海(冬)







「寒くなってきたね・・・・・・」

「ああ・・・・・・」

ざぁんざぁんと、打ち寄せる波が、音を立てる。

人間に見えないのだからと、死覇装に隊長羽織をきて海にきていた。

本当なら、現世で虚を退治する真央霊術院の生徒たちをみていないといけないのだが、それは檜佐木に任せてきた。

大規模な虚退治なので、隊長副隊長格も、同行するようにとの命令だったが、檜佐木の他に吉良もいたし、今年の院生は大分腕が高いので抜け出してきたのだ。

ばれたら、きっと山本総隊長に怒られるなと思いながら、二人きりの時間を現世で過ごす。

「本当なら、もっと賑やかなとこにいって、遊びたかったんだけど、生徒たちをほっぽりだした上に遊びにいったとあっては、流石にお小言だけでは済まされないだろうからね」

山本総隊長の怒った顔を思い出すだけで、身震いがした。

「だったら、最初から抜け出さなきゃよかったのに」

浮竹は、浜辺で貝殻を拾っていた。

「海は、現世にしかないからね」

広がる広大な海を見つめて、ただ二人静に寄り添いあう。

「覚えてる?昔、みんなで海にきたよね。西瓜割とかして・・・・泳げない浮竹に、浮輪を渡して泳がせたりしたよね」

「きてすぐに日差しにやられて倒れたことも覚えている」

「また、あんな楽しい日々がくればいいけどね」

「一護君は、今霊圧をなくしているからな・・・・」

あの夏の海を企画してくれたのは一護だ。女性死神協会の協力があって成しえたのだが、一護がいなければ京楽が海にくるということもなかった。

「海は変わらないよ。何百年前かなぁ・・・・・現世の海に初めて遊びにいったのは、院生時代だったよね?」

「あまり覚えていないが、確かそうだったはずだ」


京楽は、まだあの時のことをはっきり覚えている。

浮竹は、自分が体が弱いのだと説明しておいた。おまけに、泳げばないことも伝えておいた。クラスメイトたちは、文武両道の浮竹の言葉を信じずに、まずは海に投げ入れられた。

結果、おぼれた。

京楽が人工呼吸をしてくれたことで、なんとかなったが、危うかった。

京楽は、時の扉をあける。



「またぁ、浮竹が泳げないだって?そんなはずないじゃないの」

京楽も、浮竹が泳げると思っていた。

まだ、春の4月に入学して3か月しか経っていなかった。病弱で肺の病をもっているといっていたが、一度として発作を起こさず、誰もが本気にしていなかった。

文武両道である浮竹をねたむ者も多かった。友人はできていたが、まだクラス全体に馴染めないでいた。

友人たちが、海に入っていく。友人たちは、浮竹があまりに嫌がるので、海にはいれなかった。

クラスメイトの数人が、嫌がる浮竹を無理やり海の中にひっぱっていった。

ざぁんざぁんと打ち寄せる波の音まで、はっきりと覚えている。

「俺は、泳げないんだ!」

「またぁ、そうやって嘘つく」

水着にさえ着がえていなかった。学院の服のまま引っ張っていかれる浮竹を見て、京楽が声をかける。

「ちょっと、無理やりは流石にないんじゃないの」

「黙ってろ」

「どうせ泳げるんだぜこいつ。何せ文武両道だし、肺の病持ってるとか嘘ついてるし」

京楽は、浮竹の存在を気になってはいたが、まだ好きとか嫌いだとか、そんな感情を抱いていなかった。

「〜〜〜〜!」

声にならない悲鳴をあげて、浮竹が沈んでいく。

「え。まじで泳げないの?」

「ちょ、やべぇんじゃね?先生よんでこい」

「助けるのが先決でしょ!」

京楽は、海に飛び込んだ。水を吸った衣服は重かったが、浮竹自体の体は軽かった。

「おい、浮竹!」

ぺちぺちと頬をたたいても、反応がない。息もしていない。

「おい、やばいぞどうしよう。こいつ、一応貴族だったよな。下級だけど・・・・・」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

浮竹に息を吹き込む。何度か繰り返すと、げほっと、海の水を吐いて、浮竹が意識を取りもどした。

ごほごほと咳込む。その背中を撫でていると、浮竹はやっと落ち着いたようだった。

浮竹を抱き上げて、京楽は先生にこのことを報告した。

京楽は上級貴族でも名のあるほうだ。睨みをきかせれば、さっきの流魂街出身のクラスメイトなぞ、学院から追放なりなんなりできた。

「すまない・・・・京楽」

お互い、名前は知っていた。でも、その程度だった。

「もう、大丈夫だから」

その時、現世にきていたのは夏期行事のおかげだった。現世で一夏を過ごして、友人同士の仲を深めようという行事だった。

次の日、浮竹は起きてこなかった。

前の日が前の日なので、心配になった京楽は浮竹の部屋を訪ねた。

「浮竹?」

返事はなかった。

「入るよ?」

ベッドに寝ている浮竹の近くにいく。ぜーぜーと、辛そうな呼吸をしていた。顔色だけで、熱があるのが分かった。

「先生、呼んでくるから!」

浮竹の返事はなかった。


結局、浮竹は寝込んで2日ばかり行事を欠席した。

現世では、虚退治についても学ぶ。

流石に入学したてで実力もないので、虚退治を実演することはなかったが、副隊長クラスの死神が中心となって、虚の存在をみせ、倒す場面を披露した。

「聞いたか、浮竹の話・・・・・・」

「ああ、溺れて死にかけたらしいぜ」

「全員解散!」

京楽は、浮竹のことが気になって相部屋の相手と部屋を交換してもらった。

「浮竹、大丈夫かい?」

げほげごと、扉ごしに咳込む音が聞こえる。

「相部屋の相手と部屋変わってもらったから、しばらく君の部屋で寝泊まりするよ」

中に入ると、ぞくりと京楽は身を凍らせた。

真紅。

真紅真紅真紅。
鮮血鮮血鮮血。

部屋は、浮竹のはいた血で真っ赤になっていた。

ベッドもカーテンも絨毯も。

「げほっげほっ」

咳込む音と一緒に、鮮血をまき散らす。よほど狂しいのか、泣いていた。

「すまな・・・・・・・薬が・・・・・荷物に・・・・・・・」

とぎれとぎれの言葉を繋いで理解し、勝手に浮竹の荷物を漁った。

薬らしき錠剤を手に、浮竹の元にいく。

なんとかコップに水をいれて、もっていく。

かたかたと、自分の指が震えているのが分かった。

怖かった。血というものの色が、こんなにも鮮やかなものなのだと初めて知った。

薬を何とか飲んで、それでも吐血を繰り返して・・・・・もはや、先生をよぶとか、そういうレベルじゃない。

京楽は、気づくと浮竹を抱き上げて走っていた。

「死ぬんじゃないよ!」

念のためついてきていた4番隊の死神のところに駆け込む。

「これは酷い!こんなになるまで、何故放置していた!?」

4番隊の死神は、席官クラスで実力もある。回道で癒されていく浮竹を見ても、まだ震えは止まらなかった。

浮竹浮竹浮竹浮

死ぬな。

死ぬな死ぬな死ぬな。

「君も、ちょっと休んでいきなさい。酷い顔色だ。震えは・・・止まらないのかい?」

まだ、自分の体は震えていた。

「浮竹は、助かりますか!?」

「一命は取り留めそうだよ。吐血することには慣れているみたいだし、薬も飲んだみたいだし・・・・あとはこの子の体力次第だね」

真っ白な髪の色が、吐いた血のせいで赤くなっていた。

「君も、着替えなさい」

自分の衣服をみる。浮竹の血がべっとりついていた。
汚いとは思わなかったし、気持ち悪いとも思わなかった。ただ、その緋色が。

怖かった。

浮竹のことを、たえず気に掛けるようになった。クラスメイトの前でも時折発作を起こして吐血した。

死んでほしくない。苦しんでほしくない。傍にいてあげたい。守ってあげたい。

いつしか、憐憫は恋慕に代わっていた。



「今でも覚えてる。初めて血を吐いた君が怖くなって・・・・・でも気になって。あれは、ショックなことだったけど、初恋だったんだ」

「はぁ?吐血した俺が初恋?」

「そう。怖いけど真っ赤で綺麗で。なんとかしてやりたい、身代わりになりたい、かわいそうで・・・そんな感情が渦巻いてた。気づくと。君に夢中になってた」

「おまえ、つくづく変なやつだな」

浮竹は、理解できないとまた貝殻を拾う。

「真紅が嫌いで、同時に好きになった」

「どっちなんだ」

「君が吐く血の鮮血の色は嫌いだよ。でも、衣服で染め上げられた真紅の衣装は好きだよ」

ほら、と、浮竹は首に巻いていた真っ赤なマフラーを浮竹に巻きつけた。

「君には血の色は似合わない。でも、衣服なら血の色でも似あう」

矛盾するその思い。


ざぁんざぁんと、波が満ちて引いていく。

京楽は、時の扉を閉めた。

「僕は、昔も今も、君が好きだよ。でも、君がもつ真紅は嫌いだ。でも、君が真紅の衣服を身に着けるのはとても好きだ。その白い髪と白い肌に、よく映えるから」

「わけのわからないやつだな」

「まぁ、君に夢中ってわけ」

冬の海は冷たい。

身を切るような、海にむかって、京楽は歩いていく。

「京楽!?」

浮竹が、京楽を止める。

「どうしたんだ・・・・・?」

「いや、冬の海は冷たいだろうなと思って」

「風邪でも引く気か!」

「そしたら、君に看病してもらおうかな」

「バカを言うな」

拾った貝殻が、地面に全部落ちる。

「お前には、健やかでいてほしい」

浮竹は、京楽に抱き着いていた。

「・・・そうだね。僕が風邪ひいたら、絶対君にうつして風邪ひかせちゃうものね」

「お前が元気でいてくれることが、俺の幸せなんだ」

「じゃあ、僕の幸せも君が元気にいてくれることだね。この想いは、きっと君の数倍もある」

浮竹が落とした貝殻を拾いあげて、京楽は微笑む。

「また、いつか二人で海にこよう。みんなを誘っていこう。きっとまた、楽しいよ」

「許されるなら・・・・・・・・いつでも、お前の傍に在りたい」

「許されなくても、僕は君の傍にいるよ。いつまでも」



ざぁんざぁんと、海が泣く。

数百年の時を生きる恋人たちは、貝殻を拾って、現世の持ち場に帰る。


いつまでも、海は泣き止まなかった。