10回目の挑戦









これで10回目の挑戦になる。
いざ、陣妙に勝負!

王都グランセルの居酒屋サニーベル・イン。王都だけに人で賑わい、昼間だというのに酒や料理を楽しみに集った市民達の顔がいたる席で見受けられる。
中には子供連れの家族もいて、子供にはカクテルのような甘い酒か、もしくは料理だけで飲酒はさせていないようだった。

「ふっ。勝利の美酒を味わいたまえ」

居酒屋には、かの酒豪たる遊撃士シェラザードの他に、ギルドからの呼び出しとオリビエが芝居を打って、アイナまで招かれている。
この二人を前に、酒に酔わないという薬を飲んで、市民の青年とオリビエはアイナを、酒に酔わすための勝負を挑んだが、あえなく沈没した。
見ていただろうシェラザードも、エスエルたちも呆気にとられるほどの酒豪、アイナ。
ざるを遥かに通り越してもううわばみじゃないかね?とか、酷い二日酔いにうなされて、教会で神父の手当てを受けながら朦朧とした意識でいつか、一人でせめてシェラ君を負かしてやろうと誓った。

そして、これで10回目の挑戦になる。
アイナは、あくまで付き合いということで。流石のオリビエも、二人の強敵に一人で挑むだけの勇気も度胸もない。
いや、度胸だけならあるかもしれないが、どうもアイナのあの酒豪ぶりを、過去の日の悪夢を呼び覚ましそうで、ぶるぶると、全身が震えて顔が蒼白になる。

「乾杯の前に、一曲」

ポロロロンと、オリビエ自慢のリュートが鳴り響く。
いつものお決まりの如く、熱烈な歌詞を口ずさみ、二人の女性のハートをキャッチしようとするけど、それは投げ返されてきた。
「おかわりー」
「もう一杯いただくわ」
すでに、二人はオリヴィエを無視して飲み始めていた。
しかも、居酒屋最強のアルコール度を誇る高い酒をあるだけもってこさせている。
支払いはもちろんオリビエ。ギルドの呼び出しではなかったとアイナにばれたが、しかしタダで酒が飲み放題とくれば問題は別ばかりに華やかな笑顔を浮かべている。
シェラザードも、銀色の髪に褐色の肌を、僅かのアルコールの火照りも見せないまま次々と飲んでいく。

「ああ、待ってくれたまえ!シェラ君、アイナ君!」

オリビエは、旅の演奏家、ということになっているが、実際の身分はかの大国エレポニア帝国の、諸子ではあるがれっきとした、現皇帝の息子、皇子という尊き身分にあるのだが、そんな匂いも気配も全く感じさせない、ただの自己陶酔したアホにしか見えない。
綺麗な流れるような肩より少し長い金髪と、紫の瞳が、それでも出自の身分の高さを少しだけ感じさせてくれるかもしれない。あくまで、オリビエの正体をオリヴァルト皇子として知っている者なら、の話であるが。

「か、かんぱーい!」

オリビエは演奏をやめて、3人で乾杯すると、シェラザードを見た。

「ふふふ、愛しの子猫ちゃん。シェラ君、僕が勝ったら、熱いヴェーゼのキッスを・・・」

ゴン。
シェラザードは、オリビエをテーブルの上に沈めた。
「オホホホホホ。さあさあ飲むわよ!」
「そうね」
シェラザードとアイナは次々に酒の蓋をあけていく始末。
オリビエも飲みまくるが、シェラザードの勢いにはついていけず、どんどん頬に赤みがかかっていく。

「大丈夫かな?」
「そう思うなら、とめてあげれば」
様子を別の席から見ていたエステルとヨシュアは、オリビエがどんどんアルコールに火照っていく様を、頬杖をついて、カクテルを飲みながら静観していた。

「あははは。目が回る〜〜きゅう」
バターン。
勢いよく、椅子から後ろに転げて、オリビエの10回目の勝負はまたシェラザードの勝利となった。

「さてと。そろそろ止めるかな」
ヨシュアが、このままでは、居酒屋の酒を全部飲まれてしまいそうなので、シェラザードとアイナ、アルコールの匂いをさせてはいるが、酔ったかんじはシェラザードの頬に僅かな赤みをさしているくらいで、うわばみのアイナはけろりとしていた。
「ごちそうさま〜」
「ご馳走様」

ペコリと、二人でオリビエに感謝をしめしてから、オリビエを踏みつけて、二人は遊撃士ギルドに戻っていった。

「あはははは。子猫ちゃ〜〜〜ん。僕の歌は今宵も月のように艶やか・・・・・・きゅう」
ヨシュアになんとか担ぎ起こされて、目を回しながら呂律の回らない言葉で、オリビエはいつもなら、ここでヨシュアを口説きにかかるのだが。
この男、まさに女子供男にいたるまで、口説かずにはいられない節操なしだ。
まぁ、本気なのかどうかも分からない、ひらひらと宙を舞う花弁のように、自由自在にオリビエは、その時その時で違った行動をとる。

「お支払いのほうは・・・・」
居酒屋のマスターが、オリビエに近づく。オリビエは、ふと正気に戻ると財布を取り出そうとして、ないのに気づいた。
「うおおお、僕ピーンチ!人生最大の・・・・ということで、帝国大使館に請求してくれたまえ」
「はい、ではお電話いたしますね」

電話。
やばい。でも足がもつれて、動けない。


「お前という男は!!!!!」
帝国大使館からやってきた、支払いのために現れたミュラーは、その支払いを、帝国の金で使わせるなどできぬと判断し、自腹をきった。
そして、オリヴィエの身柄をヨシュアから預かって、コートの首の後ろをつかんで、帝国大使館へと引きずっていく。

「あーれー。愛しい友人を助けにきてくれたのではないのかね、ミュラー!もっと優しくして!」
「ええい、おぞましいことを言うな、この馬鹿者があ!」
「いやん」
身をくねらせるオリビエに、ミュラーは一言。
「頭蓋骨が砕けてもいいか?」
剣に手をかけている。
「ゴメンナサイ、マイリマシタ、モウシマセン」
でも、オリビエはミュラーに抱きつくと、その耳元に息を吹きかけた。
「お前というやつはーー!」
オリビエに拳骨を一つかます。
オリビエは完全に沈黙した。そのまま、ずるずると帝国大使館まで引きずられて、彼はミュラーに1週間外出を禁止されたそうだ。
とうのオリビエは全く反省しておらず、また勝負を挑もうなどど、無謀なことを脳内で妄想しているのであった。