オペラ座の変人







「ナナリー!」
「お兄様!!」
エリア11の総督としてやってきたナナリーの身辺は警護が頑丈すぎて、なかなかナナリーに会えずにいた。
あらゆる計画を練り、総督であるナナリーが外に出て、なおかつ警備が少ない時を狙って、ルルーシュは黒の騎士団とギアスを使い ナナリーと二人だけの対面を果たした。
ナナリーがつくった日本行政特区を受け入れた黒の騎士団とゼロ。
周囲の警備では二人きりになることはできないし、ゼロがルルーシュであるとナナリーにばれてしまっても困るのだ。

なんとか苦労して、ルルーシュはナナリーをつかの間の間取り戻すことができた。
このまま黒の騎士団と共に手元に置いておきたいが、それはナナリーの心を踏みにじる行為である。
ルルーシュは、そっとナナリーの手を取った。
「本当に久しぶりだねナナリー。元気そうでなによりだ」
「お兄様こそ。ずっと行方不明と聞いていてとても心配していましたの」
涙を流すナナリーの頭を撫でて、ルルーシュは言い聞かせた。
「俺は、あの変態皇帝に狙われているんだ。だから、ナナリーには皇帝は俺が行方不明であると言ったのだろう。俺はちゃんとアッシュフォード学園に通っているし、 元気にしているから、どうか泣かないでくれ」
「そうでしたの。お父様のお兄様への執着ぶりは尋常ではありませんから。行方不明といい気かされていたのも分かります」
ナナリーはルルーシュに抱きついた。ルルーシュも零れるような笑顔でナナリーを抱き返す。
1年という長い年月を離れて過ごしたのは生まれてはじめてのことである。

「ナナリーは、エリア11の新総督だから。俺は今民間人ということになっている。あまり時間がない」
「お兄様。お兄様は、皇子として一緒に暮らす気はないのですか?」
「ナナリー。そうしたいのはやまやまだが、あの変態皇帝の思う壺になってしまう。ナナリーは総督としての義務を破棄する気はないだろう?」
「はい」
二人して、小さなため息をついた。
「このまま、ナナリーを連れ去って、一緒に日本のどこかで静かに暮らしたいな」
「私もです、お兄様。総督も皇族であることも捨てて、お兄様と一緒にいきたい。でも、私にはすることがあるのです」


「ナナリー。数ヶ月遅れの、誕生日プレゼントだ。オペラを一緒に聞きに行きたいと言っていたな。チケットは特等席を二人分用意してある。いこう」
「お兄様!!」

かつて、オペラを一緒に聞きにいきたいとナナリーが言ったことを忘れるわけがないルルーシュである。ナナリーに関してはシスコンと指摘されても否定のしようがない。

タクシーを拾って、オペラ座にやってきた。
事前に手配してギアスで主催者や警備員にはナナリー総督がきても騒がないようにと暗示をかけてある。
念のために、ナナリーには地味な服を着てもらい、頭からは薄いが外から見ると顔が分からないヴェールをかぶせ、車椅子も別のものと交換している。
観客の誰も、ルルーシュに車椅子を押されていく少女がエリア11の総督で皇女殿下とは分かるまい。
特等席につき、ナナリーを隣に座らせて、公演が開かれるのを待った。


開幕して、何時間が過ぎただろうか。
ナナリーはオペラ歌手の声に耳を傾けている間中、ずっと兄であるルルーシュの手を握ったままだ。
ルルーシュの肩に頭をもたれさせかけ、とても幸せそうな顔をしている。
自然と、ルルーシュの顔からも綺麗な微笑が零れる。
ずっと、こうしていたい。ナナリーが側にいる。体温が近い。一緒に育った、唯一の誰よりもかけがえのない存在である妹。
心地よいテノールと歌声。

やがて公演が終わる。そして、歌手たちがステージに集い、観客たちから盛大な拍手が送られた。
ナナリーもルルーシュも、惜しみなく拍手を送った。

「さて、ここで突然ですがアンコールではありませんが、特別ゲストを用意しておりますので、皆様方、どうぞそちらのほうもお楽しみ下さい」

ジャン。
いきなり音が変わる。
ついでにどこからか怪しいスポットライトが中央にあてられた。

現れたのは小さな幸せさえ破壊するうんこ巻きの髪型の男。
白ブリーフを頭からかぶり、今回は黒いマントをしていない。
皇帝の衣装は、ずばりバレエを踊る人のそれそのものだった。白鳥の湖でもイメージした衣装。女性ものの衣装で、ほぼシースルーなのがえげつない。
更にえげつないのは、股間から白鳥をもした鳥の首を生やしていることだった。

「うぐっ」
視界からのダメージを食らったルルーシュは、何故ここにとは思わず、やはり現れたかと歯軋りした。
皇帝は今頃、本国ブリタニアで会議の最中であるはずなのに!
白鳥の湖の音楽にのって、皇帝は歌いながら踊った。
観客たちは大半が失神している。
主催者さえ泡をふいている始末だ。

異変に気づいたナナリーが、不安そうにルルーシュを仰ぎ見た。
「お兄様、お父様の声がします。まさか……」
「そのまさかだ!逃げるぞナナリー!」

「愛しのナナリーちゃんにルルーシュちゃん。お父さんの華麗なダンスをみておくれ〜」

ルルーシュは懐から煙球を取り出すと、ステージに向かってそれを投げた。
「おおうルルーシュ酷い」
煙で噎せる皇帝を放置して、ルルーシュはナナリーを車椅子に座らせて、ダッシュでその場から逃げ出した。
背後から、股間にはえた白鳥の頭をぶらぶらさせながら追いかけてくる(しかも踊りながら)皇帝に、ルルーシュは更に速度をあげる。
そして、なんとかまいた。

待たせていたタクシーに乗ろうとして、ルルーシュは悲鳴をあげた。
「いつの間にぃいいいいいいい!!」
運転手のかわりに、皇帝がタクシーをのっとっていたのである。
気配で察知したのか、ナナリーが困った顔をした。
「お父様…」
「ナナリーにルルーシュ、お父さんを置いてオペラを二人きりで聞くなんてずるいぞ」
「お父様、そうじゃないんです。お兄様が、私の誕生日プレゼントにって」
「ああああああああああ!ナナリーの誕生日プレゼント私も忘れていたではないか。ナナリー、お父さんは会議を抜け出してここまでやってきたんだ。 本国にそうそうに帰らなければならない。ナナリーも、いつまでも抜け出してルルーシュと一緒にいるわけにもいかんだろう。本国についたら電話をするから、 ナナリー、なんでも好きなものを言いなさい。なんでも買ってやるぞ」
「いいえ、お父さま、そのお気持ちだけで私は十分です」
「こらこの変態皇帝!よくもナナリーとのかけがえのない時間を邪魔したな」
ルルーシュは皇帝の頭をどこから取り出したのか分からないすりっぱで何度も殴った。
「いたたたた!そういうなルルーシュ!誰がナナリーの身辺の警護を薄くしてやったと思っているのだ」
「……まさか、お前が?」
「そうだ。皇帝とて人の子。ルルーシュがナナリーと再会したがって泣いているのしってたんだもん。うふん。今日の衣装どうだ、セクシーだろう」
「もしも本当ならば感謝するがなぜもっとまともな格好をしない!」
ベシベシ。
「お兄様、楽しそうですね。ナナリーにもやらせてください」
ナナリーにもスリッパを渡して、兄妹二人で実の父親であるブリタニア皇帝の頭を殴り続ける。
ルルーシュのスリッパには実は鉄がはいっているので、叩けばかなり痛いはずである。
「ああん、もっと殴って〜〜〜。じゃない、ルルーシュ、さぁ、ナナリーと共にきたければ白ブリーフをはけ!」
「く、白ブリーフだけは絶対にはかない!」
「お父様、酷いです。お兄様に白ブリーフなんて卑しいもの進めないでください!」
ベシベシベシベシ。
ルルーシュとナナリーは、皇帝が白目を向いて気絶するまで殴り続けた。
ナナリーは繊細な容姿とは裏腹に力が強い。しまいにはエルボーしたり…。


「さぁ、ナナリー帰ろうか。お前の騎士も心配しているだろう」
皇帝を退治してルルーシュはとてもスッキリした顔をしている。
「いいえ。私には騎士はいません。私の騎士は、永遠にお兄様だけです」
「ナナリー!」
抱き合う二人。 タクシーの中でもっと殴って〜とうわ言を言う皇帝。

ルルーシュは、ナナリーを総督として滞在している館まで送り、そのまま帰路についた。
途中変態に邪魔はされたが、今日はとても良い一日だった。
また、いつかナナリーと二人きりになりたいものだ。