花の嵐








皇帝となったルルーシュは、多忙な日々を送っていた。
ナイトオブゼロのスザクが、いつもルルーシュの傍につき従っていた。
貴族制度を廃止したルルーシュの暗殺を企てる者も多い。事実、何回か 暗殺未遂の事件がおきた。けれど、そのどれもがナイトオブゼロのスザクの手によって、暗殺は阻まれた。
ルルーシュは、暗殺などという馬鹿らしい行動を防ぐために、反乱分子を一箇所に集めた。そして、ギアスをかけた。
ルルーシュの絶対従守の力は、絶大だった。
ギアスの力だけで皇帝になったようなものだ。
その背後に政治的な背景はなかった。ギアスにより、父を殺したルルーシュは自ら皇帝となった。ギアスの力で、 先代皇帝に忠誠を誓っていた皇族や元貴族は、全て奴隷と化した。

ルルーシュの手腕は、大したものだった。頭脳派であるだけに、政治はルルーシュにとってままごとのようなものだった。
自分に絶対忠誠を誓う兵士たち。重臣も例外ではなかった。
兄弟である皇族にもシュナイゼルとコーネリアを除いてギアスをかけていた。
ルルーシュは徹底していた。


ピチチチチ。
小鳥の可憐な鳴き声が響くアリエス宮で、ルルーシュは執務の一つである重要書類に目を通していた。
先代皇帝の使っていた豪奢な部屋を、ルルーシュは使う気にもならなかった。
母であったマリアンヌは、父である先代皇帝と一緒にルルーシュとナナリーを捨てた。
だが、それでもルルーシュは長年母であるマリアンヌの仇を討とうとしていたのだ。彼女に対する情を捨てきれずにいた。
何よりも、いなくなってしまったナナリーとの思い出がアリエス宮には溢れていた。

バサバサバサ。
いきなり、頭上から花が降り注いだ。
「C.C.」
翠の髪をした少女が、黒いゴシックな服に身を包んで、ルルーシュの背後に立っていた。
音もたてず、どこから入ったのかも分からなかった。
ルルーシュは、机に散乱し、髪にまとわりつく色とりどりの花を摘みあげた。
「たまには、休憩したらどうだ。そう仕事ばかりしていては、体がまいるぞ。皇帝になった今、そう急ぐこともあるまい」
「皇帝になったからこそ、国を纏める必要があるんだ」
「ギアスがあるだろう。1日ばかりさぼったところで、何も変わりはしないさ」
C.C.が、皇帝の正装をしたルルーシュの帽子をとって、自分の頭に被せた。
そして、ルルーシュの手から書類を奪うと、窓を開け放って身を投げた。
「全く…」
ルルーシュは、C.C.を追うように開け放たれた窓から身を翻した。
中庭に面した部屋であったせいか、窓の外に出るとすぐに花畑に囲まれた。
足の踏み場もないほどに、可憐な花が一面中を彩っている。
ルルーシュは、少し高い丘になっている場所に寝転んでいるC.C.の姿を見つけた。

「いくら自由にしているとはいえ、少し我侭すぎるぞC.C.」
C.C.の手から、重要書類をひったくる。
木陰になっている場所に寝そべりながら、C.C.は悪びれもせずに仰向けになった。
「我侭で何が悪い。ゼロレクイエムを決めたのはお前とスザクだろう。我侭になれずにいられるか」
やがてくる、ゼロレクイエムの計画。
皇帝になったのは、その第一歩に過ぎない。本当の計画は、これから進んでいくのだ。
世界を変えるために。
「こうしてルルーシュと時間を共有していられるのも、あと僅かだ」
C.C.が、手を伸ばしてルルーシュを無理やり座らせた。
そして、その膝に頭を乗せる。
「これ、普通は反対だろう」
「細かいことは気にするな。私はルルーシュと触れ合いたいんだ」
ルルーシュに膝枕をさせながら、C.C.が花を摘み取っていく。
そして、器用に花の冠を作り上げた。
帽子を被っていないルルーシュの頭に、それをのせて、C.C.は笑った。
「似合っているぞ、ルルーシュ。可憐だ」
「可憐なのはお前のほうだろう」
ルルーシュが、C.C.の髪を優しく撫でた。
「このアリエス宮で過ごした時間は、幸せだった」
懐かしむように、ルルーシュが空を仰いだ。
「母様はもういない。ナナリーもいない。誰もいなくなってしまった」
「お前には、私とスザクがいるだろう」
「そうだな」
「私は、最後までお前を見守っている。本当は、計画なんてぶち壊しにしたいんだけどな。だが、ルルーシュの望みであれば 全て受け入れるさ」
ゼロレイクエムの最後に待つ結末を、C.C.は知っていた。
一面の花を摘み取って、C.C.が起き上がる。
そして、楽しそうにルルーシュに降り注いだ。
「花の雨だ。お前には、この景色が似合っている。執務室で書類を読んだり、重臣たちと会議を開くより、ずっと」
「俺は、ここで生まれたからな」
「ルルーシュ。最後まで、私を離すなよ」
C.C.が、花びらをかき集めながら、ルルーシュに縋りついた。
「離すものか。C.C.は俺の共犯者だろう?」
「それだけか、私は?」
「いいや。俺の大切な相棒だ」
「ルルーシュの相棒でいられて、私は幸せだよ。ルルーシュと出会えて、私は幸せだよ。マリアンヌの比ではない」
「幸せか……」
「本当なら、このままルルーシュだって幸せを求めてもいいはずなのにな。本当に、お前は身勝手だ」
いずれ、自分を置いてルルーシュは逝ってしまう。
風に運ばれて、花びらがちらちらと視界を遮った。
「ルルーシュ…」
C.C.が、吐息を漏らした。
ルルーシュが、唇を重ねたのだ。
「嫌か?」
「まさか」
C.C.が、自分からルルーシュの服を脱がせにかかった。
ルルーシュも、求められるままにC.C.の衣服に手をかける。
ブラックゴシックな服が、はらりと花の庭に落ちる。
C.C.に口付けし、首元を強く吸い上げる。
「ルルーシュ。ルルーシュ」
熱い吐息が漏れる。
C.C.の手を、ルルーシュはしっかりと握っていた。
「お前は私のものだ、ルルーシュ。誰にも渡さない」
C.C.が、ルルーシュの肩に口付けした。
ルルーシュは、花の冠を、C.C.の頭に乗せた。
そして、彼女の白い肌を味わいながら、C.C.だけを見つめていた。
重心たちが、最近になって後宮を作った。皇帝となったルルーシュに后を娶るようにとしきりに進言する。
けれど、ルルーシュにはC.C.がいる。
C.C.を后として政治の道具にするつもりは、ルルーシュにはなかった。けれど、愛することはまた違う。

「「好きだ」」
二人の言葉は、綺麗に二重になって、花の嵐の中に紛れていった。