比翼の鳥(院生)







「夢じゃないのか・・・・」

浮竹は後悔した。

京楽と、酒を飲んだことを。

隣を見る。見知った京楽が、布団をかぶってはいたが裸で寝ていた。
自分の姿を見る。体中に、多分京楽がつけたと思わしき痕があった。おまけに裸だ。

浮竹にその手の趣味はない。それは京楽も同じだった。

二日酔いにはなっていないが、頭が痛くなってきた。

二人して、夜更けまで酒を飲みあった。京楽は、好きな子ができたんだと酒をぐいぐい飲んでいた。杯に注がれるままに、浮竹も飲んだ。

何件か飲み屋をはしごにして・・・・・そこから先の記憶がぷっつりと、途絶えていた。

浮竹は、脱ぎ散らかされていた衣服をかき集めて、身に着ける。こんな痕のいっぱいついた格好では、授業にでれないと、学院を休むことにする。

「・・・・・・料亭か」

部屋を出ると、窓から見慣れた景色が見えた。

安宿なんかじゃない。高級料亭だ。それこそ、京楽くらい金をもっていない入れない場所だ。誘ったのは自分ではないと、言い聞かせる。

酒のせいだ。

一時の気の迷い。

そもそも、何も覚えていないのだ。

男同士でする場合、何処を使うかくらい知っている。痛みもない。

きっと、未遂だ。

そういい聞かせて、浮竹は料亭を去った。




痕が消えるまで、数日がいった。欠席を続ける浮竹の席を、京楽は面白くなさそうに見ていた。

「浮竹、いるかい?」

寮の浮竹の部屋を訪ねると、返事があった。

「なんだ」

「君、休んでばかりでどうしたんだい」

「ちょっと、風邪をひいて」

少し扉をあけると、京楽が部屋の中に入ってきた。

「君、覚えてないの」

「何を」

「料亭でのこと」

「な。なんのことだ」

「まさか、覚えてないの?」

悲げな京楽の顔に、ずきりと心が痛んだ。

「な、何もなかった!俺とお前との間には、何もなかった!」

「やっぱり、覚えてないんだ」

「俺はもう寝る!」

「待ってよ」

京楽を外に追い出そうとして、腕を捕まれた。

ちゅっと、音をたてて頬にキスをされて、浮竹は眉をしかめた。

「俺はお前の玩具じゃない!」

京楽の背中を蹴って、部屋から追い出した。

「浮竹!」

「知らん!」

浮竹は、毛布をかぶってベッドで耳を塞いでいた。

京楽が何かを言っていたが、聞こえないふりをした。

多分、君が好きだ・・・・・そう、京楽は叫んでいた。




それから数日が経った。

京楽は、あれ以来浮竹に接してこない。浮竹も、京楽と口を聞かなかった。

「どうしたんだよ、お前と京楽。あんなに仲が良かったじゃないか」

1回生の頃からの友人が、二人を心配して声をかけきた。

「喧嘩したんだ。多分、仲は元に戻らない」

「なんだって!」

友人は、京楽との仲を取り持ってくれると何度も言ってきたが、断った。

「俺たちは、終わりなんだ」

友人と親友という関係に訪れた突然の終わりは、心に軋む罅をいれた。


次の日、現世までの虚退治の訓練に参加した。浮竹と京楽の力は拮抗している。自然とペアを組まされた。
二人とも、無言だった。

「浮竹・・・・・・」

「何も、いうな。お前の玩具にはならない」

「浮竹、僕は・・・・!」

「ごほっ、ごほっ」

返事をしようとして、咳をした。

「ごほっ、ごほっ、ごほっ」

ごぽりと音がして、浮竹は吐血していた。

「浮竹!」

虚が現れた。

なのに、こんな時に病の発作だなんて。

ああ、ついていない。こんなことなら、京楽とちゃんと和解すればよかった。

鮮血を散らして倒れた浮竹を庇って、京楽は怪我をする。痛みを無視して、京楽は虚と切り捨てた。

「浮竹!」

「・・・・・・・・・すまな・・い・・・・覚えてないんだ。あの日のことを」

「そんなこと、どうでもいいから今はしゃべらないで!」

「すまない」

ただ謝って、浮竹の意識は途切れた。



次に目があくと、寮の中の自分の部屋だった。

ベッドのわきに椅子が置いてあって、京楽が寝ていた。手が、繋がれたままだった。

「京楽!」

「ん・・・・・浮竹、もう大丈夫なのかい!?」

「手を放してくれないか」

「ああ、ごめんね。もう、現世で君が発作をおこしてから3日も起きないから、とても心配したんだ」

「お前、怪我は?」

浮竹を庇って虚にやられた傷はけっこう深かった。なのに、京楽は平気そうだ。

「ああ・・・金を積んで、4番隊の席官の回道で治してもらった」

京楽は、上級貴族だ。下級貴族の浮竹などが、本当ならため口を話せるような立場ではないのだ。身分差は学院では関係のないことと言われているが、京楽の金使いの粗さは、上級貴族ならではのもので、浮竹は嫌いだった。

「京楽。もう、親友には戻れないのか俺たち」

「僕は、それを望んでいない。君が好きだ。愛している」

「俺は男だぞ!付き合っていた女性はどうしたんだ!」

「別れたよ。とっくの昔に。女遊びもやめた。本気なんだ、浮竹。君のことが」

「やめろ」

浮竹が耳を塞いだ。

京楽は、浮竹の体を抱き寄せた。

「好きなんだ」

口づけられて、でも不思議と怒りの感情はわいてこなかった。気持ち悪いとも思わなかった。

「・・・・・・・・・時間をくれないか。混乱しているんだ。気持ちを整理する時間をくれ」

それだけいうと、京楽は満足そうに浮竹に口づけて、去って行った、


時間だけが過ぎる。

大分長くなった白い髪がうっとうしいので、切ろうとすると京楽に止められた。

「君の髪は長いほうが似合っている」

まるで、女に愛を告白するように、京楽は浮竹に愛を囁いた。

もう慣れてきた。

浮竹と京楽ができているという噂がながれ始めた。

多分、わざと京楽が流しているのだろう。

昔のような友人の輪がそれで崩れることはなかったが、女生徒から黄色い声をあげられたり、告白してくる女性がいなくなった。

太陽のように明るく平等な浮竹の周りには、常に京楽がいた。

親友なのだとは思う。それ以上に思えるのか、まだ分からない。

時間だけが虚しく過ぎていく。

京楽に愛を囁かれ続け、抱きしめられてキスをされる。発作をおこすと、京楽が軽々と抱き上げて医務室まで運んでくれた。



「俺はお前のことを・・・」

「時間は、あるから。好き以外の言葉を聞きたくない」

なんて我儘なんだろう京楽は。

休日、いつもの友人と京楽と三人で、現世の海に出かけた。浮竹は暑い日差しの中では倒れてしまうので、ビーチパラソルの下にいた。

友人は女をひっかけて、車に乗って部屋に戻ってしまっていた。

そんな場所に戻ることもできなくて、浮竹は京楽と二人でずっと海を眺めていた。

「泳がないのか?」

「君を置いて、遊べるわけないでしょ」

「俺は大丈夫だ。女でもひっかけてきたらどうだ」

「怒るよ?僕は、君が好きなんだ。他の者はいらない」

夕刻になり、浮竹はとっていたホテルの部屋に戻った。京楽は、一人になりたいと夜の海にでかけてしまった。

「・・・・・・浅井?」

友人の名を呼ぶ。

がっと、後頭部を打撃された。

少し意識を飛ばしていた。

気づくと、手を戒められていた。

「おい、どういうつもりだ」

「ばかだなぁ、浮竹。ずっと、俺はチャンスをうかがっていたんだ。お前を手に入れるチャンスを!」

「!?」

音をたてて、着ていたシャツが破かれた。

「やめろ!」

「京楽とがしてるんだろ?俺でもいいじゃないか。俺を京楽と思えばいい」

「やめろ!」

口づけられて、相手の舌をかんだ。

「この、淫乱のくせに!」:

重いきり殴られて、口の中を切った。

錆びた鉄の味が広がる。

男の手が、肌をはいまわる。気持ち悪くて、浮竹は気づくと叫んでいた。

「やめろ、京楽!京楽!!!」

声が通じたのだろうか。思いが通じたのだろうか。

帰ってきた京楽は、斬魄刀で男を切りすてて、浮竹を助けてくれた。

「大丈夫かい、浮竹?」

「ん・・・・・平気だ」

「君は見た目がとてもいいんだから、気を付けて。あんな輩、今までもいたんだよ。全部僕がつぶしてきたけど」

戒めを解かれ、着換えの服を渡される。

「殴られたの?見せて?」

着換えおわると、京楽に手当された。

「こいつ、どうするんだ?」

友人だったはずの男は、京楽の斬魄刀で貫かれて死んでいた。

「虚に襲われて死んだんだよ」

「無理がなくないか?」

「京楽の名前なら、こんな雑魚の処分なんて簡単だ。浮竹に手を出した罰だ」

酷く冷酷な京楽の瞳に、初めて京楽が怖いと感じた。

その日浮竹は、京楽の腕の中で眠った。近すぎる距離に戸惑いはしたが、嫌悪感ははやりなかった。

次の日、現世に戻ると、友人だった男は虚に殺されたのだと火葬された。

周囲の誰もが違和感を覚えなかった。

一人、浮竹が京楽を怒らせとどうなるかを知った。

京楽が怖い。でも、助けてくれた。とても優しい京楽。

京楽は、無理強いをしてこない。

それが、浮竹を安堵させる原因になっていた。


また、時間だけが過ぎていく。

京楽の目の前に着替えていると、京楽が目を背けた。

「君さ、忘れてない?僕は、君が好きなんだよ。君を抱きたいと思っている」

触れられたり、キスされたりで、もう半ば浮竹の中にも想いができていた。

「俺は、お前になら・・・・・・・」

「浮竹?」

「もう寝る。おやすみ」

4回生になっていた。もう、料亭のことから、1年が経過しようとしていた。


4回生になって、京楽と同じ部屋になった。京楽は、相変わらず無理強いはしてこない。
京楽のベッドで共に眠るようになっていた。
京楽の腕の中で眠った次の日は、発作をおこしていても気分が楽になってたり、なおったりしていた。

京楽は、回道を身に着けているらしかった。

いつの間とは思ったが、全て君のためだよと微笑まれて、心の中に広がった罅は深くなり、ついには粉々になってしまっていた。

また、二人で飲み屋をはしごして歩いた。

したたかに酔って二人は、かつてきていた高級料亭にきていた。無論、京楽のおごりだった。

2階の部屋をとる。

褥が用意されていて、浮竹の体が少し強張った。

「浮竹?嫌なら、逃げていいんだよ」:

「俺は・・・・・・もう、逃げない」

「浮竹、愛している」

口づけられ、衣服を脱がされていく。

浮竹は、長くなった白髪を乱した。

「愛しているのか、まだわからない。でも、好きだ、京楽・・・・・」

褥の横たえられて、京楽に囁かれる。

「ほんとはね・・・一年前のあの日は、君としてなかったんだ。君を手に入れようとした僕の浅知恵だったんだ・・・・・今度こそ、君の全てを手にいる。酔っているけど、はっきりと認識している。君が好きで愛している」

浮竹は、いつの間にか涙を流していた。

心で粉々になったのは、親友としての京楽だ。でも、新しく恋人としての京楽が心の中で芽吹いていた。

「多分・・・愛してる」

貫かれ、揺さぶられて、涙をこぼしながら、囁いた。

「一緒に生きていこう、浮竹」

「俺の傍にいてくれるのか?」

「いつでも、君の傍にいるよ、浮竹」

褥の上で、何度も交わった。浮竹を手に入れた京楽は満足そうに眠っていた。浮竹は意識を飛ばしていた。

気づくと、もう朝だった。

「京楽!」

揺り起こされて、目をこすりながら京楽が起きてくる。

「どうしたんだい、浮竹」

「学院に遅刻する!」

「ああ、もう休むって連絡いれておいたから」

いつの間に・・・・・。
浮竹は、京楽に抱き寄せられた。

「おはよう。僕たち、恋人同士になったで、いいんだよね?」

「ああ・・・・・」

まだ、迷いは少しあったけれど。

4回生の初めになって、結ばれた。

京楽が浮竹に想いを抱くようになって、実に3年以上の月日が流れていた。

浮竹の中に芽吹いた、京楽という恋人は、ぐんぐんと背を伸ばして浮竹を支配していった。

京楽が傍にいないと落ちつかない時がある。

それは、依存症に似ていた。



京楽と共に、笑い、怒り、悲しみ、いろんなことを経験した。



「浮竹ぇ〜」

雨乾堂に、今日も京楽が遊びにきていた。

あれから何百年時が経ったのかもう忘れてしまった。

「今行く、京楽」

ただ、二人はいつまでも寄り添いあう。

お互いが隊長となり、忙しくなっても時間があれば常に傍にいた。

尸魂界にに2つしかない、二対一刀の斬魄刀のように。

2つで1つ。二人で一人。

ただ、その傍に。

時間がある限り。

常に在ろうとする二人は、まさに比翼の鳥。