「お兄様。お誕生日、おめでとうございます」 ブリタニア帝国の皇帝であるナナリーは、その日のスケジュールを全てキャンセルして自室に篭っていた。 そして、兄の遺品ばかりを集めた部屋で、兄の遺影に向かってそう言葉を囁いた。 本当なら、兄であるルルーシュは今日で19歳になっていたことだろう。若さ溢れる、人生でも輝かしい年代だ。 だが、祝うべき兄ルルーシュの姿はどこにもなかった。宮殿中のどこにも、ブリタニアのどこにも、いや世界中のどこにも ルルーシュはいなかった。 彼は、あの日ゼロによって殺されたのだ。 ナナリーは、兄の遺影の前にそっと誕生日プレゼントを置いた。 それは、ナナリーとお揃いのペンダントだった。 ナナリーはすでに身につけている。残りの兄のペンダントについては、その処分の仕方はもう決めていた。 ペンダントを、本当は兄の棺の中に入れたかったが、眠りについた兄の墓を発くような真似はナナリーにはできなかった。 「お兄様。いろいろ、ご報告したいことがたくさんあります。コーネリアお姉さまとギルバート卿の間に、赤ちゃんができました。まだ産まれていませんが、 医師の診断によると女の子だそうです。コーネリアお姉さまは、産まれたきたらその赤ちゃんにユーフェミアという名前をつけるんだそうです。コーネリアお姉さまは、 本当にユフィお姉さまを愛していましたからね。産まれてくる子には、私も精一杯の愛情を注いであげようと思っています」 ナナリーは、兄とお揃いのペンダントを外して、じっと見つめた。 あしらわれた宝石は、普通ならダイヤなどの高級宝石であっただろう。皇帝が身につけるのだ、装飾品も一級のものでなくてはならない。 けれど、ナナリーがデザイナーにたのんだ宝石はアメジストだった。 兄の瞳の色と同じ、アメジスト。 ナナリーが身につける宝石は、ほとんどがアメジストのものばかりだった。 それを、家臣たちは、ナナリーの瞳も薄い紫であるから、自分の瞳にあわせてコーディネートしているのだとばかり思っていた。 だが、現実は違う。兄の瞳が深い紫色であったために、その瞳と同じアメジストをナナリーはよく身につけていた。 今している指輪も、ブレスレットも、髪飾りも服の装飾も、全てアメジストだった。 「カレンさんが、正式に元ナイトオブスリーだった、ジノさんと婚約したそうです。結婚式には、私も出るつもりです。あと、お兄様の親友だった リヴァルさんが、カレンさんと結婚を前提としたお付き合いをはじめたそうです。ふふふ、みんなとても幸せそうで私も聞いていて とても楽しかったです」 アメジストのペンダントを、ナナリーは指で遊んでいた。 「そうそう、星刻さんの体のことなんですけれど、ブリタニアの最新医学で治療のめどがつきました。不治の病だったそうなんですけれど、研究の末に特効薬が開発されて、 星刻さんはブリタニア最大の病院に入院して、投薬治療を受けておられます。大分体が弱っているせいで、闘病生活は長くなりそうですけれど、完治すると医者は言っていました。 いつも傍に天子さんが付き添っていらして、星刻さんも1日も早く病気を克服するために頑張っておられるようです。一度見舞いにいきましたが、とても真面目な方ですね。 いきなりベッドから飛び起きたかと思うと、跪いて、私も天子さんも慌ててしまいました」 思い出したように、ナナリーがクスクスと笑う。 「ヴィレッタさんと扇さんとの間に産まれた赤ちゃんは、元気な男の子でしたよ。ヴィレッタさんに似ていて、扇さんにはあまり似ていませんでした。 そのままのことをいうと、扇さんたら、がっくりと肩を落としていらっしゃいました。余計なことを言ってしまったようです」 コチコチコチ。 時計のなる音が、無機質に響いた。 「ナナリー、大丈夫かい?」 ゼロの仮面を被ったスザクが、そっと彼女の肩に手を置いた。 本当は部屋の外に控えていろと言われていたのだが、一人ごとを繰り返すナナリーの声に、いてもたってもいられずに勝手に室内に入ってしまった。 そして、ルルーシュの遺影に静かに語りかけるナナリーに、スザクは心を痛めた。 「スザクさん。スザクさんも、お兄様の誕生日を祝ってくださいませんか」 死人の誕生日を祝う必要などどこにもなかった。けれど、ルルーシュは特別なのだ。 ナナリーだけでなく、スザクにとってもルルーシュは特別だった。 ゼロレイクエムの計画で、ルルーシュは死んでしまった。そんな彼を手にかけたのは、誰でもなくスザク本人である。はじめは、ナナリーはゼロである ズサクを公務の時以外に近寄らせなかった。スザクを憎み、彼の姿を見たくなくて、わざと遠ざけていた。 けれど、時間がたつうちに憎しみも薄れた。何より、ルルーシュが選んだ道なのだ。スザクを憎むのは、筋が違っていた。 憎むなら、こんな結末にした兄を憎悪すべきなのだ。 だが、ナナリーにはそれはできない。ただ、兄を純粋に愛することしかできなかった。 「ルルーシュ。誕生日、おめでとう」 スザクが、ルルーシュの遺影を見つめて祝いの言葉を投げた。 それに答えてくれるルルーシュは、いない。 ナナリーの意味のない行動を否定することは、スザクにはできなかった。彼女の愛する兄を奪ったのは、スザクなのだから。 「お兄様、スザクさんもお兄様の誕生日を祝ってくれています。お兄様、愛していますよ」 チチチチ。 窓の外から、小鳥の鳴き声が聞こえた。 死んでしまった兄のために、新たに用意した部屋は建て直したアリエス宮にあった。 ナナリーの寝室も、同じアリエス宮にあった。本宮殿でなく、アリエス宮に決めたのはナナリーの我侭であったが、皇帝がどの部屋を使うのも皇帝の自由であるため、 反対する者はいなかった。 フレイヤのせいで、本当のアリエス宮は失われてしまったが、それでとても詳細に似せて作らせている。 兄の遺品は、主に日本から取り寄せたものだ。 宮殿にあったものは、フレイヤ弾頭の元で消えてしまっている。 ナナリーは、窓を開け放った。 12月という時期だが、ブリタニア帝国は一年を通してほとんどが春である。いつの時期も花が咲き乱れ、暑さに汗を流すこともなければ、寒さに身を震わすこともなかった。 カーテンが、ふわりと風にあおられてそよぐ。 「ナナリー」 窓辺から、C.C.がこちらをじっと見ていた。 「C.C.さん。来てくれると思っていました」 C.C.の容姿の少女が、宮殿に入っても咎められることのないように、ナナリーは手配していた。 C.C.は、ナナリーがルルーシュを失ったショックから立ち直るまでずっと傍にいてくれた。 そして、ナナリーが皇帝になった日に、忽然と姿を消した。けれど、時折ナナリーの顔を見に、C.C.は宮殿を訪れてナナリーを訪問してくれた。 ナナリーには、それがとても嬉しかった。 兄がこの世界で一番愛した女性は、今もルルーシュのことを愛している。そして、妹であるナナリーのことまで気遣って、顔を見せにきてくれる。 「今日は、ルルーシュの誕生日だな。ナナリーはルルーシュと存在が近いから、宮殿に入ってここに居るとすぐに分かった」 「C.C.さん。これを」 「これは?」 C.C.が、窓から室内に滑りこむと、ナナリーの手からアメジストをあしらったペンダントを受け取った。 そして、ナナリーの胸元を同じペンダントが飾っているのに気づく。 「そうか。これが、ナナリーの誕生日プレゼントか。分かった、身につける」 そう言って、C.C.は器用にペンダントをした。 ナナリーは最後まで言葉を言わなかった。けれど、C.C.は察知してくれたらしかった。 兄に用意したペンダントを、兄が一番愛した女性がしてくれることに、ナナリーは感謝した。 C.C.は、今でもルルーシュを愛してくれている。 「ルルーシュ。お前の顔に、ケーキを投げてやりたかったよ」 C.C.が、ルルーシュの遺影を見た後、スザクを振り返った。 「ゼロとしての生活は苦しいか、スザク?」 「いいや。これは、僕の贖罪なんだ。たとえ苦しくても、ぼくは死ぬまでゼロでいなければならない」 「本当に、ルルーシュはとんでもないことをしてくれたものだ。なぁ、ルルーシュ」 翠の髪の少女が、笑いながら涙を零した。 「あれ、おかしいな。ナナリーを慰めにきたはずなのに、なんで私が泣いているんだ」 「C.C.さん」 C.C.の背中に、車椅子から伸ばされたナナリーの手が優しくなでおろした。 「おかしいぞ、ナナリー。どうして、私が泣いているんだ」 「お兄様を、本当に愛していたのですね」 ナナリーも、透明な涙を零した。 「なぁルルーシュ、お前のせいだぞ。私が泣くのも、ナナリーが泣くのも、全部おまえのせいだ」 C.C.がナナリーを抱きしめた。 ルルーシュ。 お前が生きていれば、お前の誕生日に泣くことなんてないのに。 お前の誕生日を皆で祝えるのに。 愛しくて残酷なルルーシュ。愛しているよ。 |