁にする」
優しい薄紫の瞳は変わらず、小さなルルーシュに愛を注いでいた。

少女皇帝であったナナリーは成長し、今や立派なレディーとして育っていた。21になったナナリーは、見る者に 憂いを与える美しい美女になっていた。
皇帝としての責務を果たし、周囲に助けられながらもより良き政治に精を出す。
国外を周り、超大国との会議に出席する。1年に1回は必ずブリタニア帝国の全土を周る。そんな皇帝に、国民は 厚い信頼を寄せ、尊敬の眼差しを送る。
ナナリーは、ブリタニア帝国だけでなく、世界中の人々から愛されていた。
その優しい気性のせいか、特にブリタニアにおけるナナリーの存在は聖母のようなものになっていた。
飢餓と貧困を、真っ先に救うナナリー。発展途上国に、金銭的にも人道的にも手を伸ばす。発展途上国には、金を寄付するだけでは 意味がない。教育を受けさせるためには、人材が必要である。ナナリーは、ブリタニアのボランティアを派遣して、子供に教育を受けさせた。
慈善団体に多額の寄付をして、自らも病院や学校というものをいくつも建てた。
大きな自然災害があると、真っ先にかけつけ、人命救助と復興に力を注ぐ。


「ほら、これ婚約指輪」
そう言って、5歳になる小さなルルーシュが、プラチナでできたアメジストをあしらった指輪をくれた。
「まぁ。また、自分でデザインされたのですか?」
「そうだ。ナナリーの好きな、花のデザインだ」
5歳になる小さなルルーシュは、本当に聡明であった。
その言葉遣いは、皇族としての教育を受けているが、とても砕けたものであった。
「あんまり、ナナリーを困らせるんじゃないぞ、ルルーシュ」
「C.C.、妬いているのか?だけど、ナナリーは俺のものだ」
「まぁ、小さいお兄様ったら」
アリエス宮に設けられた大きな庭で、ナナリーは紅茶を飲みながらC.C.親子と幸せな時間を過ごしていた。
「本当に。普通にお兄様と読んでくれてかまわないんだぞ?」
小さなルルーシュのアメジストの瞳が、優しく輝いていた。

小さなルルーシュの中に、死んだはずの父であるルルーシュの精神が宿っていることに気づいたのはC.C.が最初であった。
神をも凌駕した魔女の肉体から産まれた小さなルルーシュは、赤子の時からギアスを持っていた。
それは、力を発動させることはない。
けれど、大きくなるにつれてローズクォーツ色に輝くことが多くなった。今では、アメジストとローズクォーツのオッドアイだ。
「本当に、ルルーシュは魔王に相応しいな」
「失礼な奴だな。俺も、こうなるなんて思ってもみなかったんだ」
C.C.は、もはや幼いわが子に、母として接することはなくなっていた。代わりに、ルルーシュに接するのと同じ態度を取る。
それはナナリーも同じことだった。
「お兄様の子供が居るだけで幸せだったのに、本当にお兄様が蘇るなんて。私は、神に感謝をしています」
「お前は変わらないな、ナナリー。美しく成長したのに、まだどこか子供じみている。けれど、それがいい」
「小さなお兄様も、変わりませんね。ツンデレっていうのだと、この前コーネリアお姉さまに教えてもらいました」
「ツンデ…」
ショックを受けたように、ルルーシュが紅茶のカップをテーブルに置いた。

小さなルルーシュに、ルルーシュの精神が宿っていることはナナリーとC.C.、それにスザクの3人だけの秘密であった。
「おかわり、もってこようか?」
アリエス宮では、ゼロの仮面を外し、その衣装も脱いだスザクが、なくなった紅茶のティーポットに手を伸ばした。
「スザクさん、お願いします。あ、それとクッキーも」
「スザク。ついでに、俺が昨日焼いたマフィンも持ってきてくれ」
「私は焼きたてのピザがいい」
「はいはい」
口々に並べられる注文に苦笑しながら、スザクは踵を返した。
親友を手にかけ、二度とゼロの仮面をとることのないと誓ったスザクであったが、こんな形でルルーシュが復活したせいも あって、ナナリーたちと居る時だけはゼロの仮面を脱いでいた。
スザクも幸せであった。失ってしまったかけがえのない親友が、神の悪戯のような形で復活してくれた。
二度と言葉を交わせないと思っていたが、今は普通に言葉を交わせる。
けれど、スザクはルルーシュの見た目のせいもあり、ルルーシュには子供に接するような態度を取っていた。 別段、それにルルーシュは怒らない。事実、彼はまだ5歳の子供なのであって、精神的にとても未熟な点が 多く出ていた。
難しい帝王学を学び、専門書を読み漁っているかと思うと、子供のように虫取りをしてはしゃいだ。
そのギャップが、見ていて面白かった。
5歳の子供にルルーシュの精神が宿った時点で、無理が生じた部分が生まれたのだろう。ルルーシュは、大人の精神を 持ち合わせていながらも、5歳の子供の精神も持ち合わせていた。

「ナナリー、本当に結婚はしないのか?」
残っていた紅茶を啜りながら、ルルーシュが足のつかない椅子の上で両足をぶらぶらと遊ばせる。
「しません。小さなお兄様と結婚します」
ナナリーは、本気だった。兄弟なら結婚はできないが、ルルーシュの子供であるならば、法律上は問題ないはずだ。
「だけど、俺が大人になる間にきっと素敵な男性が現れるかもしれないぞ…って想像しただけで腹たってきたー」
「全く、子供は子供らしくもっと違う会話をしたらどうだ」
「C.C.も愛しているぞ」
「はいはい。ナナリーも愛しているんだろう?二人揃って独り占めできるなんて、お前は本当に幸せ者だな」
「独り占めして悪いか。俺はもう、二人を離さないと決めた」
「小さなお兄様。愛していますよ」
ナナリーが、小さなルルーシュの頭を撫でた。
ナナリーには、今までいくつもの縁談がもちこまれていた。けれど、彼女はその全てを悉く断っていた。 自分は一生独身を貫こう。そう決めていたのだが、小さなルルーシュの登場でその誓いはあっけなく敗れ去った。
「俺は、C.C.とも結婚する」
「おいおい。母子の間では、それは無理だ。法律が許してくれない」
「法律なんてくそくらえだ」
「小さなお兄様は、欲張りですね」
「ふーんだ。欲張りでけっこう」
あっかんべーと舌をだす小さなルルーシュの行動は、子供そのものであった。
クスクスと、ナナリーとC.C.が笑いあった。
「そういえば、コーネリアお姉さまとギルバード卿の間にできた子供も、今5歳でしたね。ユーフェミアと名づけられて、 それはもうとても可愛がられているそうですよ。この間久しぶりに、会わせていただきました。ユーフェミアお姉さまの幼い頃に とてもそっくりでした」
「へぇ」
C.C.が、興味をひかれたのか、ナナリーに詳細を聞き出そうとする。
「小さなお兄様、小さなユーフェミアお姉さまに告白したそうですね。将来、結婚するって」
その言葉に、ルルーシュがギクリと身体を強張らせた。
「この女ったらし」
C.C.が、小さなルルーシュの頬を抓った。
「あいててて」
「年齢からすれば、小さなユーフェミアお姉さまとの婚姻が一番似合っているのですけれど。私もC.C.さんも負けませんよ」
僅か5歳の幼いユーフェミアは、ナナリーにとって恋敵となっていた。


「紅茶のおかわりと、頼まれたメニューもって来たよ」
スザクが、トレイとポットを片手に戻ってきた。
そして、花咲き乱れる丘にふてくされている小さなルルーシュを発見して、トレイとポットをテーブルの上に置いて駆け寄った。
「どうしたんだい、ルルーシュ」
「ナナリーともC.C.とも、小さなユーフェミアとも、みんなと結婚したい」
「はははは。それはいくらなんでも、贅沢すぎるよ」
子供らしい思考に、スザクが声をあげて笑った。
「笑うなよスザク。俺は真剣なんだぞ」
「はいはい。そういいながら、この前は世話係の女官に愛の告白をされて、それを受け入れていたよね」
「う、それは……」
たじろく小さなルルーシュの頭を思い切りなでて、スザクはこの幸せを改めてかみ締めた。
「君は、まだ5歳なんだから。結婚を考えるなんて、まだ早いよ」
「だけど!!ナナリーが、他の男と結婚してしまう」
「多分、それはないよ。第一後継者として、小さなユーフェミアを指名したからね。彼女に、結婚の意志はないんだろう」
ボロボロと、大きな涙を浮かべる小さなルルーシュ。
「うー。じゃあ、俺とも結婚してくれないのか」
「それはどうだろうね。君は、ナナリーの特別だから」
「スザクは結婚しないのか」
「無茶いうなよ。僕は、ゼロだ。結婚なんて、できるわけがない」
「そうだったな」

「小さなお兄様、スザクさん。昼食にしましょう」
ナナリーの声が少し遠くから届いて、小さなルルーシュは顔を上げた。
小さなルルーシュは、今はまだスザクの立場をどうにかしてやれる力はない。けれどいつかきっと、ゼロとして生きるだけの スザクをどうにかしてくれるだろう。
「はい、今いきます」
スザクは、小さなルルーシュの身体をひょいと肩に乗せて、返事を返した。
「早く、大人になりたい」
「無茶だよ。ゆっくり成長していけばいい。今の君は、周囲からとても愛されている。その愛を、何も短くすることはない」

ルルーシュが、C.C.の手をかりて焼いたマフィンはナナリーにもスザクにも好評だった。
焼きたてのピザを、スザクが皿にとって、小さいルルーシュ、ナナリー、C.C.、それに自分用に切り分ける

その光景を目にしながら、ナナリーはこんなに幸福なことがこの世で他にあるだろうかと思った。
亡くなったはずのお兄様がいて、C.C.さんがいて、ゼロの仮面を外すことのできたスザクさんがいる。 これからも、この幸せな時間は続いていくだろう。