小説







夏のうだる暑さもすぎ、少しだけ涼しくなった。天気もいいのに、今日も浮竹は布団で臥せっていた。

乱れた白い髪が、畳にまで広がっている。白い布団にかけ布団も枕も白く、髪も白いし肌も白いし・・・・・・とにかく、白にまみれた中に、気だるげな翡翠の瞳が輝いていた。

「京楽」

京楽はというと、涼しげな顔で他愛もない恋愛小説を読んでいた。

「京楽」

名をもう一度呼ぶと、京楽が本を放り投げて、浮竹のほうにやってきた。

「どうしたの、浮竹」

「暇だ・・・・・寝すぎて寝れない。この熱じゃ遊びにもいけないし、何か面白い話でもないか」

「そうは言われてもねぇ」

京楽も、浮竹に無理をさせられないので、ただ静かに傍にいるだけで、実質なところ暇だったのだ。だから、陳腐な恋愛小説など読んでいた。

「小説でも読むかい?」

「この熱で、本を読めと?」

熱でくらくらするのに、文字なんておってられない。

「じゃあ、僕が読んであげる」

「ああそうしてくれ・・・・・」

「きゃああああああ。まち子は悲鳴をあげた。徹は、まち子の豊満な胸をもみしだき、これでもかというほど勃起させた一物をまち子に見せた。いやああああ。まち子は逃げ出そうとしたが、徹が許さない。徹はまち子を裸にむくと・・・・・・」

「京楽」

名を呼ばれて、棒読み状態だった京楽の朗読が止まる。

「なんの小説よんでるんだお前は!」

飽きれてものもいえないとは、こういうことを指すのだろうと、浮竹は思った。

「あれ、気にいらなかったかい。現世で売れてる小説なんだけど。タイトルは巨乳淫乱まち子」

「なんつー小説を。誰が買ってきたんだ」

「え、図書館においてあったんだけど」

「・・・・・・・」

瀞霊廷にある図書館は広い。いろんな、それこそ価値のある文献がいっぱいある。最近では、若者にも本を読ませようと、現世の本や雑誌なんかも置いてあった。
そんな中から、戯れに選んだ一冊だったのだが、浮竹には受け入れてもらえないようだった。

「他に違う本はないのか」

「あるよ。童話だけど」

「もうそれでいい。聞かせてくれ」

「あんあんあん。赤ずきんは、狼の巨根につらぬかれ、あられもない喘ぎ声をあげた。ぐへへへ、俺がくっちゃうぞ。あんあんだめだめ、そこはだめ。狼は、赤ずきんの足を大きく開かせて、自慢の一物を・・・・・・」

「京楽、わざとか?」

「え?いや、これ童話のとこに置いてあったんだけど」

「どう考えても大人向けだろう!」

起き上がって、京楽から童話とカテゴリされているらしい本をとりあげる。

クラリと熱にやられて、その体が傾いだ。

「浮竹!無理するから・・・・!」

「させたのは、どこの誰だ」

熱に潤んだ瞳で睨まれる。

「じゃあ、最後の一冊を・・・・・・」

「まともな内容なんだろうな?」

「多分」

布団に寝かせられて、浮竹は京楽の声を聞く。さっきから、頭痛までしてきた。解熱剤はんだが、一向に熱が下がらない。

こんな病弱な身体なんてと、自分で呪いながら、浮竹は京楽が本を読んでくれのを待った。

「あったんだ、本当に。本当に、楽園はあったんだ。ゾフィーは、その蒼い瞳を煌めかせて、仲間のシャルロットの方を向いて叫んだ。楽園だ!私たちが自由になれる場所は本当にあったんだ!」

浮竹は、目を閉じて京楽の朗読を聞く。

「シャルロットは、もともとフロス王国の王位継承権をもつ少年だった。ゾフィーと出会い、楽園を求めて旅をしていた。楽園とは、人間が悪魔に食べらるのことのない、世界でただ一つの安全な場所」

浮竹が止めないので、京楽は続ける。

「楽園で、ゾフィーはたくさんの人間を見た。悪魔に腕をかじられた少年は、命からがら外から楽園に逃げきたのだという。楽園の外には、今でも虐げられている人々がいて、悪魔が人間を攫ては食っていく。ゾフィーは、シャルロットの手をとった。私たちの力で、楽園を広げましょう。悪魔を退治して、虐げられている人々を救いましょう。ゾフィーは聖女だった。背中の白い翼を広げ、シャルロットを抱えながら空を飛んでく・・・・・・」

「続きは?」

「シャルロトは、剣を構え--------------」

長々とした朗読を聞き続ける。

「それで、シャルロットとゾフィーはどうなったんだ?」

「天使の子であるゾフィーは天界に帰り、シャルロットは人間だけれど、ゾフィーに祝福され、聖人となって天界で、楽園の管理者になりました・・・・・・・」

「終わりか?」

「いや、続くみたいだよ」

「続きが聞きたい」

「気に入ったの、この話?」

「なんとなく、続きが気になる。京楽、図書館にいって続きを借りてきてくれないか」

「いいよ。ちょっと待っていてね」

京楽は、浮竹に受け入れられなかった2冊の本と、さっき浮竹に聞かせてあげた「楽園のゾフィー1巻を手に、瞬歩で図書館にいくとまずは3冊を返却した。これまた瞬歩で続きの2巻を見つけて、司書に手続きをして本を借りてて、雨乾堂まで戻る。

「早かったな」

「瞬歩使ったからね」

楽園のゾフィ−2巻を読み出す。

「うっ・・・・・・・・」

「お前が泣いてどうする」

「だってゾフィー、シャルロットの命を助けるために自分の心臓を神にささげたんだよ!シャルロットの心境を思うと涙が・・・・・・・・」

けっこう、京楽は感動ものの小説に弱いらしい。
目頭の涙をふいて、京楽はよい話だったと評価した。

それは、浮竹もおなじだった。

「その作者の本、他にはないのか?」

「ん、作者・・・・・伊勢七緒!?」

「え?」

「うわほんとだ、七緒ちゃんの写真のってる。この本、七緒ちゃんが書いたらしいよ」

「本当か?」

少し熱が下がったのか、浮竹が布団からはい出てきて「楽園のゾフィー」2巻の巻末の作者のコメントをみる。

今より幼いかんじの、七緒のはにかんだ笑顔の写真がそこにあった。

「知らなかった。七緒ちゃん、童話作家だったんだ・・・・今度、サインもらおう」

京楽は、七緒ちゃんすてきとかしびれるとか言っていた。

「他の本は?」

「えーと・・・・・大空のアティー、翼のアントワル・・・・ある隊長のチョメチョメ」

「!?」

「ちょ、まさか」

京楽は、七緒に真相を聞き出す前に図書館から「ある隊長のチョメチョメ」を借りてきた。

二人して、ごくりと喉をならす。

赤裸々な自分たちを題材にした、BL小説でもあるのかと思って読んでいくと、山本総隊長の若かりし頃を描いた作品だった。

「心配して損した」

「いくら七緒ちゃんでも、上官の情事なんて書かないよ。多分」

ある隊長のチョメチョメは、思っていた以上に面白かった。

「今度、伊勢副隊長にあったら、サインをもらってきてくれ」

「毎日あうから・・・明日には、サインもらえるよ。それにしても、あの七緒ちゃんがねぇ・・・・・」

人は見かけによらないとはこのことだろうと、二人とも思うのだった。

「いい暇ぶつしになった。熱、お陰で下がってきた」

まだ微熱はあるが、起きていても大丈夫なくらい、体調は回復しつつあった。


うだるような暑さはまだ残っている。

浮竹は、畳の上にその白い髪を乱している。

口づけしてくる京楽を受け入れて、浮竹は目を閉じるのだった。