「ナナリー、もっと食べるかい?」 ルルーシュは、エプロン姿のまま、盲目のナナリーが自分が作ったピザを食べるのを、静かに見つめていた。 ナナリーは、皇女らしく、目が見えなくてもナイフとフォークを器用に操って、ピザを一口サイズにカットすると、フォークで刺して口に運んでいた。 本当なら、食べさせてやりたかったのだが、ナナリーが自分で食べると強く言って聞かなかった。 メイドの篠崎は、今日は休暇でいない。 ルルーシュは、家事の全てをこなすことができた。幼い頃、父であるブリタニア皇帝に、人質のような形で日本にいくように命じられてから、ルルーシュは変わった。 母であるマリアンヌが死んだ時、まだルルーシュは自分の運命を知らずにいた。 皇族として大切に育てられたルルーシュは、家事など一切したことがなかった。だが、母が死に、父に見捨てられた形となり、日本で暮らし始めてルルーシュは大人を一切信用しない子供になっていた。 幼い身で、ナナリーの世話をし、食事も自分で作り、家事の全てをこなした。 くるるぎが差し伸べた、お手伝いも断った。 大人は信用ができない。どうせ、裏切り、そして見捨てるのだ。 実の父親であるブリタニア皇帝のように。 「味はどうだい、ナナリー?」 「おいしいです、お兄様。お兄様が作ってくれる料理は、本当にとってもおいしいです。さよこさんの料理にも負けないくらいにおいしいです」 にこりと、盲目のまま、車椅子に乗った少女は微笑んだ。 ナナリーの目は、もう見えることはないと医師に言われていた。その足も、二度と歩くことができないといわれていた。 だが、ルルーシュは諦めていなかった。いつか、最先端の医療科学をもってして、ナナリーの目と足を治すつもりであった。 ルルーシュには、ギアスがある。 人を無理やり従わせる、絶対従守の力をもったルルーシュのギアスの前では、たとえブリタニアの皇族でさえ奴隷と化す。 ルルーシュは、自分を捨てた父に復讐するため、そしてブリタニアを壊すためにある魔女と契約を交わし、ギアスという力を手に入れた。 その魔女は、とても可憐な姿をした、翠の長い髪に黄金の瞳が印象的な少女であった。 ルルーシュは、その魔女と契約した。 王の力を手に入れるために。 魔女の名はC.C.といった。変わった名前であった。 本名をルルーシュは知っていたが、決してその名で呼ぶことはなかった。 C.C.が、何百年も昔に捨てた名前である。C.C.自身でさえ、自分の名前にもうなんの意味もないことは分かっていた。だから、あえてC.C.とコードネームのような名を名乗り、自らを魔女と自称した。 そして、本当に魔女のように、コードをもつC.C.は不老不死で、その体は老いることなく、一度死したかに見えても、蘇った。 「お兄様、このピザ、C.C.さんのために作ったのではないのですか?」 フォークをとめて、ナナリーが見えない目でルルーシュの方を向いた。 それに、内心ギクリとしてルルーシュの動きが止まった。 「ナナリー」 「お兄様、素直になってはどうですか。C.C.さんのためにつくったピザを、私が食べるわけにはいきません」 それきり、食事をしようとしないナナリーに、参ったとばかりにルルーシュはため息をついた。 「C.C.は今出かけているんだ。もうすぐ帰ってくる。ちゃんと、C.C.の分のピザはとってある」 「そうですか。よかった」 ナナリーがにこりと微笑んだ。 どんな可憐な花も、ナナリーの前では萎れてしまうだろう。 それほどに、ナナリーは愛らしかった。 あの、薄い紫の瞳を、ルルーシュはもう一度見たいと願った。だが、今はまだかなわない。だが、いつかきっと、ナナリーの瞳をもう一度見れる日がくる。 なぜか分からないが、ルルーシュはそう確信していた。 「ただいま」 玄関から、C.C.の声が聞こえてきた。 それに、ナナリーが嬉しそうに車椅子を玄関に向けた。 「お帰りなさい、C.C.さん」 はじめ、C.C.の存在をナナリーに隠していたルルーシュであったが、同じ家に住む限り、隠すにも限度がある。 C.C.は、自分からナナリーに接触した。 ある日、学校から帰ってくると、ナナリーとC.C.が仲良く会話をしていたのである。 それまえでの苦労が水の泡にされて、ルルーシュはC.C.を詰った。 だが、C.C.は黒の騎士団の活動のためによく家を抜けるようになったルルーシュの代わりに、ナナリーの話し相手になってくれた。 ナナリーも、年上であるとはいえ、メイドのさよこのようにまるで忠誠を誓うようにかいがいしく自分の世話を焼いてくれる彼女よりも、気軽に友達として話をふりかけるC.C.を好きになった。 無論、さよこのことも大好きだし、尊敬しているしいっぱい感謝もしている。 だが、あくまでメイドなので、身の回りの世話をして、会話をしてくれても、友達のようにはいかない。 ナナリーは、C.C.が好きだった。 C.C.も、自分のよくなつく、ルルーシュに似てもいない妹のナナリーが好きだった。まるで、実の妹ができたような錯覚に陥る。 「ただいま、ナナリー。いい子にしていたか?」 「はい。C.C.さんは、どちらにまで行ってらしたのですか?」 「なに、ちょっと買い物にな。服を買いに行ってたんだ。ナナリーの服もあるぞ」 「まぁ、嬉しい。後で、着させてくださいね」 「ああ、約束だ」 和やかに会話をする二人の仲を裂くように、ルルーシュがC.C.の腕を引っ張り、小声をだした。 「お前、また勝手に出かけて!自分が狙われている存在であるということを、ちゃんと自覚しているのか!?」 「しているとも。だが、ずっと家にいるのも飽きる。それに、こうやってコンタクトで目の色を変えて、ウィッグまで被って変装しているんだ。そうそうばれはしないさ。それに、ブリタニア軍も、まさか魔女がただのアッシュフォード学園の民間人の手に匿われているなんて、思いつきもしないだろうさ。まぁ、お前は民間人ではなくブリタニアのれっきとした皇族の皇子で、ゼロだがな」 「今度から、出かける時はちゃんと俺に言え。それか、ナナリーに告げるか、両方いないときはせめてメモを残せ。心配するだろうが」 「おや、お前に心配という優しい心があったとは驚きだな」 「お前は俺の共犯者だ。捕まっては困る」 「共犯者か」 C.C.は、被っていた黒の長いウィッグを取った。 ルルーシュとの間には、信頼関係はあるものの、まだ恋愛と呼べるような関係はない。 C.C.はルルーシュのことは好きだった。ルルーシュも、C.C.のことが好きかもしれない。 だが、お互いはあくまで共犯者であり、力を与えた者と、与えられた者である。 ルルーシュはC.C.の存在をとにかく利用しているし、C.C.はC.C.で共犯者となったルルーシュという人間の生き様が描く人生劇を、楽しく見ていた。 ルルーシュが、自らギアスを与えたマリアンヌの子供であるのは、ただの偶然ではない。 これは運命の必然である。 巡るべくして、C.C.はルルーシュと出会ったのだ。 C.C.は、幼いルルーシュの存在を知っていた。いずれ、ギアスを与える日がくることも。 「ピザを頼んでもいいか」 C.C.が、お腹がすいたとばかりの顔をする。 それに、ルルーシュが首を振った。 「だめだ」 「どうしてだ!私に飯を食べさせないつもりか!」 「違う。ピザなら、俺が作った。今日はそれを食べろ。多分、味は悪くないはずだ」 「ルルーシュが?私のためにつくってくれたのか?」 「違う、ナナリーのためだ。冷蔵庫に入れているから、レンジで暖めて食べろ」 ルルーシュは顔を紅くして、プイとあらぬ方向を向いて、自分の部屋に戻ってしまった。 「ふふふ、童貞はからかいがいがあるな」 C.C.は楽しそうに、キッチンに向かった。 そして、冷蔵庫をあけて、いつもピザ屋に頼んでいるピザよりもやや小ぶりのピザを発見する。 中身の具は、半分はシーフードで、半分はトマトソースだった。 ピザの隣には、手作りと思われるポテトもあるし、サラダもあった。 「ルルーシュのやつ、かわいいな」 C.C.は、全てを冷蔵庫から取り出して、ピザとポテトをレンジにかけた。 今までも何度か、ルルーシュの手作りの料理を食べたことがある。毎日ピザを頼むとあやしまれると、ルルーシュがピザばかり注文するC.C.をとめたのだ。 C.C.は、最初食えたものではないだろうと考えていた。 だが、まるで一流のコックが作ったかのような、料理の出来栄えと味に、開いた口が塞がらなかった。 一度ルルーシュの手作りの味をしってしまうと、ついつい独り占めしたくなる。 それほどに、ルルーシュの料理の腕は高かった。 「どれどれ」 ほくほくと温まったピザを、C.C.はナナリーのようにナイフとフォークを使って優雅に食べることはしない。手掴みだ。 それが普通のピザの食べ方である。別段下品であるわけでもない。 一口たべて、舌に広がるまろやかな味に、C.C.は思った。 「うまい。本当に、男にしておくのは勿体ないな。女であれば、料理の腕が生かされる機会はいくらでもあるだろうに。まぁ、今の時代は男でも料理ができるにこしたことはないか」 C.C.は、その細い体のどこにそれだけ食べる力があるのかというほど、全てを平らげてしまった。 いつも、ピザ屋で頼む2人前のピザでも軽く一人で一回で食べてしまう。 C.C.は、自分のねぐらであるルルーシュの部屋の扉を開けた。 そして、そこで机に向かっているルルーシュを発見する。 「全部食べたぞ。うまかった。ごちそうさま」 「そうか」 ルルーシュは、C.C.のほうを見ることもなく、作業に没頭していた。 どうにも、黒の騎士団として必要な重要機密に目を通しているらしかった。 「また今度、作ってくれ」 「時間に余裕があればな」 そっけないルルーシュに向かって、C.C.はお気に入りのチーズ君人形のミスサイズの方を手にとって、ルルーシュに向かって投げた。 「何をする!」 「私からの礼だよ。いつも手作りのご馳走をしてくれるルルーシュに、私のお気に入りのチーズ君人形、ザ・ミニザイズをあげよう」 「そんなもの、貰っても嬉しくない」 「人の好意は、受け取るものだぞ」 ルルーシュは、チーズ君人形・ザ・ミニサイズを拾い上げた。 人形にしては、当たったとき痛かった。中に、硬い何かが入っているに違いない。 下手な裁縫の手で縫われた、チーズ君人形・ザ・ミニサイズの痕を発見する。 ルルーシュは、無言でチーズ君人形・ザ・ミニサイズの背を裂いた。 中から綿が飛び出してくる。その中に紛れて、一丁の銃が仕込まれていた。 「どこで手に入れた?」 「秘密だ」 「まぁいい。使えるのか?」 まるで玩具の銃に見えた。小さすぎる。 「最新式だぞ。しかもサイレンサー機能つきだ」 「使えるな」 ルルーシュが、ニヤリと笑った。 アメジストの目が、危険な色で輝いている。 普通の銃では見つかってしまう時などに、特に懐に忍ばすにはちょうどいいサイズだ。 これで、また人殺しが簡単になる。 「今、人殺しが簡単になると思っただろう」 「さぁな」 「お前の顔に書いてある。偽善者め。正義を貫くとときながら、お前は平気な顔で人を殺すのだな」 「魔女であるお前だって、人を殺したことぐらいあるだろう。ギアスを使えない場面では、銃が一番手っ取り早い」 「ナナリーが知れば、嘆き悲しむな」 「そのナナリーのために、俺はゼロになったんだ。ナナリーを悲しませたりはしない」 「偽善者め」 「最初から、偽善であることが論定だ。黒の騎士団は、俺のコマに過ぎない」 「本当に、お前はくえない奴だ。こんな奴をリーダーとして、下に従う者が哀れになってくる」 「使えるものは、なんだって使う。邪魔な者は、排除する。ギアスを使うか、あるいは俺の手か、黒の騎士団の手で」 美しいルルーシュの顔は、残忍であった。 「お前の手は、私と契約を交わしたすぐ後ですでに血まみれだ。もう、洗っても洗ってもとれないくらい、 血にまみれている」 「血まみれで結構だ。俺は、ナナリーのためならどんな悪にでもなる」 「そして、親友であるスザクを、いつかその手にかけるのか」 その言葉に、ルルーシュがC.C.を睨んだ。 「おお怖い」 「計画の邪魔になるのであれば、いずれスザクも殺す」 「なのに、お前はスザクに生きろというギアスをかけた。矛盾しているな」 「俺の中で、スザクに生き延びて欲しいと思っている俺と、今すぐ死んで欲しいと思って欲しい俺がいる」 「親友だけに、やはり情はあるか」 「ナナリーの騎士にするつもりだったんだ。なのに、スザクのやつはユーフェミアの騎士になった。もう、スザクに利用価値はない」 「だから殺すのか」 「そうだ」 「では、いずれ利用価値がなくなれば、お前は私も殺すんだろうな」 「何を言う。お前は、俺の共犯者だろう。魔女は不老不死だろうが。C.C.、お前は俺にギアスを与えた責任がある。どこまでも地獄まで付き合ってもらうぞ」 「地獄か。ルルーシュ、喜んでお前の共犯者として、その罪に手をかそう」 微笑む美しい少女に、美しい少年は硬質な眼差しを向けた。 自分と同類だとばかりに。 「この、魔女め」 「私が魔女なら、さしずめお前は魔王だな。ははは、我ながら格言だ。お前は魔王だ、ルルーシュ」 「魔王か。それも悪くない」 ルルーシュは、C.C.と二人で意味深げな視線を交し合った。 魔女と魔王。 運命共同体。 それも、悪くない。一緒に生きて、一緒に罪に手を染めて、一緒に血まみれになる。 魔女と魔王。 ルルーシュとC.C.は、お互い影同士である。 光はない。 あるとしても、それは偽りだ。 運命共同体として、ルルーシュとC.C.は歴史を変革していく。 いつの日か、この世界が変わるように。 |