アリエス宮の中庭にある花畑で、ルルーシュとC.C.は穏やかで静かな時間を過ごしていた。 スザクは、二人の仲を思って、別行動をしている。 「本当に、ここはいつきても花に溢れているな」 C.C.がひらひらと舞う蝶を見つけ、指先に止めた。瑠璃色の蝶は、C.C.の指先に止まったかと思うと、またすぐに空中を舞いだす。 「母上が、花が好きな人だったからな」 C.C.の膝に頭を乗せながら、ルルーシュは皇帝の正装が乱れるのも構わず、花畑に埋もれていた。 「お前も花は好きだろう。ナナリーも。日本で住んでいた家には、いつも花瓶に花が生けられていた。庭には植木鉢の花が溢れていた」 「花は、荒んだ人間の心を癒してくれる。純粋に可憐で美しい。種類もたくさんあるし、水をやるだけで、そう世話に手間のかからない花も多い」 ルルーシュは、ナナリーの笑顔を思い出していた。 花束を花瓶に生けるたびに、ナナリーはルルーシュに何の花が生けられているのかを詳細に聞いた。 ナナリーはマリアンヌに似て、とても花を愛していた。庭の花の世話も、メイドと一緒によくしていたものだ。 「昔、母上がよく花冠を作ってくれたものだ。それを真似して、ユーフェミアやナナリーも花冠を作っていた」 流石に男の身であるルルーシュは、花冠を作る気になれなかったけれど、ナナリーとユーフェミアに教えられて一緒になって、このアリエス 宮の中庭に咲き誇る花で、花冠を編んだものだ。 もう11年以上前の記憶だ。忘れてしまっていても当然なのに、なぜかはっきりと明確に覚えていた。 母がいて、ナナリーがいて、よく遊びにくるユーフェミアがいて。クロヴィスも、よくチェスをしにアリエス宮を訪れたものだ。 本当に幸せだった。 あの時間を取り戻せるなら、ルルーシュは全てを投げ打っていいとさえ思っていた。 「その頃に戻りたいか?」 「できることなら、戻りたいな。だが、今はそうでもない」 「どうしてだ?」 「俺の傍に、お前がいるからだ」 「ルルーシュ」 「あの頃には、お前はいない。あのまま育っていれば、出会うことさえなかっただろう」 「平和なまま過ごしていたほうが幸せだとは思わないのか」 「思うさ。だが、それは幻想に過ぎない。俺は現実を選ぶ」 ルルーシュは、花をいくつか摘んで、花冠を編み始めた。それに習うように、C.C.も花を摘み取っては花冠を編んでいく。 「私も、マリアンヌに花冠の作り方を学んだんだ。あの頃は幸せだった」 「その頃に戻りたいと思うか?」 「いいや、思わない。そこにはルルーシュがいない。私は、今が一番幸せだと思うよ」 「奇遇だな。俺もだ」 慣れた手つきで花冠を編み上げて、ルルーシュはC.C.の頭に乗せた。そして、同じように慣れた手つきで花冠を編んだC.C.が、 ルルーシュの頭に花冠を乗せる。 「花でできた、ティアラとクラウンだ」 「随分かわいティアラとクラウンだな」 ルルーシュとC.C.が顔を見合わせて笑った。 そして、もつれ合うように花畑に二人して倒れこんだ。 「アリエス宮の敷地になっているあの丘も、今頃花で埋め尽くされているだろうな」 「あの丘?」 「私とマリアンヌが、よく馬に乗って遠出をした時に休憩した場所だ。ここよりも広くて、一面が花の海だ」 「ナナリーに、見せてやりたかったな。母上は、教えてはくれなかった」 「それはそうだろうな。あの場所は、私とマリアンヌだけの秘密の場所だ」 「俺にも秘密か?」 「いいや。今度、馬に乗って遠出しよう。マリアンヌが居なくなった今、約束を守る必要もない」 「案外薄情なんだな」 「マリアンヌとルルーシュは比べられない。どちらも大切な存在だ。だが、ルルーシュは私にとってかけがえのない存在だ。私に、生きるという意味をくれた」 ヒラヒラと、瑠璃色の蝶がC.C.の周りをダンスするかのように舞い続ける。 ルルーシュは、むせ返るような甘い花の香りに包まれながら、C.C.に自分の頭に乗せられていた花冠を乗せた。 「花冠を君に。姫君」 「はっははは。おかしいぞ、ルルーシュ。キザすぎる」 「だろうな」 「それが似合っているのだから、流石は生粋の皇族というべきか」 「そんなものは関係ないだろう」 「ルルーシュには、花が似合っているよ」 「似合っているのはC.C.のほうだ」 翠の髪が、風にさらわれる。視界を遮られたと思った刹那、ルルーシュのアメジストの瞳が間近にあった。 頬にキスを受けて、C.C.は花畑に倒れた。 ルルーシュの瞳が、今度はローズクォーツに輝き、中心にギアスの刻印が見えた。 「私がお前にギアスを与えたことを、憎んだことはないか?」 「ない。俺が自ら契約を望んだんだ。王の力は俺を孤独にすると知っていながら、契約を結んだ。だが、俺は孤独ではない。傍に、いつもC.C.がいてくれる」 「そうか。私は、後悔したさ。こんな形になるとは思っていなかった。だが、ルルーシュと出会えたのだからお釣りがくるな」 C.C.は、今日は青のゴシックドレスを着ていた。ゴスロリが好きらしく、ヘッドフリルに花冠はよく似合っていた。 「最後の時は、私は神に祈るよ。お前の願いが叶うように」 「傍にいてやれずに、すまない」 「ゼロレクイエムの終わりを、私は教会から魔女の力で見守っているさ。ルルーシュの隣にいるようなものだ」 「魔女は、便利だな」 「迫害をたくさん受けてきたけどな。ルルーシュ、この短い幸せをどうかもっと私に噛み締めさせてくれ」 「C.C.が望むのであれば、いくらでも。執務も、支障をきたさない程度に放置する」 「花冠を君に」 C.C.は、頭に乗っていた2つの花冠を、ブリタニア皇帝であるルルーシュの頭に乗せた。 花冠が似合う皇帝は、きっと歴代の中でもルルーシュくらいだと、C.C.は思った。 |