鈴虫







リーンリーン。

秋の穏やかな午後に耳に心地よい虫の音が響いた。

雨乾堂の隅に、飼育ケースがあった。

仙太郎が、ついこの間親戚にもらったのだと、鈴虫をもってきたのだ。世話は、仙太郎がしている。

浮竹は虫を飼う趣味はなかったのだが、秋の音色を奏でる鈴虫は嫌いではないと思った。

「風流だねぇ」

雨乾堂に遊びにきていた京楽は、その音色に耳を傾けて、酒を飲んだ。

半年分の仕事をため込んで、浮竹に手伝ってもらって3週間と少しで片づけた京楽は、仕事をちゃんとこなすようになっていた。

数日分はためこむこともあるが、ちゃんと片してやってくるので、七緒も文句を言わなくなった。

浮竹も仕事が終わり、京楽がもってきてくれたおはぎを食べていた。

「仙太郎がもってきたんだ。秋を堪能するような遠出はできないから、せめて虫の音でもといわれて」

「鈴虫かぁ。子供の頃、外にとりにいって、カブトムシと一緒に飼ってたなぁ」

「俺は、体が弱かったから虫取りとかそういうのは経験したことはないんだが」

楽しいのかと聞くと、楽しかったよと返された。

「屋敷を抜け出して、貴族じゃない普通の子供たちに交じって遊んでたよ」

「少し、羨ましいな・・・・」

浮竹は、物心つくころからもう病弱で。家の外にでれることなど、めったになかった。肺の病を患って髪が白くなってからは、数少ないできた友人たちから気味悪がられ、うつるといって石を投げられた。

近所の大人も、石を投げた。

父と母が、兄弟が、かばってくれた。

「蜂蜜をとりにいったことならあるぞ」

浮竹の言葉に、京楽が驚く。

「浮竹が?子供頃かい?」

「ああ。当時は蜂蜜が高級品でとても手が出せる値段じゃなくて・・・母の誕生日に甘いものがあげたくて、兄弟そろってミツバチの巣を見つけて、煙でいぶって・・・・・・大分さされたけど、あの蜂蜜の甘い味は、今でも忘れられない。あれがきっかけで甘いものが好きになったな」

「子供の頃の君は、さぞかわいかったんだろうねぇ。変な大人についていったりしなかったかい」

「さらわれそうになったことならあるが」

聞き捨てならないと、京楽が浮竹の手を握る。

「身代金目的じゃなかったんだろうな・・・・・まぁ、子供の頃は丈夫になるようにと、女の子の恰好をよくさせられていたから」

昔にあった風習の一つだ。男児が、病で早世せぬようにと、願掛けをして幼少期の
間女の子の恰好をさせる・・・・・今でこそ廃れたが、ごく一部で江戸時代くらいまで存在した。

「君が女の子の恰好だって!貴族の一部では、確かに男子に元服前まで女子の恰好をさせる家もあったけど、大体がそういうのは上級貴族だよ。君は下級貴族なのに」

「そこまで、病弱だったってことだ。今も変わらないが」

「子供時代の君は、涅マユリの薬のせいで見たことはあるけど・・・女の子の恰好をした子供時代の君かぁ・・・・・もし今度」

「断る」

「まだ何も言ってないのに」

「何かよからぬことしか考えていないのがばればだ」

リーンリーンと鈴虫が鳴いた。

「勘違いしないでよ。僕は、今の君がすきなんだからね」

「それくらい、分かってる」

浮竹は、京楽の手から杯を奪って、酒を飲んだ。

「今から、虫取りにでかけよう!鈴虫をもっといっぱいとろう」

「は?今から?」

「そう、今すぐに」

「おい、京楽!」

京楽に手を引かれて、雨乾堂を後にする。知り合いだという流魂街の子供たちから虫取り網と虫かごをかりて、子供のように二人して野山を駆け巡った。




「もう限界だ」

足をとめる浮竹に、京楽が言う。

「もう少しで雨乾堂だから。頑張って」

「鈴虫結局何匹とれたんだ」

「12匹だね」

自然は多く残っているけれど、なかなか見つけ出せなくて、そんな数字だった。こおろぎならよくいるのだが、鈴虫の数は少なかった。


雨乾堂についたら、まずは夕餉をとった。
そして捕まえた鈴虫を、飼育ケースにいれる。

リーンリーンと鳴く音色の数が増えて、京楽は嬉しげだった。浮竹も嬉しいのだが、その前に疲れすぎて、ぐったりしていた。

「ごめん、無理させちゃったかな?」

「この年で虫取りをして草原を走り回るのは、楽しいが体力がもたない」

「浮竹は体力がないからね。あんなの走り回ったの、久しぶりでしょう?」

「本当に、久しぶりだ」

鍛錬は怠っていないが、野山を走り回るのはまた違った体力が必要だった。

「もう、鈴虫は飼うだけでいい。とりにいくのはごめんだ。でも楽しかった。ありがとう、京楽」

童心に返った気分を存分に堪能できた。

「今日はどうする?泊まっていくのか?」

「うん。七緒ちゃんには、その予定で連絡をいれているからね」

二人で湯あみをして、酒を飲み交わした後、床についた。

「ん・・・・・・京楽?」

畳に敷かれた2つの布団から、京楽が這い出してきて、浮竹のフ布団の中に入ってきた。

「悪いが、今日は相手できないぞ。疲れすぎて、くたくただ」

「分かってる。一緒に眠ろう?」

抱き寄せられて、浮竹は京楽の肩に頭をのせる。しばらくそうしていたが、京楽が黒い瞳で浮竹の翡翠の瞳をのぞきこんできた。

「どうした・・・・・・んっ」

舌がからみあう。深い口づけをされて、浮竹は目を伏せた。長い睫毛がが、頬に影を落とす。

「元気があったら、またどこかに行こう」

「遠出でなければ」

「瀞霊廷の近くに温泉宿があるんだ。そこなんてどういだい。そんなに遠くないだろう?」

「ああ・・・・・」

リーンリーン。

鈴虫が鳴いている。

京楽は、浮竹を抱き締める。

「あんなに走る元気な君を見るのは久しぶりだった」

「童心にかえってたな」

京楽と二人で酒を飲むのもいいが、たまには外の世界に出るのもいいかもしれない。

リーンリーン。

鈴虫が増えたせいで、秋の音色も増えた。

ただその音を聞きながら、京楽と浮竹は秋の深まりを感じながら眠るのであった。