「ロロ。会いにくるのがこんなに遅くなってしまってすまない」 ルルーシュは両手に白い薔薇を持って、それをロロの墓の前に置いた。 ロロ・ランペルージはただひたむきなまでに兄のルルーシュを愛し、そして僅か半年という間であるけれど、ルルーシュの 弟として過ごした。 それは本当に短い時間だった。けれど、ロロには生きてきた時間の全てがその半年の間に詰まったように幸福であった。 人形にならず、人間になれたから。 ロロはそう言っていた。 ルルーシュを愛しすぎた故に、ロロはルルーシュを助け出すために、自分の心臓に負担がかかることも気にせず、敵を撹乱して そして、命を落とした。 ルルーシュは思う。 ロロ・ランペルージをただ利用しようとしていたが、心のどこかで確かに弟して愛していたのだ。 ロロを失った時、涙は出てこなかった。それは、ロロがシャーリーを殺してしまったせいもあった。はじめから切り捨てるべき対象としていたので、 涙を流すことはなかった。 「ロロ、俺もお前を弟として愛していたよ」 けれど今、ルルーシュは自分で作ったロロの墓の前で、涙を零した。 半年間の間の、偽りのない弟への愛。 そして、自分のためにわずか17歳という若さで命を落とした彼の未来を摘み取ったのは、誰でもなくルルーシュ自身だった。 命を落としてまでルルーシュを守ることを選択したのはロロとはいえ、その無償すぎる愛が今のルルーシュには痛いほどよく分かった。 ナナリーを、たとえ命を失っても守ると決めたルルーシュのように、ロロもまた兄であるルルーシュを命をかけて守ったのだ。 「粗末な墓ですまない。だが、お前はここで静かに眠っているほうが似合っている気がする。ブリタニアのどこかで自分の墓を、職人たちの手で作られるのはお前も嫌だろう?」 ロロは、ルルーシュ以外を見ていなかった。ただ兄のルルーシュを慕い、愛し、そして他のブリタニア人にはなんの興味も持たなかった。 それは、ロロが暗殺者として幼い頃からブリタニア人の手によって育てられたせいだろう。 白い薔薇が、風にさらわれてサラサラと白い花びらを散らした。 ルルーシュはアメジストの瞳を閉じて、ロロの冥福を祈った。 そして、置き去りになっていたロロの携帯から、ナナリーの誕生日に彼女にあげるはずだった、ハート型の少し少女ちっくな携帯ストラップを外した。 パチっという音をたてて中身を開くと、切り取ったルルーシュの写真が入っていた。 「本当にバカだな、ロロ。こんな兄のために、命を落とすなんて」 もしも、今目の前にロロがいたら、思い切り抱きしめてやりたかった。 ルルーシュは、ハート型の携帯ストラップを自分の携帯につけた。ロロの、形見だ。 本当は身につけるつもりなどなかったのだが、魔王ルルーシュが死に、世界に平穏が訪れ、コードを継承して生き返ったルルーシュは、一度死んだ時に走馬灯を見ていた。 その中にロロの顔が浮かんでは消えていた。 それが忘れられず、時期が落ち着けば、ルルーシュはロロの墓参りにいこうと思っていた。そして、それは実現のものとなった。 「気はすんだか?」 背後からC.C.が声をかけてきた。 この場所までルルーシュを運んできてくれたのは、彼女だった。 ナナリーから与えられた、自分専用のナイトメアで、C.C.はルルーシュと共にブリタニアのアリエス宮を発ち、ここまでやってきた。 ルルーシュにもナイトメアは与えられていたが、操作する気はなかった。 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは歴史ではもう死んだのだ。 それがなんの悪戯か、V.V.からシャルルに渡ったコードを継承してしまった。コードの継承者は不老不死だ。 処刑をかねたパレードの中、ゼロによって命を落としたルルーシュは、けれどコードを継承したことで蘇った。 ナナリーの強い願いの元、今はブリタニアの宮殿のアリエス宮にC.C.とひっそり暮らしている。 ルルーシュは、死んだ少年皇帝の双子の弟ということになっていた。名前も同じで、今まで幽閉され虐待されて育ってきたということになっていた。 ブリタニアの宮殿を歩くこともあったが、誰もが先代の皇帝と間違え、陛下と呼びかける。 実際に先代の皇帝であったのだが、今のルルーシュはこの新しい世界ただ生きるだけで、政治に干渉することはなかった。ナナリーがどうしも 政治のことで相談をもちかけると、それに応じる程度だ。 もう二度と、ルルーシュは皇帝にならないだろう。そして、ただ死んだ少年皇帝の双子の弟して、一人の皇族としてナナリーの傍で ひっそりと生きるのだ。 C.C.と一緒に。 コードを継承している限り、ルルーシュは不老不死である。いずれ、時期がくれば宮殿から去り、ナナリーと別れる必要もあるかもしれない。 けれど、ルルーシュはそんな気はなかった。例え奇異の目で見られようとも、最後までナナリーと一緒に過ごすつもりであった。 もう二度と、大切な妹を離しはしない。ルルーシュの決意は固かった。 「ロロと私と。どっちを愛している?」 C.C.が、琥珀色の透明に澄んだ瞳で、ルルーシュのアメジストの瞳をのぞきこんだ。 ルルーシュは即答した。 「ロロと、C.C.への愛は違うものだ」 「そうか」 「ロロへの愛は、ナナリーへの愛に似ている。家族としての愛だ」 「ならば、私のことは?」 「C.C.も愛している。一人の女性として、おれのかけがえのないパートナーとして。C.C.がいない世界なんて、考えられない」 その言葉に満足したのか、C.C.は翠の長い髪を風にサラサラと揺らしながら、微笑んだ。 「涙が止まったな」 「C.C.」 「ルルーシュが、まさかロロのことで泣くとは思っていなかった。お前は、ロロのことも本当に愛していたんだな。ナナリーのように」 「ああ。そして、俺のせいで命を失った」 「遅かれ早かれ、ロロの存在はナナリーがいる時点で決別する必要があったんだ。ロロは、お前を守るために自ら命を散らした。今のお前は、ロロのお陰で 生きているようなものだ」 「そうだな。ロロには、感謝している。本当に、ありがとう、ロロ」 ロロの墓標をルルーシュは振り返った。 そして、ロロの形見である携帯ストラップから、自分の写真を抜くと、あらかじめ用意していた切り抜いたロロの写真を入れた。 「きっと、ロロも満足しているさ。偽りの弟で、利用されるだけだった存在なのに、こうまでルルーシュに愛されていたんだから」 そっと、C.C.がルルーシュの細い体を背後から抱きしめた。 胸の柔らかな感触が当たったが、ルルーシュは好きにさせていた。 「また、墓参りにくるよ、ロロ」 「妬けるな」 「C.C.」 「分かってはいるのだけどな。ナナリーのことも。お前の愛の深さが、時折分からなくなる」 「俺は、C.C.を愛している」 「知っている。だが、不安になるんだ」 「なぜだ」 「いつか、お前まで私を置いて居なくなってしまう気がして。お前がコードを継承していると気づくまで、私はお前が死んでしまうのだと気が気でなかった。お前を失った世界を想像しただけで、暗闇に放りだされた気分になった」 「俺は生きている。本当は、あのまま死ぬつもりだった。だが、神の悪戯でコードを継承して生き返った。生きている間は、ずっとC.C.の傍にいる。いつまでも、永遠に」 「永遠か」 「そうだ、永遠だ」 「知っているか?永遠という言葉はとても儚いものだということを」 琥珀色の瞳に映るルルーシュの瞳は、どこまでも透明な煌きを宿していた。 ルルーシュは、薄い紅色をしたC.C.に口付けた。 「ルルーシュ」 C.C.が驚いて声をあげる。 ルルーシュは、C.C.を抱いたことが数回あったが、どれもC.C.から求めたものだった。口付けも、C.C.から求めた。 ルルーシュからするのは、本当に珍しいことだった。 「俺の愛は偽りじゃない。愛してもいない人間を抱くほど、俺は淡白じゃない」 「ん……」 再び深く唇を奪われて、C.C.が言葉を飲み込んだ。 「ああっ」 ルルーシュの手が、服の上からC.C.の輪郭を辿るように優しく撫で上げる。 太ももを撫で上げられて、思わずC.C.が声を漏らした。 ルルーシュの表情も瞳も、決して欲望には染まっていなかった。 服の中に滑り込んだルルーシュの手を止めることができずに、C.C.はルルーシュを強くかき抱いた。 決して小さくも大きくもない胸に手がいき、心臓の位置で止まった。 「C.C.の心臓の音がする」 「私にも、ルルーシュの心臓の音が聞こえる」 胸に埋めたままだったC.C.の顔が、心臓の鼓動を確認するかのようにルルーシュの胸に押し当てられ、そしてその音を聞くことで 彼が生きているのだと実感した。 「帰ろう。アリエス宮に」 今のルルーシュには、帰るべき場所があった。ナナリーとスザクが待っている。 ルルーシュは、幸せだった。 魔王として死するべきはずだったけれど。けれど、生きている。 ただの共犯者だったC.C.を愛するようになったのは、皇帝になった頃からだった。 それまでは、自然と寄り添うだけで、好きだという感情は抱いていたが、愛という深いものにまではいかなかった。 「ルルーシュ、生きていてくれてありがとう」 ルルーシュに抱きしめられながら、C.C.は涙を流した。 この愛しい存在を手放す気は、C.C.にはなった。 |