「あの、ちょっと待って下さい!」 ルルーシュを残して去っていくシャーリーに、ルルーシュは叫びながら走り寄り、彼女の肩をそっと掴んだ。 恐らくそれが、彼女との最後の接触と分かっていて、とてもとても、まるで小鳥を捕まえるかのように優しく。 声をかけてきた名も知らない、同年代らしき少年の行動に吃驚しながらも、シャーリーは笑顔で振り返った。 「はい、なんでしょう?」 微動だにしない少年を訝しく思ってか、シャーリーは小首を傾げた。 「あの?」 目の前にいる綺麗な紫の瞳をした少年は、まるで今にも泣き出しそうな辛そうな顔をして、シャーリーの目の前に何かを突き出した。 「これは・・・・・本当は、ある人に渡すはずだったものなんです。私がもっていても仕方ないので、変わりにもらってくれませんか。お願いします」 目の前に突き出されたものは、なんてことこのないただの封筒だった。きっと、中身にはその人宛の手紙が入っているのだろう。 とても綺麗な少年の瞳が、今にも涙を零しそうであるように見えて、シャーリーは逡巡しながらもそれをそっと受け取った。 「いいんですか。名前も知らない私なんかで」 「ええ。どうしても、貴方に渡したいと思って」 封筒を受け取ったシャーリーに向かって、ルルーシュは今にも零れそうな笑みを浮かべた。 それはとても純粋で、あまりに綺麗すぎて、シャーリーはかけようとしていた言葉を失った。 「どうぞ、よければ中身に目を通してやってください。なんなら、封を切らずにそのまま捨てて下さって結構ですから」 「そんな・・・・・・あなたにとっても、大切な、ものなんでしょう?」 「いいえ。私にとっては、それは何の価値もないマイナスの遺産そのものですから」 ルルーシュは、ふと空を自由に飛び去っていく渡り鳥の姿を見つけて、それに目を細めた。 つられるように、シャーリーもその鳥を視線で追う。 白い、なんの飾り気もない鳥だったが、ルルーシュにはそれが今から新しい出発をはじめるシャーリーそのもののように見えて仕方なかった。 「確かに、受け取らせていただきます。では、私はこれで」 軽く会釈をしてその場を去っていくシャーリーの後姿が見えなくなっても、何時間もルルーシュはその場を動かなかった。 ギアスで奪った彼女の大切な記憶を想うように、ただ空を仰いで、何時間も何も言葉にせずに。 そのうち、ポツポツと雨が降り出しても、ルルーシュは微動だにしなかった。 次第に激しくなっていく雨はルルーシュの全身をずぶ濡れにする。 体温が徐々に雨滴に奪われていくのを感じながら、ルルーシュは地面の水溜りに映った自分の紫水晶の瞳を見つめながら、沈黙を破った。 とても重苦しく、冷たく、孤独でそして寂しい言葉。 「これで、良かったんだ。多分、これで」 ギアスの力を行使する以外に、シャーリーの壊れかけた心を救う方法はなかった。 まして、シャーリーを自分の拳銃で手にかけるなど、考えただけで悪寒が走る。 濡れ鼠状態になりながらも帰路についていくルルーシュは、17歳のただの少年であった。 どんなに夜叉になりきろうとも、しょせんルルーシュは一人の人間である。 王の力は、お前を孤独にする まさに、C.Cの言葉通り。 これから、彼は幾つもの命を散らせ、そして周囲の者を巻き込み、大切なものを喪失していくだろう。 もしかすると、一番大切であるはずのナナリーの命さえ、失ってしまうかもしれない・・・。 どこから調達したのか、傘をくるくる廻しながらさしていたC.Cは、ルルーシュの自宅の前で彼が帰ってくるのをずっと待っていた。 ドレスの端が傘からはみ出て濡れてしまうのも厭わずに。 夜になり、蛍光灯が燈っても。 そして、やっと自宅前まで帰ってきたルルーシュは、まるで亡霊のような姿をしていた。 ずぶ濡れになった服は肌にはりつき、髪は額だけでなく頬にまではりついていて、その表情を垣間見えることはできない。 「別れは、済んだのか?」 「ああ」 手にもっていたバスタオルをルルーシュに渡しながら、C.Cはため息を漏らした。 「全く、今回のようなことで参っているようでは、これから先は鉄より重いぞ」 「ああ」 ルルーシュは、ただその言葉だけを繰り返し、バスタオルをひったくると自宅に入り、風邪をひかないためにすぐに熱いシャワーを浴びた。 浴槽に湯船をはり、ルルーシュは目を瞑った。この「淡い恋心が未練のままに砕かれたような想い」という感情を捨て去るために。 シャーリーは、雨が降る前にアッシュフォード学園にある寮の自室に戻っていた。 荷物を整理し、自宅に帰宅するための荷物をまとめていた。 学園を、辞めるつもりだった。正式には、転校するつもりだった。 みんなに、別れを告げなくてはいけない。 友人達や生徒会のメンバーにも別れを告げなくてはいけない。 そのことを思うと、突然涙が溢れて止まらなくなった。 この部屋に帰ってくるまでは、まるで心は快晴のごとく晴れていたのに。 けれど、別に永遠に会えなくなるわけじゃない。 帰りたくなったなら、またこの学園に帰ってくればいい。 今は、母を一人にしたくない。 例え本国に帰ることになっても、エリア18にくればいつでもみんなに会える。 涙を拭いながら、シャーリーは荷物を纏めるのを一度放棄し、ナリタで出会った少年からもらった手紙のことを思い出した。 封を切ろうか悩んだが、あまりに綺麗だったアメジストの瞳を思い出して、彼女は封を切った。 そこにあったのは、押し花にされた小さな花のはいった綺麗なカードと、メッセージカードだった。 誰宛であるかは書かれておらず、また誰が書いたのかというものも書かれていない。 ただ、日付だけと簡単な言葉の綺麗な綴りがそこにあった。 「今までありがとう。貴方のことは忘れない」 そして、押し花にされた花は忘れな草。 その花言葉は<貴方を忘れない> メッセージカードに目を通し、押し花の花言葉を思い出した瞬間、奇跡が起こった。 室内にギアスの光が満ち溢れる。 「・・・・・ルル!」 ぎゅっと、封筒ごとそれを大切に抱きしめて、シャーリーは嗚咽した。 そして、隠しておいてあったはずの日記から、1枚だけ残っていたルルーシュが微笑んでいる写真をそっととりだし、涙を零し続けた。 アメジストの瞳が、とても恋しかった。 いつだって、どんな時だってシャーリーの視線は、自然とルルーシュの姿を追いかけていた。 好きだった。はじめて出会った時から、ずっと好きだった。 「ごめんね、ルル、ごめんね・・・・・・」 溢れた涙は止まらない。 透明な軌跡を残してシャーリーの頬を伝い、絨毯の上に染みを作っていく。 けれど、奇跡の時間はそう長くはなかった。 ギアスは絶対従守の力。 再びギアスの淡いローズクォーツ色がシャーリーを包み込む。 「あっれ、私、なんで泣いてるんだろ」 シャーリーはすぐに泣き止み、そして手にしたメッセージカードと押し花、名も知らない少年の写真を見ながら、不思議そうに呟いた。 「この写真・・・・・ナリタであった人のやつだ・・・なんでことなとこにあるんだろ。封筒の中にでも入ってたのかな?」 シャーリーは、ルルーシュが唯一微笑んでいた、一番大切にしていた写真をじっとみつめた。 「綺麗な、アメジスト色の眼」 別れ際の彼の顔を思い出せても、名は知らない。 否、知っていてももう永遠に思い出せない。 それが、ギアスの力。 シャーリーは、メッセージカードと押し花、それに少年の写真を封筒に直し、大切そうに荷物の中に入れた。 その後、何か辛いことがあるたびにシャーリーはその封筒からカードや写真をだし、そして名も知らぬ少年にそっと語りかけたという。 その封筒の中身はとてもとても大切にされた。 メッセージカードの言葉が読めなくなっても、押し花がばらばらになっても、少年の写真がボロボロに擦り切れても。 封筒とその中身は、生涯彼女の手から離れることはなかったという。 |