「ルルーシュ」 天蓋つきの豪奢なベッドで眠るルルーシュの白皙の美貌に、C.C.が影を落とした。 夜中まで執務をしていたせいか、ルルーシュの眠りは深い。 C.C.が呼べば、ルルーシュはいつも瞼をすぐ開くのに、今日に限ってはルルーシュは昏々と眠り続けたままだ。 「まるでいばらの眠り姫だな」 童話に出てくる茨の眠り姫は、百年の眠りについて、王子様のキスで目覚める。 ルルーシュの周囲には茨などなかったが、眠り続けるその姿は姫君のように美しかった。 「ということは、王子様は私か」 クスリと、悪戯な笑みを零してC.C.はベッドによじ登った。 そして、音も立てずにルルーシュの唇に唇を重ねた。 それでも、ルルーシュは目覚めない。 C.C.は、身を翻して寝室にあるソファーベッドに横たわった。 そして、ルルーシュの眠りをこれ以上邪魔するわけでもなく、幾何学模様の天井を見上げて欠伸をする。 長閑すぎる時間というのも、退屈なものだ。 ルルーシュが皇帝になって、まだ日は浅い。 ギアスの力で皇帝になったルルーシュは、短時間でブリタニア全土を掌握した。重臣たちも女官たちも、そして兵士たちも誰もがこの少年皇帝を、 先代の皇帝より優れた存在だと認めた。 それは一重に、ルルーシュがブリタニア人の中にあった身分制度を壊し、貴族制度を廃止したせいでもあった。貴族にしてはたまったものではなかっただろうが、 貴族制度の廃止により、平民だったブリタニア人は貴族から迫害されることがなくなった。 ルルーシュは、人は公平の名の下に生まれており、平等であると強く説いた。 先代の皇帝、ルルーシュの父であるシャルルは、反対に人は差別されるために生まれてきたのだと説いていた。 少年皇帝の言葉は、ブリタニア人の、特に平民の心に強く響いた。そして、植民地で弾圧されてきた非ブリタニア人も同様に平等であるとし、ルルーシュは 迫害を強く禁じた。 そんなルルーシュを指示する者は圧倒的に多かった。 良き皇帝、善良者としてルルーシュは謳われた。 ブリタニアの歴史が、シャルルによって歪められていたものから少しづつ変わっていく。 このままルルーシュが皇帝として手腕をふるい、良き政治に精を出せばブリタニアはより良い国へと生まれ変わるだろう。 だが、ルルーシュにはゼロレクイエムの計画が待っている。 ブリタニア全土を掌握した次は、世界を掌握するのだ。それが、計画の第二段階だ。そして、世界を掌握して独裁政治を振るい、その最後にレクイエムを迎えるのだ。 ゼロとなった、スザクの手によって。 それにより、世界は大きく変わるだろう。戦争だけに向けられていた視線はなくなり、弱者を救う、ナナリーの望んだ誰にでも優しい世界になってくれるだろう。 そうでなくては困るのだ。 そのためには、ルルーシュはいずれ今の良き皇帝を捨てて、独裁者となり悪となるだろう。 穏やかな時間はそう長くは続かないとC.C.は知っていた。 知っていながら、ルルーシュを止めない。 本当は、一番止めたいのに。 共犯者であるが故に、ルルーシュの望みを聞き入れて力を貸すのだ、C.C.は。 ゼロレクイエムの結末を知っていながら、現実を逃避せず、C.C.は与えられた時間をかみ締める。 享受できるものは限られている。 C.C.は、いつの間にか涙を零していた。 ルルーシュのことを考えすぎたのだ。共犯者になるんじゃなかったという想いも確かにある。だが、共犯者であるからこそルルーシュの隣にいることが許させれるのだ。彼と 同じ場所で同じ時間を共有し、傍にいることが許されるのだ。 本当に、性質が悪かった。 コードを継承した者ではなく、一人の女性としてルルーシュと出会えていたなら、もっと違った結末を迎えていただろう。 きっと、ルルーシュは復讐に身を染めることもなく、人形のようではあるが、人を殺めることもなく穏やかに生きていただろう。 「茨姫は、王子様のキスで目覚めるんだ」 C.C.は、羽毛の詰まったクッションを抱いて、ゴロリと寝返りを打った。 コードを持たぬ身であれば、多分ルルーシュと出会うことさえなかったかもしれない。 だから、これでいいんだ。 ルルーシュのパートナーという、大事な位置に立つことができたのだから。 見えない茨が、C.C.を傷つけた。 ルルーシュの隣にずっといたいと思うほどに、その見えない茨は深く絡みつき突き刺さった。 ルルーシュは茨の眠り姫だ。 見えない茨に囲まれている。その茨は鋭すぎて、心臓さえ血を流す。その傷みは、深すぎてきっと一生癒えることはない。 C.C.は、いつの間にか眠りの海を漂っていた。 浅くもなく、深くもないその海で、C.C.はルルーシュの身に絡みついた茨を取り除こうと必死になっていた。 ルルーシュは皇帝の衣装を着たまま、茨に取り囲まれ、深い眠りについていた。周囲にある茨は、いくら剣で切ってもすぐに再生して、 決してルルーシュの元に届くことはない。 茨に囲まれたルルーシュ。 そして、C.C.は自分が茨になることでルルーシュの傍にやってきて、茨の天蓋になってルルーシュを見守った。 決して、自分以外の王子様にキスをされないように、茨になったC.C.はルルーシュを守り続けた。 ふわり。 唇に柔らかな感触と、心地よい髪を触る手の感触で、C.C.は目覚めた。 「茨の眠り姫か、お前は。王子様のキスで目を覚ますなんて」 「おや、自分が王子様という確信はあったのか」 目覚めたC.C.は、自分にキスをして起こしたルルーシュを仰ぎ見た。 そして、乱れたゴシックドレスのスカートをの皺を伸ばして、ゆっくりと起き上がる。 「お前は、王子様ではなく皇子様だったな。そして今では皇帝だ」 「泣いていたのか?」 かすかに涙の後が残る頬を、ルルーシュが撫でる。 「お前の茨が鋭すぎて怪我をしたんだ。今日一日、責任をもって私の相手をしろ」 「なんだそれは」 ルルーシュが、分からないとばかりにC.C.から手を離した。 「お前は、茨の眠り姫なんだ。なのに、私という王子様のキスで目覚めなかった。茨の眠り姫失格だ。それなのに、茨だけは取り除こうとしてもいくらでも 生えてくるんだ」 「夢を見ていたのか?茨の眠り姫の」 「そうだ。そして、私はお前の茨となって、お前を守るんだ。他の王子様に取られないように」 C.C.が、黒のゴシックドレスを揺らした。 ルルーシュの唇に、自分の唇を重ねる。目は閉じなかった。ルルーシュも目を閉じていない。 アメジストと琥珀の瞳がぶつかり合った。 翠の長い髪をサラリと、ルルーシュがかきあげた。 C.C.はルルーシュの身体から離れると、ゴシックドレスのレースを片手で摘み上げ、そしてもう片方の手を胸にあてて、恭しく礼をした。 「はじめまして、美しい茨の眠り姫。私はC.C.。お前の王子様だ」 その言葉に、ルルーシュがアメジストの瞳を細めた。 C.C.の奇想天外な行動は、今に始まったことではない。C.C.に合わせるように、ルルーシュはC.C.の手をとって 口付けした。 「はじめまして、美しい茨の眠り姫。俺はルルーシュ。お前の王子様でブリタニア帝国の皇帝だ」 その言葉に、C.C.が噴出した。 「皇帝は余計だろう、皇帝は。せっかくのメルヘンチックな雰囲気が台無しだ」 「お前は何がしたいんだ」 「私は、ただお前の傍にいたいんだ」 そう言ったC.C.は、ゴシックドレスを翻してくるりと回った。 そして、頭の髪飾りをとると、ルルーシュの髪に留めた。 「茨の眠り姫。王子である私の願いをどうか聞き入れて欲しい」 「願いとは?」 「どうか、私の后になってくれ。そして、ずっと私と一緒に居て欲しい。私と幸せになってくれ」 ルルーシュは笑った。 「いいだろう、王子様とやら。俺を后にするといい。そして、俺はお前を幸せにする。ずっと一緒だ」 「約束だぞ、茨の眠り姫。私を幸せにしてくれ」 「ああ、約束する。お前を幸せにする」 「そして、ずっと私の傍に居て欲しい」 「ああ、傍にいるよ。ずっと、ずっと」 C.C.が、哀しそうな微笑を零した。 「茨の眠り姫、あなたは嘘つきだ。いずれ、私を置いていってしまうくせに」 「それでも、心は永遠にお前と一緒だ。王子様、俺にはお前しかいない」 「約束だぞ。心だけでも、永遠であると。茨の眠り姫」 「約束する。俺の王子様」 C.C.がルルーシュに縋りついた。 ルルーシュは音もなく抱きしめる。 「普通、逆じゃないのか、王子様。王子様役は俺だろう」 「何をいう茨の眠り姫。王子である私よりも美しいくせに。茨を身に纏って眠るお前は、茨の眠り姫以外の何者でもない」 「王子様。俺の茨は、自分で作ったものだ。他者を寄せ付けないために。だが王子様、お前のためなら茨は枯れるだろう」 「私のためなら、茨は枯れると?」 「そうだ、C.C.。お前のためなら、茨は枯れてなくなる」 「ルルーシュ。誰よりも残酷で優しいルルーシュ」 「茨の眠り姫ができることは限られている。今日は、全てのスケジュールをキャンセルして、お前と共にいよう」 「本当か。私のために、時間を作ってくれるのだな?」 「ああ。今日は、お前のためだけのルルーシュでいよう」 そして、茨の眠り姫と王子様は幸せになった。 たった一日の自由であったけれど、偽りのない幸福であった。 また次の日がくれば、ルルーシュは皇帝としての責務を果たさねばならないし、C.C.はそれを邪魔することはできない。 ただ、黙って傍にいるくらいだ。 茨の眠り姫の茨は、王子様のためだけに枯れるんだ。 |