「ルルーシュ、それは?」
「忘れ名草の、押し花」
「お前は、変わらずどこか乙女ちっくだな」
「なんとでもいえ。手紙のかわりにこれだけ残していく」
「今度、私にも作り方教えてくれ。押し花の」
「いいぞ。時間は、いくらでもあるんだから」
二人は荷物をもって、アリアス宮を出た。
丘まで馬に乗っていくと、ゼロが花畑に立っていた。
「スザク・・・・・どうして」
「そんな、気がしたんだよ、ルルーシュ。いや、今はLだったかな?L.L.と名乗っていたね。C.C.やV.V.のように・・・でも、僕の中では君は永遠にルルーシュなんだ」
「それでいいさ」
馬首をめぐらし、スザクに近寄ると、ルルーシュは馬上の上からスザクに詫びた。
「今まですまなかった。俺は死ぬはずだったんだ。なのに、おめおめ生きている。お前にもナナリーにも迷惑をかけた。世界に俺はいらない。だから、消える」
「ルルーシュ・・・・そうじゃないんだ。僕は、君がコードを継承してしまったとしても、生きていて本当に嬉しかった。僕は、一度君を殺した。それは、君という皇帝の名のルルーシュ。今生きているルルーシュは、僕の親友で、そして幼馴染のルルーシュだって思えるようになっていた。僕はゼロの仮面を、君たちの前だけなら脱いでスザクに戻ることもできた。本当に、本当にたくさんの感謝を・・・・」
涙ぐむスザクに、ルルーシュは皇帝の頃頭にかぶっていた、血にそまっていない帽子を投げてよこした。
「涙をふけ。男だろ」
「ははは。君にいわれるなんてね」
「俺は、世界にいてはいけないんだ。でも、生きるしかない。もう限界なんだ。俺は年老いない。周りの者たちが不審がっている。俺はもう、いかなくちゃいけない」
「ナナリーには、別れをしないのかい?」
「しない。引き止められる。俺の心も揺らぐ」
「変わらず、仮面を被るのだけは上手いね」
「そうでもない・・・俺の心は、ゼロレクエイムの時に本当は死んだんだ。氷ついたままだ。いつかこんな時がくると覚悟はしていた。哀しくはない。ナナリーを頼む、ゼロ・・・いや、ナイトオブゼロ」
「イエスユアハイネス!!」
びしっと敬礼をして、スザクはゼロの仮面を被ると、ナナリーの補佐に戻るために本宮殿のほうに帰っていった。
「本当に・・・・お前は、仮面を被るのが上手いよ。本当は泣きたくて仕方ないくせに」
「こんなことで泣いていたら、これから先生きていけるものか」
花畑が、ざぁと風に吹かれて花弁を天に舞い散らせる。
白い花びらがふわふわとルルーシュの黒い絹のような髪に舞い落ちる。C.C.は花弁を集めて、ふっと息をかけて白い花弁を飛ばすと、それは風にさらわれて泉のほうまで飛んでいった。
「よく、マリアンヌとこの花畑で遊んだな。シャルルもV.V.もいた・・・・あの頃が懐かしい。この15年間、悪くなかった。お前とナナリーとスザクで、昔のようにこの花畑でお茶をして・・・・この時間が永遠であればいいと願った。それだけ、私にとっても居心地がよかった」
「残りたいなら、残ってもいいんだ」
「ばかえをいえ。私が、お前を置いていくと思うか?お前を手放すとでも?」
「思わないな。でも、一度俺をおいて旅にでただろう。あれは?」
「お前がいない世界を一人で見ておきたかったんだ。いつかお前を何百年も世界をさまよう、始まりの日が来る前に」
「そうか」
ルルーシュは、馬から降りると、花畑の上に座った。
「お前もこいよ」
馬はそこらへんで花や草を食んでいる。
泉の側で、二人は花畑に囲まれて、舞い踊る蝶を見つめていた。膝を抱えて、天空まで広がる広い空を見上げる。
「お前の瞳の色は、朝焼けだな。空の色だ」
「ほう。綺麗なたとえをしてくれるんだな」
「お前の金色の瞳は綺麗だよ、C.C.」
「じゃあ、お前のアメジストの瞳は夕焼けだ。私と同じ、空の色。綺麗な色の瞳だ」
「夕焼けか・・・ナナリーにも、スザクにもそういわれたことがあるな」
二人は、とさりと花畑のうえに寝そべると、手を伸ばしあう。その手を握りあって、目を瞑ると、そしてまた空を見上げた。
「誓う。この空が終わるまで、お前と共にあると」
「なんだそれは。では、私も誓おう。この空が永遠に続くまで、お前の側にいると」
二人は半身だけ起き上がって、空を見上げてからキスをした。そして、互いに互いを抱き合う。
「幸せだよ・・・私は」「俺も、幸せだ。たとえ、これからみんなにさよならでも。いつか、皆と永遠の別れになるとしても・・・・」
二人は、花冠を作って互いの頭に乗せると、しばらく花畑で時間をつぶしていた。もう、この景色をみるのもないだろう。これで終わりになる。
だから、せめて心に刻んでおきたい。
「さよなら・・・・ナナリー、スザク。愛しているよ」
ルルーシュは馬を呼び戻し、馬に乗ると花畑から見える本宮殿を眩しそうに見つめて、馬首を反対方向に戻して走り出す。
その後を、無言でC.C.もついていく。
さようなら。
ブリタニア。
俺の生まれ故郷。
愛しい大地。
「お兄様、お兄様?」
ナナリーは、誰もいなくなったアリエス宮の館で兄、ルルーシュの姿を探していた。
執務を急いで終わらせて、やっと会えるめどがたったというのに。ここ数週間、ブリタニアの外、超合衆国に招かれ、全土を周ったりと急がしてルルーシュの笑顔を見ることもできなかった。
やっと本国に帰って来たと思ったら、次は執務の山。
それを全部片付けて、ナナリーはアリエス宮に赴いた。ナナリーは皇帝。それをないがしろにしたことはない。たとえどんなに兄に会いたくても、皇帝のしての責務を果たしてからにしていた。
それがいけなかったのだろうか。
ほんの数時間のすれ違いだった。
「お兄様・・・・・まさか・・・・・」
兄の寝室の上に置かれた、忘れ名草の押し花を震える手で抱きしめる、ナナリーは絶叫した。
「いやあああああ、お兄様、お兄様!!どうして、何も言わずに出て行ってしまうのですか!!どうして、一緒にいられないのですか!!お兄様は、世界にもう許されています!私はお兄様のいない未来なんて考えたこともありません!お兄様!!!!」
「ナナリー・・・・ルルーシュは、もう」
「スザクさん、どうして止めて下さらなかったのですか!お兄様を!!お兄様は、一度旅に出ると、きっと戻ってきてくださらない・・・・うわあああああ」
「ナナリー」
泣く皇帝を抱きしめて、スザクは思った。
別れは辛いと。
「お兄様ああああ!!!」
一度、兄とは死に別れた。
でも、ルルーシュは生きていた。
コードを継承して。ナナリーも驚いたが、兄が生きていて何度嬉くて泣いたことか。
兄の下にくるのが、唯一の楽しみでもあった。
優しい兄の顔を見て、一緒に花畑でティータイムを過ごすのが大好きだった。時には一緒のベッドで眠り、一緒に食事をしてルルーシュからはたくさんのことを教わった。
ルルーシュの側には常にC.C.という女性がいたが、ルルーシュを理解し支えてくれる女性で、ルルーシュも彼女を愛しているようで、ナナリーは嬉しかった。
家族を取り戻した。
父と母はいないけれど、失った兄を取り戻し、そしてそこにはスザクもC.C.の姿もあった。
皇帝として迷うことがあったら、ルルーシュによく相談にしにいった。ルルーシュは聡明な兄で、本当に政治のことについては脱帽した。
兄のような人になりたいと憧れた。もう、兄は一度ゼロレクイエムをしたことで世界に許されたのだ。皇帝ルルーシュは死に、今はL.L.と世界に、ナナリーとスザク以外に名乗る不思議な存在になっていたけれど、兄とずっと一緒にいれると思っていた。
全ては、幻想。
そう、兄はコード所有者。不老不死。ナナリーが三十代になっても、ルルーシュは18のまま時をとめて年老いることもない。女官や家臣たちは気味悪がっていたけれど、表立って騒ぐものはいなかった。
でも、限界だと知っていたのだろう。
多分、きっかけは姉であるコーネリアの夫、騎士でもあるギルバート卿の早すぎる死だろうか。
葬儀にはルルーシュも参加した。
声をかけることはできなかった。ルルーシュはとても寂しい目をしていた。
そう、C.C.がよく見せる瞳と同じ色を。
ああ、お兄様は。
どこかで、悟っていた。
いつか、私の前からいなくなってしまうと。
でも、そんなことはない、置いていくなんてと勝手に思い込んで。
現実は厳しかった。
兄はいなくなった。探したが、どんなに探しても兄の行方はようとして知れなかった。
やがて、ナナリーは決心する。
世界にはコード継承者という存在あり、不老不死の者がいると。世界に発表し、残された父のギアス研究所の資料などと一緒に世界に公開すると、世界は驚いたがそれを受け入れた。
実際に、何百年も生きている人物の目撃例などがあるのだから。
ブリタニアは、帝国の名をかけてコード継承者を保護すると名乗り出た。そして、世界からは三人のコード継承者が見つかった。完全に保護された。三人は、目も表情も死んでいた。
その中にナナリーの望んだルルーシュとC.C.の存在はなかった。
どんなに待っても、兄ルルーシュは帰ってきてくれなかった。
ドイツで暮らし初めて、もう半世紀がたった。
「今日も雨だな」
「ああ」
どんよりと濁った雲を窓の外から見上げる。ここ数日、天気はぐずついており、晴れ間はなかった。蒼い空をみたいと、ルルーシュは思った。
「ルルーシュ、これ・・・・」
新聞を読んでいたC.C.がルルーシュに新聞を渡す。大きな一面記事に、ブリタニア皇帝、病に伏すとの見出しがあった。
「ナナリー!!!」
ルルーシュは叫んでいた。
そして、真剣な表情でその新聞の記事を読んでいく。まだ、彼女は62歳。まだ大丈夫だと思っていた。
TVで見るナナリーの顔は、年老いたもののまだまだ元気で、ゼロはもう、引退している。ブリタニアの館に住んでいるらしいが、もう体力では補える年ではないだろう。スザクも、年には勝てない。
当たり前だろう。人間なのだから。新聞を読み終わったルルーシュは安堵した。峠は乗り越えたと知って。
「会いにいくか?」
「いや、まだいい」
「いいのか?今会わないと、本当に」
「いいんだ」
ルルーシュはTVをつける。TVもニュースで、ブリタニア皇帝の安堵を気遣うものばかりだった。どのチャンネルをまわしてもそんなニュースばかり。
ルルーシュはTVをきった。そして、立ち上がると傘をもって、外に出る。
「どこにいくんだ」
「ちょっと、買い物に」
「ピザも一緒に買いにいってくれ」
「分かった」
二人の暮らしは、本当に慎ましやかで静かなものだった。生計は、ルルーシュが株をしてそれで立てていた。
ルルーシュに働くなどという行為は似合わない。
ルルーシュは、日の大半を眠って過ごしている。1日中眠ることだってある。まるで、世界で生きることを拒絶するように眠りにつく。
そんな時は、C.C.も一緒になって同じベッドで眠りついた。
二人は一人。一人で二人。二人三脚のような生活。
住いは、5年に一度かわる。周囲に怪しまれる前に、住居を変えるのだ。10年だと、もう遅い。老化しない体には、周囲の生きている者が年老いていく速度はあまりにも早い。
世界のどこにいこうとも、二人に安住の地はない。
ブリタニアのナナリー皇帝が、コード継承者の保護を国をあげてしているが、ルルーシュは決して帰るとはいいださなかった。
ナナリーは、今でもずっとルルーシュの帰りを待っているだろうに。
そのために、決心してコード所有者の存在を世界に公開した。ただし、ギアスの部分は伏せてある部分が多い。ギアス所持に世界が怯えることがないように。
コード所有者は世界に、他に三人もいた。そんなにも仲間がいたのかと、C.C.自身も笑ったほどだ。
まるで生贄となることを望むように、自ら名乗り出て、そしてブリタニアに身を任せた三人は、ちゃんと保護され、ブリタニアのある館で暮らしているという。
三人は、仮初であっても安住の地を見つけたのだ。
ある日、コード継承者は世界にまだいるのではありませんか?とナナリーがTVで世界に訴えたことがあった。
何も心配することはないので、戻ってきてくださいと。帰ってきてくださいと。
それはまぎれもなく、ルルーシュに対する言葉だった。でも、ルルーシュは帰ることを、戻ることを選ばなかった。
いつの間にか雨は止んで、蒼い空を何日かぶりに仰ぎ見た。
「なぁ、ルルーシュ。お前は、逃げるなよ。この運命から。見つめろ、真実を。そして受け入れろ」
C.C.は柔らかい太陽の光に照らされながら、新しいチーズ君人形を抱きしめて、ルルーシュの帰りをずっと待った。
それからすぐに、住居を引き払ってまた世界をあてもなく旅することになった。
ホテルを点々として、世界中を歩き回る。
ある時はどこかの国にまた住居を構えて数年住むも、また引き払って旅にでる。
そんなことを何度も続けた。
そして、その果てにブリタニアの首都に辿りついた。
「なぁ、ルルーシュ」
「分かるんだ。俺には、何故か。もうすぐ、ナナリーは」
「そうか」
C.C.はそれ以上言葉をかけなかった。ルルーシュとC.C.はブリタニアの首都の小さなアパートを借りて、そこで暮らすようになった。
もう、皇帝ナナリーは引退して、次の世代が皇帝をしている。
隠居したナナリーは、よくルルーシュの墓参りに訪れた。まるで、そこに兄がいるかのように、毎日同じ時間にそこに墓参に訪れるのだ。
それを知って、ルルーシュは墓が見下ろせる丘から毎日、車椅子の元皇帝の小さな後姿を見ては帰宅した。
ナナリーは、引退しても皇族ということがあり、いつも一人の騎士を連れていた。黒髪に紫の瞳の若い青年だった。その色合いは、実の兄ルルーシュによく似ていた。
ナナリーの年はもう91歳。
いつ死んでもおかしくない年になっていた。スザクはもう死去した。たくさんの友人がもう死んでいった。
その別れを逃げることなく、受け入れたルルーシュ。
会える人物には、最期には会いにいった。
無論、スザクにも。
スザクはこういっていた。
「せめて、ナナリーの側にいてあげてくれないかな。もう、いいだろう?ナナリーもいつ死んでもおかしくないんだ。せめて、終わりの数年くらいは、安心させてあげてくれいないかな」
スザクの言葉を、けれどルルーシュは拒否した。
スザクはユーフェミアの墓の隣に埋葬された。
ゼロとして。ゼロとして生きることを強要したルルーシュだけが、世界に残り生きている。おかしなことだ。
ルルーシュは、毎日のように丘から小さなナナリーの後姿だけを見守っていた。
この世界に俺はいない。それでいいんだ。
俺はゼロレクイエムのあの日に死んだのだから。
今の俺は亡霊。世界に留まるルルーシュの姿をした生きるだけのルルーシュ。
「お兄様、私はお兄様、あなただけいればそれでよかったのに!!」
ナナリーの涙と悲痛な悲鳴をいまも鮮明に覚えている。
ルルーシュは目を開けた。
見慣れた天井が視界に入る。夢を見ていた。ゼロレクイエムの夢を。
「起きたのか」
C.C.が、隣のベッドから静かに声をかけてくる。
「ああ。夢を見ていた」
「どんな」
「昔の・・・・そう、ゼロレクイエムの夢を」
「懐かしいな」
C.C.はカーテンを開け放った。朝を過ぎて昼に近い太陽の光が零れ落ちて、床を照らす。
もう、この家に住みはじめて何年になるだろうか。
数えていないので分からないが、十年以上にはなるだろう。
「今日もいくんだろう?あの丘に」
「ああ」
ルルーシュはパジャマを脱ぐと、私服に着替えた。
魔女は、そのまま家に残るようだった。
「C.C.もたまにはいかないのか」
どうせ質問しても、答えはNOだろうけれど。
「行かない。見たくないから」
見たくないから。
世界を。
優しくなった世界。でも、二人には厳しい現実。
愛した人が、家族が、友人が年老いていく。
ナナリーが病に倒れ、一時は危篤状態にまで陥ったがなんとかもちなおし、療養を続けながら皇帝として即位し続け、そして引退した。
もう、彼女はいつ死んでもおかしくない年。
シャルルのコードを継承したルルーシュは、ゼロレクイエムから復活し、同じ魔女であるC.C.と世界を旅して、最後はブリタニアのナナリーの住む宮殿のある首都に家を構えた。
もう、自分が何歳であるのかも分からない。
友人の多くは死んだ。
それが自然の摂理なのだ。逆らっていきているのはルルーシュとC.C.だけ。
ゼロであったスザクも死んだ。最期は会いにいった。スザクは、ナナリーに会いにいってあげてくれと遺言を残したが、ルルーシュは結局ナナリーの元に戻ることはなかった。
コード継承者を保護している国、ブリタニア。それをはじめた皇帝、ナナリー。
彼女の命の灯火が終わろうとしている。
もうすぐ、彼女は天に召される。それが、なぜだか分かった。
Lの世界。ルルーシュの世界で、ナナリーはいつも笑顔でお兄様と自分に抱きついてきてくれた。L.L.それがもう一つのルルーシュの名前。
名前の頭文字をとり、C.C.のような名前にした。
皇族は、孫の世代へと移り変わっている。ナナリーは今年の秋、91歳になった。もう秋も終わり、季節は冬になろうとしていた。
外に出たルルーシュは、行き交う人々が厚着しているのに気づいて、薄着な自分をかえりみたが、不思議と寒さは感じなかった。
もう何十年も同じ年のまま生き過ぎて、全ての感覚が麻痺しているような気がする。喜んで当たり前のことがあっても、ああそうかと、他人のように見ている自分がいる。
友人の死に別れの時、スザクが死ぬ前に彼に会いにいっても、不思議と涙は流れなかった。もうたくさんの友人の死を見つめてきた。
これだけは、目を背けない。世界から逃げていても、友人や家族の死だけは見つめていよう、受け入れようと決意したのだから。
ルルーシュは、いつものようにナナリーの姿が見える、ナナリーがルルーシュの墓に墓参している姿を見たあと、丘を降りて皇族の墓地に入った。
ナナリーを遠くから見つめるようになって、もう十年以上が経過した。こんな時を何千回繰り返しただろう。Lの世界のナナリーはまだ少女だ。でも現実のナナリーは老婆。
もう、いいかもしれない。
許されても。世界に。家族を愛することを。まだ生きているという罪を背負いながら、世界に許しを請うても。
ナナリーに会っても。
彼女は、だってもうすぐいなくなるんだから。
ナナリーは、新しいナイトオブラウンズをつれていなかった。黒髪に紫の瞳の、どこかルルーシュに似た青年の騎士だけをいつも連れていた。
ルルーシュは被っていた帽子もスクリーングラスもとり、少しづつナナリーに近づいていく。
ナナリーは、車椅子で、騎士に守られてルルーシュの墓に花を捧げている。
あの丘から、その姿を何千回も毎日見守っていた。ナナリーは決まった時間にルルーシュの墓に訪れ、花を添えてそして宮殿に帰る。それにあわせて、ルルーシュも毎日外出して、丘からナナリーの後姿だけをずっと見つめていた。
手を伸ばせば届きそうな距離。でも、ルルーシュはその距離を保ったままだった。
「誰ですか。誰か、いるのですか」
ふいに、ナナリーがこちらに声をかけてきた。
もう、許されてもいいのかもしれない。そんな気がした。
この世界に俺はいない。俺はもう死んでいる。
「・・・・・・・るよ」
「え?」
「愛してるよ」
「お兄・・・・・様?」
ナナリーは目を見開く。側にいた騎士が、こちらに向かってやってくる少年を見つめる。
「そこで止まれ!この方は元皇帝ナナリー様であらせられる」
「いいのです。いいのです・・・近くへ」
「ナナリー様。どうぞ、いつまでもお元気で」
「あなたも、お元気で。あなたは私の死んだ愛しい兄にとてもよく似ていらっしゃる。何度か、丘の上でお見かけしました。二人にしてください」
騎士はその言葉に敬礼すると、足早に去っていく。
「あの騎士は、俺に似ているな」
「ええ。だから、騎士に選んだのです。お兄様」
ナナリーは顔を歪めて泣き始めた。
「やはり、生きていらしたのですね。どうして、もっと早く、現れてくれなかったのですか。なぜ、何も言わず姿を消したのかは問いません。でも、何故帰ってきてくれなかったのですか。コード継承者の保護を、このブリタニアはしています。なのに、あなたは帰ってこなかった」
「この世界では、俺は死んでいるから」
「・・・・C.C.さんもご一緒なのですか?」
「ああ。一緒に暮らしている。おれたちはコードを継承して、年老いることもなければ死ぬこともない。世界の倫理から外れた魔王と魔女」
「魔王でも、私はあなたを愛しています」
「ありがとう。ナナリー。俺も、愛しているよ」
ルルーシュは、半世紀ぶり以上も時間をかけて、やっと妹をこの手で再び抱いた。小さくなってしまった妹。こんな老婆になってしまった。それでも愛しいナナリーには変わりない。記憶の中のナナリーはいつでも少女の姿をして、お兄様と笑顔を振りまいていたが、今のナナリーは涙を零してルルーシュの手を握り締めた。
小さな手だった。本当に、枯れてしまいそうな、小さな手。しわしわで、91歳なんだなと、遠巻きにルルーシュは思った。
醜いとは思わなかった。年老いてもなお、ナナリーは美しかった。誰が見ても美しいというだろう。そんな女性だった。
ナナリーは、泣きながら「お兄様」と何度も繰りかえした。
悟っていたのだ。この世界のどこかで兄は生きていると。何もいわず失踪した兄を探したが見つからなかった。でも、世界のどこかで生きていると信じ続けていた。そして、いつか再び会いにきてくれると。
「遅いです・・・お兄様。遅すぎます。私、こんなしわしわのおばあちゃんになってしまいました」
「でも、綺麗だよ、ナナリー。愛しているよ」
「私も愛しています。お兄様、お兄様」
二人の兄弟は、互いの温もりを感じあう。
「ナナリー、すまなかった。一人にしてすまなかった・・・」
ついにはルルーシュの瞳からも、涙が流れた。
もう、枯れたと思っていた涙が、やっとルルーシュの瞳から溢れ、ナナリーの手に零れ落ちる。
ナナリーはコード継承者を保護することに成功したが、その中にルルーシュとC.C.はいなかった。世界には、二人以外にもコード継承者が三人いた。
世界から逃げるように隠れて生きていた人たち。
皆、目が死んでいた。
ルルーシュのアメジストの目も、いつの間にかそんな光を灯すようになっていると気づいた時には、もう兄の姿はなく、ナナリーは必死で探したが、訴えかけもしたが兄はついには帰ってくることがなかった。戻ってくることはなかった。捨てられたのかとは思わなかったが。兄は、限界を感じてブリタニアを去ったのだろうと。何故、もっと早くにコード継承者の発表を世界にしなかったのかと何度も後悔した。
ルルーシュは、絶対に世界のどこかで生きている。
ナナリーは、ルルーシュに会いたいという気持ちがつのりすぎて、気づけばルルーシュの墓に毎日のように、墓参りをかかさなくなった。
会えないなんて、死んだのも同じ。
ちらちらと、雪が降り出した。
「みてごらん、ナナリー。雪だよ」
「ああ、お兄様。昔、日本で雪を見ました・・・ブリタニアで雪が降るなんて珍しいですね・・・ああ、あの頃に戻りたい」
「ナナリー、ナナリー!!」
一瞬、呼吸が止まったのかと思ったが、ナナリーはしっかり呼吸をしてルルーシュに向かって哀しく微笑んだ。
「やっと、許される。私の、罪」
「罪?」
「お兄様を見殺しにした、罪を。気づかなかった罪を。世界のために、あなたは死んだ。生きているお兄様はまるで幻。あなたは、ゼロレクイエムの時に死んでしまったのですね」
「そう。俺は死んだ。もう、いないんだ」
「私は、世界を憎みました。お兄様を奪ったこの世界を。でもお兄様はコードを継承して生きていた。でも、また世界を憎みました。コードのある世界を。コードのせいで、お兄様は私の前からいなくなった。どんなに探しても見つからなかった。お兄様をこんなにしてしまったのは、きっと全て私のせいです。でも、もう許されるのですね」
「罪なんて、ナナリーには最初からなかったよ」
老婆の皇帝は、にこりとまた微笑んだ。
そして、ゆっくりと目を瞑る。
「許される・・・・私もお兄様も・・・・・」
「おやすみ・・・・」
ルルーシュは、涙を浮かべてナナリーを今一度抱きしめると、頬にキスをした。
永遠の眠りについたナナリーは、とても安かな表情をしていた。
もう、会うこともないだろう。永遠に。
ナナリーの死が近づいていると気づいた時、動揺はしなかった。いつか、絶対に死に別れる運命なのだ。コードを継承したときから知っていた。
「世界に、許される。許されたい、俺は」
もう目を開けることのない最愛の妹を抱きしめて、ルルーシュは雪降る空を仰ぎ見た
「ナナリー。雪は綺麗だよ。雪と一緒におやすみ・・・・ナナリー。愛しているよ、永遠に。この空が存在し続ける限り俺はお前のことを愛し、そして忘れない」
おやすみ。
最期になってごめん。
ずっと会いにこなくてごめん。帰ってこなくてごめん。
ルルーシュは、ナナリーの車椅子に、自分の墓に添えられていた花束を乗せた。
「愛してるよ」
その言葉だけが、世界に残る。
こうして、元100代目皇帝であったナナリー・ヴィ・ブリタニアは91歳の生涯を終えた。
それは、ある秋の出来事。
ナナリーが死去した時、一人だったことから暗殺疑惑が浮かんだが、老衰であったことがはっきりと判明する。
皇帝と一緒にいた少年は、ようとして行方は知れなかった。
「ルルーシュ、お帰り」
「只今・・・」
「泣いたんだな。目が真っ赤だ。ナナリーは?」
「死んだ」
「そうか。お別れはうまくいったか?もっと早くに会いにいってやればよかったのに。私と違って、お前には友人も家族もいた。なのに、お前は皆の最期にだけ会いにいく・・・私には理解不能だよ。私なら、ずっと側にいる。いられる限り、側にいる」
「愛しているから。だから、側にいれなかった」
「おかしなことをいうものだ」
ナナリーは、雪が降り出した空が、泣いているような空だと思った。
ルルーシュと同じで、泣いている。
「遠くからでも、愛している心は変わらない。ナナリーとちゃんと最期にあった。現実を受け入れた。目を背けなかった・・・・」
「そうか。よくやったな」
C.C.は、その腕でゆっくりとルルーシュを抱きしめて、ベッドに座った。
縋りつくように、ルルーシュはC.C.の肢体の膝に顔を埋めて、そして涙を零した。
「愛していた。誰より愛していたナナリー。こんな別れになってごめん。本当は、ずっと側にいたかった。ナナリー、ナナリー」
「ナナリーは、きっと天国でお前をずっと見守っていてくれるよ」
「俺は、世界に許されたかな?少しは」
「十分だろう。許されているさ。なんのために、永遠という苦しい時間を生きているんだ、私もお前も?」
「・・・・愛している。お前だけは、いなくならないでくれ、C.C.」
「私も愛しているよ、ルルーシュ。どうか、お前だけは私の側にいてくれ。私ももう一人は嫌だ」
「俺もいやだ」
二人は涙を流してキスをする。
唇に、頬に、額に。
空は雪を降らして泣き続けていた。
いつまでも、しんしんと雪を降らし続けていた。
結局、ナナリーの葬儀にルルーシュは出なかった。
ナナリーの葬儀は盛大に行われた。世界中の人が哀しんだ。
「この住いも、もう終わりだな」
「そうだな。ナナリーと別れをするためだけに、ここに留まっていたんだろう」
「ああ」
二人は、また荷物をまとめ、世界をあてもなく旅することにした。
その先に何があるのかは分からない。
でも、ルルーシュの隣にはC.C.がいて、C.C.の隣には、ルルーシュがいる。
二人はいつも一緒。いつも側にいる。
どの時代でも。何十年、何百年経っても、二人は一緒に旅をして、時には住居を構えて生き続ける。
「いつか、また会いにいくるよ、ナナリー」
ルルーシュは、綺麗にされている自分の墓の隣に葬られたナナリーの墓に白い薔薇を捧げると、天を仰いだ。
雨上がりの薄い夕暮れだった。
まるで、ナナリーの瞳の色だ。
そう、ナナリーの瞳の色も空の色だったんだ。
そんなことに遅まきながらに気づいて、そして歩き出す。
いつか、また出会えるといいね。
どんな形でも。
「愛している、ナナリー」
墓を今一度振り返る。Lの世界のナナリーは、まだ少女のまま。
ルルーシュは、記憶に埋もれるように、時折Lの世界に入っては、ナナリーと会話をして微笑みあって、そして目を覚ます。
ルルーシュの中で、ナナリーは永遠に死んだわけではない。精神世界の中で生きている。
ナナリーは、ルルーシュの全てでもあった。
Lの世界にナナリーを残したことを、ルルーシュは後悔していない。ナナリーのいなかった数十年間も、自分だけの世界、Lの世界でナナリーと夢の中で過ごした。
それは、きっとこれからも変わらない。
ルルーシュの中で、ナナリーは永遠に生き続けるのだ。
「さよなら・・・・」
でも、本物は死んでいるとちゃんと受け止めている。
せめて、夢の中で時折会うくらいはいいだろう。
「お前は、根暗だな。Lの世界なんて。まぁ、私もCの世界で昔はやったがな。安心しろ。私は消えたりしない。お前の側にいるよ」
「ああ、俺もお前の側にいる。契約しただろう。お前の望みを叶えるまで側にいるって」
「その契約は、いつ果たされるのやら・・・」
「さぁ。何百年何千年・・・・いつか、見つかるさ。コードの解除方法か、コードを誰かに継承させて。生きるのが一緒なら、死ぬときも一緒だ、C.C.」
「当たり前だろう、ルルーシュ。L.L.だったか?」
「ルルーシュでいい」
空は、綺麗な夕暮れの色。
「ルルーシュの瞳の色の空だ」
「そうだな。朝がくれば、お前の瞳の色になる空だ」
二人は手を繋いであるきだす。
今までありがとう、ナナリー。愛しているよ。おれは、これからも生きていかなければならないから、行くよ。
また会いにいくる。
また、会いに。
空は、ナナリーの瞳の色でもあった。
綺麗な夕焼けに二人は染まりながら、ブリタニアをあとにした。